Butterfly in shades of grey −2−
            

うきき 様




4) Dressed for success

とりあえず密輸に関する大きな動きは無く、淡々と数日が過ぎていく。この間に出来る限り、裏付けデータを集めておかねばならない。

ビル内に設置されたトレーニング室で訓練生たちに自主トレ指示を出した後、フロア共通の休憩室に向かった。ミネラルウォーターを飲み干しながら、近々探りを入れてみようかと思案していると、先日のロビンという女が姿を現した。

「あなた、警備インストラクターなんですってね。さすがに体格がいいし、背も高いわ」

女性としては比較的長身の彼女が、見上げる目線で話しかけてきた。

「まあな。そっちの仕事は順調か?」
「いたって単調作業よ。ここ数日は書庫かコンピュータ室に篭るばかりで飽きてきちゃう」
「そういや初日以来、全然見かけなかったな」

主に彼女のいるコンピュータ室と俺のいるトレーニング室は、同じフロアながらほぼ正反対の方向にあった。道理であまり顔を合わせねぇはずだと納得しながら、女の方に視線を戻す。

漆黒の長いストレートヘアに大きな瞳。十分に人目を引く美しい顔立ちと均等の取れたプロポーション。
他愛無い話を続ける女の風情は出会った時と何ら変わりないのだが、先ほどから妙な違和感があった。服装とかそういう類の違いではない。はっきりしねぇが、言葉にならない微妙な何かが・・・。

「さてと。しがないインストラクター相手に油売っててもお金にならないわね。お仕事に戻ろうかしら」
「口を開けば悪態かよ。可愛げの無ェ女だな」
「あなたに可愛く思われなくても結構で〜す」

女は小さく舌を出し、逃げるように俺の横をすり抜けた。その瞬間、違和感の原因にやっと気付いた。

ああ、なるほど。香水か。
すれ違った女の動きに合わせて、わずかに麝香のような香りが漂ってくる。
香水一つで印象が変わるのは、別段不思議なことではないだろう。
同僚の話じゃ、気分次第で何種類も使い分ける女もいるらしいからな。
俺にはそういう心理は分からねぇが。

エキゾチックな香りを身にまとった女は、じゃあまたね、と言い残して部屋を出て行った。
それを見送りながら一つあくびをし、再びトレーニング室へと戻った。


***************


定時に商社がひけてシークレットサービス社に戻ると、メンテナンスルームへ足を運ぶ。

「ウソップ、いるか? 先日預けた盗聴器の件だが」

様々な特殊機材や工具類が所狭しと広がる部屋に入ると、黒いドレッドヘアをした長鼻の男が奥から顔を出した。手先が器用な彼は機材や武器類のメンテと、こういう仕事に欠かせない小道具の製作・調達を担当している。

「ゾロか。おかえり、今日は早かったな」

こちらに歩み寄りながら、豆粒ほどの小さな金属物を指先で弾いてよこした。

「お前の睨んだ通り、簡単には手に入らない高性能品だ。ただし裏ルートで出回っているタイプで、ウチで扱っているような正規品じゃない」
「つまり、正規で入手できない闇業界の連中ってトコか。それなりの組織ならウチでも動きをマークしているはずだから、個人の可能性もあるな」
「どちらにしても、こういうことに相当手馴れた人間だと思うぜ。案外、例のスパイだったりしてな。ま、たとえヤツでも、このウソップさまの手にかかれば・・・」
「あーそうかい、そうかい。しかし真面目な話、何者だろう・・・」

俺は、すでにその機能を壊され用を為さなくなった盗聴器を、手の上で転がした。




5) A little bird told me

「ゾロの兄貴ィ〜!!」

休日の午後、下街を歩いているところに声を掛けられ振り向くと、ジョニーとヨサクが手を振りながらこちらに駆け寄って来るところだった。
この二人はいわゆる情報屋だ。以前、街のチンピラに絡まれてひどい目にあっているところを助けてやったのが縁で、それ以来無償で情報を流してくれる。
ただし未だ経験が浅く、その半分はガセなのだが。

「兄貴、久しぶりですねぇ。ちょうど今、面白い情報が入ったんスよ」

ジョニーが満面の笑顔で耳打ちする。

「・・・聞くだけ、聞いておく」
「そんなつれない言い方しないで。実は前にもお話した、謎のスパイの件なんですがね」
「どうやら、この近辺に接触を試みたヤツらがいるらしいんですよ」

今度はヨサクがあとを受ける。

「!?・・・ホントかぁ?」
「それが驚いたことに、10代半ばのガキ集団らしいんで。いや、話の出所も面白いんですがね」
「ヨサクが可愛がってる近所のガキが、どうやったら謎のスパイに会えるのかしつこく聞いてくるんで、それとなく問い質したんですよ。そしたら、親が悪質業者に騙された挙句、自殺しちまったっていうダチ数人で、噂を頼りに調査依頼を出したいって言うじゃあないですか。ガキなりに根性ありますよ」
「・・・それで?」
「いや、接触できたかどうかは結局分からずじまいで。たとえ接触できたとしても依頼主には姿を見せないって話だし。ヤツに依頼するくらいのガキどもだから、問い詰めた所で口を割らないでしょうね。なんせガキは純粋ですからねぇ」
「ふ〜ん・・・。ターゲットが何処かくらい、目星は付いてるのか?」
「う〜ん。悪名高い業者はそれこそ山のようにありますが、最近よく耳にするのは、黒髭物産にバロック商会、それと海物商事ってとこですね」


最後の一言を聞いて、俺の身体にわずかな緊張が走った。やはり、ヤツが潜入している?
内心の焦りを二人に悟られないよう、その後も適当に会話を流してその場を後にした。

こいつらの話は当てにならないが、しかし可能性はゼロじゃない。いずれにして、もう少し様子を見たほうがいい。
それにしてもガキからの依頼か。金にはならぬと分かっていながらこんな危険なターゲットに近付いているとしたら、余程の物好きか相当なお人好しだ。ホントにヤツなら、世間でイメージされている、金が全ての冷血漢とはかなり違う。

ヤツは一体、どんな人物なんだ?




6) A trace of scent

警備は昼間だけのものではない。カリキュラムには夜間訓練も入っているし、当然ながら夜勤もある。これ幸いと今日あたり調べたいこともあったので、残業ついでと言って今夜の当直と交替した。
やるべきことを一通り済ませ、階下の宿直室でシャワーを浴びて一息入れると、睡魔と闘いながら"残業"をすべく深夜のコンピュータ室へと向かう。

森閑とした無機質な部屋に並ぶ、様々なコンピュータ機器。用心のため部屋の明かりは点けないほうがいいだろう。
夜目を頼りにドアから一番近いコンピュータの電源を入れると、ふいにロビンという女の顔が浮んできた。

口喧嘩で始まった相手だったが何故か気が合い、たまに顔を合わせるとどちらともなく声をかけていた。そういえば今日は早退したとか聞いたな。
午後遅く、警備関係のデータ閲覧にこの部屋に来た時には姿が見えなかった。
なんとなく部屋の中をキョロキョロ見渡していた俺に、近くにいた女性が教えてくれたのだ。
仕事柄あの女といる機会が多いその女性は、気になるの?彼女きれいだもんね〜、と冷やかし口調で俺に好奇の目を向けた。・・・ったく、これだから女って生きモンは。

そんなことを思い返しているうちにコンピュータが立ち上がり、スクリーンから冷たい光を放っていた。会社側が予め探っておいた裏口パスワードで侵入し、極秘データベースを探り始める。

裏取引を臭わせるデータがいくつか更新されている。そろそろ動く日が近いな。
次は金の動きを掴もうと裏帳簿をチェックするが、今のところ不審な動きはない。
ついでに消去された可能性があるデータとログもチェックしておこうと、ポケットから小さな特殊機器を取り出しコンピュータに接続する。IT担当から、どつかれつつもしつこく教え込まれた手順通りにキーボードを叩いていくと・・・
驚いたことに、改ざんされたアクセス記録が浮かび上がってきた。

当人たちであれば、奴らは自分のデータベースにわざわざ裏から入る必要はないし、記録を改ざんする必要もない。万が一こちらのことに勘付いたならば、裏口パスワードを変えておくはずだ。
そう。他にも裏口から入った部外者がいるのだ。しかもかなり巧妙な手口で。

裏口を見つけ出すのはもちろん、この極秘データに外部から侵入するのもかなり危険だ。ウチの情報システム部門でも足跡がつかないよう細心の注意を払っていて、だからこうして不慣れな俺が商社内から探っているのだ。
内部の人間の仕業か?先日の盗聴器と同一犯か?大掛かりな組織に属していない個人がやってのけるには、それ相当の頭脳と知識が必要だ。

焦る気持ちを抑えるように手を強く握り締めたその時、ハッと我に返った。
部屋の隅に誰かいる!!

しまった。俺としたことが、相手の気配に全く気付かなかった。
一人きりだと思って油断したせいもあるが、相手は恐ろしく気配を消すのが巧い人間らしい。おそらく俺が来る前から潜入していて、逃げる機会を逃したのだ。

こちらのことがバレちまった以上、このまま返すわけにはいかねぇな。

全身で相手の気配を意識しながらも、何も気付かないフリをしてコンピュータの電源を落とす。室内は機器の発する赤や緑の豆ランプが数箇所で点灯するだけとなり、ほぼ暗闇に返った。ベルトに差したコルトパイソンを手探りで確認する。

待っていたとばかりに相手の気配がかすかに動いた瞬間、俺はその方角にすばやく飛びかかった。こちらの瞬時の動きに、相手は硬直したように動けなくなったようだ。その隙を逃がすまいと、暗闇の中で腕らしき箇所を力任せに掴んだ。

しかし、ゴツい男の腕を想像していた俺はその細さと柔らかさに、そしてもう一つの思いがけない事実に驚いた。思わず手の力が緩むと、相手は思いっきり俺を突き飛ばして廊下に駆け出した。

イッテェ!! 振り払われた勢いでデスクの角にしこたま頭をぶつけ、声にはならない声を上げながらも、とっさに相手を振り返る。
相手はすでに追うこともままならないほど遠ざかっていた。廊下の窓から差し込む仄かな月明りの下、わずかに見えた後姿は、真っ黒なジャンプスーツに包まれた細身の身体だった。華奢な肩先には薄明かりにもそれと分かる、赤みがかった黄色系の髪が揺れていた。

女だ!
そう確信したのは、掴んだ腕の感触からだけではなかった。
俺の中に刻まれた或る記憶が、それが女であることを、そしてその女が誰なのかをはっきりと告げていた。

腕を引いた瞬間、微かに感じた、柔らかな香り。
そう、これは。あの時と同じ。



蜜柑の香りだ。




7) Identity crisis

この商社では、夜勤の翌日は代休扱いになる。
激痛が残る頭を抱えてもう一つの会社に直行すると、検死医兼産業医を務めるチョッパーの元へ鎮痛剤をもらいに向かった。

チョッパーは遺伝子学権威のマッドサイエンティストによって作り出されたトナカイ人間だ。当時医師を志す学生だった彼に人体実験を施した学者は、俺たちが踏み込んだ時にはすでに自殺していた。その後、逃げ惑っていたチョッパーをウチに来るよう勧誘したのはルフィだった。

チョッパーから開口一番、またか?ゾロはケガが多すぎるぞ、と説教を食らう。しかし俺の頭を診た彼は、一体何やったんだよ??と心配そうな表情をした。どうやら相当腫れているらしい。
・・・ずいぶん派手に突き飛ばしてくれたじゃねぇか。


その翌日いつも通りに商社へ出勤すると、ロビンという女はすでに出社していた。女は厚手のシャツの袖をしっかり下ろし袖口のボタンをきちんと留めていたが、その下に巻かれた包帯がちらりと覗いた。あの時は手加減なしで掴んじまったからな。
女から立ち上る香水は、やはりいつもと変わらぬエキゾチックな香りだった。

思い切って、すれ違いざま声をかけた。

「今日の夕方、時間あるか?」
「もしかしてデートのお誘い?」
「ま、そんなところだ」

またあとで、と言ってその場を立ち去る。さりげない目線で振り返ると、隣にいた興味津々顔の女性が女の袖口を引っ張って何か耳打ちしていた。受け答える女の顔はいつもとかわらぬ笑顔だったが、しかしその目は笑っていなかった。

仕事がひけてビル内の人気もまばらになると、滅多に人が来ない地下の備品室へ向かう。
一方の蛍光灯が切れた仄暗い部屋で事務用品の並んだ棚を眺めていると、帰り支度を済ませた女が入ってきた。

「デートのお誘いに妙なところを選ぶのね。変な趣味でもあるの?」
「アホか。それより腕の痛みは引いたか?こっちはまだ頭が痛くてかなわねぇ」
「はあぁ??なあに、急に?」

ぽかんとした顔で、まじまじと俺を見つめる。

「その包帯取ってみせろよ。その下に出来てる青あざは、俺の手形とほぼ一致するはずだ」
「これは、乱暴な痴漢に襲われたのよ」
「けっ、痴漢扱いかよ。手荒なことをされるだけの理由はあっただろーが」
「さっきからどうしちゃったの?変な事言ってるとセクハラで訴えちゃうわよ?」

女は茶目っ気たっぷりの口調で笑ってみせた。

「蜜柑の香り、だ」

女の言葉を無視して俺は続けた。

「普段はその香水で隠しているが、あの香りは一度嗅いだら忘れられねぇ代物だ」
「あの香り??何のこと?あなた香水フェチなの?柑橘系の香水がお好きなら、お店を紹介してあげるわよ」
「あれは香水の匂いじゃねぇ、お前自身が持つ独特の香りだ。ごく至近距離でなきゃ全く気付かねぇが、それだけに印象に残る。幸い、俺は二度も体験できたからな」

さらに何か言おうと口を開きかけた女に、とどめを刺す。

「これ以上トボけたって無駄だぜ。なんなら、ウチの鑑識課までご足労願うか?昨夜俺の服に引っ掛っていた髪とそのカツラの下の髪が同じかどうかなんて、調べりゃすぐに分かるさ」

これはハッタリだった。
しかし女は俺の言葉に覚悟を決めたのか、これまでのはぐらかした態度を引っ込め、その愛らしい顔に険しい表情を映し出した。

「・・・あの朝、香水を付け忘れたことが全ての元凶ね。同業者が潜んでいることには気付いてたけど、あの時ぶつかったあんただったなんて。運が悪すぎるわ」

女は自分の頭部に手を伸ばすと、勢いよく髪を引っ張った。
長い黒髪の下から現れたのは、肩先にかかる長さの、鮮やかなオレンジ色の髪だった。




8: Strange bedfellows

軽快な動作で背の低いファイルキャビネットにひょいと腰掛ける女に、俺は鋭い視線を投げた。

「テメェ、一体何モンだ?」
「強いて言えば、よくある探偵もどきってとこかしら。この業界じゃ新入りなの、お手柔らかにね」
「そんなヤツがあのデータをこんな短時間で探り当てるか?しかも個人で?俺が知る限りじゃ、そんなことできるヤツはこの業界でも相当の手だれだ」
「偶然よ、beginner's luckってトコ。人よりもちょっと鼻が利くだけなの」

相手が何と言おうとも、俺の中の結論はただ一つだった。

「・・・最近、ある噂を耳にする。どんな情報でも確実に盗って来る謎のスパイが、この界隈に出没していると。べらぼうな報酬を要求するが腕は確かで、そして依頼主には絶対にその姿を見せない。・・・まさかまだ20代半ばの、しかも女だったとはな」
「へぇ〜そんな人物がいるの?それは初耳だわ。あたしにも紹介してくれない?」

女は口元に薄い笑いを作ったが、組んだ足の上に乗せられた細い指先には血の気がなく、いつも以上に白かった。

「あいにく俺も鼻が利くほうでね。直感も外した事は無ェ。コレもお前のだろ?」

先日見つけた超小型盗聴器を相手に放ってやった。しかし、受け止めたそれを一瞥した女の表情が崩れることはなかった。
大したモンだよ。

「さっきから話が見えないわね。何か勘違いしているようだけど?」
「誤魔化しが利く相手かどうか、とっくに見当がついてんだろ?別に、知ったところで触れ回るような趣味は無ェよ」
「この種の仕事に関わっている人間に、趣味のいい人物がいるとは思えないけど?」
「個人でやってるヤツほど悪趣味じゃあないと思うぜ?特に、正体不明で通っているヤツほどにはな」

冷ややかな笑いを浮かべて目を細め、女を見据えた。女は観念したのか、肩をすくめて息をつくと、腰掛けていたキャビネットから飛び降りた。

「あんたがどう思おうがあんたの勝手よ。あたしが否定も肯定もしないのと同じようにね」

女はどうでもいいと言いたげな素振りを見せて、俺を横目で見上げた。

「で?どうする?言っとくけど、正体バレたからって消し合うのはカンベンよ?あたし、お金稼ぎは大好きだけど、殺しと戦闘は専門外なの。本音を言えばそっちから手を引いてくれれば一番有難いけど、そうも行かないでしょうね」
「んな事言われて素直に手ェ引くヤツがいるか。第一、人ひとりも殺せねぇ小物が裏世界で粋がってんじゃねぇぞ」
「!!! うるさいっ!とにかく、もう話は済んだわね!?」

女はそろそろ話を切り上げたいらしい。しかし、こちらとしては確かめておかねばならないことがある。

「今回の狙いは?」
「お互い、依頼内容は機密保持厳守のはずよ」
「お前の邪魔をする気はねぇよ。潰し合いたくなきゃ、互いに獲物を知っとい
たほうがいいだろ?こっちは麻薬密輸入の証拠と動き、それに金の流れさえつかめればいい」
「・・・悪質詐欺手口と隠し口座の証拠、それに主犯格リスト。腰の重い警察を動かせるだけの証拠物件が必要よ」
「ふうん、全くかぶらねぇ訳でもなさそうだな・・・」

俺の台詞に、女の眉尻がわずかに上がった。

「じゃあ話は早ェ。手ェ組まねぇか?お互い、得意分野を活かして協力し合ったほうがずっと効率がいい」

それを聞いた途端、女はふんっと鼻で笑い、冗談でしょ?と呟いた。

「素性も分からない雇われ人のあんたと手を組むですって?寝言は寝てから言ってよ」

美しい眉間に皺を寄せ、敵を威嚇する野良猫の如く、女は全身で警戒心をあらわにした。

「同業者だからって気安く馴れ合う趣味はないのよ。あんたの組織に妙なことでもタレ込まれて、全てをオジャンにされたら元も子もない」
「会社は関係無ェ。他の誰かに話すつもりも毛頭無ェよ。これはお前と俺との個人契約だ」
「あたしは何時でも一人でやって来た。ハイそうですかと簡単に信用するとでも思う?」

やはり一筋縄ではいかねぇ相手だ。そう思って次に自分が取った行動は、自分自身でもにわかに信じられないものだった。

「それなら、これをお前に預けておく」

俺は自分の左耳のピアスを3つ全て外し、女に差し出していた。

「・・・何のつもり?」
「コレは昔、敬愛する人物から授かったものだ。いわゆるお守りみたいなモンさ。俺はコレを、未だかつてこの身から離した事は無ェ」

手の中のピアスは室内の鈍い光を受けて輝いていた。

「お前の事だ、俺が裏切ればすぐに察しがつくだろうし、その時点で姿をくらますだろ?俺はコレを絶対に無くす訳にはいかねぇ。そういうことだ」
「その話を信じさせる根拠は?盗聴器でも仕組んであるんじゃないでしょうね?」
「たしかに俺は人に自慢できるような生き方はしてねぇが、そこまで腐った人間になったつもりは無ェ」

俺は手を差し出したまま、真っ直ぐに女を見つめた。女は黙って俺を見つめ返し、やがてゆっくりと瞼を閉じた。

「・・・分かったわ」

再び瞼を開いた女はピアスを受け取ると、しばらくそれを見つめた後そっと握り締めた。

「ただし、質問は一切無しよ。それがあんたとの契約条件」

俺は黙ってうなずいた。

「で?"ダズ・ボーネス"じゃない方の名前は?コードネームでも構わないわよ?」
「・・・ロロノア・ゾロだ」

通常は絶対に明かさない実名を口にした自分に、内心驚く。危険極まりないのは分かっていたが、何故かこの女には知って欲しかった。

「ゾロ、ね。あたしはナミ。改めてよろしく」

差し出された白い手を軽く握り返し、俺たちの"契約"は成立した。


ナミ。それが女の実名なのかは分からない。
何故自分が得体の知れない女と手を組もうなどと思ったのか、何故その為に大切なピアスを差し出したのか、それもよく分からない。

ただ一つはっきり言えるのは、それを決めた自分に微塵の迷いも無かったことだった。



(to be continued)

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(2003.11.16)

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