いやいやいやいや・・・・。
俺は頭の中で小さく首を横に振った。
それ以上のことは、考えねえようにする。
いやだって、そりゃあ、アレだ。
要するに・・・・。


今更だろう?







漢・ウソップ 恋の手助け百戦錬磨 〜嘘〜   −2−
            

ソイ 様




夕刻になっていつものようにルフィの号令の元、宴が始まった。食料が尽きているのでつまみは昼間の間に海水を汲んで乾かした塩のみの寂しい宴卓だ。酒もそれほど量があるとはいえない。保存用のラム酒とナミが隠し持っていたちょいと高級そうなラベルの貼られた酒瓶が何本か。それで終わり。だがそれでも誰かが叫んで、皆で大笑いして、怒鳴りあいから喧嘩が始まったり、酔って海に転げ落ちそうになったり、そんな異常な盛り上がりを見せるのが、俺たちの宴会の特徴だ。
「しかし、腹減った〜!!」
まあその間中、ルフィがそう叫び続けるのは仕方ないとして。
「それはメシにはならねえって何度言わせんだクソが!!」
「だぁ! ルフィそこはようやく修理したところだぞ!」
ルフィがこないだの邪魔口の真似をして甲板の柵に齧り付くのを、俺とサンジの二人がかりで引き離した。
「酒だけで持つかあ! 肉〜! 肉〜! 生でもかまわねえ!!」
酔って血走ったルフィの目が冗談を感じさせず、ふと獣二匹の方に向けられる。
そのチョッパーとカルーはガタガタ震えて抱き合いながら、ルフィに見つかるまいとビビの後ろに背を向け膝を抱えて隠れていた。
「だだだ大丈夫だぞカルー、ルフィはああ言ってるけど、おおおお俺のことは仲間だって言ってくれてるんだから、くくく食ったりしねえよ、なあ」
「クエー・・・・」
「そ、そんなあ!!」
すがるようなチョッパーの呟きに、カルーが諦め混じりに首を横に振るのは、さすがに一日の長というべきだろう。
キラーンと輝く肉食獣の視線をじりじりと感じながら、涙目混じりにさらにチョッパーが身をちぢこませると、今度は別の気配が二匹の襟首を掴む。それは陽気に酔っぱらったビビの手だった。
「ふたりとも〜・・・・、どうしちゃったのぉ? あ、何か良いもの隠してるんでしょうぉ!」
振り向いたチョッパーを押し倒すように両手両足を広げさせる。
「か、隠してなんかないぞ!」
「メシ隠してんのかあ!!」
その一言が引き金になって、恐るべきケダモノが二人の頭上にゴムの速度で襲いかかった。
「メシ出せーー!!」
「ルフィさん、独り占めはダメー!!」
もう後は大乱闘だ。決死の覚悟で人型になってルフィを迎え撃ったチョッパーの肩にもろ食らいつくルフィと、訳も分からず大笑いをしながらじゃれ込むビビと。カルーはこのスキにと逃げ出しかけ、ビビの嬉々とした様子を危機だと言い張るサンジまでもが乱入し、せっかくのラム酒も二、三本ごろごろと床に転がって海に落ちた。

いつもの宴に、いつもの大騒ぎ。今日は酒の回りが早い分、そのぺースも早い。
そしていつも通りなら、ここですかさずナミの叱咤が入るところなのだが――。



ナミは、ゾロの隣にいた。

階段の手すりに背を預けて喧噪を見守るゾロの隣で、少々落ち着きなく、座り心地が悪そうにもぞもぞとしてはいるが、それでもなにやらゾロと二言、三言と交わしている。時には笑顔も交えながら。
なかなかうまいタイミングを見計らって行ったようだった。宴の最初からチラチラと機会をうかがいつつ、ゾロの手元のラム酒の瓶が空になったのを見やり、すぐさま手持ちの高級ウイスキーを差し出しに行ったのだ。

『い、一杯1万ベリーで、どう?』

そこまで言えたのはこりゃ誉めてやっても良いだろう。ゾロはなにやらぶつくさ言っていたが、ツケにしてもいいと聞いて遠慮なく手を伸ばしたようだった。「利子はト、トイチよ」とぎこちなくも付け加えたナミはそのままさりげなく、ゾロの横に自分のグラスを置いて腰を下ろした。
それからは俺の神経はそっちに集中だ。ルフィやサンジとがなり合いながらも、耳だけは階段の方に大きく広がってかすかな進展も拾おうとする。

ナミが何かを話す。ゾロが相づちをうつ。
ナミが酒を一口含む。ゾロが指先で塩を摘む。

話の内容は酒の銘柄とか、好きなつまみの種類だとか、あまり色気や艶を感じさせるような物じゃない。へたすりゃゾロは「ああ」とか「まあな」とかしか呟いてないが、それでもナミがパニックやヒステリーを起こさず、ゆっくり『おしゃべり』を楽しめているのは感じ取れた。小さな笑い声も聞こえる。

そうそう、そうやって笑ってりゃいいんだ。顔の作りはいいんだし、たまに悪魔の尻尾も見え隠れするけど、お前の笑顔はこう、みずみずしいっつーか、ぎゅっと太陽の眩しさを凝縮したような弾ける何かがあるんだよ。それは誰にとっても、とても魅力的なんだ。

ふと、昼間の見張り台での胸のうずきがちくりと蘇った。

・・・・いや。駄目だ駄目だ。




「ぎゃあ! 痛え!!」
「肉!!!」
肉食獣ルフィVS腕力強化チョッパーの乱闘はまだまだ続いていた。いつの間にかランブルしてやがるチョッパーの奴。

「ビビちゃんそっち!!」
「はいサンジさん! カルー、観念しなさい!!」
ビビはサンジとタッグを組んで逃げるカルーを走り回って追いかけている。サンジは包丁片手に、ビビは当初の目的を忘れて単純に追いかけっこを楽しんでいるみたいだ。

俺は無責任なヤジを飛ばす。
「ビビ! マストを回れ! ぐるっと一回転で回り込める!!」
「カルー! ほれほれ逃げねえと、サンジはカルガモ料理検定1級を持つ男だ!
 羽の一本残らず調理されちまうぞ!」
「本当かサンジ!?」
その言葉にチョッパーをついに押さえ込んだルフィの視線がカルー注がれる。
「今だチョッパー!!」
「おう!」
覆い被さったルフィにチョッパーの反撃の蹴りが決まった。が、吹っ飛んだルフィの体がマストに派手な音を立てて叩きつけられる。
「ぎゃーー!メリー!! チョッパー、何しやがる!」

俺は声の限りを尽くして笑い、叫ぶ。

喧噪と喧噪と喧噪の宴だが、俺の後ろの二人だけには、静かな場を残してやりてえからな。
せめて誰もあの二人の間に迷い込まないように……。でねえと、またナミがアップアップになっちまうしよ。






「いいのかよ」
ふと、波風の向きが変わったのだろうか。今までくぐもったようにしか聞こえなかったゾロの声が、急にはっきりと俺の耳に届いてきた。俺に声をかけられたのかととっさに振り向きそうになるが、ちらりと目の端でとらえたゾロの顔はこちらではなくナミに向いていた。
「…な、何が?」
口に含んでいた酒をあわてて飲み下して、ナミが少しとまどったように聞き返す。
「いや・・・・」
ぐい、ともう一口あおったゾロは、ふとナミから視線を外して俺を見た。
見たように見えた。
慌てて顔を逸らしたが、その後も後頭部にゾロの鋭い視線を感じる。み、見てたのがバレたのか?
「な、何よ」
ナミはそんなゾロの視線には気づかないようで、もう一度問い返した。
「お酒なら飲み切っちゃってかまわないわよ。どうせ明日には上陸できそうだし、上陸したら、それこそ息つく暇もないと思うし。今のうちに楽しんでおきなさいよ」
「いや、そういうことじゃねえ・・・・。まあそのお言葉には甘えるけどな」
ごとり、と音を立てて、ゾロが最後の未開封のボトルを手に取った。キャップシールを慣れた手つきで剥がし、きゅきゅっと蓋を開けて黄金色の液体をグラスに注ぐ。ナミが両手で持っていたグラスにも、さりげなく注ぎ足してやっていた。
「あ、ありがと」
「楽しめっていうんなら、お前もそうしろよ」
「え、飲んでるわよ?」
「さっきから飲んでるだけじゃねえか」
「だって食べ物だってもうないし」
「だからそうじゃねえって・・・・」
少し、ゾロの声に苛立ちが混ざったような気がした。
「俺とばっかり飲んでてもつまらねえだろ」
再び、ずんっと強烈な存在感を持つゾロの視線を後頭部に感じた。お、俺を見ているのか?
いや、それとも俺の目の前で繰り広げられている嬌声と怒号と笑い声の混ざったこの喧噪を見ているのか。振りかえって確認したい衝動に駆られたが、まさに蛇に睨まれたカエルも同然。俺は背中に冷たい汗を感じつつ、気持ちが縮こまったのを悟られまいとルフィ達にヤジを飛ばし続けた。

息を飲んだのは、次のナミの一言だった。
「そんなことはない・・・・ないわよ」

喉をごくりと鳴らした、ナミの気配がはっきりと伝わってきた。俺と同様、ゾロの言葉の真意を測りかねているようではあったが、語尾ははっきりと発音され、瞳はまっすぐにゾロを見つめている・・・・ようだった。ふっと、俺に向けられていたゾロの視線がナミの方へ向けられるのでもそれが分かる。

「あんたは、そりゃこっちがいくら話しても相づちしか打たないし、たまに口を開いたかと思ったら、酒の話、刀の話、世界一の大剣豪の話ばっかりしかしないけど、別に・・・・それでもいいんだから。私は」

一言一言を噛みしめるように、ゆっくりとナミは言葉を紡いでいった。一度呼吸を整え、次に発する言葉を、ゾロの瞳を見つめながら心の中で形にしていっている。

あ。と、思った。

昼間は顔を見ることさえ怖がっていたあのナミが、じっとゾロを見据えている。
ほどよい酔いと普通の会話が出来た自信が、あの落ち着きのなさをどこかに払拭させてしまっていた。

ナミの中で、とうとうスイッチが入った。

それを悟って、俺の胸の奥で何かが軋んだ音を立てる。
どくん、と跳ねる心臓が、そこにずしりと重くのしかかる。
ナミのかすれた声が、そこに響く。

「ゾロ」

―― ナミ。
―― 俺は『言わなくていい』って、言ったじゃねえか。


「あのね、私」


―― 『今日はやめとけ』って。『今日は休みだ』って。
―― 気負いすぎて、緊張して、疲れてんだから。

―― そんなら『言わなきゃいい』って、俺はお前に言ったじゃねえか。


「ゾロのことが・・・・」


―― 『言わなきゃいい』って。俺は。



「・・・・・・・・スキ、なの」



――――・・・・思ってるんだよ・・・・!







静かだった。
ルフィ達の喧噪が、瞳に映りはするもののまるで別世界の出来事のように、一枚幕を隔てた向こうに見えていた。変わって、背後のナミの吐息だけはかなり近くにいるように聞こえてくる。息を詰めて、思いを込めて、ようやくその一言を振り絞った、ナミの早鐘を打つ動悸が感じられる暖かな吐息だ。後ろを振り返らずとも、耳まで真っ赤に染めて、でもゾロから目を離そうとしない凛とした横顔が見えるようだった。
俺はもう声が出せなくなってルフィ達にヤジも飛ばすこともすっかり忘れていた。後ろから沈黙という名の重い壁が背中にのしかかってきて、だんだんと重みを増してくる。潰されそうな圧迫感に息をするのを忘れそうだ。
ゾロは何も言わない。ただ、ナミから目を外さない。
ナミもそれ以上、言葉が出てこない。

俺は・・・どうしたらいい?

ナミが動けなくなっちまってるんなら、後ろを振り返って助けを出してやるべきだろうかとも思う。
ゾロがどう頷けばいいか分からないようなら、聞き耳を立てていたことを咎められたとしても、ちょっかいを出して話を進めてやるべきかもしれねえ。

でも、固まっちまったのは俺も同じだった。

『言っちまった』って、思った。とうとう、その時が来ちまったのだと思った。

その瞬間に急に俺の中で何かがガラガラと音を立てて崩れていく。
同時に襲いかかる、えずきにも似た旨の奥底からの苦しさ。

それは寂しさだと、俺は思おうとした。
俺の前で「ゾロがスキ」「ゾロがスキ」と騒いでいたナミの顔が、目の前にちらついていく。俺の相づちに時には怒り、時には照れて、時には嬉しそうに微笑んでいた顔、顔、顔。それが、もう見られなくなるという寂しさだ。
そうだろ? ゾロは頷く。100%間違いなく頷く。ナミのあの綺麗な表情でで、あんなことを言われて、そうしねえ男なんていねえ。そしたら、ナミは俺に向けていたあの笑顔より――100倍もいい笑顔であいつの胸に飛び込んでいくだろう。ゾロただ一人に向けられたその笑顔は、もう、俺は、見ることはできねえんだ。

―― たとえば、さんざん手を焼かされてきた娘が、よその男に嫁いでいくような、そんな心境か? ・・・って、おい。急に老け込んだみてえじゃねえかそんな言いぐさ。

心の中で自嘲を浮かべて、俺は無理矢理、そう結論づけようとした。
本当に笑おうとして、唇の端をつり上げる。

でも、そこが限界だった。
笑えるはずが、なかった。

―― ・・・・情けねえなあ。

―― ・・・・俺としたことが、自分には「嘘」つけねえのかよ・・・・。

それは「寂しさ」じゃなかった。・・・・「悔しさ」だ。
ナミを、ゾロに取られちまうっていう、悔しさ。

・・・・好きな女を、目の前で別の男に持って行かたこの瞬間に、ようやく気づいてしまった。
その、悔しさ。
純粋に、ただそれだけの感情だ。

俺は息を吸った。
そして吐いた。
ごくりと唾を飲み込んで、ぐっと奥歯を噛みしめる。涙腺がゆるむのだけは、なんとしても避けたかった。

―― すまねえな、ナミ。
―― 本当はばっと満面の笑顔で振り向いて、すべての結末を祝福の笑顔で見届けてやりてえんだけどよ。




―― 最後で・・・・逃げちまう、俺を許してくれ。






だが、次に耳に飛び込んで来た言葉に、俺は耳を疑った。


「・・・・やめとけよ」



とっさに俺は、自分が振り向いてしまうのをとうとう止められなかった。




ゾロは一度視線をナミから逸らし、ぐいと一口グラスの中の琥珀色の液体をあおった。
その表情から感情は読み取れない。だがナミの言葉に照れて天の邪鬼な返事をしたようには見えなかった。むしろ伏せた瞳には苛立ちの炎が宿っているようにすら見えた。
「何を言い出すかと思えば、・・・・酔っぱらってんじゃねえぞ。何だ、さすがに病み上がりじゃいつもの調子は取り戻せねえか?」
そして振り返った俺に気づく。続けて俺に向けて何かを言おうとしたその言葉を、だがナミが腕を伸ばして手のひらで遮るように止めた。
「・・・・からかってなんか、ないわよ」
その目は、かすかに潤んでいるように見えた。歯を食いしばったように口がへの字になっちまってる。
「・・・・何よ。そんな風に、聞こえたの?」
かすれた言葉が、湿り気を帯びて俺とゾロの間の空気に響いた。

ガタン、と音を立ててゾロが立ち上がった。腰の鞘が互いにぶつかってがちゃがちゃと乱暴な音を立てた。
ゾロの表情もは、さっきよりいっそう剣呑さを隠さなくなっている。
そしてゾロは、ナミではなく、俺を見た。
「こいつと喧嘩でもしたのかよ」
「ゾ、ゾロ?」
ぎょっとした俺の表情に構わず、苛立たしげにゾロは言葉を続ける。
「昼間は人目もはばからずベタベタしてると思ったら、夜になって急にナミは俺んところにくるし、てめえは素知らぬ振りでずっと聞き耳たててやがって。・・・・悪ぃが俺は、痴話喧嘩に巻き込まれる趣味はねえんだ」
そして俺から視線を逸らし、顔は背けたままナミに言い放った。
「他の男を好いた素振りでもすりゃ、ウソップが慌てて飛んでくるとでも思ったのかよ」




「違うわよ!」



俺がゾロに飛びかかる前に、ナミの絶叫が船中に響き渡った。



「素振りって、何よ、違うわよ!! ・・・・・・あんたが好きだって言ったのよ!!」




瞬間、波音すらも静まりかえった気がした。

いつしか甲板上で繰り広げられていた喧噪はぴたりと収まっていた。
カルーの首をつかんでいたサンジがタバコを取り落としそうになり、無意識に噛んだせいで灰だけがぽろりと落ちる。その隣でビビがちいさく「あ・・・・」と呟く声が船上に漂った。マスト下で揉み合っていたルフィがチョッパーを押さえる腕をゆるめ、じっとこちらを見つめている。
全員が一斉にナミとゾロに注目し、赤く染まるナミの頬を、声もなく見つめることしかできなかった。

ナミは全身を振るわせて、その緊張に耐えているかのようだった。
両手を握りしめ、肩を張って、口元を食いしばって。
だが目だけは怒りのせいか、または恥ずかしさなのか、今にもこぼれ落ちそうに潤んでいる。
真っ正面の男の顔をとらえたまま、微動だにせず、しかし崩れ落ちそうなのをようやくこらえているかのようだった。

ゾロははじめて見るかのようにそのナミの顔を惚けて見つめ、息を飲む。
ヤツもある意味、本能だけで生きているような人間だ。ナミの言葉が虚言やごまかしではないと一瞬にして悟ったようだったが、滑り落ちてくるのは合点がいかないままの、混乱した心を表すような、ため息混じりの言葉でしかなく。

瞼が、一つ瞬きをした。

「馬鹿言え・・・・」



「・・・・馬鹿って何よ!」
そのナミの甲高い声で、船のすべての時間が動き出した。

ナミは手にしていた空のグラスを放りだして、そのままゾロに掴みかかろうとした…ように見えた。
しかし上げた手からグラスは滑り落ちて、ナミの足下で小さく音を立てて割れる。
怒ったように見えたその顔が、一瞬のうちに歪み、真っ白に血の気の引いた顔を隠すようにナミは両手で頬を覆った。

絞りだそうとした声で、まだ何か言いたかったかもしれない。
だがもう、ナミはあふれ出してくる涙を隠すことだけに精一杯だった。

「ナ・・・ナミ?」
一番先に動いたのは、ナミの顔色の変化にまず気づいたチョッパーだった。
ナミに注視しているルフィの腕を押しのけて、小さな人獣姿に戻ってナミの元に駆け寄ってくる。心配げに見上げて、彼女の膝に取りすがろうとした。
「大丈夫か!? どうしたんだ!? 真っ青だ・・・・貧血かな」
触れた蹄の感触に、ナミはびくっと体を硬直させた。
「あ・・・・」
とたんに、自分自身に注目するクルーの視線に気づかされる。言葉を失って視線をナミの顔から外せずにいた皆の顔の上に、ナミは何度も視線を彷徨わせた。

「やだ・・・・」

波音すらも打ち消すような沈黙が重くのしかかって、ついにナミはそれに潰されてしまった。
心配げに様子をうかがうチョッパーを突き飛ばすように押しのけ、ふらつく足で縺れるように女部屋に逃げ出していく。

「ナミさん!」
とっさに後を追おうとしたビビを、ルフィが腕を掴んで止めた。

「おい・・・・」
惚けた表情のまま、ゾロがナミの姿を目で追う。倉庫の扉がバタンと荒っぽい音を立てて閉まった瞬間、そのドアに視線が釘付けになったゾロの襟首に、俺はぐいと手をかける。
頭の中は真っ白で、振り向いたゾロのうるさがるような眼光も目には入ってこなかった。

「ウソップ・・・? なん・・・・!?」
「うるせえ!!」

頬を一発、殴り飛ばした。

ガッターーーンと派手な音を立ててゾロの体が吹っ飛んだ。俺はさらに、壁に叩きつけられ体勢を崩したゾロの上に飛びかかって襟首を掴み上げた。

「てめえなあ・・・・!! あんな・・・・あんな・・・・」

―― あいつはあれだけ思い悩んで。
―― 死の恐怖に震えながらも、でもおまえを気遣ってて。

―― それを乗り越えて、形は不器用でも、ようやく勇気を出せた、そんな想いなのに。



―― てめえ・・・・!!


「・・・・あんな言わせ方があるかーーーー!!!!」




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(2007.10.16)

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