桜の咲かない入学式、
新入生を迎えるのは、先輩達のつくる歓迎のアーチだ。
Fly to catch the moon −7−
高木樹里 様
「ファイトォッ!!」
「オオォッ」
春のコートに野太い声が響き渡る。
全力でぶつかり合う上級生達の姿に、仮入部に来た新1年生は、ひたすら圧倒されていた。
進級して、最高学年になったゾロ達。
彼らの最後の大会が、もう間近に迫っていた。
引退までのカウントダウンは、既に秒読みになっている。時間がなかった。
最後に大輪の華を咲かせてやろうと、練習には今までの何倍も気合いが入っていた。
東高は、卒業式にも入学式にも桜が咲かない。
海に近いこの地では、潮風にやられて枯れてしまったらしい。
だが、桜並木などいらないと言うように、入学式では在校生が校門付近にアーチをつくり、初日から部活動の勧誘に励む。
受け継ぐ者がいなければ、部は存続しない。どこも必死だった。
だが、男ハンでは新入生勧誘は主に新2年生の仕事だったので、ゾロ達は引退前の大会に向け、練習のみに集中していた。
「あーっ!!」
2分間の休憩時間、見学の1年坊が、突然素っ頓狂な声を上げる。
彼の指す先、コートのライン際には、ちょろちょろと走り抜けるリスの姿が。
珍しいものを見たと大騒ぎする新入生達、既に見慣れていてリアクションの薄い上級生達。
そんな中、一際大きな声で反応したのは、意外にもキャプテンのルフィだった。
「あいつッ、ラブーンだ!」
「リスに勝手に名前つけてんのかよ!!」
ウソップの素早い裏拳がキマった。
「違ぇっ!パスもうちょい下だ!」
「さっきお前ゴールのバーの高さくらいでいいっつったじゃねぇかよ!お前がもっと速く走りこんで来い!」
「タイミング合わねぇんだよー」
「オラ、もっかいだ」
主将と第二の男の声が、交互に響く。
「さっきから、あそこは何をやってるんですか?」
制服のまま見学に来ていた1年生が、ベンチのナミにおずおずと話しかける。
美人マネージャーは、ふっと笑って
「必殺技の練習」
と答えた。
「髪、染めてるんスか?」
今度は、ナミに向けた質問だった。
流し目で見やれば、どことなく頬を赤らめてこちらを見ているようにも思える。
素直な反応に、「可愛いなぁ」と笑ってしまった。
まぁ、だからって私は変わらないんだけど。
「元々は茶色くしてたんだけど、海の潮やら日光やらで、どんどん明るくなっちゃったのよね〜。あ、でもあっちの緑のは、本当に緑に染めたのよ、体育祭のときに。で、戻すのメンドイって言って、放置してるの」
自身の頭を指差し、次にコートで何度もパスを出している“緑”を指して、ナミは話す。
さして遠くない記憶が、やけに懐かしく感じた。過去があっと言う間に『思い出』になっていくのは、今を必死に生きているからだ、と、何かに書いてあったのを思い出す。
「あんた、ハンド部入る?」
「え・・・や、まだ迷ってるんスけど」
「もし入るんなら、よっく見ときなさい」
彼女の目は、真っ直ぐにコートを見据えていた。
「あいつらの下でハンドができる今年の1年生は、幸せかもね」
「お疲れ〜」
「なんか無性にアイス食いてーっ。腰越のアイス屋行こうぜ」
「4月にアイス食って、お前夏になったら何食うんだよ」
「決まってんだろ!アイス2個だ!!」
少ないと2両しかない、緑色の電車の駅へと向かいながら、大食いのキャプテンの言葉が笑いを誘う。
こういった沿線にある店なら、歩いた方が早いときもある。
何せ江ノ電、一部は路面電車、時速30kmは自転車でも抜ける。
「そういやウソップ、遠距離恋愛中のカノジョには連絡取ってんの?」
「えぇぇ?!何だそれ聞いたことねぇぞ!ウソップそんなのいたのかー!!」
「彼女つくらないのは、遠く離れた恋人がいるから〜って話だろ?」
「う、うううるせェッ!カヤはそういうんじゃねぇんだよ!」
真っ赤になって否定する長鼻の少年。
普段は嘘八百がすらすら出てくるというのに、肝心なときは口下手なのが彼である。
「てか、昇降口前でチョコパン食ってたら、またトンビに掻っ攫われたんだけど!」
キャプテンが怒りのままに吼える。
「外でモノ食うお前が悪い」
「ちっとは学習しろよ」
なるほど、ルフィのアイス発言はそこから来たか、と何名かが納得した。
飛沫の音に目をやれば、そこには、太古から変わらず在り続ける、母なる海。
変わらない筈なのに、海の表情は2つとして同じでないことを、彼らは知っていた。
まるで万華鏡のように。
日々、生まれ変わる。
いつも、新しい顔で。
いつでも、そこで待っている。
押し寄せる波が、彼らの背をそっと押した。
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(2009.02.08)