グランドジパング平安草子〜慈雨篇〜  −十二−
            

智弥 様




 ゾロは、ルフィが差している太刀に視線を落とし、目を瞠った。
「それは・・・秋水!」
 黒鞘に納められたこの太刀は、降魔の力を持つ太刀で、銘を「秋水」。
 この太刀は、刀身が「黒」で銘に「水」をもつ特性が故に、浄化の力も併せもっている。
「黒」は五色で北に配され、北は五行において「水」を司る方位だ。さらに、太刀の原料である鉄は五行では「金」に属し、金属は表面に水気を生じるとして、水とは五行相生においての「金生水」で相生の関係になる。相生とは、相手の要素を補い強める影響を与える関係をいう。
 さらに「水」はすべての穢れを祓い、押し流し、清浄に保つ力がある。「秋水」自体にも通力があり、水と関係が深いこの太刀ならば、クラオカミノ神に助力を請うた場合、神の力を宿すための依り代となることも可能だろうと、コウシロウが考察し、ルフィへと預けたのだった。
 今回の妖に対して、これほどうってつけなものはない。
「これを持っていって、ゾロを助けろってさ」
「師匠が、そう言ったのか?」
「おう。コウシロウのほうも大詰めみたいでさ。手がはなせないんだとよ」
「それで、おまえを寄越したのか」
 さきほどからチョッパーが言っていた援軍とは、ルフィのことで間違いないようだ。
「ああ。あとな、ほかにも渡されたのがあってさ。それは、サンジといた、コウシロウの式神のロビンに渡してきた」
「そうか」
 ゾロは納得しかけたが、基本的なことを思い出した。
「おまえ、妖なんか見えないだろうが。そんなんで闘えんのかよ?いや、それ以前に、なんでロビンの姿が見えてんだ?」
「ああ、それなら、コウシロウに貰った、これのせいだな」
 そう言ってルフィは、左腕を見せた。そこには、五色の房がついた水晶の数珠があった。手に取らずともわかる。この数珠には呪力が込められている。
 おそらく、それを身につけている間は妖が見えるようになり、そのうえで、妖から身を護るための呪具となっているのだろう。
「これつけたらさ、なんか、おもしれぇもんがいっぱい見えんだよ」
「おもしれぇもん?」
「ああ。丸っこくて角みたいなのがある奴とか、六本足の蜥蜴とか、蛇に羽生えた奴とか。あとは、草履とか鍋とかに、目や口があるのとか!そんなのがいっぱい見えたぞ」
「・・・付喪神や雑鬼どもか。たしかに、あいつらは害はないが」
 ゾロは思わず、額に手を当ててため息を吐いた。
「なあなあ!ゾロはいっつも、あんなのが見えてんのか?いいよな〜」
 ルフィに心底から羨ましそうに言われたゾロは、呆れたようにルフィを見やり、ついで苦笑した。
「まあな」
 おまえには楽しいだろうな、あいつらと遊ぶのは、とゾロは、いつもちょっかいをかけてくる雑鬼たちの姿を思い浮かべた。
 これが片付いたら、あいつらのたまり場に連れていってみようか。ルフィなら、あいつらも歓迎するだろう。
「なあ、ゾロ。そのたぬきみたいなのは何だ?」
 ルフィが興味津々にチョッパーを見る。ゾロはいまさら気づいたように、チョッパーに視線を移した。
「ん?ああ、こいつは」
「俺はたぬきじゃねぇ!馴鹿だ!ほら、角っ!」
 ゾロの言葉を遮り、チョッパーは憤慨して角を蹄で指し示し、ルフィに見せつけた。
「たぬきがしゃべったぁ!おんもしれぇ〜」
 ルフィはけらけらと笑う。どうやら気に入ったようだ。
「ルフィ。こいつは俺の式で、チョッパーっていうんだ」
 ゾロがチョッパーの頭を撫でながら紹介すると、ルフィは笑顔で手を差し延べる。
「チョッパーかぁ。名前もかっこいいなぁ。俺は」
「知ってるよ。右大臣シャンクスの嫡子、ルフィだろ。これからよろしくな」
「おう、よろしくな!」
 チョッパーは笑顔で、ルフィの手を取った。
 その二人の様子に、思わずゾロが和んでいると。
「ゾロ。急がなくていいの?」
 ロビンがルフィの後ろから現れ、声をかけてくる。
 ゾロは片眉を器用に跳ね上げた。それを見たロビンが、ゾロの言い分を察し、先回りして答えた。
「彼らの安全は、確保してきたわ。ルフィたちが持ってきてくれた神具でね。だから、安心していいわ」
「そうか・・・ん?」
 ロビンの言葉に素直に頷きかけたゾロだったが、一部ひっかかる単語があったことに気づく。いまロビンは「ルフィたち」と、言わなかっただろうか。
 まさか、と思いながらゾロは、ルフィを見やる。ルフィは、いつもの満面の笑顔を浮かべていた。
「もしかして・・・。ナミとウソップも来てんのか?」
 それを訊くのが、ひどく躊躇われたゾロだったが、ルフィはあっさりとそれに頷く。
「おう、当然だろ。みんなでやろうって、言っただろ」
 やっぱりか、とゾロは自分の予想の甘さにうなだれた。こいつはこういう奴だった。しかし、ここにルフィだけが来た。
「それで、その二人はどうしたんだ?」
「サンジと一緒にいるぞ。そのほうがゾロが安心するからって、ロビンが」
「そうか・・・」
 ウソップはともかく、せめてナミだけは邸においてこいよ、とゾロはルフィを睨んだ。が、そんなもの、ルフィにはどこ吹く風だった。
 楽しいことは皆で楽しむ、それ以外の、悲しいこともつらいことも、皆で経験する。それがルフィの方針なのだ。
 ということは、フランキーやブルックも来ているはずだ。援軍としてコウシロウが彼らを選んだのなら、何があるかわからない夜のキブネに、徒人だけを送り込んでくることなど、考えられない。おそらく、ロビンと合流したあと、先に本宮に向ったのだろう。
 考え込んでいたゾロに、ルフィが朗らかに言う。
「それに、ゾロばっかりが、大変なおもいをすること、ないんだからな」
 思わぬルフィの言葉に、ゾロは目を瞠った。ついで口元をかすかに緩める。
(こいつは、ほんっとーに・・・)
 いつも人心をつかむのが上手い。それも、本人は無意識なのだから、なおさらたちが悪い。だが、だからこそ、その心を守りたいと思うんだろう。
 ゾロはルフィに気づかれないうちに口元を引き締めると、ルフィへと向き直った。
「この先にいる奴は、かなりやべえ奴だ」
「らしいな」
「俺は負ける気はねぇが、勝てる気もしねぇ」
「そうか」
「配下の妖怪どもから、おまえを守ってる余裕もないかもしれねぇ」
「おう」
「その太刀はおまえに預ける。自分の身は自分で守れ」
「わかった」
 ゾロの台詞に、ルフィが真剣な顔で、淡々と答える。
 ゾロはひとつ息を吐くと、真摯な眼差しでルフィを射ぬく。ルフィは真面目な顔で、こくりと息を呑んだ。
「それでも、行くか?」
「ああ、行く」
「・・・そうか」
 力強い眼差しで即答したルフィに、ゾロはしかたなさげに頷いた。途端にルフィは相好を崩して言った。
「んじゃ、行くか」
「ああ、行こう」
 そして、二人は走り出した。


 サンジたちがいる小さな社より、さらに奥に分け入った場所に、キブネ神社の本宮が鎮座している。
 本宮は、小さな門と朱塗りの板塀で取り囲まれている。そして、宮のもっとも奥に据えられた社に、祭神オカミノ神が祀られている。
 しかし、オカミノ神の一柱であるタカオカミノ神は、沙妖によって封じ込まれてしまった。その呪縛を解かなければ、この国に二度と雨が降らなくなってしまう。
 本宮に続く道は細く長く、左右に朱色の灯籠が等間隔でならんでいて、鬼火が灯っていた。
「火を灯してくれるなんて、親切だな〜」
「ちがうだろ!・・・だが、まあ、おかげで足元はよく見えるな」
「だろっ!」
 ルフィは弾むような足取りで、ゾロは息をきらせながら疾走していた。
 ヨウカを救うために、かなりの力を削ぎ落とされたゾロは、ほとんど気力だけで走っていた。
 そのすぐ後ろに、チョッパーとロビンが控えている。
 本宮に近づくにつれて、妖気が濃く、重くなっていく。ゾロは呼吸すら苦しくなり、瘴気の強さに呼応して、荒廃した邸で痛めた背中の筋が、鈍く痛みだす。
 本宮の門が見え、ルフィは我先にと、門をくぐり抜け境内へ飛び込む。わずかに遅れてゾロたちも中へと入った。
 そして、目の前に群がる妖異の肉の壁と、対峙している二つの人影に目を瞠った。
「ブルック!フランキー!」
 ゾロは式神たちの名を呼んだ。それに二人は頷いて応える。
『よく来たな、方士』
 ゾロとルフィは、弾かれたように顔を上げた。
 本宮の屋根の上に、後ろになでつけた黒髪に、がっしりとした体躯、黒っぽい何かしらの毛皮をざっくりと羽織った男が立っていた。その男はぎらぎらと憎悪に燃える双眸で、ゾロを射ぬいている。
「あいつは・・・」
「あれが沙妖よ、ゾロ」
「あれがかぁ!でも、人だぞ?」
 ゾロが怪訝そうに呟くと、ロビンが指摘した。それに対して、ルフィは呑気そうに言った。だが、感覚の鋭いルフィが、何かを察したのか、気を張り詰めているのがわかる。
「妖のなかでも力が強いものは、人と変わらねぇ姿をとる奴もいるんだよ」
「へえー、そうなんかぁ」
「おおかた、他の妖怪との勢力争いにでも敗れて、この地に逃げ延びてきたんでしょう」
 ロビンは射るような眼光で、沙妖を見据えた。沙妖の目に怒気がこもる。
「はん。図星か」
 ゾロが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
『まさか、てめぇがこの国にいるとはな。俺の話を蹴っておきながら、いまは人の配下に落ちた憐れな神だとは、お笑いだなぁ、ロビン』
 沙妖が嘲笑を滲ませた。ロビンの口元に、にわかに凄絶な笑みが浮かんだ。放たれる神気が激しさを増す。
 ロビンは静かに激昂していた。
「たしかに、私は自らの意思で人の配下にくだったわ。でも、あなたに嘲笑される謂れはないわね。私に暴言を吐いたこと、・・・後悔しなさい」
『口の減らねぇ女だな』
 沙妖は鼻白んだように言い放つ。それから、再びゾロを憎々しげに睥睨した。
『よくもまあ、余計なまねをしてくれたもんだなぁ』
 沙妖が片手を上げ、軽く振り下ろす。
 その瞬間、群がる妖異たちがいっせいに飛びかかってくる。
 ゾロは剣印を結んで宙に五芒星を描き、怒号もろとも地に一文字を描く。
「禁っ!」
 すると、霊気の壁がつきあがり、妖異たちを撥ね飛ばした。そこへ、ルフィが秋水を抜き、嬉々として飛び込んでいく。
「馬鹿、ルフィ!一人で飛び出すな!」
 ゾロが慌てて制止の声をあげるも、時既に遅く、ルフィは化け物たちの真っ只中にいた。
 ルフィは貴族にあるまじきことに、素手で闘うことを得手としていて、剣術はからっきしなのだ。現にいまも、ただ振り回しているだけの状態に近い。手にしている太刀が降魔の太刀だからこそ、妖怪たちに通用しているといっても過言ではない。
 一応貴族なんだから、最低限の剣術くらいは身につけておけよ、と内心頭を抱えたゾロだったが、すぐにルフィの背を守る位置についた。
「オンハンドマダラ、アボキャジャヤニソロソロソワカ!」
 ルフィの背後から襲いかかろうとしていた妖怪たちが、何かに阻まれたようにして弾かれた。
「ナウマクサンマンダ、センダマカロシャダ、タラタカン!」
 ゾロは懐から符を引き抜くと、気合いもろとも放った。
 符は風の刃に姿を変えて、妖怪たちに襲いかかる。
「背中ががら空きだぜ、ルフィ」
「わりぃ、ゾロ。ありがとな」
「お安いご用だ」
 背中合わせで軽口をたたき、互いに肩越しに相手を見やり、不敵に笑う。
「ゾロ」
「なんだ」
「あいつをあそこから、引きずり下ろすぞ!」
「了解!」
 ルフィの意向を受け、ゾロはさらに懐から符を引き抜き、呼吸を鎮めて叫んだ。
「裂破!」
 放たれた符が、白く輝く猛虎に形を変えていく。猛虎は猛々しく咆哮すると、白銀の軌跡を描いて、妖の群れを蹴散らしていく。しかし、式は本宮に重なる瘴気の柱に衝突すると、一瞬で消失した。
 屋根の上で、沙妖が嗤笑した。
『無力だなぁ!てめぇ程度の方士なんざ、俺の敵じゃねぇ!』
 しかし、ゾロは右手で剣印を結ぶ。
「臨める兵闘う者、皆陣列れて前に在り!」
 詠唱とともに剣印を振り下ろすと、絶大な霊力がそのまま光の刃と化して、沙妖を切り裂いた。




←11へ  13へ→

(2010.11.12)



 

戻る
BBSへ