漢・ウソップ 恋の手助け百戦錬磨 〜告白〜   −2−
            

ソイ 様




でもどうやって言えばいいかしら、と、堂々とした告白宣言の後、ナミはむむむと額に皺を寄せて言ってきた。
「スキって言やいいだけじゃねえか」
「だーかーら! 簡単に言わないでよ。そもそも船の上じゃあ回りがうるさくて落ち着いて会話もできないってのに」
今度はカルーの悲鳴が聞こえてきた。「肉ー!」「クエー!」「あなたたちカルーに何するの!」
・・・・まあ確かに。この船じゃ静かな方がいっそ不気味なくらいだが。
「んじゃ、夜中にそっと呼び出したらどうだ? 満天の星の下、聞こえるのは静かな小波。蜜柑の葉が揺れて、さわさわさわ・・・・。いーいシチュエーションじゃねえか。んで満月をバックに『ねえゾロ、あたし、ずっと前から貴方のことが・・・・』」
「ヤめれ、その裏声!」
手刀一発。額が割れた。
「だめよ! そんなムード出して気負ったら、きっと慌ててヘンなこと口走るわ。それでまた喧嘩になって・・・・何度そんなことを繰り返したと思ってんのよ」
何度もそんなこと繰り返してんのかよ。
痛む額を擦りながら、真っ赤に頬を膨らませたナミを見る。

文句のうるさい奴だ。
じゃあよ。んな意識バンバンしなくていい、日常とそう変化ない、なおかつ二人でしっとり会話できるような、そんなシチュエーション・・・・。
んなのあるか?
・・・・ううーん。

悩む俺の脳裏に、午前中のビビの頼みがぱっと頭にひらめいた。

あ。

・・・・これってけっこういいんじゃねえ?


「じゃあよ、・・・・一つ俺様がプロデュースしてやろうじゃねえか・・・・」
きらりと光った俺の瞳に、一瞬でナミが喰いついてきた。






「・・・・ど、どう切ればいい?」
意味なくちょきちょきとはさみを空切りさせながら、ナミは自分の下に座り込んだゾロの頭頂部に手を伸ばしている。髪に触れたくてもできずに指先を小さく震わせている様が涙を誘うなあ、おい。
「んあ? 別に・・・・、伸びたからその分切ってくれりゃいい」
しかしゾロはそんな様子に気づくこともなく、ぼんやりとした声でそう返した。
「これ以上切ったらただの坊主じゃないのよ」
「ああ。面倒ならそれでもいいぞ」
がしがしと無造作に頭を掻くゾロの手がナミの指先を掠めそうになって、慌てたナミはブラシを落とした。
ごちん。
「痛え!」
「あ」
頭頂部直撃。
「・・・・何すんだ、お前」
「う、動かないでよ。今から始めるんだから!」

大丈夫か、おい。

しかし、我ながらなかなか良い提案だな。そんなに艶めいた状況でなし、しかも結構ぴったり密着できる。
自然に二人っきりの会話を楽しめて、はさみを持ってるから誰も無茶な邪魔はできねえ。
な、いいだろ? 

髪を切ってやる、なんて、なんだか見た目もラブラブじゃねえか。


「なんで・・・・ナミさんがマリモの髪なんざ・・・・」
あ、こいつを忘れてた。
仕上げを終えたルフィからシーツを外し、「ほら、かっこよくなったぞ! おー、強そうだ!」という言葉で満足させて追いやった後、とりあえず仏頂面でゾロを睨みつけるサンジの腕を引いて椅子に座らせた。
「ま、まあいいじゃねえか。ゾロならナミの練習用にちょうどいいんだよ。短くさえしてやればどんな感じにしたって別に気にとめやしねえからな。でもお前は違うだろ? お前のうるさい・・・・いやいや、こだわりの注文を引き受けられるのはやっぱ俺じゃねえとなあ」
「まあ・・・・そうだな。でも俺はナミさんに切っていただけるのならどんなスタイルだって・・・・」
身体ごとナミの方を向き直ろうとするサンジに、無理やりシーツを被せた。それでもなお未練がましく後ろに捻った首を、無理やり正面に向かせる。ああ、もう抵抗すんじゃねえよ。
「ダメだダメだ。こう言っちゃ何だが、ナミはまだ修行が足りん! お前の髪を触らせるわわけにゃいかねえよ」
「ああん? てめえナミさんという美の女神に何失礼なこと言って・・・・!」
と、そこにビビが歩み寄ってきて、にっこり笑ってサンジに向き直った。
「ウソップさんの言う通りよ。サンジさんのキューティクル・ヘアーはやっぱりウソップさんのカリスマ技じゃないと」
「ビビちゅわーん! え、そう? そうかな?」
なんだ。良い事言ってくれるじゃねえかよ。とたんにサンジはハート型に目を輝かせて、シーツの下から手を伸ばしビビの手を握ろう・・・・としてかわされた。
「かっこよくなってくださいねー」
「もちろんですとも貴女の為に!」
ひらりと身を翻して去る際に、ビビは思わせぶりに俺に目配せをくれた。その視線をナミに移し、そしてもう一度俺を見る。口元に「秘密ですよね?」というように人差し指を一本当てながら。

おー。ビビ、お前気づいてたのか。
気の利くいい奴だなあ。

すっかりウキウキモードで細かい注文を言い出したサンジのサラサラヘアーにブラシを入れながら、さりげなくルフィとチョッパーもマスト下から遠ざけてくれようとしているビビの背中を見送った。
・・・・ナミ、頑張れ。味方は他にもいっぱいいるぞ。
もう一度、さりげにナミの方を見やれば。

 
「ぎゃあ!」
ナミの甲高いかすれた悲鳴が潮風に乗った。

「あ、あんた何脱いでんのよ!」
「ああ? 服に髪が付くだろうが。ありゃちくちくして嫌なんだよ」
真っ赤な茹蛸になったナミの足元で、ゾロはシャツを脱いで上半身の肌を晒していた。
ゾロ、お前。・・・・天然か?
「そのために、こ、これを被せるんじゃないの」
ナミはそれでもシーツを広く広げてみせたが、ゾロは眉間に皺を寄せて首を横に振る。
「んなマヌケな照るてる坊主みたいな格好してられっか」
上機嫌にシーツを被っていたサンジが額に青筋を浮かべた。

・・・・頑張れ、ナミ。

日に焼けたゾロの素肌を前に可哀想なほど動揺したナミの様子は見ていて痛々しいが、こちとらもう見守ることしかできねえ。サンジの髪をカットしながら、どうも気もそぞろにナミに視線が集中してしまう。
じょきじょきじょき。あ、手元が狂った。
・・・・まあ前からじゃ見えねえ。サンジには黙っておこう。

ナミはおそるおそる指先をゾロの頭に伸ばす。
見た目より柔らかいゾロの髪の先に触れ、一瞬手を引っ込めたが、それでも決意を新たにもう一度毛先を指で絡め取った。
そっとその手を、髪の中にゆっくりと埋める。
さっきから落ち着きなく震えていた口元が、はにかむようにかすかに微笑んだ。

くー。いじらしいじゃねえか

「おい」
しかしゾロの無粋さはそんな様子に気づくはずもなく。
「! ・・・・何?」
「・・・・いつまでも指でいじってねえでとっとと切れ」
憮然としたその言い方に、言葉尻も荒くナミは言い返す。
「う、うるさいわねえ! 今イメージ膨らましてるところよ。邪魔しないで!」
「どんな切り方しようとしてんだ? 別に坊主でかまわねえぞ」
「わ・・・・分かってるわよ」
ゾロの言葉に内容のない返事を返しながら、ナミはゆっくりとゾロの緑の髪を撫で続けた。
頭頂部のつむじを辿り、後頭部の髪を一筋掬う。そのまま襟足を撫で付けて、反対の手の指で前髪を梳かす。
しかし、持ったはさみを構えては、引っ込めた。もう一度構え、また降ろす。

「・・・・難しい・・・・」
か細い頼りげな声が溜息とともに響いた。なんだか泣きそうな目をしてこっちを見やる。
こら、そんな所で助けを求めてくんな。
「? 坊主でいいって言ってんだろ」
ゾロもさすがに訝しげに振り返ってナミを見上げた。ぶつかる視線に、またしてもナミの頬が赤く染まる。
「そ、そうじゃなくて・・・・」
潤んだ瞳を隠そうと、ゾロから目をそらしてナミはもう一度俺を見た。
「無理よ、ウソップ。やっぱ無理!」
「・・・・無理じゃねえ! やりゃできるって!」
とっさに俺の語尾も荒くなった。

こら!
「言う」って決めたんだろうが!
まあそこまで緊張しちまったらさりげない告白なんて無理かもしれねえけど。
でもそこで逃げたら、お前次のチャンスも同じ事になるぞ!
アラバスタは近い! 人生、その一瞬一瞬が常にラストチャンスだ!!

「だってできないもん!」
しかし半泣きのまま駄々っ子のように、ナミははさみすら右手から外してしまった。

が、その時。

「何ができねえんだ?」
下から伸びてきたゾロの手が、ナミの右手を荒々しく掴んだ。
「きゃ!」
「あ」 
「ああ! てめえ何してやがる!」
なぜかサンジまでもが同時に声を上げる中、ゾロは座ったまま後ろのナミを振り返らずに、その手をぐいと引っ張って自分の頭に引っ付けさせた。そのまま覆い被せるように自分の手も重ね、ぐりぐりと髪を撫でさせる。
「じゃきじゃき切りゃいいだけだろうが。別に変になったって文句言わねえよ」
妙にゾロの声が不機嫌そうなのは気のせいか?
しかしそんな言葉が耳に入っているのかいないのか、ナミは傍から見ても分かるほど耳の縁まで紅潮させて、ぱくぱくと口を開閉させた。とっさのことでもう言葉が出ないらしい。
ゾロの髪と手の感触しか、もう分からなくなっちまってる。
「ほら、切れよ」
ナミの左手からはさみを取り上げて、自分が押さえ込んでいる右手にそれを持たせる。慌てて持ち直したナミを振り返って、「ほれ」と急かした。
・・・・でも、もうナミは。

「やっぱりダメ!」
真っ赤な顔も震える手も、触れたゾロの手の感触のせいで跳ねる鼓動も悟られまいと、そのままゾロの頭を強引に伏せさせた。
鈍い音。
「あ、あんたの髪は難しすぎんのよ! ウソップ変わって! 私がサンジくんのほう切ってあげるわ」
逃げ出すようにこっちへ駆け寄るやいなや、 襟首を掴みあげて一瞬のうちに俺をウソップ工場からゾロの方へ投げ飛ばしやがった。


はるか沖で、海王類がざばんと跳ねる。


「・・・・難しい?」
甲板に叩きつけられた額を擦る姿が痛ましい。気の毒なこいつを助け起こしてやると、?マークを五つほど周囲に飛ばしながら、短い緑の頭を振った。
哀れ、ゾロ。
「・・・・いやあ、ゾロ、じゃ、全体をカットする感じでいいか?」
「・・・・ああ・・・・頼む」
ぼそりと呟くその声は、波間に消えて落ちていく。

「・・・・難しい?」
まだ納得できずに首をかしげるその様子に、俺は大きな大きな溜息をついた。


サンジの嬌声が悲鳴に変わるのにも、そんなに時間がかかることも無く。
「ナ、ナミさん、そこはそんなに切っちゃ」
ジャキン。
「あー! やーめーてー! 左の前髪は切っちゃイヤー!」
「ちょ、ちょうどいいじゃない。暑いからばっさり切っちゃうわよ!」
「あ! いや! 強引なナミさんも大スキだ・・・・けどやっぱダメー! やめてー!」
「ここも切るわよ! いっそ坊主にする? サンジくん!」
「助けてー! ウソップ・カムバックー!!」

「・・・・あいつの坊主は難しくねえのか」
「・・・・まあ、サンジだしな」

ちょきちょきという音に、緑の短髪が宙に舞う。
じゃき! じゃき! という音に、金髪の長い髪がばさばさと甲板に落ちる。ついでに悲鳴。
「んナ、んナミさ〜ん! ぎゃー! 切りすぎ切りすぎー!!」


その日のサンジが、全ての涙を飲み込んでくれたようだった。




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(2005.07.12)

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