物書き騒動記   −7−
            

真牙 様



(ああもう、何でよ〜〜・・・)

ナミはパソコンに向かいながら、止まらない指の動きを恨めしく思った。

昨夜の『取材』が功を奏したのか、完璧ではなかった筈のプロットを推しても書きたい本能の方が勝っていた。

しかもそのスピードたるや、凄まじいものがあった。
浮かされた熱が冷めないうちにとでも思ったのか、集中力が途切れないままナミはもう数時間椅子に座ったままだ。

背後では足音を殺したゾロがさり気なく空調管理し、いつしか日中の暑さを忘れるように涼しくされている。
外の炎天下同様燃えているのは、ナミのハートとやる気だった。

この調子で書いていたら、当初一週間刻みで予定していた連載の原稿は、初回の週で全編上がってしまいそうだった。

それならそれで、後々予定に余裕ができていいのだが。


そんな鬼気迫る勢いでキーを叩きまくっているナミに、ゾロは一切声を掛けない。
時折ドアの辺りで様子を窺っているような気配はするものの、物音をたてて室内に入って来ることはしない。

その辺の気配りもプロなのだと感心しつつ、ナミは切りのいいところで一旦手を休めた。

ふと時計を見れば、既に昼を少し回っている。

(そういえばお腹すいたかも・・・)

夢中になって書き続けていたので、朝食のことさえすっかり忘れていた。
こういったことが重なり、以前空腹と睡眠不足で思い切り倒れたことを思い出す。

肩を叩いて首を回しつつキッチンに行くと、そこにはチラシと新聞を読んでいるゾロがいた。

ナミが入って行くとすぐに気づき、ゾロは新聞をたたんで立ち上がった。

「ああ、一段落着いたのか。今、すぐ昼飯にするから座って待ってろ」

そう言いながら、先に小腹を埋める物をと大振りのカップに納まった白いデザートを出してくれる。
添えられたピッチャーに入ったソースは、鮮やかな紫色のブルーベリーだ。

「何これ?」

「ミルク風味のババロアだ。本当はそこからデッシャーで掬い出してソースを掛けるんだが、そんな少しでは胃が満足せんだろ? だから、それ全部先に食ってていい。どうせ呼び水になって、その後の飯には響くまいからな」

「――うん、そうみたい。ご馳走様」

「って食った後かよっ」

ゾロは呆れたように苦笑して、ふんわり湯気の漂う大丼をナミの前に出した。
鰹ダシのいい香りが漂うそれは、たっぷりの卵を散らしたカニ雑炊だった。

「あ、おダシとカニのいい香り〜。こんな時、この国に生まれて良かったと思うわ〜〜♪」

「リゾットも考えたんだが、徹夜明けで空っぽの胃にはちときつい気がしてな。それはまた今度だ」

「うん、期待してる。魚介類たっぷりのやつにしてねっ」

「了解」

朝食はともかく昼は待っていてくれたのか、ゾロもナミの前に座って遅まきの食事を始める。

「あー、真夏に涼しい部屋で熱々の料理食べるのって、一種の贅沢かも。真冬にコタツでアイスクリームってのも乙だけどね〜」

「環境と真逆の物を食べたくなるのは、欲望に忠実な人間の性(さが)だな。食欲が衰えないのはいいことだが」

「そういうモンなの?」

「そういうモンだ」

ふうんとひとりごち、せっせとレンゲを動かす。
熱々の雑炊は、昨夜から何も入れていなかった胃にじんわりと染みこむ温かな熱をもって広がった。

「ああ、そういえば」

ふと立ち上がり、キッチン側に回って茶筒を出す。
もうすぐ食べ終わることを見越して、お茶を淹れに立ったらしい。

「昨夜はタオルケット、サンキュな。少しうたた寝してたのか、俺。そんなつもりはなかったんだけどな」

「・・・・・っ!!」

背を向けたままさり気なく言われたので、ナミは思い切り口に含んだ雑炊を噴き出すかと思った。

反射的に一緒に思い出してしまう。
昨夜自分がしでかした、この男に対するとんでもない暴挙を。

(ききき、気づいてないわよね? 気づかれてないわよねっ!? あ、あんなコトこいつに知られたら、一体何言ってからかわれるか・・・。ううん、それ以前に違約金支払えなんて言わないでしょうね。確か手ェ出したら違反とか何とか――って、今回手を出したのは私だけど。いや、そんな大それた意味じゃなくてっっ!!)

引き降ろし式の吊り戸棚の陰でゾロの顔は見えない。
一体どんな表情をして今の台詞を言ったのか知りたかったが、それ以上に自分のとんでもない顔を見られるのは回避したかった。

「そ、そーねっ。ちょっと顔洗うのに中断したら、あんたあんな場所でほけほけ寝てるんだもの。風邪なんて引かれたら、サポートしてもらう私が困るんですからね。このくらい、雇用主として当然のことをしたまでよっ」

(ああ、何か可愛くない言い方・・・って可愛い言い方したからってどうだってのよ!!)

「・・そうか、手間取らせて悪かったな。今度から気をつける」

「そ、そうしてくれると助かるわ」

またも微妙な空気が漂い、乾いた笑いがふたりの間を飛び交う。


(気づかれてねぇよな? 昨夜途中で目が覚めてたこと、気づかれてねぇよな!?)

本当は、通りかかったナミが声を掛けた段階で目が覚めていた。
すぐに出て行くと思っていたので、そのまま寝た振りを決め込んでいた。

するとナミは立ち去るどころか隣に座り、ゾロが眠っているのをいいことに大胆に触れて来た。
くすぐるようにあちこちに触れ、何を思ったのかそっと唇を寄せた。

その後すぐに我に返ったのか慌てて離れ、去り際に何か呟いていたのだが。

(何か、実験だか取材だかヒロインがどうこう言ってなかったか? 何で書き物してた途中で出て来て、こんな奇行に走るんだ。・・・まさか、俺をからかってたのか――!?)

そうだとしたら冗談が過ぎる。

かといって、冗談などでなかったとしたら、今の自分に一体何ができるというのか。

(勘弁してくれよ。仕事に障るだろうが・・・)

耳元をピンクに染めた、それがゾロの正直な感情だった。



――結局、一週間刻みの2ヶ月連載予定の恋愛モノは、闘魂込めて書き込んだナミのひとり勝ちで4日という超短期間で上がった。

「どうしたの、ナミさん。こんなに焦って上げてくれなくても予定は余裕を持って組んでいたのだけれど。それとも――思うところがあって、筆がノッたのかしら?」

「あは、ははは、そんな感じかも・・・」

「そんな憔悴するほど激しい追い込みだったのね。心中お察しするわ」

(察しなくていいってば!!)

ゆったり微笑むロビンの鷹揚さが、この時ばかりは恨めしいナミだった。



数日後、一通り内容を浚ったロビンから嬉々とした声で電話が入った。

『いつも素敵なお話を書いてくれるのは判っているけれど、今回はまた素晴らしい出来ね。何かいいことでもあったのかしら? 編集長直々にお礼が言いたいそうなのだけれど・・・』

“ナミちゃ〜ん、ありがとね〜〜。キミがウチの会社メインで仕事してくれて、ホント嬉しいよ〜〜♪”

『――ですって』

「え、えーと・・お褒めに預かり恐縮です・・・」

とても『取材のお陰です』とは言えなかった。





そうした、一種微妙なバランスの上に成り立っているナミの家の中は、やはり微妙な空気が漂いつつあった。

何がどう変化したわけではない。
いや、ほんの些細なことにナミがいちいち引っ掛かりを感じるようになってしまったのだ。

もちろんゾロが仕事の手を抜いているという意味ではない。
ナミが原稿書きの仕事モードに入ってからというもの、そのサポート振りは感心して頭が下がるほどだ。
徹夜をすればバカ正直につき合ってくれるし、陰に控えるその姿勢も徹底している。
並々ならぬ神経を注がれていることを感じ、嬉しさと同時に大丈夫なのかと心配さえしてしまう。

――もちろん、言ってなどやらないが。

不満なのは、ここのところゾロがナミを真正面から見ようとしないことだ。

それに、以前から気づいて疑問に思っていたことだが、ナミの名を一切呼ぼうとしていないことだろうか。

雇用主なのだから、不満があれば口に出して改善するよう求めれば即座に解決するだろう。
なのに、ナミはそれを自ら求めようとはしていない。

(あんなトーヘンボクに、親切に教えてなんてあげない! 失礼には失礼で返すのが礼儀ってモンよ!)

殆ど意味不明の決意表明に、当のトーヘンボクは気づいているのかいないのか。


「ああ、今日は夕方から夜に掛けて天気が急変しそうだからな。買い物したい物があるなら、日中に出掛けた方がいいぞ?」

「天気が、急変・・・?」

その言葉を聞いて、ナミの表情がひくりと引き攣る。
それを怪訝に思ったのか、ゾロは視界の端にナミを留めながら軽く眉を顰めて「どうした?」と尋ねた。

「ななな、何でもないのっ。ホント、何でもないのよ、大丈夫!」

「・・・何か、大丈夫って顔色してねぇんだが」

独白のように呟かれた言葉は、ナミの脳神経に留まることなく素通りし、そのまま呆気なく霧散した。





予報通り、夕方から振り出した雨は夜が更けるごとに雨足を強め、いつしか遠方に雷雲を呼び寄せていた。

「あっとゾロ! 私今夜はさっさと寝るから! 戸締まり片づけその他諸々、きっちりしっかりよろしくねっっ!」

「お、おう。お疲れさん」

早々に風呂も済ませたナミは、どこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせつつ、さっさとメインの寝室へと引き上げて行った。
それを見送りながら、ゾロは今日も無事一日を終えられたことに心底安堵していた。

(こんなんで俺、ここで家政夫やって行けんだろうか・・・)

もちろん、そんな独白は他の誰にも聞かせられはしない。

この家に入ってまだ10日前後だというのに、ゾロは日々最初の言葉を呪文のように繰り返している。

いや――雇用主がこんな若い娘であるいうことは別として、気づかなければ良かったのだ。


ナミが、こんなにも魅力的な娘だということに。


それをはっきり自覚させられたのは、数日前の晩にナミがゾロへと触れて来た時からだろうか。

(勘弁してくれ・・・)

仕事は仕事だ。きちんとこなさなくてはならない。
男の家政夫は極端に少ないのだから、その先駆者としてもきちんとした身の振り方を見せて手本とならねばならない。
今までだってそうして来たし、これからもそうした上でそうできるだけの自信があった。

――ついこの間までは。

ここに来て本気で身のありようを考えねばならないのだろうかと、ゾロは愕然とした思いで考えるしかなかった。





夜更け――ゾロは、あまりにも凄まじい雷の炸裂音に驚いて目が覚めた。

遠雷は時間を追うごとに近づき、夜更けを過ぎる頃には間近で狂喜乱舞するというサービス精神を発揮してくれた。

(・・・近いな)

閃光から炸裂音までの間隔がない。相当近いようだ。

(電化製品をヤラレたら骨だな。・・・コンセント抜いとくか)

特に大型の物は破壊されるとコトなので、ゾロは渋々起き上がって各部屋の電化製品の電源を確認しに回った。

まずは、何はなくともナミの常時使用しているパソコンの本体だ。
ここからアンテナを介してノートの方に接続しているので、ここがやられたらすべてはアウトだ。
コンセントの差込口には小さな雷ガードなる代物がついているが、本気で雷が侵入したらデータは一瞬で焼き切られておしまいだ。

大事な仕事道具を破壊されている暇はない。

ゾロは各部屋を回り、テレビやエアコンなどのコンセントを片っ端から抜いていった。

「冷蔵庫は・・しゃあねぇか」

これだけは生物冷凍物があるので、おいそれとコンセントを抜いてしまうわけにはいかない。
雷ガードが入っていることだけ確認し、ゾロはその足で2階へと上がった。

こちらもテレビを始め、間接照明を担うスタンドなどを確認してゆっくりと移動する。

(そういや、メインの寝室にもテレビやライトはあったな。気づいて電源抜いたりは――しねぇだろうな・・・)

苦笑して肩を竦め、ようやく最後にしていたメインの寝室の前に辿り着く。

(多分寝てんだろうから、ノックして返事がなかったらそっと入って電源だけ確認して戻る。うし、OK!)

何度も手順を確認し、何となく深呼吸を繰り返して手を上げる。

――その瞬間、凄まじいばかりの雷鳴が轟き、僅かに残しておいた非常灯の灯りがすべて落ちた。

(停電か。・・・近くに落ちたな)

淡々と状況判断をし、再度ドアを叩こうとした時、不意に室内でくぐもったような悲鳴が聞こえたような気がした。

「・・おい? どうした、起きてんのか? 何かあったのか、おい!」

思わず握った拳で重厚なドアを叩く。
刹那、何かを蹴倒すような鈍い音がして、瞬く間もなくドアが開かれた。

「おい、何かあった――」

「――――――っっ!!!」

暗闇の中、不意にぶつかって来た柔らかな物体に、ゾロは咄嗟に反応できずにぎょっと目を剥いた。

他に考えようがない。それは紛れもなくナミだった。
咄嗟に声も出ず、抱きついて来た身体を押し退けることもできず、ゾロは思わず上げた腕をどこにやろうか困惑したまま震えるナミを見下ろした。

「・・・おい、どうした?」

呟いた瞬間、雷の閃光で室内が真昼の明るさになり、ナミがまたもTシャツ1枚でゾロに抱きついていたことを知る。

「きゃあああああ!!」

厚い胸に顔を押しつけたまま、ナミは甲高い悲鳴を上げた。
ゾロの身体に回された腕が、押しつけられた身体が小刻みに震えている。

「ああ」とゾロは、不意に得心して呟いた。

「・・・ガキ丸出しだな。いい歳した大人のくせに、雷が怖いのか」

「歳は関係ないでしょ! 嫌いなものは嫌いなの!!」

爆音に近い雷鳴に紛れ、ナミが小さく嗚咽を漏らしていることに遅ればせながら気づく。
どれほど苦手なのか、恐怖のあまりに泣いているようだった。

ゾロは暗闇の中で天井を仰ぎ、長い溜息を吐き出した。
降参するように上げた両手をどうしようか――このまま上げているわけにもいかないし、かといってどこにやればいいのか。

「・・・よ」

「あ?」

「お愛想でもいいから、泣いてる女の子の肩くらい抱きしめなさいよ」

ゾロの躊躇いを更に煽るように、涙声のナミがくぐもった声で呟く。
ぎょっとしたように見下ろし、オレンジ色の頭を見下ろす。

Tシャツ1枚越しに押しつけられた豊かな双丘が、厚い胸板に押しつけられてやんわりとその形を変えている。
埋められた口許から漏れる熱い呼吸は、ゾロの肩口に近い場所で小刻みに揺れていた。

再び天井を見上げ、ゾロは半ば絶望的な思いで目を閉じた。

(これは子供、これは子供――)

呪文のように心の中で繰り返し、ゾロは上げていた両手の平を合わせてそのままナミの背中に下ろした。
“抱きしめる”と言うほど積極的ではないが、やんわりと包む体温を感じたらしく、ナミの身体の震えは確実に小さくなった。

「強盗や暴漢じゃねぇんだ。雷は別に襲って来やしねぇだろうが」

宥めるように静かな口調で囁くと、ややあってナミは呟くように言い返してきた。
そこには、憮然としながらも未だ揺れる哀しみがあった。

「――ウチ、私がまだ小さい頃両親が離婚したの。父さんが出てったの、こんな嵐の晩だったわ。だからこんな夜は、それを思い出すからいや。つられていやなことばかり思い出すから大嫌い・・・っ」

「・・・そうか」

ゾロは幾度も逡巡し、躊躇いながらも組んでいた掌を解いてそっとナミの背を逞しい二の腕で抱きしめた。
そのまま壊れ物を扱うような優しい所作で、絹糸のように滑らかな髪をそっと撫でる。

一瞬ナミの肩がピクリと揺れたが、否やの声は上がらなかった。
それどころか、その温もりを歓迎するかのようにきゅっと頬をすり寄せる。

(・・・ああもう、何で人間には雷ガードがねぇんだ・・・っ。脳神経が漏電したらどうすんだよ・・・!)

じりじりと理性が焼かれるのを感じながら、ゾロはまだ暗闇で良かったと思った。
こんな状況でナミの泣き濡れた表情を見せつけられたら、なけなしの理性で耐え切れる自信はなかった。

雷が鳴る度、ナミの細い肩は熱いものに触れたようにびくりと震える。
それでも最初の頃より落ち着いてきているらしく、ゾロのタンクトップの背中を握り締めて丁度左胸辺りに耳元を寄せている。
おそらく通常より早くなっている心音を聞き、果たしてナミが何を思っているのか闇の中では窺い知れない。



どのくらい時間がたったのか――。

いつしか雷鳴は遠くなり、微かに余韻を残すのみとなっていた。
周囲を切り裂くように鋭かった閃光も、今では遥か彼方で淡い明滅を繰り返しているのみだ。
雨も小康状態になり、窓を叩く雨粒もいつしか通常のそれになっている。

不意に室内に淡い光が灯り、ゾロは闇に慣れた瞳を射られたような気がして目を細めた。
どうやら電力会社のバックアップ機能が復活し、どうにか現状を回復できたらしい。

「・・・ほら、もう大丈夫だろう?」

「う、ん・・・」

ふわりと腕を緩められ、ナミは泣き濡れた目元を擦って顔を上げた。
泣き腫らしたヘイゼルの瞳に映ったのは、いつもの1枚ガラスを通さない素の翡翠色の瞳だった。

「ゾロ・・・眼鏡してないね・・・」

「あ? そ、そりゃ先刻まで寝てたから――ってもういいだろ? その、灯りも戻ったし・・・」

途端に照れて身体を引き剥がそうとするゾロを、ナミは余韻を惜しむように見上げた。

「もう少しだけ、こうしてて・・・?」

鼻に掛かった甘くねだるような声音に、ゾロの全身は一気に硬直した。
涙で潤んだ瞳が間近で揺れ、口紅を塗ってもいないのに緋を帯びた唇が真珠色の歯を覗かせている。

それを見た瞬間――ゾロの意識は一瞬にして焼き切れ、本能に支配された二の腕は細い身体を乱暴とも言える強引さで抱き寄せていた。

「ゾ・・・!」

限界だった。

柔らかな身体を掻き抱いたゾロは、そのまま顔を傾けて自らの唇でナミのそれを掠めた。
そのまま首筋に落とされた唇が熱い吐息を吐き出し、ゆっくりと柔らかな耳朶からうなじを這い回る。
大きく震えた背中をそっと撫で上げ、オレンジ色の髪に埋もれた首筋に甘く歯を立てる。

「や・・ちょっ・・・ゾ・・・」

濡れたような吐息がナミの唇の端から漏れ、ますますゾロを増長させる。
頤に指を掛けて上を向かせ、覆い被さるような位置から喉元、鎖骨の方へと舐めるように舌先を移動させる。

「待っ・・ゾ・・・っ」

宥めるように耳元から首筋を撫でるが、それは別の震えをナミの身体に呼び起こしただけだった。

「ゾロ・・・!」

どこか必死さの漂う声を聞き、ゾロはようやく我に返ってナミを見下ろした。
ナミは顔を赤らめて身体を震わせ、膝に力が入らないのかゾロの腕に抱かれるに任せている。

(俺は一体何を・・・!!)

たった今自分のしでかした愚行に愕然となり、慌ててナミの肩を掴んで引き離す。
力をなくしたナミは、そのままぺたんと絨毯の上に座り込んでしまった。

「す、済まん!」

ゾロは口許を押さえ、慌ててその部屋を飛び出した。
ナミがどんな顔をしていたのか、窺う余裕もまったくなかった。
ただ、あれほど自戒していたことをあっさり破った自分の愚かさと、敢えてそれを押し切らせたナミの魅力に困惑するしかなかった。



そして――。

たったひとり部屋に残されたナミは、半開きになったドアを見つめてそっと首筋に手をやった。
熱い吐息が這い回る間、内から湧き上がる熱に翻弄され、未だ激しい動悸を刻む心臓の音が耳について離れなかった。

(・・・何であんな無骨そうな奴なのに、女の子に触れる仕草はこんなにも甘いの・・・)

ティーンを対象に書いている恋愛モノに対し、艶系のものは対象年齢無制限だ。
その中には当然様々な男女の絡みのシーンを織り込んでいるのだが、所詮は虚構のものと割り切って考えている節があった。

それなりに経験がないわけではなかったが、こんな身体の力が抜けてしまうような愛撫は初めてだった。

(これも経験と喜ぶべきなの? それとも、アクシデントとして捉えた方がいいの・・・?)

耳元に、うなじに、首筋に、ゾロの熱い吐息の感触がありありと甦る。
甘く絡みつくような勢いで落とされた口づけに、ナミは戸惑いと羞恥を隠せなかった。


そもそもゾロは、なぜ自分にこんなことをしたのか。

(女なら誰でも良かった? それとも・・私だったから・・・?)

激しい自惚れ思考に顔から火が出そうになり、慌ててベッドの中に潜り込む。


そんな筈はないと、理性の面が雇用主の顔を連れて来る。

他でもないナミ自身を求めているのではないかと、感情の面が女の顔を連れて来る。

(だったら私に、何をどうしろっていうのよ・・・)

かつて自分のしでかしたことを棚に上げ、“かもしれない”論法の不毛な思考に結論など出る筈もなかった。




←6へ  8へ→


(2004.07.23)

Copyright(C)真牙,All rights reserved.


 

戻る
BBSへ