このお話は「漢・ウソップ 恋の手助け百戦錬磨 〜涙〜
漢・ウソップ 恋の手助け百戦錬磨 〜告白〜
の続編です。







漢・ウソップ 恋の手助け百戦錬磨 〜嘘〜   −1−
            

ソイ 様




「ゾロが荒れてんなあ」
釣り糸をじっと見つめていたルフィが、独り言のように呟いた。


風を受けて帆は勢いよく膨らみ、波間を切り裂いて進むメリー。
そんな船から魚を釣ろうなんてよく考えりゃ無理な話かもしれないが、ルフィは気にせず今日も釣り竿片手に柵に持たれて座っている。釣りが好きだっつーよりは、極限まで減った空腹を紛らわすためか、唯一の食料供給源に一縷の望みを繋ぎたいだけかもしれない。サボりゃサボったでサンジとナミからの鉄拳が振ってくるからな。

だから、つまみ食いはやめとけって言ったんだ。
しかも冷蔵庫、空にしやがって。
共犯の俺が言えた義理じゃあねえけどな。


「ゾロが?」
その言葉に反応して、俺は後部甲板に視線を送った。
ゾロは甲板に腰を降ろし、膝の上に両手の拳を置いて静かに目を閉じている。眠っているわけではない。背筋はぴしりと伸びているし、額には脂汗もかいている。何より周囲を圧倒するような張り詰めた気迫を、その身じろぎ一つしない姿勢から遠慮なく方々に放っていた。
チョッパーが怖くて近づけねえって、さっき泣きを入れに来たくらいだ。

昔、ゾロ本人に聞いたことがある。
あれはイメージトレーニングの一環なのだ、と。

筋肉を鍛えるだけの鍛錬ならともかく、狭い船では奴の刀はいささか長すぎて、実際の剣技を思うままにふるって練習することができねえんだそうだ。 一回やったら柵ごと甲板の一部を吹っ飛ばして、あんときゃてめえに死ぬほど叱られたじゃねえかと今でも俺に向かってぶーたれる。そうそう、それで倉庫の屋根が吹っ飛んで、ナミのお宝の一部が海に落ちたんだよな。
はっはっは。・・・・って笑い事じゃねえ。ナミがホントの悪鬼になった瞬間だった。
それ以来奴はよほどのことがねえと船の上で刀を抜くことが無くなり、その代わりにああやって瞳を閉じ、暗闇の中で敵を探る。相手の手の動き足の動き身のかわし視線の這わせ方呼吸。全てを正確にシュミレートして、それに対し自身の剣技も同じく頭の中で思う存分繰り広げて磨き上げる。じっとしているようでも、頭でなぞったとおりに自分の筋肉はびくりびくりと反応して、なおかつ押さえている分、実際に体を動かすよりも何倍もキツイし、その分得るものも大きいのだという。
ぽたぽたと腕や顎から流れ落ちる汗が、アラバスタへと近づいた証である気温のせいでないのはその苦悶の表情から見て取れた。
でも。

「・・・・そうかぁ? いつものとおりじゃねえか」
いつもどおり、鍛錬・鍛錬・鍛錬・鍛錬。自分を鍛えることと寝ることと酒を飲むこと、それから少しランクが下がって食べることにしか興味がない刀バカの姿がそこにはある。

何が「荒れて」る?

しかしルフィは口調を崩さず言葉を続けた。
「敵なんて見てねえじゃねえか」
「敵?」
「頭ん中、だーれもいねえぞ」
釣り糸は、飛沫を上げる波間に弾かれるように海面を踊っていた。
「見てんのは自分だけだ」

「お前、ゾロの頭ん中のことが分かんのかよ?」
俺の質問に、にかっと笑顔を浮かべて。
「おう! 俺とゾロだからな!」




「ウソップー」
頭上から声が響いてきた。錘すら水面に沈んでくれない釣り糸を諦めて巻き上げながら、見張り台を見やるとナミが手を振って俺を呼んでいた。
その瞬間にちらりとルフィがゾロを見やったことには俺もナミも気づかない。
「風速計がおかしいのよ。あんたまたなんか改造した!?」
「おう、『ウソップスペシャルアネモメーター!!』に改良しといたぜ。どうだ!?」
「どうだもあるかぁ!」
予想外の罵声に肩をすくめる。
「目盛りがまったく狂っちゃってるじゃないのよ! 早くこっち来て直して!」
ちょいちょいと手招きされ、俺はしょうがなくマストに登った。
狭い見張り台の中は人が二人立つとぎゅうぎゅうで、マストの先端に取り付けた風速計の前に俺を立たせて、ナミは台の縁に腰をかけて身を避けた。足を内側にぶらつかせ、ぐうんと伸びをするように背筋を空に伸ばす。そうするとナミの視線は船の隅々まで上から見渡すことができる。

ちらちらと、気の無い振りして後部甲板をうかがってやがる。

俺は風速計に手を伸ばし、視線を送らずに口を開いた。
「ゾロなら鍛錬中だぜ」
「・・・知ってるわよ」
少し沈んだ表情でそう答える。あまり長く視線を送ると気配を察せられると思ったのか、ナミはわざと方々に気を逸らし、潮の流れや風の向きを確かめるような素振りを見せる。でもその視線の流れはいつも後部甲板の緑頭に帰っていっていた。
「なんだ、元気ねえじゃねえか」
「・・・・まあね。最近、あいつとおしゃべりしてないなあって思って」
おしゃべりぃ? 
あんまりゾロには似つかわしくない単語だったが、黙っているとナミは小さく溜息をつく。
「なんかこのごろあいつ不機嫌じゃない? 昼寝もあんまりせずに、いっつもああやってじっと座禅くんでてさあ。こうして見てるだけでも咎められそうなのよね。『うぜえ』って」
そこで少し声を落とした。
「・・・・告白の方だって、あれからさっぱりだし」
唇を少し上向きに尖らせて、足先で俺のふくらはぎをちょいちょいと突付いた。
俺は風速計の締めていた螺子を手にしたドライバーで緩めながら、とりあえず笑ってナミに振り向く。
「ま、そんなに落ち込むんじゃねえよ! まだあれから三日位しかたってねえだろ? 自分で言ってたじゃねえか。『言えるもんならとっくに言ってる』って。そうそう、おめえの言ってた『手作りケーキ大作戦!』はどうなった?」
三日前、ナミは今後のプランとして自分で考え抜いた多種多様な告白プランを俺に意気揚々と提示してくれたのだ。小技や小道具を駆使した案の数々に、「目で見て告白!」がこいつにはかなり厳しい試練らしいと悟った。
しかしナミはその言葉にさらに顔をしかめる。
「・・・・持っていったら、普通にサンジくんのおやつだと間違われて、しかも『甘いのは嫌いだからお前にやる』って言われたわよ・・・・」
「んで、自分で食ったのか」
「そうよ。思ってたより美味しかったわ」
ああいかん、ますます落ち込んだ。
「じゃ、あれはどうなった? 『キュートな手作りマスコット、マリモくん人形を渡せ!』は」
俺の道具箱から緑のフェルトを持ち出して、針でちくちくやってたじゃねえか。それを見たチョッパーが自分も欲しがったんで、ミニミニチョッパー像に俺がペットマリモをつけてやったんだ。
「カルーが気に入って、帽子の耳カバーにつけてるわ」
「ゾロがカルーにやったのか?」
「・・・・私がつけてあげたの」
つまり渡せなかったって事か。
「お、おう。それじゃあ『古い手だけどシンプルが一番。いざラブレター!』は? 書けねえ書けねえってんで俺が草稿を書いてやったろ」
「あれこそ駄目よ!」
じたばたと足を振り回して、今度は俺のスネを蹴り上げやがる。
「駄目! 一度自分で読み返して顔から火が出そうだったもの! あんなクサイ台詞読まれると思うだけで脳みそ蒸発よ!」
真っ赤に興奮して声も荒く叫ぶ。おい、それが書いてやった俺に言う言葉か。
「あ〜、うまく行かないものよね〜」
そして胸の底から大きな大きな溜息をついた。
だだっ子のように足をぶらつかせ、頭は肩から力を落としてうなだれている。
「なんかさあ、これなら以前の方が良かったのかと思っちゃうのよ。少なくとも意識しなければ普通に話せたし、喧嘩もできたし、ふとしたアクシデントをただ喜んでいられたし・・・・」
と、そこで口篭もり、もう一度緑頭をこっそりと見やった。
「ねえ、思ったんだけど・・・・って、ヤバ!」
しかしふと目を見開いたらしいゾロの様子に、慌てて見張り台の中に滑り降りてきた。なぜかその時俺の体も巻き込み、二人して狭い見張り台の中に身を曲げて隠れるような体勢になってしまった。
「な、なんだよ」
「あいつ今こっち見たの!」
「いいじゃねえか、それくらい! 笑って手でも振ってやれよ」
「聞こえてたかな? 聞こえてた? まさか聞いていないわよね?」
焦る様子で俺の頭を無意識にぐいぐいと押さえつける。痛えって。こら痛え。俺は必死で曲がる腰と首の為に抵抗するが、ナミの細い手首を力で跳ね除けるわけにもいかず、人の話を聞こうともしないその顔が、やけに至近距離に近づいてくるのを足や腕で突っ張りながら何とか逃れていた。

こら。
こんな狭い場所でくっつくんじゃねえって。

・・・・息が頬にかかる。

「・・・・聞こえてやしねえよ。上は風の音がすげえし、下は波の音がうるせえし。んな過敏に反応すんなって」
ぼつりと捻じ曲がった首に苦しみながらそう呟くと、ナミはあっさりと俺から手を離して、もう一度縁から目の上だけを出して恐る恐る下を見やった。
「・・・・大丈夫みたい」
「だろうが」
「ん。なにかルフィと話してる」
ナミは縮こまって縁にへばりついているが、もともと一人用に作られた見張り台で、二人が座り込んでいるとそれこそどこかしら触れる結果になる。かなり身をよじって立ち上がろうとすれば、タンクトップから伸びたナミの剥き出しの白い二の腕や見た目どおりの大きなし・・尻に膝やら腰やらがぶつかって、俺はナミの後ろで額に皺を寄せた。しかしナミは気にする素振りを見せるどころか触れたことも気づかないようで、またそれが納得がいかない。
なんで俺一人こんな目にあってんだ。
どうもこういうのは、慣れねえ。
喉の奥が乾いたような落ち着かぬ心地でようやく立ち上がり、まだ下に視線を送ったままのナミの頭に話し掛けた。
「思ったんだけど・・・・、って、なんだよ?」
「ああ・・・・ええとね」
くりっと、からくり人形みたいに首だけをこちらに向ける。
「私は、何を望んでるのかな」
「何って・・・・」
「告っちゃうことばっかり考えてたけど、私はそれからどうしたいのかしら」
「どうって・・・・」
そんな当たり前のことを、と返しそうになったが、えらく真面目に沈んだナミの顔に言葉を飲み込んだ。
「ゾロに『スキ』って言っちゃったら、うまく行っても行かなくても、今までの関係が無かった事になっちゃうのかなあ」

「今みたいにぎこちなくなって、話したり、喧嘩したり、そういうの、ダメになっちゃう?」

一段と強い海風が吹きつけて、ナミのオレンジの髪がその表情に陰を落とした。




さて。
困った。

もともと俺は世界の四つの海をまたにかける勇敢な海の戦士(予定)ではあるし、国元では三千人の美女が俺の帰りをハンカチを噛み締めて待っている(だろう)というものの、実際にサンジがいつもうそぶいてるような「恋のカウンセラー」の資格だけは持ってねえんだ。ありゃ十八歳以上じゃねえとダメだと聞いたからな。こんな時は、なんてアドバイスしてやりゃいいんだ?

俺は視線を彷徨わせて、ナミの頭越しに、甲板のゾロを見やった。
ルフィと険しい顔をしてなにやら言い争ってやがる。ルフィは笑ってるけど。


ナミがゾロに「スキ」って言った後?

そりゃ、めでたく「恋人同士」になるんじゃねえか。
うまくいかねえなんてこたあ多分ねえだろ。
ゾロだって・・・・今までのあいつを見てたらナミを嫌っているとは思えないし、何よりナミが、あの綺麗な笑顔で。

「スキ」って言ったら。

夕焼けに染まったそのオレンジ色の肌が、ふいに脳裏によみがえった。


そりゃ、・・・・誰だって堕ちるだろ。


「ちょっと、ウソップ聞いてる?」
いきなり襟首をぐらぐらと揺すぶられた。
「お、おう・・・・!」
気づけば、やけに近い距離にナミの顔がある。鼻先がナミのつんと高い鼻に触れた。


「スキ」って言ったら。

こんな間近で見るのは初めての、そのきめの細かい肌やくりっとした大きな瞳に長いまつげも、柔らかい産毛が見える髪の生え際やほっそりした顎も、さくらんぼを乗せたようなぷるんとした真っ赤な唇も、何もかも。
あの笑顔も、全て。

みんなゾロのもんになっちまうんだ。

・・・・ナミが、ゾロに。
「スキ」って言ったら。

じゃあ・・・−−。





「言わなきゃ、いいじゃねえか」

緩めていた螺子が外れ、風力計ががたんと傾いた。

「・・・・なによそれ」




・・・・・・・・あ?
俺は今何を考えていた?


「・・・・何の話だったかな?」
「ちょっとぉ!」
ナミのアッパーが煌めき光った。
目の前に星が飛ぶ。

「・・・・暴力はイカンぞ、暴力は・・・・」
痛む顎を擦りながら、チカチカ光る真昼の星空に目を回すと、ぷりぷりと怒ったナミが目の前で腕を組んでいる。
「もう! こっちは真剣なのよ! ちゃんと聞いてちょうだい」
「聞いてる・・・・聞いてるって言ってんじゃねえか・・・・」
とは言うものの、何を口走ってんだ俺はとひとり心の中で突っ込みを入れる。ともかく、ごまかさねえと。
・・・・ごまかさねえとやべえだろ。

「えー、えーとだな、ナミ! お前は疲れてんだ!」
わざとらしく大ぶりな動作で肩を叩くと、ナミは怪訝な顔を隠そうともしない。だがそれを気にせず俺は言葉を続けた。
「告白告白って、考えすぎて訳分かんなくなっちまってるんだろ。えーと、なんだ、その。・・・・その後なんて、そりゃ俺にだって分からねえけどよ、それはまあ、その後はその後だ。でも言わねえと、始まんねえしな。でも言えねえんなら、だから・・・・」
「だから? だから何?」
かなりぶーな顔でナミは先を急がせる。ああ、舌の先が乾いて、なんだか声が上手く出ねえ。
「だから・・・・、えーと、とにかく、今日は言うのを止めとけ! 『言わなきゃいい』っつうのはそういう意味だ」
・・・・おお。我ながらいい繋ぎだ。
「今日は止める?」
「そうだ! 今日は一日、告白なんて止めて、緊張することなく、その・・『おしゃべり』をゾロとすりゃいいじゃねえか。そうすりゃ、お前も落ち着いて、もっとゾロと仲良くなりてえって思うだろ。そんな気持ちになりゃ、告白だってうまく行くって。あんまり自分を追い込んでもしょうがねーからな。今日は休み! 今日は休みだ!」
何度も何度も少々力を込めてナミの肩を叩く。ナミは「痛い痛い」と呟いて身を引き、二・三発やり返してきた後にぷっと笑った。
「休み?」
「そう! ちょうどいい。アラバスタには明日にも着くって聞いて、ルフィが今日は宴会するって言ってたからな。どうせ食料がもうねえんだ。酒しか出ねえとお前ら二人残してみんなすぐに伸びちまうから、後は二人でゆっくりやってろ。そんなシチュエーション、告白待機のお前なら緊張して何もかもぶち壊しそうだけど」
「何よ。失礼ね」
言葉途中で言い返したナミだが、その口はかすかな微笑をたたえている。
「まあまて! でも『今日は言わなくていい』って思ってたら、気が楽だろ? な、そうしろ、そうしろ。そうして二人のラブラブトークを楽しめ」
「やだ、もう!」

て、嬉しそうな顔して俺をぶつな。



「そうだよな。明日にはアラバスタ・・・・か」
ナミの手形が残る頬を擦りながら、強い潮風に顔を向けてみる。
「思ったより、早く着いたよなあ。ドラムを出る時はもうちょっとかかるかと思ってたのによ」
あの時は何やらチョッパー急行トナカイ便に乗せられて、あれよあれよという間に出航していたのを覚えている。だからドラムからアラバスタの航路の情報は、あのでっけえ山のてっぺんの医者のところに行くまでに、俺とビビが手分けして集めた人づての情報しかなかったのだ。磁力で直接繋がっていない分、その航路について知っている者すらほとんどいなかった。
しかし、その時病に倒れていたうちの航海士は、俺の呟きを聞いて自慢気に微笑む。

「あったりまえじゃない。あんた、この船を動かしているのは誰だと思ってるの?」

手にした観測器具で、再び経度と緯度の計算を始める。その表情は嬉々として、自信に満ちていた。
恋する乙女の揺れ動く可愛らしさとは違う、自分の拠り所をしっかりと支えられる、大人びたその美しさ。

船を操る俺達の航海士。
海と波に愛されて、危うく引きずり込まれそうになるほどに。
潮風に髪をなびかせ、太陽に見つめられたその横顔は、とても綺麗で。


俺は知らず知らずのうちに、その横顔を見つめていた。




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(2005.11.02)

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