グランドジパング平安草子〜慈雨篇〜  −五−
            

智弥 様




 目覚めてから五日後、ゾロはようやく出仕していた。
 目覚めた次の日の朝にゾロはコウシロウ邸に戻り、一時的に弱まってしまった霊力がある程度回復するまで、さらに静養を余儀なくされた。
 それなりに敵をつくっているゾロだ。弱っていることがわかればどんな危険に曝されるかわかったものではない、というのがコウシロウと式神たちと式の言い分だった。そのために霊力が回復するまではと、邸に結界を張り、ゾロを無理矢理静養させていた。
 おかげで体力気力に霊力がある程度回復したゾロは、これまでの鬱憤を晴らすかのように仕事に精を出し、動き回っている。
 ゾロが出仕したとき、予想通りに質問攻めにあった。あの招神の際に何があったのかと。それをゾロは知らぬ存ぜぬ、記憶がないの一点張りで押し通した。実際、本当に記憶がないのだから、答えるゾロの語調に淀みもやましさもまったくない。
 それでも、ゾロに話を聞きにくる人数は、ゾロが思っていたよりも少なかった。どうやら事後処理に出仕していたコウシロウが、その犠牲になっていたためらしい。そのことは申し訳なく思うも、ゾロを大いにほっとさせた。
 しかし、出仕してすぐにゾロは長兄に捕まり、安堵の抱擁から始まり、どれだけ心配したかを語り聞かされ、やっぱり家に戻って武官になれ、というところまで延々と付き合わされたのだった。
 解放されたあとゾロはげっそりとした風情で、のろのろと情報収集に乗り出した。
 出仕する前日に、ゾロはコウシロウから言い渡されたことがあったからだ。
「今回のクラオカミノ神のご依頼は、ゾロ君に頼みましたよ。私は儀式を妨害した者を捜してみますので」
 ある意味、コウシロウのほうが楽な気がする内容を言われたのだが、その裏には政治的な何かが絡んでいるのもわかっているので、ゾロは嫌々ながらも引き受けたのだった。
 そんなふうに、ゾロが仕事をこなしながらも憂鬱さに重々しいため息を吐き出していると、陽気な声が後ろからかかる。
「よう、ゾロ。もういいのか?」
「ああ、もう大丈夫だ。心配かけたな」
 ゾロが振り返ると、そこには勤める部署が各々違うにもかかわらず、ルフィ、サンジ、ウソップの三人が笑顔で立っていた。
「出仕早々、何か聞いて回ってるみたいだが、何かあったのか?」
 ウソップが気遣わしげに訊いてくる。
「ああ、まあ、ちょっとな」
 ゾロは言葉を濁す。
 その場にいたルフィはともかく、サンジやウソップに話していいものか悩んだからだ。しかし、それは杞憂だった。
「もしかして、神様からの頼み事に関係してんのか?」
 声を潜めてサンジが訊いてくる。
「なんでそれを・・・」
「そりゃあ、もちろん」
 眉を寄せて訊ねるゾロに、サンジとウソップはルフィを指差した。それを見たゾロは、片手で顔を覆ってうなだれた。
「みんなでやったほうが楽しいじゃねぇか」
 あっけらかんとして言い放つルフィに、ゾロは頭痛を覚える。
(そうだった。こいつはそういう奴だった・・・)
 人がせっかく、あまりしないような気遣いをしたというのに、無駄になってしまった。
 しかし、切り替えが早いのもゾロだった。知っているなら話は早いとばかりに、ゾロはサンジとウソップに話を切り出した。
「雨が降らなくなる前と後で、何か変わったことがなかったか、だと?」
「ああ。神を解き放つにしても、どこに封じられたのか教えられてねぇんだよ。まあ、無難に考えれば、北方の霊峰のどこか、なんだろうけどな」
「そこまでわかってんなら、わざわざ聞いて回らなくてもいいんじゃねぇのか?」
「そうなんだがな・・・」
 ゾロはいったん言葉をきると、苦々しく呟いた。
「誰がそれをやってのけたのか、それがわからねぇ」
「誰がって、そりゃあ・・・」
 どっかの術者か陰陽師か、と言いかけたサンジの言葉を遮って、ゾロは考えてもみろよ、と前置きして言った。
「相手は天津神、それもこの国で五指に入るほどの神だ。たかが人間がそれを封じれると思うか?もし仮にいたとしても、そいつは人間辞めてるな」
 神に対して人間にできることは、祈りを捧げたり、怒りを鎮めるために祝詞を奏上したり、その程度のことしかない。
 ゾロの言葉にはっとしたような顔になるサンジとウソップ。ルフィは感心したように頷いて言った。
「じゃあ、相手は同じ神か、妖だな」
「まあな。もし妖ならとんでもなく強い、それこそ神とまで呼ばれたほどの、古からの大妖って奴だろうな」
「なにぃ!?神様ってのは妖なのかっ!」
「違うっ!」
 目を輝かせるルフィの頭に、ゾロはすかさず握りこぶしを振り下ろして黙らせると、訂正を加える。
「大昔から名の知られた妖ってのは、たいがい神にも等しい妖力を持ってんだよ。だからこそ、畏怖や畏敬の念からそういうのを神と呼び、崇め奉ることがあるんだよ」
「んん〜?」
 いまいち理解していないルフィに、ゾロはため息を吐く。
「つまり、神様と同じくらい得体の知れない奴ってな感じなんだろ」
 ゾロがそう言うと、ルフィはそれで納得したようだった。しかし、すぐに首を傾げてゾロに訊ねる。
「んじゃ、もし妖じゃないんなら、封じたのは神様ってことか?」
「それもどうなんだかな。神ってのは基本、互いの領域には不干渉だからな。よほどのことがなけりゃ、協力しあうこともない。その逆も然り、てな」
「万が一ってことはないのか?」
「新参者や産まれたばかりの神同士の間でならそれもありえるかもしれんが、国譲り以来、天津神相手に喧嘩売る馬鹿はいねぇよ。いるとしたら、同じ天津神だろうな」
「その可能性はないのか?」
「少なくとも、ないはずだ。神ってのは、それぞれが統治する領域が決まってるからな」
「ふ〜ん、そっかぁ。んじゃ、妖に決定だな」
 ぽんぽんと剣呑な会話を交わすルフィとゾロを、サンジとウソップはぽかんとして眺めていた。二人が口を挟む余地がない。
 陰陽生のゾロが話す内容はともかく、ルフィが当たり前のようにそれについていっているのは、そこはかとなく違和感がある。違和感はあるのだが、ルフィならそれもありかと、納得してしまうのも事実だった。
「こいつらって・・・」
「言うな、サンジ。それ以上は言わないでくれ」
 どうやらサンジと同じ結論に達したウソップが、俺は普通の一般人でいたいんだ、と涙ながらに訴える。しかし、ルフィと幼馴染みである以上、普通は望むべくもないことを嫌というほど知っている二人だった。
「何が楽しくて、神様からの頼み事をされた陰陽師の手伝い、なんてものをしなきゃならねぇんだよ。すでに一般人が手出しできる領域じゃねぇだろうがよぅ」
「まあ、ルフィだしなぁ・・・」
 これからのルフィがとるであろう行動を考え泣き言を言うウソップに、多分に諦めを含んだ答えがサンジから返されてしまい、ウソップはもはや撃沈寸前だ。
 だがやはり、そこはルフィの幼馴染み。ウソップはあることを思い出し、すぐに立ち直った。
「そういえば、ゾロ。おまえ、知ってるか?ここ最近の不審な事件」
「不審な事件?」
 ルフィとの話に一段落つけたゾロが、ウソップを怪訝そうに見る。その反応にウソップは、やっぱりな、と頷いた。
「ああ、おまえが休んでる間のことだから、知らないのも無理ないか。最近、都中で神隠しが頻発してるんだとよ」
「神隠し?」
 思わず聞き返すゾロに、ウソップは頷いた。
 その事件の直接的な調査や探索には、衛府や京識、検非違使などが現在当たっている、ということもウソップは教える。
 都のいたるところで、人が消えている。それも、職業も年齢も様々で、貴族の邸に仕える雑色であったり、神社の神主や巫女であったり、物売りであったり、仏閣の僧であったり、最近になっては殿上人の血縁者や女房、舎人などにも被害が広まり、それでようやく事態が発覚したという。
「神隠しにあった奴は一人も戻っていないんだと。そのうえ生死不明だし、原因もわからない。で、このままだと徒に不安が増すばかりだからって、行方不明者の捜索と原因の究明を、大弁とか蔵人頭とかが帝から命じられてんだとよ」
 もし、人知を超えたものの仕業だったら、陰陽寮に助力要請がくるんじゃないのか。
 明るく言うウソップに、ゾロは苦虫を噛み潰した顔をした。
「・・・なんで俺に言う」
「声がかかる確率としては、おまえが一番高いだろ」
「まあ、確かに・・・」
 ウソップのもっともな言葉に、ゾロは思わずため息を吐いた。
「ま、そんときは頑張りな、期待してるぜ。んじゃ、俺は仕事に戻る」
 爽やかにゾロに嫌みを言うと、ひらひらと手を振ってサンジはその場を去っていった。ウソップとルフィが同じように手を振ってそれを見送る。
「・・・何だ、あいつ。今日はやけにあっさり引いたな」
 舌戦覚悟で身構えていたゾロが、拍子抜けしたように呟く。
「まあな。今日は例の日だからな、定刻通りに上がりたいんだろ」
「ああ、そっか」
「例の日・・・?」
 ウソップの答えにルフィが訳知り顔で頷く。ゾロがそれに訝しげに首を傾げる。
「ああ、ゾロにはまだ教えてなかったな。サンジの奴な、今、通ってる姫がいるんだよ」
「ほう・・・。あいつ、ナミ一筋じゃなかったのか?」
 片眉だけを器用に跳ね上げるゾロに、ウソップは我が意を得たりとばかりに勢いづく。
「そうなんだよ。俺もそう思って訊いてみたんだ。そしたらよ、『もちろん、ナミさんは愛してるさ。だが今の俺は、彼女を全身全霊で愛している、愛の狩人なんだ』だってさ」
 ウソップがサンジの声真似をして言う。それにルフィは「ウソップ、似てるぞー」と笑い、ゾロは眉間にしわを寄せた。
「あいかわらず、訳わかんねぇ奴だな、あいつは。巻いてんのは眉だけにしろってんだ」
「まあまあ。あれでもサンジの奴、その姫君に本気みたいだからさ。見守ってやろうぜ、な」
 ウソップに執り成され、ゾロはため息で応じた。
「・・・わかったよ。それで、いつから通ってんだ?その姫君とやらの所には」
 ゾロは自分が知らないのは仕方のないことだと思う反面、何となく疎外感を感じ、おもしろくないと思った自分に呆れていた。
「ん〜。俺も最近サンジに聞いて知ったんだけどな。確か、一月半くらい前とか言ってたな」
「一月半くらい前・・・」
 ゾロは、ふと胸元に手を当てた。何となく、凝った冷たい塊がつかえているような感じがしたからだ。
 焦燥感や不安感などにも似た、嫌な感覚。それが何なのかわからず、ゾロは胸元を握りしめた。
 これから先、サンジの身の上に、何かが降り懸かろうというのだろうか。それに、自分も関わっているのか。
 暗闇の中から、何者かに手招きされているような気さえする。
「ゾロ、どうした?」
 ぬるい夢の中から唐突に目が覚めたような感じがして、ゾロは何度か瞼を瞬かせた。見ると、ルフィとウソップがいささか気遣わしげにゾロを見つめていた。
「・・・なんでもない」
 ゾロはごまかすように胸元から手を離し、首筋を軽く撫でて笑ってみせた。
「しかし、気になるな」
「何がだ?」
 ゾロの呟きに、ルフィが反応する。
「神隠しってのがなぁ。何か共通点とかないのか?」
 ゾロに話を振られたウソップは、腕を組んで考える。
「そうだなぁ・・・。目撃者があまりいないらしいからなぁ」
「て、ことはだ。いるにはいるんだな、目撃者ってのが。何て言ってんだ、そいつら」
「・・・さっきから、なんで俺に訊くんだよ」
「こういうの詳しいだろ、おまえは」
「ふふん、まあな」
 ゾロにそう言われ、ウソップは天を仰ぎ、得意げに胸を張る。
 話し上手で聞き上手なウソップは、この広い大内裏において独自の情報網を持っている。そして、何気に顔が広い。ひとたびウソップと言葉を交わせば、何気ない日常的な話まで細部に渡り聞き出すことができたりもするらしい。
「ああ、そういや」
 ウソップがふと思い出したことを口に出す。
「人が消える前後で、若草色の唐衣を着た妙齢の女が目撃されているんだとよ」
 瞬間、ゾロの背筋を何か冷たいものが滑り落ちていった。




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(2010.10.04)



 

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