Baby Rush 2      −12−
            

真牙 様




梅の木立を縫うように白砂利のスロープが延びていて、そのまま道場へ続く小道になっている。

道場は造りは古いが手入れが行き届いているので、古めかしさはあまり感じられず粋な雰囲気すら漂っていた。

「道場かぁ。ついでだからちょっと覗いてみようか」

「んま〜」

子ゾロと一緒に脇に回り、床面ぎりぎりに開けられた細長い窓から中の様子を窺う。

激しい気合いが交錯する中、道場には30人近くの門下生が打ち込みをしていた。
下は小学生から上はゾロと変わらない年代の者までいて、声の様子から女の子も混じっていると判り、ナミは少々驚いていた。

「へ〜。女の子でも様になってる。お、凄い、あそこなんて互角に渡り合ってる」

凄まじい打ち合いの末、少女は同年代と思しき少年に勝利した。ナミは小さく感嘆の声を上げた。

少々汗臭そうだが、このピンと張り詰めた一種独特の緊張感は嫌いではない。

もう少し違う角度で眺めようと移動していると、不意に背後から声を掛けられてナミは思わず肩を跳ね上がらせた。

「どうしました? 見学の方ですか?」

「い、いえ、そんなご大層なもんじゃ・・・ちょっと散歩がてら歩いてたら、声が聞こえたものですから」

声の主は、ゾロと同年代の男だった。やはり無骨そうな雰囲気が漂っていて、剣道をやるとこうなるのかと思わず笑ってしまう。

男は視線を落とし、ナミの腕でご機嫌のパンダ姿の子ゾロに目をやった。

「あ、れ? もしかして、その緑髪の子供・・・ってことは、まさかゾロの奴が来てるんですか?」

「あはは、判ります? これだけ似てると疑いようがないですもんね」

すると男はあたふたと道場の中へ駆け込み、鍛錬中にも関わらず大声で叫んだ。


「おーい、みんなぁ! ゾロの奴がようやく出て来たぞ――ッッ!!」


「えー、先輩がっすか、マジで!?」

「どこどこ? どこにいるの、ねえどこー?」

響き渡った男の声に、道場内は一気に騒然となった。次々に竹刀を振る手が止まり、話題の主の姿を探す。


「おまけに見ろ。大きくなったチビ助と別嬪の嫁さんも来てんぞ!」


「え―――ッ!? もっと見た――――いッッ!!」

ナミは即座にいやな予感がした。

もしかしたらこのまま逃げた方が得策かもしれない――そう思って少しずつ後退したが、時既に遅し。
ナミはあっと言う間に小学生クラスの子供に取り囲まれてしまった。

「きゃー、赤ちゃんだー! 可愛いーッッ! しかもパンダの格好してるーッッ!!」

「えー、どこどこ? あ、ホントだ。綺麗な女の人が抱っこしてるぅ」

「もしかして、ゾロ先輩の新しいお嫁さんなんじゃない? うん、きっとそうに決まってるよ!」

「や〜ん、赤ちゃん可愛いッ。触らせてもらえないかなぁ」

赤ん坊と見て少女たちは更に目の色を変え、ナミと子ゾロに迫って来る。そのあまりの迫力に、ナミは一瞬たたらを踏んでたじろいだ。

「おーいゾロ、どこだ――ッ!? 放っといたら小娘どもに嫁さん食われちまうぞ――ッッ!!」

最初にナミの存在を明かした男が、笑いを堪えつつ今度は母屋に向かって叫んだ。



「・・・なぁにしてやがんだ、てめぇら!」

男の声が利いたのか、それとも内容が利いたのか、暫くして神主を伴ったゾロが梅木立を抜けてやって来た。
肩をいからせて歩いて来るゾロは、不機嫌そうな仏頂面をまったく隠そうともしていない。

「あ、ゾロ兄ちゃんだ! 久し振りー、元気だったかー!」

「今までサボって何やってたんだー!? 増殖かー、光合成かー!?」

「先輩、お元気そうッスね、安心しました!」

「おいこらゾロ、今までどこで油売ってたんだ? ぼやぼや立ち止まってると、俺がさっさとお前のタイトル奪っちまうぞ!?」

「これこれ皆、静かにしなさい。お客様が驚いていますよ!?」

神主は形ばかり止めてはみたが、興味津々怒濤の勢いで群がる門下生を止める術はなかった。

「あの、お姉さん。赤ちゃん触ってもいいですか?」

「えっと、いいけど・・・ちょっと人見知りするかもしれないから、泣いたらごめんね?」

一応そう言って少し屈んで見せる。
だが案の定子ゾロは、周囲の女の子たちの顔を見るなり渋い表情になり、ぱっとナミの胸に顔を伏せてしまった。

「やっぱり駄目みたい。でも私が抱いてるから、触るだけなら大丈夫だと思うわ」

そう言われて安堵し、少女たちは幼子の頭や手を次々と撫でた。さすがに直接顔を見ていないので、泣き出す気配はない。

「ねえねえ、お姉さんゾロ先輩の新しいお嫁さんなんでしょ?」

「え? えーと、その・・・」

思わず返答に詰まる。
何気なくゾロの方に視線を向けると、ゾロはあのニヤニヤした笑みを口許に浮かべて黙って眺めている。

(返事に困ってんの判ってんなら、笑って見てないで助けなさいよッ!!)

正直今の自分たちの関係がどんなものなのか、ナミの方が聞きたいくらいだった。

先週交わした口づけは、合意の上だったように思う。またもなし崩しで喧嘩も終わり、一件落着したようにも思えるのだが・・・。

その間にも小学生門下生たちの討論は続く。

「ゾロ兄ちゃんおっかない顔してるけど、きっと意外に『けっこんしてくれ』って泣いてお願いしたんだと思うぞ!?」

「そーかなぁ? 逆におっかない顔でおどかしたような気がするけど?」

「ううん、お姉さん優しそうだから、赤ちゃんに免じて『うん』って言ってくれたのかもよ?」

「違うって、おどかした方に100円!」

「それこそ違うよ、泣き落としに200円!」

「甘い甘い、赤ちゃんよーどー作戦に150円!!」

(こ、子供って・・・)

果てしない妄想の暴走に巻き込まれ、さすがのナミも二進も三進もいかなくなってしまった。

「てめぇら・・・」

困り果てたナミの背後でゆらりと気配が揺れる。そこには殺気に近い雰囲気に満ち満ちたゾロが門下生たちを睨んでいた。

「――1年鈍った腕はハンデにくれてやらぁ。てめぇら相手してやっからまとめて掛かって来やがれ・・・!」

「ぎゃ〜〜ッ! ゾロ兄ちゃんが怒った〜〜〜ッッ!!」

楽しそうに蜘蛛の子散らしで逃げて行く子供を見送り、ゾロはナミに向かって軽く顎をしゃくった。
どうやら母屋に行っていた方がいいと気を使ってくれたらしい。

濃い雰囲気に散々揉まれて気疲れしたナミは、正直安堵しながら門下生たちに手を振ってその場を後にした。


――だが、少しだけ気になって、今度は小窓の端に身を隠しながらそうっと覗く。

ゾロは道場の中央で竹刀を2本握り、総勢30人の剣士に囲まれた形になっていた。

ゾロの目が半眼に伏せられ、場の空気が一気にピンと張り詰める。大勢いるはずの道場は、嘘のような静けさに包まれた。

「――いぃやあぁぁぁぁッッ!!」

手前にいた小学生の少年が口火を切り、半歩踏み出す。
それが、合図だった。

次々と交錯する竹刀をいなし、かい潜り、ひとりまたひとりと打ち据えていく。
目にも止まらぬ早業とは正にこのことだ。
背後から迫るそれすら躱し続ける様は、一流の舞を見ているようで息を詰めて見惚れるしかなかった。




梅木立の中ほどに置かれている石造りのベンチまで戻り、先程の陶酔感から醒めたナミはふと怖い考えに気づいてしまった。

(もしかして私ってば、何気に置かれてる状況の外堀を、思いっ切り自分自身で埋めちゃってたりなんかしてた・・・?)

この道場はゾロが幼い頃から慣れ親しんだ場所らしく、周囲にいるのはその事情に通じている者ばかりだ。

くいなという女性と結婚したこと。
ひとり息子の子ゾロことレンに恵まれたこと。
事故で生後1ヶ月の子供とゾロを遺してくいなが亡くなったこと。

子育てに追われたゾロは道場へ顔を出さなくなり、かれらへの情報はそこで途切れている。


そして、時が経過すること約1年――ゾロは道場へひょっこり姿を現すことになる。
大きくなったひとり息子と、綺麗な女性を伴って。

しかも人見知りが激しいはずの子供が、その女の腕の中ではご機嫌に笑っている。

ここまで整った状況を見せつけられれば、導き出される答えは自ずとひとつしかない。むしろ誤解しない方がどうかしているだろう。

(だって・・・)

新しい嫁かと問われ、ゾロは笑ったまま否定はしなかった。

強引に抱きしめたり唇を求めたり、果てには激しく嫉妬したりするのだから、ゾロはナミのことを少なくとも嫌ってはいないだろう。

(そうじゃなかったらあの欲求不満のマリモ野郎、速攻でコロスわよ!!)

だが意識させるような言葉を言うのは周りばかりで、当の本人はセクハラ発言オンパレードで未だはっきりした言葉を使って来ない。

“気がついたら一緒に暮らしてました”では、世間的にあまり格好がつかないではないか。
ナミは初婚なので、一応ドレスのひとつやふたつは着てみたいし、みんなにお祝いの言葉も掛けて欲しい。
それくらい、贅沢ではないはずだ。


そうしてぐるぐる考え込んでいると、ぶつぶつと文句を言いながらゾロがやって来るのが見えた。

「あ、用はもう済んだの?」

「おぅ。全員まとめてぶっ倒して来た」

呆気なく言うゾロに、最後まで見届けずに先にここへ来ていたナミは仰天した。

「ぶっ倒して来たって・・・あんなにいたのに?」

「おうとも。だが、俺は1年近くブランクがあんだぞ? そんな奴相手に一太刀も浴びせらんねぇでは、あいつらの将来も浮かばれねぇな」

あまりにも平然としているので、恐る恐る聞いてしまう。

「・・・まさかと思うけど、女子供まで容赦なく張り飛ばして来たの?」

「女でも子供でも、一度竹刀を握れば同等の剣士だ。手加減したら、逆に相手に失礼だろうが。いや・・・手加減なんぞしてたら、くいなには殆ど勝てなかった。仮にも全国屈指って言われた奴がそれじゃシャレにもなんねぇだろ!?」

ナミは子ゾロの頭を撫でながら、じっとゾロの顔を見上げた。ふっと口許を綻ばせる。

「な、何だよ、にやにやしやがって気持ち悪ィ」

「・・・あんたが初めて自分から、くいなさんのこと話してくれたなぁって思って」

「別に隠すほどのことでもねぇが、お前にしてみりゃ聞いてあんま気持ちのいいモンでもねぇだろ!?」

(どうして? 私は“くいなさん”のことが聞きたいって言っただけよ? ゾロ、“前奥さん”て意味で答えてるの?)

だが、そう言った言葉の矛盾点にゾロ自身が気づいているか否か、そこまでは判らない。

帰るぞ、と言わんばかりに肩をそびやかす。ナミはゆっくりと立ち上がった。

「――聞きたいって言ったら、話してくれるの?」

まっすぐなナミの瞳に、ゾロは一瞬言葉に詰まった。それは躊躇いなのか照れなのか。

「・・・そのうち、な」

「じゃあ約束ね。破ったら20倍返しよ!?」

「やなこった。しかも何気に倍率上げてんじゃねぇよ」

「ふ〜ん、あっそう。あんたってば、約束のひとつもできないんだ!? 守りたくないし守れないから」

その言葉に、ゾロは子供のようにむきになって即座に反応した。

「そんなことねぇ! ガキじゃねぇんだ、そのくらい・・・」

「じゃ、守れるのね? はい約束〜、くいなさんの思い出話決定〜♪」

「・・・・・ッ!」

してやられた、と思った時には遅かった。誘導されたことに今更気づいても、一度口から出てしまった言葉を取り消すことはできない。ゾロは喉の奥で呻いた。

「魔女か、てめぇは・・・」

「何とでも。先刻庇ってくんなかったお返しよ。ねー、子ゾロ?」

「ん〜ま」

「あ、あれは・・・」

「あれは?」

前を歩いていたナミが不意に振り返って立ち止まる。ヘイゼルの瞳がまっすぐゾロを捉えた。

「あれは、その・・・」

「その――なぁに?」

ナミは意を決して一歩進み、ゾロの目の前に立つ。ほんの少し手を伸ばせば、どこにでも触れられる距離だ。
ゾロが軽い会釈程度身体を屈めれば、甘い果実のようなナミの唇に唇で応えられるほどの。

ゾロの手が何気なくポケットに入れられる。意味もなく肩を動かし、視線もあちこち忙しなく動いている。

「あの、な・・・」

言い淀んだゾロの顔が知らず赤くなった。つられるようにナミの頬も赤く染まる。

「うん・・・なぁに?」

ナミは小首を傾げてゾロの次の言葉を待っている。

(ええい、男なら根性入れてもう一声!)

思わずナミは心の中で叫ぶ。

――が、そう思ったのは、何もナミだけではなかったようだ。



「ああもうじれったい、早く言えってんだよ」

「珍し〜、赤くなってるよ? 槍が降るかも〜」

「ねえねえ、何言うんだろうね? 『好きだ』かな? 『愛してる』かも? もしかして『結婚してくれ』だったりして〜?」

「おお、けっこんしきだけっこんしきだ」

「もしかしたら、このままちゅーすんのかな? そうだ、ちゅーだ!」

「ええ、そうなの? 見たい見たい、大人のちゅー♪」

「そーれ、ちゅーうっ、ちゅーうっ♪♪」


いつしか――梅木立の陰には、まったく隠れきれていないデバガメという名の門下生たちが群がっていた。

「て、めぇらあぁぁぁッッ!!!」

ゾロが赤面したまま絶叫して身を翻すと、門下生たちは一斉に悲鳴を上げて逃げ出した。

「待ちやがれ! 足腰立たねぇよう、もっぺん全員ぶちのめしてやらぁ!!」

猛然とかれらの後を追って行く後姿を見送りながら、ナミは深い溜息と共に憮然と呟いた。

「――ちっ、もう少しだったのに・・・」

「ん〜ま〜?」


――ナミは知らない。ゾロの上着のポケットの中に、ビロード張りの小さなケースが揺れていることに。



そして、それがナミの手に渡るのも、そう遠い未来ではないだろう――。




 <FIN>


《筆者あとがき》

前作に引き続き、今作も長々とおつき合い頂いてありがとうございます。
なんだか、またも中途半端なトコで終わったような・・・。
激しいツッコミが聞こえるような気がします。
でも、ふたりの距離は一気に近づきました。
ゾロのポケットにはブツもあることですしね☆
オヤジでプッツンで、ケダモノなゾロが大好きです。
美人で世話好き、でも勝気なナミが大好きです。
これはこれでハッピーエンド――ですよね!?(多分・汗)
そう思って下さい!(爆)
ではまたー!!


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(2004.03.20)

Copyright(C)真牙,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
真牙さんの1作目の投稿作品『
Baby Rush』の続編でした。
サンジくんの登場は、かなり二人の関係に影響を与えました。
ゾロは嫉妬の余り、暴挙に出ますが、二人の関係を見つめ直すいい機会になったね。
その間、ナミもゾロのことをもっと知りました。亡くなった奥さんがくいなだったこと。子ゾロの名前は「レン」ということ(笑)。ゾロは優秀な剣士だということ。

階段から落ちた時は、ゾロの悲痛な叫びから、奥さんを亡くした時の悲しみと衝撃が伝わってきました。傍若無人でセクハラ大王(笑)なゾロだけど、実は内面に辛さや悲しみを押し隠して、子ゾロを抱えてがむしゃらに生きてきたんだなーと。ナミと出会ったことで、ゾロは救われたんだなーと。

脇では、ウソップとビビが毎回楽しい会話を繰り広げます。
そして、ルフィが保育士、チョパが町医者、ロビンが宝石店の店員として登場。オールキャラが出揃いましたv ルフィはビビを気に入ったみたい。ルビビの予感がする(笑)。

当のゾロとナミは結婚へ向けて大躍進――のはずがぁぁぁ!ちょっと待てぇぇぇぇぃ!
あともう一息だったのに〜!ああ、真牙さんの手のひらの上で踊らされているわ〜。
でも、チラッと聞いた話では、プロポーズ編があるらしい…(悦)。
みんなで催促しよう!

真牙さん、素晴らしいお話をどうもありがとうございました!&連載完結、お疲れ様でした!

真牙さんは現在サイトをお持ちです。こちら→
Baby Factory

 

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