Baby Rush 2      −3−
            

真牙 様




「一体何してやがんだ・・・」

時刻は既に9時を回っている。『ブルー・オール・ブルー』は8時閉店なので、こんな時間に店先に灯りが灯っているのは珍しい。

片づけや次の日の仕込みなどをする場合もあるので、時折店の奥にほんのりと灯りが灯っていることはある。
決して従業員やバイト任せにしたりしない、料理人としてのサンジのこだわりだ。

それは前々からゾロも知っていることだ。

本格的な春を目前に控えた季節柄なので、新作の開発に取り掛かっている可能性は充分大きい。
一見軽薄だが、料理に懸ける情熱だけは密かにゾロも認めて憚らない。

だから、それも理解できる。

しかし――営業時間外の店先に、ナミの車が止まっていたことはどうしても理解できない。納得できない。

まだ宵の口だ。何だかんだと口を差し挟むような時間帯では、ない・・・が。

「あの店、今時分クソコックしか残ってねぇんじゃねぇのか・・・?」

いつの間にかマンションの駐車場に着いたというのに、憤りで一向に車から降りる気になれない。

「あー! まー!!」

子ゾロが隣のチャイルドシートに括りつけられたままなので、さっさと降ろせと猛抗議している。

ゾロは重苦しい息を吐き出しながら、ベルトのロックを外してやる。が、心ここにあらずだ。


“ちょっと軽そうだけど、なかなかイイ男じゃない!?”


初めてサンジに会った時のナミの言葉が甦り、胃の奥がむかむかとざわめいた。

ゾロは短い翡翠色の髪を乱暴に掻きむしった。

苛々する。自分でもどうにもならず何かに八つ当たりしたり、思い余って叫びだしたくなるほどに。
渦巻く感情を持て余し、とてもじゃないが堪らなかった。


その気持ちを何と呼ぶのか――ゾロには判らなかった・・・。





「ねえビビ、ウソップ、これ食べてみて」

「ええっ? これいいんですかー!? ナミさん愛してますぅ」

「い、いや俺には愛する妻と娘が待つ大事な家庭が・・・そこんとこ、充分よろしく。ん、大丈夫、OK、グッジョブ俺!!」

「ああ、わけ判んない気合いはいいから。――で、お味はどう?」

「はい? えっと、いつも通り美味しいですよ。ねえ、ウソップさん?」

「おう、そうだな。ビミョーに何かが違うような気もするが・・・きっと気のせいだな。ナミが俺たちに一服盛るわけないし!?」

「・・・そう。いつも通りなのね」

ナミは軽く溜息をついた。その様子は明らかに落胆していた。

「「・・・はい??」」

ふたりのこめかみに冷や汗が伝う。
まさか、本当に一服盛ったのだろうか。あらぬ疑惑がビビたちの脳裏を駆け巡る。

「それじゃ全然駄目なのッ。第1号失敗ッッ」

(俺たちが倒れなかったことか? そうか、そうなのか!? 一体何なんだよぉ〜〜〜・・・)




「あ、もしもしサンジくん? うん、私。うん、そうなんだけど・・・駄目だったわ、もう少し加減してくれる? そう、じゃあ」

ナミの電話の様子をさりげなくウォッチングしていたふたりは、顔を見合わせて首を傾けた。

「・・・ナミさん、一体何を始めたんでしょう!?」

「さあ・・・けど、ひとつだけ確かなコトがあるッ。それは――」

「そ、それは?」

「触らぬ神に祟りナシ、だ!!」

ど――――――――――んッッ!!!


「・・・おふたりさん、結論は出たようね? じゃあ余計な詮索してないで、オシゴトしましょうか!?」

にっこり笑ったナミのこめかみに微かな青筋があったのを、ウソップは流した涙の向こう側に見逃さなかった。





――午後8時20分、『ブルー・オール・ブルー』の店先にて。

「こちらでどうでしょう、ナミさん?」

「ん〜〜、私的には大丈夫のような気がするけど・・・あとちょっと加減して、もう1回だけいいかしら?」

「承知いたしました、女王様」





「ねえビビ、ウソップ、これ食べてみて」

「ええっ? またいいんですか!? 私ナミさんに一生ついて行きますぅ!!」

「いや、それは無理だと俺は思うぞ? 人生の選択は、そう一時の感情で決めちまえるほどお手軽なモンじゃ・・・」

「――ウソップ、御託はいいからさっさと食べる! で、さっさと感想言うッ!!」

「は、はいぃぃぃぃ!! ・・・あれ、何かいつもとさじ加減が・・・俺味覚変じゃねぇよなぁ、ビビ?」

「そうですかぁ? まったりとコクのあるこの甘味がとっても美味しいですけど!?」

「・・・そう。でもそれじゃ駄目なんだってばッ! もう、第2号失敗ッッ!!」

ダン! と床を踏み鳴らされ、ウソップは混乱の極地に全身をわななかせた。



「もしもし、サンジくん私よ。・・・ええ、そうなの、悪いけどまたお願いね。じゃ」

「・・・本格的に、何がどうなってるんでしょう?」

「さぁな。女の考えることは、俺にとっちゃミステリィだぜッ」


「――ミステリーでもヒステリーでもいいから、とりあえず仕事してくんないかしら!?」

「「きゃあぁぁぁッ! ナミさんごめんなさいぃぃぃッッ!!」」




そうして――そんなやり取りが幾度となく続き。

幾度となくナミの車が『ブルー・オール・ブルー』の店先に止まっているのを、ゾロは見たくもないのに何度も目撃していた。

どうしても気になり、一度だけ車を止めて店内の様子を窺った。

カウンターを挟んで、ナミとサンジがいた。何を話しているのか、ひどく楽しげな雰囲気だった。

差し出されたデザートを指差し、身振り手振りで何か力説している。
唸るように考え込んだり、弾けるように笑ったり、くるくると変わる表情はどれもゾロが見たことのないものばかりだった。


(何で、あんな顔で笑う・・・)


(しかも、あんな野郎の前で・・・)


(気に入らねぇ。何もかも気に入らねぇ・・・!!)


「ま〜?」

「・・・判ってる。けど、もう少しだけ静かにしてろ。今は、考えがまとまらねぇ・・・」

子ゾロが訝しげにゾロの頬を叩いたが、今のゾロにはそれを構ってやれるだけの余裕はなかった。





「結構バランスって難しいものなのね。改めてサンジくんの偉大さが判るわ。ごめんねー、商品にもならない物に散々苦労させて」

「そんなことは気にしないで下さい。もしかしたら瓢箪から駒が出て、俺的にもオイシイ作業かもしれないですし。何より、ナミさんがこうして毎晩のように店に来てくれるのが一番ですから」

「はいはい。でも、もう少しなのよね〜・・・」

気のない返事をしながらナミは残っていたアール・グレイを飲み干し、バッグを掴んで立ち上がった。

「じゃ、悪いけど再検討よろしくね」

手を振って帰る旨を告げ、車に乗り込んで首を回す。

まったく、こんなに手こずるとは思わなかった。たったひとつの目標がこれほど遠いとは、考えてもみなかった。

手っ取り早い方法は本人に確認させることだが、今はまだそれができる段階ではない。

「ああ、しんど・・・。んんん、頑張れ私ッ!」

気合い一発、ナミは車のアクセルを踏んで我が家への家路を急いだ。





その週の週末、珍しくゾロはナミが断りの連絡をしなかったにも関わらず顔を見せなかった。

「風邪でも引いてんのかしら・・・」

黙っていても勝手に押し掛けられることに半ば慣れていたので、ナミは妙に拍子抜けしてしまった。

それは日が暮れてからも同様だった。用事があって日中いない時は、決まって夕飯を相伴しに来ていたゾロ親子だった。

それが、この時間になっても音沙汰ひとつない。一体どうしたのかと心配になってしまう。

そこまで考え、ナミはふと我に返った。

(心配・・・? だ、誰が、誰をッッ!?)

慌てて頭を振る。懸命に考え、ようやくそれらしき理由を発見する。

(そ、そうよ、子ゾロよ。子ゾロがいるから気になるのよっ。私が心配しなきゃ、あそこはとんでもなく劣悪な環境のままなのよ? 仮にも1歳児を、そんな境遇に放置するのは良くないわ。ノジコだって、きっとそう言うに決まってる・・・)


ならばどうしてこんなにもひとりで赤面しているのか――!?

(知らないわよッッ!!)

それは、逆ギレに近い心の叫びだった。




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(2004.03.11)

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