このお話は「漢・ウソップ 恋の手助け百戦錬磨 〜涙〜」の続編です。







漢・ウソップ 恋の手助け百戦錬磨 〜告白〜   −1−
            

ソイ 様




トンテンカン、トンテンカン・・・・。
ノミを打つ木槌の音がリズミカルに響く。
トンテンカン、トンテンカン・・・・。

ああ・・・・、冬島の勢力圏はもう抜けたと聞いていたが、今日の日差しのそりゃあ暖かいこと。
春が来たなあ。
ナミに言わせりゃ、昼過ぎから多分夏になるって言ってたが。
まあいいんだ。要はいい天気ならそれでいい。


ウソップ工場の操業は今日も順調だ。ワインの木箱をサンジから譲り受けて作ったこの小さな小さな工場で、俺は木槌と細いノミを駆使しながら小型の木彫り像を彫りぬいていた。
いつもは後で片付ける手間を考えキッチンの中でしか展開しないこの工場も、いい天気と気候に誘われて、今日はマスト下での青空工場へと変貌だ。傍では先日乗船したばかりのチョッパーが目をきらきらさせて俺の手元を覗き込んでいる。仲間になった記念に俺がミニミニチョッパー像を作ってやると朝食の席で告げたとき、「ば、ばかやろー! んなもんいらねーよ!」と踊りながら叫んだ彼は、その時から俺の足元にぴったりと張りついて離れようとしない。
「な、なあウソップ。それ、俺なのか? 俺なのか?」
この質問も何度目だか。
「勿論だ! しかし、こりゃ結構質感を出すのが難しいよな。さすが野性味溢れる本物は違うぜ。この輝きといったらよ。チョッパー、ちょっとこっちに来てそのご自慢の角を触らせてくれや」
「ば、ばかやろー! 褒めたって何もねえぞ! こうか? ここに座ればいいのか?」
ご丁寧に「土足禁止」の看板を見たチョッパーは、サンジから雑巾を借り受けてしっかりと足元を拭ってから工場敷地内にあがりこんだ。ちょこんと正座する姿に、思わずお茶と座布団を出してやりたくなる。
と思ってたら、さりげなく隣のデッキチェアからクッションが差し出された。
白いスカートに珍しく長袖のシャツを着たナミが、何の邪気もなくにっこりと笑う。
「チョッパー、ほらこれに座んなさいよ」
ついでにサンジがさっき持ってきた紅茶もわざわざ手ずからカップに注いでやる。この魔女でも、チョッパーの無邪気な可愛らしさには弱いらしい。つーか、なんだそのお母さんみたいな態度は。
「あ、ありがとうな! ナミ!」
「どういたしまして」
ナミは太陽の日差しを受けて、満面の笑みを見せた。長いまつげが明るく輝く。

そのピンク色の頬からは、あの悪夢のような病の影は全て消え去っていた。



ドラム島を逃げるように出航してから三日が経過していた。あの美しい桜の幻影が瞼の裏に残る中、船医トニートニー・チョッパーの船出を祝う雪の宴会ではしゃいだせいで、ナミはせっかく下がった熱が一度ぶりかえしてしまったりしたが、今ではチョッパーの薬と適切な処置が効いたのか、大人しくしている分には普段の健康を取り戻していた。
こうしてチョッパーの監視下の元なら、起き上がって航路を見るくらいのことは許されているのだ。
心配性の船医にうるさくやかれる世話に不平も言わず、ナミは大人しく、日がな一日こうして甲板で海を見ている。
まっすぐにアラバスタへと続く航路を眺めている。

こうしていると、誰とはなしにクルーの皆は吸い寄せられるようにナミの近くに寄って来る。
サンジがお茶だのお菓子だの今夜のメニューの発表だのとトレイを持って「んナミさ〜ん!」と飛んでくるのはいつものこととして、ビビも「ナミさん、風が冷たくない? 暖かい上着を持ってくるから。カルー、その間ナミさんの風除けになってあげて」「クエー」とかいがいしく何度もナミの様子を伺いに来るし、ルフィは「みかん食っていいか!」とわざわざぶっ飛ばされにやってくる。俺のこの青空工場も、まあ傍からみりゃそう見えるんだろうか。薬を預かるチョッパーは当然として。
それに、あのゾロでさえ。
いつもの決まったトレーニング場所である後部甲板ではなく、ルフィがうるさい前部甲板で鍛錬を続けている。マスト下のナミがかろうじて視認できる位置で、汗を流しながら剣を振るっている。
そりゃ分かりやすい男じゃねえから、ホントにそうかどうかは良く分かんねえけど。
でも、ナミは嬉しそうだから、そういうことにしとこう。

ナミはメリーの船首越しに、無限に広がる大海原を眺めている。
その手前で剣を振るう、愛しい男を眺めている。
黙って。少しはにかんだ表情で。

嬉しそうに。



「・・・・で、その後、奴とはどうなったんだ?」
とりあえず一つ完成したチョッパー像に狂喜したチョッパーは、自慢してくるとばかりに喜び勇んでメリーの船首にいるルフィのところに飛んでいってしまった。笑ってそれを見送るナミに、俺はさりげなさを装って、今ふと思いついたようにそっと尋ねてみた。
「・・・・その後って、なによ」
持っていた雑誌をわざとらしく顔の上に持ってきたナミの、声が急に低くなる。
「とーぼけんなー」
ほんとに分かりやすい奴だ。
「俺ゃあずっと気になってしょーがなかったんだよ。あれから・・・・結構うまく行っちゃってるんじゃねえの?」
ぷぷっと噴出しそうになる口元を押さえながら、俺はにやついた笑いを止められない。
おいおい、今更恥ずかしがってないで、ちゃんと教えてくれよ。ずっとずっと聞きたくてしょうがなかったんだから。
「だから・・・・その後って何のことよ」
次第にナミの頬やら耳やらがじわりと赤く染まっていく。チョッパーが見たらまた発熱かもと大騒ぎしそうなほどだ。いやいやチョッパー、こいつは悪い熱じゃねえんだ。お前も大人になってみりゃ分かる。
「焦らすな焦らすな。決まってんじゃねえか・・・・ゾロとのことだよ!」
「声がでかいわよ!」
ばしん! と雑誌を顔面に投げつけられた。 おい、鼻が曲がる。
落ちた雑誌を取り上げると、ナミは拗ねたように顔をそっぽ向けて、口元を尖らせた。

おーお、またまたんな可愛い顔しやがって。
それもこれもあの男のせいだと思うと、まったく羨ましいぜゾロの奴。

俺は前部甲板のゾロにふと視線をやった。
一つしかないチョッパー像の取り合いになったルフィとチョッパーの争いに巻き込まれて、「喧嘩になるならそいつを海に捨てるぞ!」と息子を諌める父親みたいなことを言ってやがる。おい待て、捨てんじゃねえよ俺のチョッパー像。
ぶーたれるルフィにゲンコ一発。取り返してやった像を足にすがって泣きつづけるチョッパーに渡しながら、うるせえから引っ付くなと言ってさらに泣かせてる。
あまりに普段と変わらない光景だが、その奥に隠れた秘密を自分だけが知っているかと思うと、そりゃー結構な優越感だ。



あの夜。死にたくない、と泣いたナミは、今、こうして生きている。

見張り台の上でその夜を明かした俺は、沈んでいく月と、昇る朝日をじっと見つめつづけていた。やがて風がおさまり、不吉な軋みの音が聞こえなくなるまで、俺はずっと座り込んでいた。
ふと、女部屋へと続く倉庫への扉が開く。サンジが顔を出したかと思えば胸のポケットから煙草を一本取りだした。火をつけて、そこに居るのが分かっているかのようにマスト上の俺を呼んだ。
「おい、ウソップ。マリモの野郎が・・・・」
不機嫌全開なその声。だが涙で晴れ上がった俺の瞼を見て、首を捻りながらそこで言葉を止めた。
「・・・・何なんだよ、てめえら一体」
そして苦々しく、口元からふうと煙を細く吐き出した。
サンジは見たのだという。朝になって目を覚ました時に、ナミの枕もとに座っているゾロを。起き上がったサンジに気を止める様子もなく、じっと、眠るナミの顔を見つめていたゾロを。ナミの白く細い手を、折れんばかりにぎゅっと握り締めていた、ゾロを。
「何してんだって、言おうとしたけどよ」
ナミのためのスープを作りながら、サンジは呟くようにぼそりと言う。
「ナミさんの顔見たら・・・・、まあいいかって」
あんなに穏やかに眠れるのならって。倒れてからは、いつも唇を噛みしめて苦しみに耐えているような寝顔だったから。

あの夜。ゾロに手を伸ばしたナミは、今、ゾロを見つめている。

よかった、と思う。



「何で、あんたがにやけてんのよ!」
さらに手近に置いてあったクッションを投げられた。でも笑いを止めない俺を見て、諦めるようにナミは溜息をついた。
「あの後って言われても・・・・、手、繋いでてくれただけよ。それはあんたも知ってるんでしょ」
ぼそりと呟くように、ようようそれだけを口にした。
確かに、それを見たのはサンジだけじゃない。ルフィもビビもカルーもその夜同じ部屋にいたのだ。特にルフィはその後、ゾロの真似をして眠るナミの手やら頭やらをやたら触りたがったので、サンジから踵落としを二度ほど喰らっている。
「おう。だから聞きたいのはその後だよ。それからどうなった?」
「それからって言っても」
特には何も、とナミはか細い声で答えた。
「次に起きた時は、島に着いたからってビビに支度をさせてもらっている時であんまり覚えてないし。その次はDr.くれはのところであいつ居なかったじゃないの。船に戻ってからは・・・・また熱出して、チョッパーに怒られてたしね」
ああ、そうか。その後は外に出れば船医の監視状態にあって、ビビの看護の元、女部屋に閉じこもっていることも多かった。
「じゃあ何か? そんまんま? 何も? ゾロの方からも何も言ってきてねえのか?」
「ゾロが何を言うのよ・・・・」
呆れたような小さな溜息。ふと無意識にゾロに飛んだ視線を、ナミは慌てて逸らした。
「別に・・・・、はっきりと言えたわけじゃないもの。多分、向こうは分かってないんじゃないの?」
「・・・・そうかぁ?」

前部甲板では、ついにトレーニングを諦めたらしいゾロがルフィとチョッパーに挟まれて、嫌がりながらもなにやらわいわいと盛り上がっていた。 本人は胡座をかき柵に持たれて眠るつもりらしいが、目を閉じればルフィとチョッパーの子供じみたいたずらが降り注いでくるので、その度に怒声と殴打音が大海原に響き渡る。
だが、そんな喧騒の中で垣間見える、ゾロの顔。
嫌々ながらも相手をしているうちに、自分自身も子供みたいに笑ってやがる。
口の端を、切れ長の目の端を吊り上げて笑う、凶悪そうに見えるその笑顔。
ナミの元へ行けと言った時の、あの血の気のない絶望的な表情とはまるで違う。

あの夜。
女部屋に駆け込んでナミの鼓動を確かめた時、奴は一体どんな顔を浮かべたのか。
お前・・・・それを見たんじゃねえのか?

「でもね、決めたのよ。ウソップ。・・・・あんたとも約束したしね」
その独白のような呟きに、俺は我に返ってナミに視線を送った。
ナミはその白魚のような左手を、大切な宝石を扱うかのように優しく自分の右手で包みこんだ。ゾロが一晩同じように握り締め、ナミをこの船に、この世界に繋ぎとめていた、その手。

「もうあんな風に怯えて、後悔したくないの」
ぐっとその手に力を込める。

「言うわ」

ナミのその静かな表情は、夏の日の遠い青空のように澄み渡っていた。







午後になってナミの予想通り夏模様の空が広がる中、俺はウソップ工場の上を綺麗に片付けて、ビビがせっせとキッチンから運び出してきた椅子をその上に置く。
「さー、サロン・ド・ウソップ、開店だぞー!」
船内に響き渡るように大声で営業活動。とはいえ、まず一人目の客は午前中に予約を入れてきたビビだ。手を取って椅子に座らせ、白い予備のシーツで体の回りを包んでやる。
「お客様、今日はどのようなスタイルで?」
演技を織り交ぜた俺の営業トークに、クスクスと笑うビビ。
「痛んできたから毛先を整えてくださいな。あと、アラバスタは暑いので少し全体を軽めにしてくださる?」
貴婦人然(つっても本物のお姫様なんだが)とした注文に、俺は恭しく礼をして、はさみとブラシを取り出した。

「さろん・・・・って、なんだ?」
チョッパーの怪訝そうな質問に答えるのはナミ。
「ウソップが髪を切ってくれるのよ」
「髪?」
「そう、結構上手いのよ」

船の上のサロン・ド・ウソップの歴史は古い。乗船してすぐにルフィの髪を整えてやったらそれがいたく好評で、ファッションにうるさいナミもサンジも、上陸して知らぬ床屋に入るよりはと俺にカットを頼んでくるようになった。俺は昔からこの美しいドレッドを保つために日夜ヘアスタイルの研究に明け暮れ、バイト代わりに床屋で修行した時カリスマウソップの異名を取った位だから、ま、当然といえば当然なんだがな。
それ以後、注文が入ればこうして店を開き、 ちょきちょきと波の音の上にはさみの音を響かせるのだ。
それが、サロン・ド・ウソップ。いわば美のウソップ工場だ。

ビビの髪を丹念にブラシで梳かす。腰のある水色の髪は海の強い日差しと潮風のせいでなるほど少し痛んでやがる。それでも光を受けてきらきらと輝く様は、本当に水面に陽光が煌めくようなシャンパンゴールドの美しさを持っていて、こりゃ下手なカットはできねえな、としばしイメージを膨らませ、慎重にはさみを入れていった。
「綺麗な髪だなー」
足元に散った髪の毛を眺めながら、チョッパーがぽかんと口を開けながら囁いた。
「ふふふ。ありがとう、トニーくん」
ビビのカットが進む中、もう一体急遽作ったミニミニルフィ像で満足げに遊ぶルフィや、昼食の片づけを終えたサンジがひょこひょこと顔を出してきた。
「ウソッープ! 俺も! 俺も!」
「おう、手が空いたら俺も頼むぜ」
「あ、サンジ! 俺が先だぞ」
「わーってるよ。あ、でももしかしてお次はナミさん?」
サンジが目ざとく気の利く素振りを見せる。
「ああ、私はいいの。ちょっと伸ばしてみたい気もするし」
デッキチェアで毛先をくるくると指で回しながらナミはそう答えた。「ロングヘアーのナミさんも素敵だー!」と腰をくねらすサンジのアホ振りを軽く笑顔でいなしながら。

「なんだ、また床屋始めてんのか」

その指が、一瞬凍りついたように固まった。

昼食後、ようやく解放されたと豪快な昼寝をしていたゾロがこの喧騒に目を覚ましたのだ。
「俺も頼みてえが、なんだ、繁盛してんな。無理か?」


・・・・おし! 来たぞ、ナミ! 

俺の目がキラリと怪しく光ったことに、気づいたのはナミだけだった。



ビビのカットが終わり、ついでに綺麗なアップに結わえてやると、チョッパーとサンジが目を輝かせて賛美してくれる。
「ほい、次はルフィだな。どうすんだ?」
順番に従ってルフィを呼ぶと、ゴムの反動を利用するように文字通り奴は飛んできた。
「かっこよくしてくれ!」
「もっと具体的に言えよ」
「強そうで、かっこよくしてくれ!」
「・・・・ほいほい分かった」
シーツを被ったルフィの背後に回り、まあとりあえず伸びた分を切ってやるだけで良いだろうと適度にはさみを入れ込んだ。こいつはちゃきちゃきという音にあわせて頭をリズミカルに振るもんだから、やりにくいったりゃありゃしねえんだが。
黒髪が潮風に乗って宙に舞う。
ルフィの髪がメリーの甲板に散らばるのを見ながら、俺としては気になって仕方ねえ後ろの二人に視線を流した。

真っ赤な顔をしたナミの手元に、俺の予備の髪切りばさみとブラシとシーツ。妙に力んだ肩をいからせて、ゾロの前に立っている。
「・・・・お前が?」
怪訝そうに目を細めて、そんなナミを真正面から見下ろすゾロの声は低い。
ナミは一瞬ひるみかけて、それでもぐっと唇を噛み締めながら、その紅い唇から勢い良く言葉を吐き出した。
「そ、そうよ! だってウソップ、この後サンジくんのカットもあるんだもの。あんたの髪くらい、私が、き、き、切ってあげるわよ!」
よっしゃ! よく言った。
呼吸すら荒くなりかけたその声に、ゾロは二三度首を傾げ、ちらりと俺を見る。
や、やべ。このガッツポーズは見られちゃいけねえ。
慌てて視線を逸らした俺をしばらくゾロは見ていたようだが、やがてガシガシと頭を掻いて、そのままナミに背を向けて座り込んだ。
「んじゃ、まあ、・・・・よろしく頼まぁ」




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(2005.07.12)

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