桜の花の咲く頃に     −5−
            

真牙 様




「ねえ、週末予定がなかったらみんなでお花見行かない?」

次の日、事務所に出て来たふたりにナミが告げると、ビビたちはそれぞれに喜んだ。

「きゃあ、いいですねー。今が一番見頃ですもんねー、やっぱり一度くらいはちゃんと見ておくのが基本ですもんね」

「そりゃいい提案だな。しかし判ってると思うけど、俺を誘うならカヤと娘も一緒だぞ?」

「もちろん判って言ってるわよ、最初からそのつもりで声掛けてるもの。ゾロが大型のワゴン持ってるから、みんな乗って行けるし。あ、時間の都合が合わせにくいんだったら、ウソップは自分の車で来てもらって現地集合でも構わないけど?」

家族連れになると、どうしても家人の準備があるので独り身のように即座にというわけにもいかない。
そう気を回したことに気づいたのか、ウソップはそうなんだよ、という風に頭を掻いた。

「ゾロって、あのチビ助の父ちゃんだよな。あれの巨大化した奴なんだろ? そういや会うのは初めてだったよなー」

「そういえばそうでしたね。子ゾロくんも久し振りだし、また会えるなんて楽しみだわ。ところで、子ゾロくんのお父さんてどんな人なんですか?」

「ゾロ? ん〜、そうねぇ・・・強いて言えば、強面で無愛想ででかい態度と図体してて、一応全国クラスの剣の使い手らしいマリモよ」

「「・・・はい?」」

「ついでにオヤジでセクハラ野郎で、目つきの悪い大飯喰らいの大雑把な奴ってとこかしら」

「「・・・・・・」」

ナミの説明に、ビビとウソップのふたりが顔を見合わせる。そこには一種、同じ思惑が見て取れた。

「・・・ナミ、お前合コンの幹事やったことないだろ!?」

「あらあるわよ。どれもご盛況のうちに終わったけど?」

(嘘だ! こんな紹介されて、一体誰が喜ぶってんだよ〜。そいつら絶対感覚おかしいぞッ)

(マリモ・・・ペットかしら?)

そんな悲喜こもごものふたりの内心を知ってか知らずか、ナミはにんまりとした笑みを浮かべただけだった。
視線の先にビビがいたことに、ふたりはまったく気づかなかった。





「えーと・・・鶏肉はこれで、ウィンナーと卵・・・」

「ナミさんナミさん、白身のお魚安いですよ?」

土曜日の午後、ナミとビビはふたりでスーパーに買出しに出ていた。明日のお弁当の材料調達である。
ビビは今夜ナミの家に泊まり、明日早起きしてふたりでお弁当を作る算段になっていた。

「ナミさん、この街でお花見したことないんですよね? ふふ、意外に穴場スポットあるんですよ、びっくりしますから」

「へえ、そうなんだ。楽しみだわ」

場所についてはいくつか候補が出たが、ゾロの意見によれば、道場の裏手の山が知る人ぞ知る桜の名所になっていて、
地元でも5本の指に入る景観が拝めると言う。

先月行った時は梅の時期だったので気づかなかった。どんな景色が拝めるのかと思うと、ナミは知らず胸がわくわくした。

「そういえば、ゾロがもうひとり友達を連れて来るって言ってたわ。ウソップたちも現地集合だし、賑やかになりそうね」

「ナミさん、ウソップさんとこの娘さん見たことあります? 可愛いんですよ、奥さん似で」

「そうそう、髪はウソップ似だけど顔の造作はカヤさんに似てたわ。女の子であの鼻が似てたら、なかなか凄い眺めになってたかも。2歳って言ってたわよね。レンのいい遊び相手になってくれるといいんだけど」

「レン? 誰ですか?」

聞き慣れない名前にビビが首を傾ける。そういえば言っていなかったとナミは笑った。

「ああ、子ゾロの本名よ。この間1歳になったからいい機会だったし、いつまでもゾロにチビ呼ばわりさせとくわけにもいかないでしょ」

「そうですね。でも私、子ゾロくんって呼び方、嫌いじゃなかったですよ? 可愛くて」

「そう? 実は私もよ」

ふたり並んで大ゾロ子ゾロ――どこか間の抜けた光景を思い出し、ナミはひとりくすくす笑った。

「あ、そうだナミさん。私もう1件買出し行って来ますから、先に戻っててくれます?」

「そう? じゃ、気をつけてね」

いそいそと長い髪を揺らして走って行く後ろ姿を見送り、ナミは駐車場に止めた車へと向かった。





「ナミさん、お風呂頂きました」

「はいはい。ドライヤーはそこの棚にあるから勝手に使ってね」

ナミはクローゼットに入り込み、棚の上を眺めてピクニック・バスケットを探していた。
確かこの辺りに置いたと思ったのだが、なかなか見つからない。以前使ったことがあるので、ないわけはないのだが。

腕を組んで考え込んでいると、それを遮るように玄関のベルが鳴った。

「ん〜、悪いけどビビ出てくれる?」

「あ、はい。こんな時間に誰でしょう。は〜い」

ぱたぱたと小走りに玄関に出て鍵を開ける。訪問者は、ビビの顔を見るなり狼狽して身を引いた。

「わ、悪ィ! 部屋間違えた!!」


バタンッッ!!

シ――――――――ン・・・。


「ビビー? 誰だったのー?」

「・・・緑色の髪をした、背の高い人相の悪い男の人です。部屋を間違えたって言ってましたよ?」

「あはは、違ってない違ってない。ゾロー、逃げなくても大丈夫よー? 別に取って食べやしないから」

ナミは笑ってドアを開けて通路を見渡した。ゾロは心底驚いた表情で、レンを抱えたまま通路の壁に張りついていた。

「マーンマ〜?」

「・・・誰だ、今の女」

「んん、あれが噂のビビよ。今夜うちに泊まって、明日の朝一緒にお弁当作るの。合理的でしょ?」

合理的なのはいいが脅かさないで欲しい。ゾロは大きく息を吐き出して、ナミの方へ身を乗り出すレンの背を叩いた。

「どうすんの? 夕飯食べてくなら用意できるけど」

「あー・・・そうだな。今更遠慮する柄でもねぇか。邪魔するわ」

ゾロはひとつ溜息を漏らし、改めてナミ宅の玄関を潜った。

「ビビ、怖がらないでねー。目つきも人相も表情も怖いけど、中身はただのオヤジだから」

「てめぇフォローする気ねぇだろ!」

「うん、ない」

「きゃーう」

レンを受け取ってビビに挨拶させる。レンはじっとビビの顔を見ていたが、不思議そうな表情をしただけだった。

「こんばんは、子ゾロくん――じゃなくて、レンくんでしたっけ? 久し振り、元気だった?」

「あー」

一週間以上事務所でナミと一緒に面倒を見たので、レンのビビに対する警戒心は殆どない。
少々複雑な表情もちらつかせるが、泣き出すほどではなかった。

「えっと、何でしたっけ。レンくんのお父さんですよね? 初めまして、ネフェルタリ・ビビです。ビビって呼んで下さいね」

「・・・ロロノア・ゾロだ。ゾロでいい」

「そうそう。こいつが噂の『強面で無愛想ででかい態度と図体してて、一応全国クラスの剣の使い手らしいマリモ』よ」

あまりの言い草に、さしものゾロも開いた口が塞がらない。

決して愛想がいいとは言えないので、初対面の相手には散々な印象を抱かれるのはまず間違いない。

それは、自覚がある。

だが、それを増長されるのは如何なものか。

ゾロがこめかみを押さえて唸っていると、それを見ながら口の中で反芻していたビビは、不意に得心したように手を打った。

「剣ってことは、剣道か合気道ですか? じゃあ『ミスター・ブシドー』ですね!」

「「・・・はぁ??」」

「だって、『レンくんのお父さん』でも困るでしょう? うん、何かイメージぴったり。そう呼ばせてもらってもいいですか?」

(いいも何も、『ゾロ』でいいって本人言ったのに・・・)

ナミの苦笑をよそに、ビビはすっかりその呼称を気に入ってしまっている様子で、呼ぶ気満々の気配が満ち満ちている。

ゾロはどうでもいいらしく、「好きにしろ」とだけ言い放った。



ビビがレンと遊んでいる間にナミは手早く夕食の支度を整え、ふたりは今日も美味しい食事にありついた。

「明日はお天気良さそうで良かったですね」

「私の日頃の行いの賜物ね。んん、あんたたちそこら辺感謝するように!」

「あ〜い、マーンマ〜」

絶妙の合いの手に思わずビビが噴き出す。シチューに顔を突っ込んでいたので、またもや着ぐるみコアラは悲惨な状態だ。

「行いねぇ・・・」

ゾロが遠い目で呟く。あからさまな態度に、ナミはきりりと眉を吊り上げた。

「ちょっとそこのマリモマン、文句があるならはっきり言えば? 私ほど品行方正で礼儀正しい常識人はいないでしょ?」

「良識はねぇけどな」

ナイスなツッコミに更に吹き出しそうになり、気づいたナミの視線にビビは慌てて自分の口を両手で塞いだ。我慢しているのか顔が真っ赤だ。

それを視界の端に留め、ナミは斜めにゾロを睨んだ。

「ゾ〜ロ〜? あんた私に喧嘩売ってんの!? 新年度棚卸しで心機一転するなら、在庫一掃全部まとめて買い上げるわよ。まとめ買いならいくら勉強すんのッ!?」

「どういう理屈だ、そりゃ」

「ぶー」

――人はこれを屁理屈と呼ぶ。




いつもは食後ゆっくり酒を飲みながら雑談するゾロだが、今日はビビに遠慮したのか早々に腰を上げた。

「私に遠慮されなくてもいいのに・・・」

ビビが困ったように言うと、ゾロは軽く肩を竦めてレンを抱え上げた。

「そんなんじゃねぇよ。明日の準備もあるし、少し車ン中片づけてぇだけだ。じゃ、ごっそさん」

「そう? じゃあ明日は『よろしく』ね」

ビビの死角でさり気なくゾロにウィンクして見せる。ゾロは口の端をニッと上げてそれに応えた。



ふと振り返ると、少し照れたようなにんまり顔のビビがナミをじっと見ていた。

「・・・何、ビビ?」

「ミスター・ブシドーって、いつもこうして夕食をご相伴しにナミさんとこに寄るんですか?」

「ん〜、毎日ではないけど、結構頻繁ね。でも、レンの食事事情を考えると、ほら・・・判るでしょ?」

いきなり子守を押しつけられて、事務所で奮闘した8日間がありありと思い起こされる。
あの時ゾロがレンに携帯させた“お土産”は、半分ミルクを飲んでいる乳児の離乳食と言うには程遠い代物ばかりだった。
いくら子育て経験がないと言っても、常識範囲で許される限度というものがある。
その点ゾロは、清々しいくらいに突き抜けていて笑うしかなかったが。

「うふふ。いいですよ、そういうことにしといても」

「・・・どういう意味かしらぁ、ビビィ?」

「ナミさんて、意外に照れ屋さんだったってことですよ。あ、ウソップさんにはまだ暫く内緒にしておきますね。ここはやっぱり女同士の秘密ってことで♪」

「・・・・ッ!」

唐突に悟る。

今夜のゾロの来訪は、今のナミの状況をビビにしっかり知らしめる、絶好の邂逅に他ならなかったのだということに。

「ち、違うのよビビ! 私たちはまだそんな――・・・!」

(まだ? いや、そうじゃなくて、だから・・・ああもうッッ!!)

ナミの内心を見透かすように、ビビはにっこりと微笑んだ。それはどこか、このマンション内において見慣れた誰かと同じ笑い方だった。

「判ってます。余計なことは言いません。だって、馬に蹴られたくないですもん」

がっくりと肩を落とす。

確かに――今は『まだ』かもしれない。
だが近い将来、それは一気に急展開するかもしれない。

そして――それを期待する自分が確かにいることを、ナミは渋々認めるしかなかった。




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(2004.04.12)

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