漢・ウソップ 恋の手助け百戦錬磨 〜告白〜   −3−
            

ソイ 様




夕闇が蜜柑の木の葉をオレンジ色に染め抜いている中、俺はそっとその畑の中を覗き込んだ。
そこには木々の葉に隠れて、だらりと仰向けに倒れているナミの姿があった。
「よお、お疲れさん」
「・・・・ウソップぅ」
まあまあ、なんと力のねえ表情だ、まったく。
昼間のうちに陽の光を十分に浴びて暖かく湿った土に手足を投げ出したまま、ぐったりした顔を横に向けて俺を見た。
「・・・・へばったあぁ〜〜・・・・」
その声も胸の奥底からの溜息に乗せて、どこまでも空に伸びていく。
「あいつ、あんなの反則よねえ〜・・・・。い、いきなり脱ぐ奴があるかってのよ〜!」
思い出すようにじわじわと紅くなってくる頬を両手で隠す。
俺はその頭の横に座り込んで、ぽんぽんと頭を叩いてやった。
「よしよし。よく頑張った、頑張ったじゃねえか」
「まーた、駄目だったけどね・・・・」
「まあ、次があるだろ。ねえならまた俺様がプロデュースしてやるよ」
「じゃあ今度はあいつが脱いだりしない状況でお願い・・・・」
「つーか、そんなシチュエーション見つけるほうが難しいぜ」
はははと笑う俺の声に一歩遅れて、ナミも小さく笑い声を漏らす。顔を覆った手のひらから覗く目の端が緩んで、可愛らしく微笑んでいた。
シチュエーションなんか気にせずに、そんな顔をゾロに見せてやりゃいいんだけどな。
それが無理だから、んな苦労もするんだろうが。
恋する乙女ってのも、まー大変だ。

「でもよお、お前ゾロが脱ぐ前からがちがちだったじゃねえか。あれじゃあイカンぞ。あの状態で一体なんて言って告白するつもりだったんだ?」
よっと掛け声をかけて、ナミは横たえていた身を起こした。
「さあ・・・・、なんか頭の中蒸発しちゃって、よく覚えてないわよ」
ちょっと呆けた表情で首を傾げる。
「でも、どうやったらあいつにちゃんと言えると思う? いっそ手紙とか書いたほうがいいのかしら」
「手紙ぃ?」
「じゃなかったら、手作りのプレゼントとか・・・・?」
その神妙な表情に、俺は突込みどころも失ってしまう。
まじめな顔して面白い事言うなあ、お前。そんな乙女思想がこの鬼娘にあったとは。
「・・・・んでもよ、結局それでもはっきり言わなきゃあいつは分かんねえと思うぜ。手紙に書いても後で確認しに来るだろうし、プレゼントじゃあいつはただ物として受け取るだけだ。やっぱり口で、ばばん! と言わねえと。もう色々考えんな。一言『スキ』って言やあイイ。それで十分だって。イチコロだ」
そうかしら、とナミは首を傾げる。
「『スキ有り!』のスキと間違えられたりしない?」
「アホか!」
俺は叫び、びしっと手刀を入れたくなった。が、この真剣な表情だと、前にそう間違えられたりしたことあるのだろうか?
・・・・ゾロ相手ならありえそうで怖い。
「んな訳あるか。言葉尻だけ捕らえるからそうなるんだ。要は感情なんだよ。『スキスキ大スキ愛してる〜』ってのを込めるんだ。言葉だけじゃなく、きちんと目を見て、視線とか、表情とかに想いを込めろ。それができないんなら、抱きついて耳元で囁くってのもありだぞ」
「やあよ! いきなりそんな事できないわ!」
ぷうと頬を膨らませるナミ。
「じゃ、やっぱ『目を見て告白』だ。 なんなら俺で一回練習してみろ。俺をゾロだと思って、『スキ』って言ってみな」
「あんたを?」
「そう、練習だ。それで俺が合格か不合格か見極めてやるよ」
ナミは一瞬胡散臭げに俺を見やったが、だがやがてきちんと向き直って、俺の正面に座り込んだ。
「ん、じゃ・・・・行くわよ」
「おう。どんと来い!」
胸を握り拳で叩くと、ナミは小さく頷き、少し恥ずかしがるように視線を伏せる。長いまつげが、薄暗い夕闇の中でもはっきりと分かった。一度ぎゅっと目をつぶって、ゆっくりと開く。そして真正面から俺を見据えた。

その瞳は、潤みを輝かせていて。
つやつやの頬に恥ずかしげに紅を浮かせている様子がなんともみずみずしい果実のようで。
口紅をつけなくてもふっくらと暖かな赤みを持つ唇が、ゆっくりと動く。

言葉の前に、俺の心臓がどきりと跳ねた。

「スキ・・・・」

そして、照れを隠すように緊張をしたまま小さく微笑むその姿が、さっと夕日のオレンジに映り光った。

息を、飲む。

「・・・・きれいだな・・・・」

俺の口から自然に出たその言葉は、そのままナミの目の前に風に乗って流れていった。


「・・・・え?」
「・・・・や! や! そうじゃなくて!」
一瞬の自失の後、俺は大ぶりに手を振ってその言葉を打ち消そうとする。大きく見開かれたナミの瞳に見つめられて、首から頭のてっぺんに血が逆流するのを、やけに大きい心音とともに激しく自覚した。
「いや! いい! それでいいぞ!  そ、そうやりゃいい。今のは良かった」
なんだか自分で分からぬほどの大ぶりな動作でしばらく暴れた後、直視できなくなったナミをふとこっそり見やれば。
「そう・・・? 今のでOK?」
最後の日の光に映えた、大輪の花が咲き誇るような笑顔が零れ落ちた。
はにかむ、その口元。

・・・・びびった。

綺麗だった。


・・・・バカ。何心配してんだ。
んな顔見せられたら、もう言葉なんて何もいらねえじゃねえか。

海に半分以上沈んだ夕日は、もう薄闇にぬくもりしか残してくれていない。ぼんやりとした暗がりの中で、俺は続ける言葉を見つけられぬまま、ナミの色白の肌を見ていた。
その微笑から、目が離せなかった。



「おい」



ふいに畑の外から掛けられた言葉は、俺達二人を文字通り飛び上がらせた。
慌てて蜜柑の木の間から二人並んで顔を出すと、後部甲板からこの蜜柑畑へと続く階段の下で、ゾロが仏頂面をしてこちらを睨みながら見上げていた。
「チョッパーが探してたぞ。二人とも」
低い声の底に舌打ちを聞いた気がする。
「チョッパー? え?」
しかしナミはそれに気づかぬように聞き返した。
「お前は薬を飲めだとよ。ウソップは、なんか頼まれてんだろうが。期待してるみてえだから早く行ってやれ」
「あ、そうだ! さっきミニミニカルー像を彫ってくれって言われてたんだ」
「メシ前なのにキッチンに工場作って、コックに煩がられてた。またぎゃんぎゃん泣き出す前にどうにかしろよ」
「お、おおう。・・・・たく、しょうがねーなチョッパー。そりゃすぐ行ってやらねえと」
とうっ、と蜜柑畑から飛び降りて、さっとキッチンへ向かおうと・・・・。
お、待てよ。
着地と同時にナミを見上げた。 そして一度ゾロを見る。もう一度上を見てにやりと笑うと、ナミはなにやら分からぬように首を傾げる。
俺は声に出さず、口の動きだけで言葉を伝えた。

(チ・ャ・ン・ス)

すぐに意味を悟ったナミの紅潮する頬を視界の端に残して、俺はそのままキッチンへと走り去った。

夕闇の薄墨色。消え行く夕日と瞬く星々。
小波の音に蜜柑の葉がさわさわと揺れて・・・・。
期せずして、いいシチュエーションができたじゃねーか。

行け、行くんだナミ! あの顔みせりゃ一発だ。

・・・・事情を知ってる俺でさえ、ちょっとやばかったくらいだからな。

がーんばーれよー!!

キッチンの戸を開けると同時に、チョッパーの歌声が響いてくる。相手をするビビとカルー。我関せずと肉を喰らうルフィに「ナミさんが来てねえまだ食うな!」と蹴りつけるサンジ。
誰にも邪魔はさせねえからよ。

食事の暖かな香りすらそこへたどり着かないように、俺は入念に扉を内側から閉めた。




*******




「・・・・何やってんだ。とっとと行けよ」
まだ蜜柑畑から降りてこようとしないナミの姿を、目を細めたゾロは見やる。
「い、行くわよ。そんな急かさなくても」
「薬、まだ飲まねえと駄目なんだろうが。部屋で寝ずに、んなところでにはしゃいで、また熱出しても知らねえぞ」
「チョッパーの言いつけはちゃんと守ってます!」
つい語尾荒く言い返してしまったのは、ゾロの語感になにやら苛立ちのようなものを無意識に感じてしまったゆえだろうか。
「そのチョッパーが呼んでんだよ!」
「何よ、そんな言い方しなくてもいいじゃない。行くわよ。すぐに行けばいいんでしょ!」
すくっと立ち上がったナミは、ゆっくりと急な階段を降りていく。
ゾロはそれをちらりと見やっただけで、すぐに踵を返してナミから目をそらした。その素振りに、ナミの中に不安と苛立ちがふと芽生えた。
「・・・・何か、怒ってんの?」
一瞬だけ立ち止まったゾロは、しかしナミに視線を向けなかった。
「・・・・別に何も」
そしてその声はあまりにもナミの耳には低すぎた。

と、その瞬間、大きな波に乗り上げたのか。
船体がぐらりと傾いた。

「ひゃっ・・・・!」
「・・・・ナミ!」
階段途中に立っていたナミは思わずバランスを崩す。とっさに階段の手すりに伸ばした手が、ぐいと前のめりに引き寄せられた。
目の前に、白いシャツに包まれた、大きな胸が広がる。ふっと体が軽くなった。

ぎいっと傾いた船体がもう一度反対に揺れ、その後は小さな小波の音だけが潮騒に響いた。

規則正しく打ち続ける鼓動の音が、ナミの耳には重なって二つ聞こえてくる。
どくどくと早鐘のように打つのは間違いなく自分の心音。
ゆっくりと、静かなリズムを打つのは、彼女をしっかりと抱きしめたまま腰を降ろすように倒れた、この、男の。
「ゾ・・・・ロ」
倒れこんだ体を支えるためだけには、やけに強く、縛り付けられるように彼女の体に回された腕。
吐息にも似た暖かな息遣いが、ナミの頭上でオレンジの髪の毛をふわりと撫でた。
「あ・・・・ありがとう」
「・・・・」
小さく礼を言って、 そっと胸を押しやっても、手放そうとする気配を見せない。
背中に回された手で撫でるように首元も押さえつけて、ナミはそんなゾロの表情を伺うこともできなかった。
次第に、ゾロの心音がナミのそれに重なり出す。さらに早くなる自分の心音を追いかけるように、スピードを増していくこの胸の奥の鼓動。

ナミの指先が震えた。
チャンスとか、チャンスとか、チャンスとか。
ウソップの言葉が頭を巡るが、徐々に込められるゾロの腕の力に全てが真っ白く塗り替えられていく。
「ゾロ・・・・」
つむぎ出せる言葉は一つだけ。

今、今、今。
言えばいいのだ。

ナミは息を吸い込んだ。


「悪い・・・・」
だが喉の奥まで出かかったその一言は、そんなゾロの小さな呟きに押し消された。
搾り出すような溜息とともに腕の力も抜けていき、まだ包まれた感触をナミに残したままそっと身体だけが遠ざかっていく。
先に立ち上がったゾロは、甲板にへたり込んだままのナミを見下ろし、その腕をとってゆっくりと立たせた。最後の夕日のきらめきを背後に宿しているため、その表情はナミからは窺い知れなかった。

「あ、ありがと・・・・」
飲み込んだ言葉はとうに別の言葉に変換されてしまっていた。

「・・・・早く、行けよ。チョッパーだけじゃなくて、ルフィもメシを待ってる」
視界が闇に侵食されていく。ナミはもうぼんやりとしか輪郭もつかめなくなったゾロのその顔を見やった。

今のは、一体なんだったのか。
必要以上に抱きすくめられて、漏れ出た吐息に別の言葉が混じってはいなかっただろうか。
しかしそれを聞こうにも、ナミの胸の内はすでにあふれ出た己の気持ちのみでいっぱいになって、とてもそれだけの余裕は見せられなかった。
赤い顔を見られたくない。
踵を返してキッチンへ走るナミは、心うちで小さくウソップの顔を浮かべた。

・・・・また駄目だった。

小走りで掛けていくナミには、後ろで視線を送りつづけるゾロの姿を見ることはできるはずも無く。
その口元が小さく動いたことなど、もちろん知るよしもない。



「悪かったな・・・・。いいところを邪魔してよ」

ゾロの耳には、まだ残るナミの声。

『スキ・・・・』

蜜柑畑から漏れ聞こえたその声は、鋭い牙となって己の胸に突き刺さっていた。




− 告白 FIN −


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(2005.07.12)

Copyright(C)ソイ,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
ナミさんが可愛くていじらしくて涙が出そうですよ(ホロホロ)。
そんなナミのためにウソップが奮闘して恋のプロデュース!しかし結果は・・・(笑)。
ゾロはさ〜髪の毛をナミに触ってもらってゼッタイ嬉しがってるよね。それなのに最後拒否されて哀れ。
個人的にサンジがどうなったのか見たいよ(^^;)。
ナミの『スキ・・・』の可愛らしいこと。こりゃ私だってヤバかったですよ!(←?) 
しかし、これがとんでもない誤解のタネになるとは・・・。どうなる?いったいどうなってしまうのぉぉ〜〜!

投稿部屋で活躍中のソイさんの「漢・ウソップ 恋の手助け百戦錬磨 〜涙〜」の続編でした!ソイさん、続き!続きプリーズ!!!(全国ゾロナミスト8000人の心の叫び)

 

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