桜の花の咲く頃に     −4−
            

真牙 様




「いやー、何か悪ィなー。俺まで晩飯ご馳走になっちまって」

「仕方ないじゃない、ゾロとレンの夕飯まだなんだから。判ってると思うけど、あんたはついでなんだからね!? しかも今日だけ、2度目はないと思ってね」

「んんん、判った。感謝してイタダキマス♪ お、うんめぇ。ん、これも、おお、これもうめぇ! 羨ましいなー、ゾロ。お前毎日こんなうめぇ飯食ってんのかー? 俺も是非便乗してぇなー、しししッ!」

「・・・・・ッ」

喜色満面で遅い夕飯を頬張るルフィを尻目に、ゾロは仏頂面を隠そうともせず黙々と箸を進めていた。

「――で、一体何なの? こんな時間に他所の家に押し掛けて来て、玄関先で押し問答繰り返してた理由ってのは」

「おう! ゾロの奴が勿体ぶってビビを紹介してくんねぇからだ!」

「だから、俺はそんな女知らねぇっつってんだろがッ!!」

しれっと言い放つルフィの言い回しにゾロが噛みつく。
どうやら相当数言われ続けていたらしく、ゾロはかなりうんざりしている様子だった。

ゾロでは話にならないと判断したルフィは、今度はナミに切々と訴えかけた。

「聞いてくれよナミ! 先月こいつ、水色の髪した女チビ・マリモンの迎えに寄越してよぉ、それがまたメッチャ可愛い女だったんだよなー。俺もういっぺん会いてぇって言ってんのに、こいつときたら『知らねぇ』の一点張りなんだもんよ。まったく、ずりぃと思わねぇかー? 自分だけあんな可愛いのと知り合いでよー」

「知らねぇモンは知らねぇんだからしゃーねぇだろうが! 俺に当たってんじゃねぇッ!」

「そんなの変だろ? 何で知らない女がチビ・マリモン迎えに来れんだよ? しかもこいつ、人見知りしなかったんだぜ? 知ってるに決まってんだろ!?」

「ぶー、あうー」

明朗快活な説明に、ナミは事の成り行きが判り過ぎて溜息しか出なかった。

更にまくし立てようとするルフィの前に手を翳し、機関銃のように動く口を黙らせる。

「はーいはいはい、事情は良〜く判ったわ。要するに、先月ゾロが遅くなりそうだった日に子ゾロ――じゃない、レンを迎えに行った水色の髪の女の子に、ルフィはもう一度会いたい。なのに、知ってるはずのゾロがシラを切って紹介してくれない・・・そういうことなのね!?」

「にしししッ! おう、そうだ!!」

何ら悪びれる様子もなく、屈託のない表情で笑うルフィにナミはすっかり毒気を抜かれてしまった。
対するゾロの渋面の皺はますます深くなっている。

「ゾロが知らないのは当然よ。ビビに行ってもらうよう頼んだのは私だもの」

「何だ、ナミだったのかー。そんならそうと言ってくれりゃ、話は早かったのによ〜」

本当にそうだ。一言そう言っていれば済むことだったのに、何を考えてゾロはそんなに言い渋っていたのだろう。

「なあなあナミ、あれどんな娘なんだ? 家は? 歳は? 仕事は何してんだ?ついでにスリーサイズは? 教えてくれよ〜」

こうなるとルフィも性急で、早速ビビに関する情報を聞き出そうとナミに首っ引きになっている。

それを視界の端に映しているゾロは、ルフィを視線で射殺さんばかりの勢いで睨みつけていた。
ナミは見なかった振りをして、ビビについて淡々と語った。

「えーと、あの娘の名前はネフェルタリ・ビビっていって、歳は24歳よ。仕事は、私の経理事務所で事務全般をやってもらってるわ。家は郊外の方で、お父さんが銀行の頭取だったかしら。スリーサイズは、セクハラしたあんたに聞かれるまでもないと思うけど?」

「うお〜〜〜・・・そっかぁ、そうだったのかぁ・・・ありがとな、ナミ! 俺お前大好きだぞッ、にしししッ!!」

ルフィは感激の余り、ナミの両手を握ってぶんぶんと上下に振り回した。

「んじゃ、ついでと言っちゃ何だがよ。ナミ、後生だからビビ紹介してくれッッ!」

「・・・ナミ、携帯ナンバーかメールのアドレス教えてやれよ。そうすりゃ後は自分で何とかすんだろ」

言いながらゾロは、さり気なくナミの手を握り締めていたルフィの手を振り払う。
やや乱暴な仕草にナミは表情を顰めたが、当のルフィはますます歯を剥いて笑っていた。

もっともらしい意見だったが、それにはナミは頑として首を縦に振らなかった。

「駄目よ。あの娘が直接教えるならともかく、私が勝手に言うわけにはいかないわ。これは彼女のプライバシーよ、当然でしょ?」

「えぇ〜? じゃあどうすんだよ〜、紹介してくれよ〜、会いてぇんだよ〜〜」

まるで耳と尻尾を垂れた仔犬のようだと、ナミは吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。

「そうねぇ・・・あ、じゃあみんなでお花見に行かない?」

「花見?」

ゾロが怪訝そうな表情で呟く。ナミは名案だとばかりに両手を合わせた。

「そうよ、一石二鳥だわ。私、ここに越して来たの去年の夏だから、こっちでお花見したことないのよ。だから、お花見! 私はウチの事務所のふたりとその家族を連れてくわ。で、ゾロがルフィを連れて来たことにするの。すべては偶然からなる必然なのよ。それでどう?」

「イイに決まってんじゃんよ〜。ナミィ、お前天使に見えるわ〜」

「理路整然と言って欲しいわ。じゃあゾロ、車はお願いね。あんたの車仕事柄なんでしょうけど、無駄にでかいから大勢乗れるでしょ? ね〜、レン。お花見なんてしたことないでしょ? 楽しみよね〜」

「あーう、マーンマ〜」

勝手に進行する話に目を剥き、ゾロは憮然と吐き捨てる。

「ちょっと待て。俺は行くなんて一言も言ってねぇぞ!?」

「私は行きたいの、お花見したいの、文句あるッ!? それともゾロ、あんたこれ以上私への貸し増やされたいの? 意地でも行かないってんなら、今までの貸しの総額に3割上乗せしとくわね。ああ、それもいいかも。返済される日が楽しみだわ〜♪」

「・・・だああ、もうッ! 行きゃあいいんだろ、行きゃあ!」

「素直にそう言えばいいのよ。まったく意固地なマリモはこれだから困るわ」

「うるせぇ! って、何ニヤニヤ笑ってやがんだよ、ルフィ!!」

ふたりのやり取りを傍で見ていたルフィは、いつしかにんまりとした笑みでゾロを眺めていたらしい。
それがまたゾロの逆鱗に触れ、あわやふたりは一触即発の危機に陥りそうになった。

「はい、やめやめ。じゃ、この計画は今度の日曜ってことで。OK?」

「オッケーオッケー、大オッケーってな。うお〜、頑張るぞーッ!」

((何をだ!?))

ゾロとナミの心の中で同じツッコミが入ったのは言うまでもない。

「ああルフィ。ひとつ言っておくけど、今度はビビにセクハラしちゃ駄目だからね!?」

「セクハラ? そんなことしてねぇぞ? ただあんまり可愛い尻だったから、ちょっと撫でてみたかっただけでなー」

「それがセクハラだっつーのよ! いい? あの娘は免疫ないんだから、あんまり過激なことはしないで。紹介の片棒担ぐ私の面子ってものもあるのよ、判ったわね!?」

「ん〜・・・判った、気をつける」

何をしでかそうと思っていたのか、ルフィは承諾するまで少し間を要した。が、ひとつ納得してしまえば後は満面の笑みである。

「でもありがとな、ナミ。俺一生恩に着るぞ!!」

「そう? じゃ、これはルフィへの貸しね。後でしっかり恩返ししてもらうから、絶対忘れないでよ!?」

「おぅ! ほいじゃ、俺はもう帰っからよ、後はふたりで細かい計画立ててくれや。俺の携帯とメル・アドはゾロから聞いてくれな。たっのしっみで〜〜い♪ おっ花見おっ花見にっちようび〜〜♪」

そう言うとルフィは、調子の外れた鼻歌を歌いながら小躍りしつつ去って行った。



人一倍賑やかな男がいなくなると、室内は急に静かになったような気がする。

ルフィの消えたドアを見つめ、ゾロは思い切り苦虫を噛み潰したような表情で長い溜息を吐いた。

「なぁにゾロ、その心底いやそうな態度。そんなにお花見嫌いなの?」

「・・・花見じゃなくて、面子がだ」

「私の事務所の連中も行くじゃない。それに、いつも保育園で散々お世話になってるのに、あんたルフィのこと嫌いなの?」

「そうは言わねぇが・・・」

訝るように首を傾けると、ゾロは口の中でもごもごと呟いた。

どうやら、「人の気も知らねぇで」と言ったらしい。

「やーねぇ、もしかして妬いてんの? まさかレンと3人で行きたかったなんて思ってたりしたわけ? それこそまさかだわよねぇ。あんたがそんな殊勝なこと考えるわけないし!?」

片づけをしながらナミは冗談めかして笑った。

ナミは気づかなかったが、向こうを向いているゾロの口が真一文字に引かれ、心なしか耳元が赤く染まっていた。

(言えねぇ・・・)

・・・図星だったのは言うまでもない。



時間も遅くなったので、ゾロは部屋に戻ろうと玄関で靴を履いた。
今日はずっとルフィと一緒だったので妙にテンションが上がり、未だ元気に室内を這い回っているレンをナミが捉まえて来る。

どうにも憮然とした雰囲気の漂う背中に、ナミは苦笑しながら言った。

「まったく、そんなにルフィにつきまとわれるのがいやだったんなら、さっさと私に聞けば良かったのに」

そうすれば、こんなややこしい状況にならなくて済んだはずだ。判ってはいるのだろうが、ゾロは渋面のままそっぽを向いている。

「・・・上手いこと時間調整して、お前が行ってくれたモンだとばかり思ってたんだよ」

「あら、言わなかったっけ?」

「言ってねぇし聞いてねぇ」

「ぶー」

きっぱり言い切ってくれるが自慢にはならない。

「それにルフィの奴、『園に迎えに来た女』じゃなくて、いきなり『水色の髪の女』って聞いて来たんだぜ? 俺の知り合いにそんな女はいねぇよ。第一『園にレンを迎えに来た』なんて説明言葉、今までただの一言も聞いてねぇし」

「・・・何? ルフィってば、肝心要なとこゾロにも言ってなかったの?」

「それも言ってねぇし聞いてねぇ」

「おー」

ナミは呆れて肩を竦めた。どっちもどっちである。

と、何を思ったのか、何か思い出したようにゾロが振り返った。

「けど、それでようやく納得がいったぜ。お前が代理で迎えにやった女、それが事務員として使ってる『水色の髪のビビ』だったんだな」

「ええ、丁度手が離せなくて困ってたから凄く助かったのよ。・・・それにしてもゾロ、あんた初歩的なとこで問題解決しようとは思わなかったの? 一言私に聞けばルフィもあそこまでしつこくしなかっただろうし、全然ややこしくなる話じゃなかったでしょうに」

「それはそうだが・・・いちいち他人の色恋沙汰に首なんざ突っ込みたかねぇし、その・・・あんま関わりたかねぇし・・・」

「けど、それでひとりうんざりしてたら世話ないと思うけど!?」

溜息に苦笑が混じる。ゾロは背中を向けたままナミの方を見ようとしない。

「ゾロ?」

「ああああ、俺が悪いんだろうさ。毎日朝夕騒いでたあいつ無視して、ずっとひとりで苛々してた俺がなッ!」

「―――――――・・・」

半ばやけくそに言い切るゾロの耳は、後ろから見ても判るほど真っ赤だった。きっと顔はそれ以上になっているだろう。

(もしかして、こいつってば・・・)

「――妬いてたんだ? 私がルフィに会って楽しそうにされるの」

「うるせぇ! 放っとけよッ!!」

ナミはおかしくて堪らなかった。こんなでかい図体して子供もいるくせに、何と感情表現の稚拙な男なのだろう。

「まったくバカねぇ。とことん突き抜けてて、いっそ清々しいくらいだわ」

「るせぇよ、どうせ今始まったことじゃねぇだろ」

「――でもね」

レンを抱えたまま、ナミはその広い背中に軽く額を押し当てる。ゾロは目に見えて硬直した。

「嫌いじゃないわ、そういうの」




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(2004.04.11)

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