桜の花の咲く頃に −12−
真牙 様
その日の昼休み、ナミは『ブルー・オール・ブルー』の前で腕組みをしたまま、洒落たロゴの看板を睨んでいた。
(さて・・・どうしたモンかしらね)
想像の域を出ないが、この間のトラブルに関する非はおそらく双方にあったのだろう。
サンジという人間に信頼を置くならば、女性が嫌がることを無理強いするとも思えない。
それでも彼が「男」である限り、羊の皮を被った狼でないと言い切れる保証はどこにもないのだが。
「ま、なるようになれだわ」
ひとつ溜息を漏らし、ナミは入り口のドアを開けた。店内は相変わらず甘い香りが漂い、ラウンジも満席の盛況ぶりだ。
「こんにちは、サンジくんいるかしら?」
「あ、店長ですね。ちょっとお待ち下さい。て〜んちょ〜、お綺麗な女性のお客さん見えてますけど〜」
店員の無駄に明るい声とは対称的に、奥から出て来たサンジは目に見えて澱んだ空気を背負い込んでいた。
――が、目の前にいるナミを見た瞬間、サンジの雰囲気は澱んだ沼色から空に掛かる虹色に華麗なる変化を遂げていた。
「ああああ、んナミすわぁ〜ん、お待ちしてたんですよ〜〜。俺、どーしてもちゃんと話がしたくて、寝ても覚めてもずっとあなたのことばかり考えてたんです! あなたになら、この場で八つ裂きにされても心臓抉り出されても本望だ、プリーズナミすわぁ〜〜〜んッ!!」
「ちょっとサンジくん、何気に私を悪人に仕立て上げないでくれる? 人聞きが悪いったらありゃしないわ」
案の定隣では、店員が何事かと目を丸くしている。
仕方がないので、ナミは舞い上がるサンジの耳を乱暴に引っ張って店の外へと連れ出した。
「っと、この辺でいいわね」
店の駐車場をぐるりと囲む植え込み付近まで来ると、ナミは手を放してサンジへと向き直った。
「あ、あの、ナミさん・・・?」
「この際はっきり言わせてもらうけど、私はこの店のファンだしこれからもここの商品は食べたいと思ってるわ。だから、瑣末なことでわだかまりを残したくないの。ここまではOK?」
「え、ええ」
いきなりまくし立てるように切り出したナミに、サンジは面食らいながらも黙って聞いている。それ以前に、口を挟む間もないが。
「まどろっこしいのは嫌いだから、単刀直入に聞くわ。・・・あの時、何があったの? 包み隠さず、正直に話して」
きりっと力の籠もったヘイゼルの瞳で見据えられ、サンジは苦笑して胸ポケットを叩いた。
煙草をいいかと仕草で聞いて来るので、ナミはどうぞとだけ促した。
「あー・・・あの件については失礼しました。俺も、あんなことするつもりはなかったんですけどね。――あの時、ナミさん車で寝てたでしょ? それ見つけた時嬉しくなっちゃってねー、傍で眺めようと近づいたんですよ。そしたらもう、その寝顔の艶っぽさと言ったら、ミロのヴィーナスだって裸足で逃げ出したでしょうよ、心臓止まるかと思ったもんな。んで、その・・・怒んないで下さいよ? ちょっと触ってみたいな〜なんて思って、ちょっとだけ頬に触れたんです。頬ですよ、頬! それでも起きないんで、もう少し悪戯心起こして、その・・・唇に触れてみたいなー、なんて思って・・・」
「で、キスしたの!?」
「いいい、いえ、寸止めしましたよ! 惜しかったけど、どうせ口説いてキスするんなら、起きてる時に正面から見つめられたいじゃないですか! だから、その、そこでやめて顔を上げようとしたら――」
「・・・あー、判った。そこで私がサンジくんに抱きついちゃったのね。OK、それなら責任は折半だわ。そうね、7対3で手を打ちましょ。あ、判ってると思うけど、サンジくんが7で慰謝料はそれには含まれてないから。そーねぇ、今後1ヶ月間デザートのデリバリー頼むわ。ウチの事務所は3人いるから当然3人分ね。追加で、季節の節目に出る限定物の優待権――私にしてはこれでもかなりの譲歩よ。異存は?」
立て板に水の条件にサンジは苦笑したが、その程度でナミとのつき合いを継続できるなら安いものだった。
最悪の場合、もう二度と会えないという処遇もあり得たのだから。
サンジは胸に右手を当て、恭しく頭を垂れた。
「――ないです。俺は最高のスイーツを手にあなたの元へ日参する、愛の僕になるんですね〜。ああ、それもまた甘美な響き・・・」
紙一重で異次元にイッてしまっているサンジを尻目に、ナミは大仰に溜息をついた。
「それと! “あの件”についてはさっさと忘れてね。私も犬に咬まれたと思って早急に記憶から排除するから」
「ああ、そんな! 俺たちの愛のメモリーが〜。いいえ、あなたが忘れてしまっても、俺のこの胸の愛はフォーエヴァーだぁぁッ!!」
「はいはい、フォーエヴァーでもフォークダンスでもいいから、さくっと今日の分お願いね」
素早く踵を返し、店内へと立ち戻る。新商品が目白押しの中、ナミは改めてサンジの顔を凝視したくなる物を見つけた。
【ほろ苦い大人の一時を、あなたのお気に入りの曲と共に・・・】
そうサブ・タイトルの書かれたプレートの後ろには、ちゃっかりゾロ・バージョンのガトーショコラが収まっていた。
「・・・ふうん。お試し期間は済んだのね? で、商業ベースに乗せることにした、とそういうわけなのね!?」
「・・・はい、事後承諾で済みません」
ナミは最上級の微笑みをサンジに向けた。微かにこめかみが震えている。
サンジはナミの背後に一瞬、北極点並みの酷寒においてなお美しい光り輝くオーロラを見たような気がした。
「――デリバリー、3ヶ月間お願いするわ。もちろん、断ったりなんかしないわよね!?」
「・・・はい、ナミさん・・・」
愛の奴隷に成り下がったサンジは、甘辛両方の味のする滝の涙に埋もれた。
自業自得としか言いようのない所業だった。
「聞いて、ふたりとも! 明日――ううん、今日から毎日『ブルー・オール・ブルー』のデザートが届くわよ! 当然3人分だから期待してていいからね♪」
「へ? マジで? ・・・何でまたそんなオイシイことに!?」
「きゃあああああッッ! ナミさん、それホントですかッ? 私たちの分まであるんですかッ? 本当のホントに?」
「ホントのホント。しかも3ヶ月間エンドレス、おまけに予約なしの限定物優先権つき」
「ああ、もう、ナミさんッッ!」
ビビは我を忘れてナミの手を握り締め。
「お願いです、私と結婚して下さい! 私、尽くします! 尽くして尽くして尽くしまくります〜〜ッッ!!」
「いやビビ、今の法律じゃ逆立ちしたって無理だって」
一応ウソップはそうツッコミを入れたが、ナミに抱きついてハグハグしているビビの耳に、常識の声など届くはずもなかった。
「・・・俺は何も見なかった。キャプテンたるもの、実直に仕事をせねば」
盛り上がる女性陣を尻目に、常識人の切り替えは早かった。
次の日の夕方、ナミは大急ぎで仕事を切り上げてマンションに戻り、下ろし立ての服に着替えてエントランスに下りた。
今日の温かな気温が未だ漂っているので、夜桜見物には最適な条件だ。
週半ばなので、人出も週末ほどは混雑しないだろう。
暮れ行く茜色の空に、ぽっかりと円を通り越して楕円になった月が浮かんでいる。
雲もないので、いい月夜になるだろうことは簡単に予測できた。
支度に少々手間取ったので、待ち合わせした時間を少し過ぎてしまった。
まさかまだ来てはいないだろうが――そう思い、何気なく通りに視線を向ける。
マンションの前のパーキングに、見慣れた大型のワゴンが停まっていた。
良く見れば、とうにナミの姿を見つけたレンがチャイルドシートから必死に身を乗り出し、窓ガラスを蹴っている様子が窺えた。
「あ、やだ、もう着いてたんだ」
慌てて駆け寄り、軽くガラスを叩く。気づいたゾロが窓を開け、レンの抗議は全開になった。
「あー! マーンマ!!」
「ああ、ごめんごめん。もしかして、結構待ってたりした?」
「ん〜、少しな。まったく、自分から待ち合わせ時間指定したくせに遅れんなよな」
仕事用からアフターファイブ用にメイクも手直ししたが、無論無骨を地で行くゾロが気づくはずもない。
万が一気づいたところで、口に出して言ってくれる可能性は、芋虫がモスラになるそれより遥かに低いお約束だ。
だがそこは女心、頭から悪し様に言われれば面白いはずもない。
「仕方ないでしょ、女の支度は時間がかかるモンなんだから。せっかちに急かして野暮なことばかり言ってると女に嫌われるわよ?」
「けっ、コブつきのやもめ野郎に靡く物好きなんざ早々いるかよ」
ナミは車に乗り込みながら、ゾロの突き抜けた鈍感さにそっと溜息をついた。
(自分の魅力を知らないって罪だわ・・・)
確かに、目つきと性格と口と根性の悪さを差し引くとかなり残高が気になるが、それでもゾロは黙って立っていれば充分イイ男に入るのだ。
しかし不思議なのは、この男の豪快とも言えるセクハラぶりだ。
これだけ世の女性に暴挙を働いているなら、頭と尻の軽い女のひとりやふたり、とうに引っ掛かっていてもおかしくはないのだが。
(きっと、口と根性の悪さで引いたのね)
これだけ頻繁にゾロに接触しているナミが出会わないのだから、おそらくそんな女はいないのだろう。
正直なところ、いなくて良かったと安堵している自分が心の片隅にいることを、ナミは渋々認めているのだが。
バックミラー越しに、ふとゾロと目が合う。
不意のことに考えていたことを見透かされはしまいか、内心かなりどきどきしてしまった。
そんな想いを知ってか知らずか、ゾロは微かに目元を綻ばせていた。
すっかり暗くなった駐車場には街灯が点在し、既に停まっている車でその約半分が埋まっていた。
「ふうん。週半ばでも結構人いるのねぇ。きっとそれだけ人気がある証拠なのね。さ、行こっか」
「あーい」
レンの元気な返事に笑みを誘われ、3人はゆっくりと長い階段参道を上った。
その途中で何人もの観光客と擦れ違う。
カップル家族連れ同姓グループとその趣旨は様々だが、一様にナミに向けられる視線に含まれる気配は同じだった。
特にカップルや家族連れの男は、その様子を連れに気づかれるや否や、思い切り小突かれている輩が殆どだ。
それほどに、今夜のナミは魅力的だったのだ。
もっともそうして視線を逸らした男たちは、半分は自分の連れを意識してのことだったが、もう半分は彼女の後ろにいる、連れと思しき男の憮然とした視線に恐怖したからに他ならなかった。
ゾロの視線は、「俺に断りもなしに、じろじろこの女を見るな」と思い切り雄弁に周囲を威嚇していた。
無論花に目を奪われているナミは、かれらのそんな無言のやりとりにはまったく気づかなかったが。
「うわぁ、やっぱりいいなー、夜桜」
この間見たお日様の下での桜も良かったが、紺青の空を背景に広がる薄紅色の花々はどこか妖艶な雰囲気すら感じさせる。
枝に渡された商店名入りの提灯が、これまた丁度いい具合にほの暗く、より幻想的な空気に拍車を掛けていた。
「おい、そんな高いヒールでまたコケんなよ?」
「余計なお世話よ。早々こんなとこ、二度も落っこちてたまるもんですか」
「ぶー」
そうだと言われたような気がして思わず笑ってしまう。
小さな鼻先を突つき、ふとナミは聞いた。
「そういえば、レンってゾロにそっくりだけど、くいなさんてどんな感じの女性だったの? そういや、部屋に写真立てのひとつもないし」
「あぁ? いきなり何を言い出すのかと思えば・・・」
ゾロはレンを抱えたまま、ふと空を仰いだ。街灯の光に追われ、そこにはほんの少しの星が瞬いているのみだ。
「小さい頃から剣道三昧だったから、女のくせに飾り気のねぇ奴だったよ。黒髪に黒い瞳の、お前と同じでガンガン文句つけるひでぇ女だ」
「・・・あんた、何気に喧嘩売ってんの? 神様の前でいい根性してるじゃない」
「別にどうでもいいさ。俺は神なんざ信じてねぇし」
(それで神主兼ねてる師匠に師事してるって、どこか矛盾してない?)
ナミにはどう聞いても屁理屈にしか聞こえない。
「なら、今度写真見せてね」
「残念ながら写真はねぇよ。もともとそんなマメに撮ってなかったし、間違って全部実家に返しちまったからな。今更それだけ取りにも行けねぇし」
「大雑把な性格だから、分別もしないで片っ端から箱にでも詰め込んだんでしょ!?」
道理で以前掃除をした時、散らかった服が男物と子供物しか見つからなかったはずである。
思い切りがいいと褒めるべきか、女々しくなるから見ないようにしたのだろうと揶揄すべきなのか。
(せめてどんな女性か、顔くらい見てみたかったなー・・・)
ようやく長い階段を上りきる。ふと振り返れば、下界の街の灯と階段に沿って続く薄紅色の参道で見事な景色が視界に飛び込んで来た。
見事としか言いようのない眺めに、言葉はいらなかった。
境内に沿ってぐるりと一周し、小腹が空いたので手近な店でたこ焼きをふたつ買った。
近くにベンチがあったのでそこに腰を下ろし、焼きたてのたこ焼きを頬張る。なかなかの味に、空腹だったレンが齧りついた。
「こら、これは熱いんだから、もっと冷まさなきゃ駄目よ。でないと火傷して、お口がタコになっちゃうわよ〜?」
「ま〜? だー、だー!」
判っていないレンは、相変わらず熱々のたこ焼きを欲しがってしきりだ。
「ほーら、これはもう冷めた。はい、あーんして」
「あーむ」
楊枝と指先で器用に分解し、タコ以外の部分を口に入れてやる。途中何度か指までしゃぶられ、ナミはくすぐったくて笑った。
その度ゾロが何とも言えない表情になるのを、ナミは視界の隅に捉えていておかしくて堪らなかった。
そんな顔を見られたくないのか、自分の分をさっさと胃に収めたゾロはそのままそっぽを向いてしまった。
もちろん仏頂面全開なのは言うまでもない。
「――と、はい、これでおしまい。満足した?」
「まんま。マーンマ〜」
着ぐるみポニーの頭を撫で、今度はナミが抱き上げる。抱き手がナミに変わったせいか、レンは大喜びした。
「・・・なあナミ、知ってたか? ここの神社は本堂の裏に、御神木のどでかい桜の木があんだぜ。見に行くか?」
「え? そんなのがあったの? わわ、見たい見たい、案内してっ」
ナミは嬉々として立ち上がり、ベンチに座ったままの腕を引いてゾロを促した。
急かすナミに苦笑しながら、ゾロは両手をポケットに入れてナミの後ろを歩き始めた。
本堂を回り込むように敷かれた伊勢砂利の参道に沿って行くと、明らかに他とは異なる機材でライトアップされた一角があった。
「う、わぁ・・・すご・・・」
ナミは思わず声を呑んだ。
樹齢だけでも200年近くは行っていそうな巨木は、天に大地に向かってその手を伸ばし、雄大とも言えるその姿で佇んでいた。
さすがに自力のみでは枝を支えきれず、添え木や支え木が何本も交錯している。
幹には太い注連縄が巻かれ、地面から斜に光を浴びてますます神々しい眺めだった。
「どうだ。なかなかイイだろ?」
「うん、怖いくらい――ホント綺麗以外の言葉が出ない・・・」
どこか切なくなるほど美しい光景に、ナミは感嘆の溜息を漏らした。
淡い光の陰影すら計算され尽くしたかのような一種妖艶な空間を演出し、見る者の心を捉えて放さない。
「綺麗・・・」
「――ああ、綺麗だな・・・」
枝に触れられるほど近くにいたナミの背後でゾロが呟く。ふと振り仰ぐと、ゾロは桜ではなくナミを見下ろしていた。
背中に、触れてもいないのにゾロの体温を感じる。じわじわとした熱が、背中越しに伝わって来る。
ナミは知らず赤くなっていた。
「あの、な、ナミ・・・」
「な・・・何、ゾロ?」
絡み合った翡翠とヘイゼルの視線を逸らすことができず、ナミを落ち着かない気分にさせる。心なしか鼓動がいつもより早く刻まれている。
「その、な・・・」
「まー?」
レンも不思議そうな表情でゾロを見上げている。日焼けした精悍なその頬にも、いつしかほんのり朱が上っている。
半ば伏せられたゾロの瞳には、ナミの姿が映っていた。
「ナミ、お前――」
こくり、とゾロの喉が鳴る。ナミも一瞬息が止まった。
不意に、周りからすべての音が消えたような錯覚に捉われた。
――刹那。
「おおおおッ! ゾロとナミじゃんか――ッ! こーんなとこで何やってんだぁ!?」
・・・油を差し忘れた機械人形のような軋んだ動きで、ゆっくりとゾロが振り返る。
その瞳には、明らかに烈火の炎が揺れていた。
「ルフィ・・・しかも、ビビまで・・・」
ナミは状況が把握できず、呆然と立ち竦んでいた。
背後から突然現れたふたりは、赤い顔をした上千鳥足だった。どうやらここの出店で散々飲んで来たらしかった。
「ルフィ、てめぇ一体何の恨みがあって・・・それ以前に、どっから湧いて出やがった・・・ッ!!」
「おおお〜? どしたゾロ、顔が変だぞ?」
「・・・ンだとこの野郎! 喧嘩売ってんなら全部買ってやんぞ!!」
「あ、違った、顔色だ。ししししッ、悪ィ悪ィ、ちいっと飲み過ぎちまったかなー。ビビと飲むとうめぇんだもんよー」
「ルフィさん、おだてたって何も出ませんよ?」
酔っ払い特有の意味のない笑い声に、先にナミの堪忍袋の尾が切れた。
「――ちょっとルフィ? こっち来てくれない?」
「あ? こっちって・・・い、いででででッ! 耳! 耳がちぎれる、ナミィ〜〜〜ッッ!!」
ナミはレンを抱えたままルフィの耳を捻り上げ、ふたりから少し離れたところまで引きずって行く。
「ね〜え、ルフィ? あんた以前、ゾロには幸せになって欲しいだなんて殊勝なこと言ってなかったかしら?」
「おう、言った! 俺は今猛烈にハッピーだぞ!?」
「そう、それは良かったわ。・・・ところでね、私ビビにサンジくん紹介しようと思うの。彼今フリーのようだし、女性の扱い上手いしね。ビビ可愛いから、サンジくんきっと気に入るわ。それでなくても、これから毎日事務所に来ることになってるし、恋せよ乙女、よね〜。春だもの、大いに恋愛にいそしまなきゃ。サンジくんに、どうやってビビを売り込もうかしらねー、楽しみだわ〜♪」
「ナ、ナミ? まさか、本気か?」
途端に顔色を失い、半ば涙目になってナミの顔を覗き込む。ナミは力一杯頷いた。
「あら、本気じゃいけない? 私は冗談や冷やかしで他人の恋路に手は出さないわよ!? ああ、久々に恋のネゴシエイターの腕が鳴るわ」
ルフィは、うっすら微笑んですらいたナミの瞳の奥に、激しく燃え盛る灼熱地獄を垣間見た。
「ごべんなざい、だびぃ。ぼうじだいがらがんべんじでぐで〜(ごめんなさい、ナミィ。もうしないから勘弁してくれ〜)」
「そう。判ってくれて嬉しいわ」
えぐえぐと子供のようにべそをかくルフィを放し、ナミはにっこりと微笑んだ。
だが、ヘイゼルの瞳はまったく笑っていなかった・・・。
「ナ、ナミさん・・・?」
「んんん、ビ〜ビ。明日ゆっくり話しましょうね・・・!?」
一気に氷点下の世界に放り出されたふたりを尻目に、ナミはゾロを促してその場を後にした。
(あンのバカどもッッ!!)
ふたりにはきつ〜く言い聞かせたが、それでもナミの怒りは収まらない。
だが、どうやらゾロはそれ以上だったらしく、近くの桜の幹に額を押しつけ、「落ち着け、落ち着け」と呪文のように繰り返している。
無駄かもしれないが、一応尋ねてみる。
「ね、ねえゾロ。先刻、何、言いかけたの・・・?」
「な、何でもねぇよッッ!!」
(〜〜〜〜〜ッッ!!)
一陣の旋風が吹き抜け、足元に散った花びらを踊るように攫っていく。
そんな春の夜風は殊更身に染みた・・・。
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(2004.04.21)Copyright(C)真牙,All rights reserved.