Fly to catch the moon −2−
高木樹里 様
「ほらよ。今朝上がった新鮮なやつだ」
どん、と目の前に豪快に出された料理は、確かにつやつやと良い色をしていた。
ここは江ノ島のしらす料理店。
カウンター席のど真ん中に陣取るのは、毎度ここで見る顔の高校生3名。
左から順に、黒いくしゃくしゃの髪、緑色の短髪、オレンジのショートカット。
「これでもかーなーりサービスしてんだぜ?この不況の折に、こんだけ旨ぇメシがお手頃に食えるんだ。ちったぁ感謝して、たまには手伝いに来いよな、野郎2人」
金髪の少年が、茶を振る舞いながら小言を言う。
が、どうもショートカットの少女だけは、その対象外らしい。
「ふへぇ、はんい゛」
頬に傷のある黒髪の少年が、口いっぱいに海の幸を頬張りながら満足げに笑った。
お小言など聞き流している様子である。
「当たり前ぇだ」
うめぇ、という率直な感想に、すまし顔で頷く金髪の頭。
「手伝いっつったって、ロクなこたぁできねぇの分かりきってんだろうが、アホコック」
同じく料理を頬張りながら、呆れたような口調で返すのは、真ん中の髪の短い男子だ。
その言葉に、コックと呼ばれた少年は「クソマリモが」と毒づいた。
「皿洗いくらいできるようになっとけよ、いい加減正規の値段取るぞ」
「金なんかあるか」
「あら、無いなら私が貸してあげるわよ?利子付きで♪」
「あ、んナミさんは当然永久無料ですよ〜w」
3人と同級生であるサンジの台詞に、厨房の奥にいた店員が訝しげな表情になった。
ここは江ノ島のしらす料理店。
オーナー・ゼフが営む、口コミの絶えない隠れた名店だ。
サンジはそのゼフの孫で、時間があるときはいつも店を手伝っている。
彼はもともと長野の生まれだが、両親が早世し、物心つく前に祖父の下で暮らし始めた。
そして、息をするのと同じように、ゼフの指導のもと料理の腕を磨いてきたのだった。
ゾロ、ナミ、そしてルフィとは、中学の頃からの腐れ縁である。
申し遅れたが、ルフィもまた、ゾロ、ナミの幼馴染だ。
片瀬の地で育った3人は、誕生した病院も同じ、まさに生まれたときから一緒である。
家も近所で、事あるごとに3人で過ごした。今では切っても切れない関係だ。
「言っとくけど、今度の球技大会はぜーってぇウチのクラスが勝つからな!!俺がバスケ出るんだ、優勝確実だぞ!」
「アホか。オメェみてぇな鉄砲玉にバスケのシュートなんざ繊細な真似できるかよ。ま、俺が出る時点で我が2組のサッカーの勝利は決まったようなもんだけどな」
「あ、サンジおかわり!!次あれ食わせてくれ、マグロの頬肉のステーキ!」
「黙れクソ猿!!ここはテメェのタダ飯提供する為にあるんじゃねぇんだよッ!」
「やっぱりサンジくんはサッカーなの?」
「そりゃモチロン!スーパーシュート蹴りこむから応援しに来てねw」
「部活でもそうやって普段から決めてくれりゃぁ、少しは役に立つのにな」
「あ゛ぁ?!このマリモ野郎が、聞き捨てならねぇ・・・俺が普段部活でシュート入れてねぇみてぇな言い方じゃねぇか!」
「へぇ、ちっとは国語力がついたらしいな。喜ばしい限りだ」
「・・・ッ!!表出やがれ、今日こそ海に沈めて本物の湘南の藻屑にしてやらぁあ!」
このメンツが揃うと、カウンター席の騒音が通常の5倍になる。
ゼフら店員も慣れたもので、他の客に料理を振る舞いながら、小声で詫びていた。
「で・球技大会なんてどーでもいいのよ。新人戦の敗戦をどう反省してるの、あんた達は」
ナミの冷徹な一言に、男衆3人はうっと喉を詰まらせた。
先日の秋季新人大会。通称新人戦。
2回戦で東高は、まさかの敗戦を喫した。
実力では僅かにだが勝っていた相手だった。点差が開き始めた頃、その緩みが出たのだ。でなければ、後半残り5分で4点差
を追いつかれるなど、誰が想像しただろう。
「勝てた相手だった。そう思ってるのは私だけ?」
マネージャーの酷評を、真上から落下する雹のように浴びて、己の不甲斐なさに黙りこくるプレイヤー達。
「PT戦で負けるなんてね。強さの底が露呈したわ」
追い上げられるプレッシャーに負けたのだ。強い相手に勝たれたのではない、我らが自滅した。それだけのことで逃した勝利だった。
「あんな勿体無いものはない」
棘、のレベルではない。ナミの言葉は、鋭利な刃物だった。選手のプライドを、ど真ん中から切り刻んでゆく。
「二度とあんな負け方はしねぇ・・・」
ゾロが呻くように呟いた。
喉の奥から搾り出されたその言葉を、ナミは容赦なく切り捨てる。
「何故負けたか、問題はそこよ。根性論だけでこの試合を済ますのなら、あんた達に勝てる試合なんてない」
的を射た一言に、ついにゾロも言葉が出なくなった。
ナミが、ふぅと溜め息を吐き出す。
「今回も作ってきたから、明日、試合のビデオ見ながら反省会やりましょ。今後の練習メニューも改善していかなくちゃね」
そう言って取り出したのは、お馴染みのナミ作のプリントだった。
それには、試合の結果は勿論、誰が入れた、誰がファウルをした、等の時間毎の進行状況、どの選手が何点入れた、どのコースに打って入った、外した、相手チームの攻撃・守備の特徴、フォーメーション、と言った様々なデータの全てが、整理され分析された上でタイピングしてある。
両面印刷でびっしり2枚。ビデオ1本でこれだけの情報を並べることができるナミは、マネージャーであると同時にチームの重要なブレーンだった。
チームスポーツは総じて頭脳戦であると、彼女は考えていた。
フィジカルがなければ話にならないのは言うまでもない、だが、個々の実力では及ばない相手にでも、プレイヤー全員が連動して動けば+αの力を生み出すことができる。
試合の“流れ”は時として選手の技術の差を吹き消す。
だからこそ、闇雲にプレーするのではなく、如何に勝つかが大事なのだ。
相手の得点パターンを抑えろ。守備の穴をつけ。キーパーソンをマークしろ。
しかし、いつも勘でやっている男共に、身体を動かしながら頭を使えと口酸っぱく言っても、なかなか出来ないのも然り。
「だからね、あんた達のOFはだんだんワンパターンになっていくのよ。それだったらパス読まれてカットから速攻行かれても仕方ないじゃない。少しは逆をついたパス出すとかさー」
「んなややこしいことホイホイできるかってんだ」
「単純バカすぎるっつってんのよ!突っ込む以外に選択肢を入れてよ司令塔のくせに!」
「そうだぞクソマリモ!!ナミさんが正しい!テメェがバカの一つ覚えみてぇにカットインからのパスしかやらねぇからだろ!」
「サンジくんは無茶なロングシュート打ちすぎなのよ。他が狙えるときに攻撃権をみすみす放棄しないでちょうだい」
「は・・・はぁい・・・」
「なぁなぁナミ、俺はー?」
「ルフィはもっと球さばきを早くして。そしてそのパスをもうちょっと丁寧にできないの?味方に投げるには乱暴すぎるのよ」
「おう!分かった!」
「・・・ほんとに分かった?」
厳しいお叱りの言葉にも、それぞれの反応はいつもと大差がない。
頼むからもう少し考えてプレーしてほしいと、今まで幾度と無く溜め息に混ぜた言葉を、ナミは今日も口にしなかった。
「うおぉーっっ!!じゃ、冬季大会は勝つぞーっ!」
「その前に球技大会は俺んとこが勝つからな!」
「何をーっ」
「どっちにしろ、これ以上勝負事に負ける訳にゃいかねぇな」
「・・・勝手にやってなさいよもう」
頭脳派マネージャーの苦悩に、厨房の奥のゼフはこっそり同情した。
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(2009.02.08)