Butterfly in shades of grey −3−
            

うきき 様




9) Behind the scenes

今日は商社の公休日だ。この機会に今までのデータをまとめようと、本来の会社へ出向く。
昼間から顔を出すのは久々だった。テイクアウトの昼メシ片手にオフィスに入ると、珍しくメンバーが揃っていた。

「なんだ?くそマリモ。早速、潜入先をクビになったのか?」

片目を金髪で覆い、口元にタバコを引っ掛けた男が俺を見るなり絡んできた。

この男、サンジと俺は同期入社で、何かにつけて売り言葉に買い言葉となるのだが、互いの実力は認め合っている仲だ。料理人を目指していたというコイツがなぜ方向転換したのかは知らねぇが、未だ衰えぬその腕前に、実際、コックとして潜入するケースが多い。

「あっちは休日だ。んなヘマしそうなのは、テメェくらいのモンだ」
「んだと、もういっぺん言ってみろ!!」
「おう、何度でも言ってやらぁ!!」

互いに一触即発の臨戦態勢となったところを、う・る・せ・え!!とシャンクスが放った鉄拳で静まった。昼休みで遊びに来ていたチョッパーが、医、医者ぁ〜!!と叫んでオロオロしている。

先ほどまで面白がって状況を見ていたルフィが、ふいに俺の顔をじぃっと見つめた。
何だ??俺の昼メシでも欲しいのか?

「ゾロ、ピアスどうしたんだ?」

俺を見慣れた人間なら気付く、至極もっともな質問に、一瞬心臓が飛び跳ねる。いつもならピアスが揺れているはずの耳たぶを思わず指で引っ張った。

「あ、ああ。今回は用心の為、目立たないよう耳から外したんだ」
「ふ〜ん、今頃になってか?滅多な事じゃ外さねぇのに」

ルフィ、頼むから今だけは、その野生の勘を引っ込めてくれ。

俺の願いが通じたのか、それとも単に興味を失ったのか。
ルフィはそれ以上追求することもなく、腹減った〜と叫んでサンジに絡んでいった。食ったばかりだろっ!と蹴りを入れられるルフィを横目に、俺は密かに安堵の息を漏らし、データ整理に取りかかった。


***************


午後の陽差しが長い影を作り始めた頃、馴染みのない海辺の街まで出向いた。
ナミと落ち合う約束をしたのだ。
駅を出て教えられた海辺の公園へと向かうのだが、どうにも辿り着けない。どういうことだ?

「ちょっとぉ、いつまでこんなトコうろついてるのよ!!」

その声に振り向くと、ナミが不機嫌な顔で腕を組んで立っている。

「あんまり遅いから探しに来れば、全然違う道にいるじゃない!駅から公園の入り口まで一本道なのに、どうやったら迷うのよ!?あんたそれでも諜報員?」
「緊急時に困った事はねぇぞ?」
「・・・本能で動いてるのね。ペット用発信機でも付けたほうが良さそう」
「俺は迷子犬かっ!!」

ナミは気まぐれな猫のように、プイッと背を向けて歩き出す。その後を追って公園に辿り着くと、海岸から心地よい潮風が吹いてきた。

「はい、これ。今のところお金の動きはこんなものね」

ナミは自分が探った隠し口座の情報を手渡してきた。

「おらよ」

俺も昼にまとめた情報をナミに渡す。

「ふーん、近々荷揚げ、か。思った通り相当なワルね、この商社は。このままいけば、かなりの大物に行き着くかも・・・?」

語尾がくぐもったナミを不審に思い視線を向けた瞬間、風に踊るオレンジの髪がその顔を覆った。張り付く髪を慣れた手つきで払う彼女の顔には、いつも通りの飄々とした表情が浮かぶだけだった。気のせいか?

「俺のほうは結構手間取りそうだ。お前は早くカタが付きそうだな」
「ついでに付き合うわ。そっちの件にも興味あるし、それに隠し口座のお金も少々いただきたいし。奴らが逮捕されたら国が全額没収なんて、勿体無い!」
「けっ。しっかりしてやがる。そんなに荒稼ぎしてどうすんだ?」
「ふっふっふ。世の中には、貢ぐ楽しみってのもあるのよ」
「貢ぐ??お前が?誰に?槍でも降りそうだ」

思いっきり叩かれた頭をさすっていると、人目があるから今日はもう解散よ、とナミが言った。
帰り道をずらすというので、俺は素直に来た道を駅へと引き返す。
そこに背後からナミの声。

「そっちは逆!!」



10) Lovely but dangerous

「あ〜あ、なんでテメェなんかの家に、この俺が出向かなきゃならねぇんだ」

くそコックがタバコをくわえ、ブツブツ文句を言いながら俺の後をついてくる。街にはすっかり夜のとばりが降り、あちこちでネオンが輝いていた。

「俺だって、テメェと仲良くご帰宅なんかしたかねぇよ」
「ぁあん!?何度も言うが、会社の備品を家に置き忘れるテメェが悪い!!次は俺が使うから必ず持って来いって言ったただろーが。このトーヘンボクッ」
「だからって、わざわざついて来なくてもいいだろーが」

俺の台詞に、サンジは端が巻き上がった眉毛を更に不機嫌に吊り上げ、一気にまくし立てた。

「明日の朝までにウソップに渡さなきゃ調整が間に合わねぇんだ!!万年寝太郎のテメェは、どうせ例の商社に直行だろっ?それに今日は、この近くで麗しの女子大生達と合コンなんだ。遅れて収穫がなかったら、テメェのせいだぞ」
「知るか、んなもん」
「んだと、テメェ!!」

胸倉を掴まんばかりの勢いで俺に顔を寄せたサンジは、すれ違った若い女性に不審な目を向けられ、あわてて引き下がった。

「まぁいい。剣術バカの鈍感朴念仁になんざ、レディを口説く悦びが分からなくても当然だ。テメェにゃ百万年早ェ」
「あほか。勝手に言ってろ」

くだらない会話を続けながらも、なんとかマンションまで辿り着く。下で待ってろと言うと、何に興味を示したのか、サンジが部屋まで行くと言い出した。別にいいか。見られて困るモンはねぇし、コイツだって用事が控えてる。すぐに帰るだろう。
しかしどうしてウチの会社には、こう厄介なヤツばかりいるんだ・・・誰に言うともなしにボヤきながら鍵を開ける。
そしてガチャリとドアを開いた途端。奥から聞き覚えのある声が。

「おかえりぃ〜。遅かったわね」
「ああ、ただいま・・・って・・・」  「「・・・はぁっ??」」

サンジと俺は互いに顔を見合わせ、しばし茫然とした。
一瞬早く現実に戻った俺は、未だに茫然自失で立ち尽くすサンジの首根っこを掴んで、ドアの外に放り出した。

「明日の朝、俺が持ってくから!!」

ドアの向こうで、あああああ〜っ!!と言葉にならない叫びを上げるサンジを無視し、声がしたリビングへ駆けつけた。

そこでは、見覚えのあるオレンジの髪をした女がゆったりとソファに腰掛け、雑誌をめくっていた。

「なんでテメェがウチにいるんだっっ!!」
「正規の組織に所属してるんだもの、それなりに調べれば分かるわよ」
「だからって勝手に上がり込むヤツがいるかっ」
「別に何もしてないわよぉ。帰りを待たせてもらっただけ。あ、コーヒーは勝手に淹れたけど」

全く悪びれもせず、あんたも飲む?とカップを掲げるナミを見て、軽い眩暈を覚えた。

「それよりいいの?お客さんだったんでしょ?」
「ありゃ、そんな上等なモンじゃねぇ」
「もしかして、お連れ込みのところを邪魔しちゃったかな?」
「俺をどういう人間だと思ってんだっ。第一、アレの何処が女の声だよっっ」
「あたし、マイノリティに対する差別や偏見は持ってないわよ?」
「ナニ考えてんだ、テメェ・・・」

俺はさらなる脱力感を覚えながら、首からネクタイを剥ぎ取ってナミが座るソファの背に放り投げた。

「殺風景な部屋ねぇ。ホント、仕事と剣術にしか興味ないのね。さすが、泣く子も黙る大手シークレットサービスの名物捜査員ですこと。あの刀は?昔に習っていた剣道と関係あるの?」

ナミは部屋の一角に置かれた、白い鞘の刀を指差した。

「ありゃ、ガキん時の親友からの預かりモンだ。しっかし、この短期間によくも調べ上げたもんだな」
「あ〜ら、ヒトの事言える?どうせあたしのことも調査済みでしょう?」

たしかに会社のデータベースからナミという名をいくつか見つけることは出来た。しかし大抵は解決済み事件の犯罪者か被害者で、明らかに別人だった。
唯一可能性が考えられるデータもあったが、ナミという人物そのものではなく、事故死を遂げた未婚の軍人の娘として、だった。
8年前、麻薬密輸捜査の任務に就いていたベルメールという女性軍人が突如死亡した。不審な点もあったが有力な裏付けはなく、結局不慮の事故死として処理されていた。
そして当時、超難関名門大学に飛び級入学したばかりの一人娘についても、その後の記録はなかった。さすがに軍人の家族といえども犯罪者ではないのだから、細かな記録が残らないのも当然で、したがって娘の写真も残っていない。
つまり俺の知るナミと同一人物という確証はなかった。少なくとも目の前のナミからは、写真のベルメールの面影を全くと言っていいほど見出すことは出来ない。

結局、"ナミ"についての手がかりはこれだけだった。

「つくづく分からねぇ女だな」
「こっちは個人商売だもん。簡単に調べがついたら命がいくつあっても足りないわ。お金も大事だけど命あっての物種よ」
「金のためならどんな情報も盗ってくる訳じゃねぇのか?」
「失礼ね。いくら大金積まれたって、自分のポリシーを曲げる仕事は絶対に受けないわ」
「ポリシー?」
「悪党の私腹を肥やす仕事はノーサンキュー。あたしが情報を盗る時は、いつでもそれなりの理由があるのよ。ま、ついでにいただけるものはいただいちゃうけどね」
「正義の味方ってヤツか。金にはならぬとも子供の頼みは無視できないって?」

こんな誘導尋問に口を滑らす相手じゃない。俺はただ純粋に、この女の心根を言葉にしてやりたかった。

「ふん。一体誰の話?少なくともあたしはそんな慈善家じゃないわ。・・・全てはあたし個人の事情」 

そう言ったナミの目は何処か遠くを見つめていたが、その視線が俺に戻った時にはいつもの光を宿していた。

「さて、おしゃべりはおしまい。今日はこんなトコかな」

すっくと立ち上がると、

「じゃ、今後はここで情報交換ね」
「はぁ??」
「だって、外で落ち合うのはお互い危険でしょ?あんたの方向音痴は並じゃないし、昨日みたいなのはゴメンだわ。人目を避け且つ確実に合うには、ここが一番」
「んなこと勝手に決めんな!!」
「大丈夫よ〜、これからはちゃんと予告して来るから。デートの時くらい気を利かせるわよ」
「・・・テメェ、心底からかってんな」
「あっははははっ」

ナミはすばやく俺の頬にキスすると、また明日ね、と耳元で甘く囁いた。
不覚にもしばらく茫然とした俺が我に返った時には、すでにその姿はなかった。



11) Look back

商社がひけ、数日ぶりにシークレットサービス社に立ち寄ってみると、フロアのカフェスペースにウソップ、チョッパーと一緒に公安課新人のビビがいた。

「めずらしい人間がいるじゃねぇか」
「お久しぶりです、Mr.ブシドー。いつもお世話になってます」

ビビは律儀にペコリと頭を下げた。

「どうしたんだ、こんな時間まで?」
「書類を取りに通りかかったらウソップさんたちがいて、つい話に花が咲いちゃって・・・」
「あんまり調子に乗せねぇほうがいいぞ」
「何だとぉ!?お前はいっぺん、こういうトコで頭休めて来い!ちょっとは丸い人間になれるぞ」

ウソップは一通のパンフレットを俺の鼻先にビシッと突きつけた。

「ココヤシ島?」
「すっごく、きれいな島だろ?」

チョッパーが目を輝かせている。

「実はここ、二十数年前に襲撃されて、一時崩壊した島なんですよ」

チョッパーの横でビビがあとを受けた。

「海外からの援助もままならず、長い間放置状態だったのが、ここ数年で飛躍的に再建が進んだそうです。今では美しさで定評のある、リラクゼーションスポットとして生まれ変わったんですよ」
「なんでも、数年前から不定期に振り込まれた大口復興支援金のおかげだって話だが、誰からかは不明なんだとよ。島が完全に立ち直った今でも、時々送金があるそうだ」
「だから、この島の観光記事やパンフには必ず島民たちからのメッセージが入ってるんです」

ほらここに、と言ってビビはパンフの一部を指し示した。

"まだ見ぬ恩人へ---ありがとう、私たちは元気です"

「島の風景美にそういう美談も相まって、最近じゃ挙式や新婚旅行先に選ぶカップルも多いそうだ。かく言う俺も昔、この勇敢さでもって国を一つ救った経験があって・・・」

延々としゃべり続けるウソップを他所に、素敵な話よね〜、とビビがうっとり目を細める。

ふと時計を見ると、ナミが家に来る時間がせまっていた。

「やべェ!じゃ、またな!」

あわてて飛び出す俺に、後ろからビビの小さな声が聞こえた。

「どうしたのかしら? まさか、この前サンジさんが言ってた話、本当・・・??」

あのエロコック、妙なこと言い振らしてんじゃねぇだろうな?


「おっそーい!」

部屋の前では、ドアにもたれかかったナミが小さく頬を膨らませ、上目使いで俺を睨んでいだ。
最近は彼女との間でこうしたシーンが多い。まるでTVドラマの1コマようで妙な感じがしてくる。もっとも、そんな甘い関係ではないのだが。

「なあに、コレ?」

部屋に入るなり、俺のポケットから落ちた紙を拾い上げる。先ほどのココヤシ島の観光パンフだった。

「あ、うっかり持って来ちまった。会社の連中の話じゃ、いいトコだとよ」
「あんたがリゾートぉ?不似合いねぇ」

憎まれ口を叩きながらもパンフに見入るナミの表情はひどく穏やかで、まるで慈しむようにそこに写る景色を指でなぞっていた。

「ずいぶん気に入ったみてぇだな」
「ねぇ、コレもらっていい?」
「あ?構わねぇが。お前も丸い人間になりてぇのか?」
「??はぁ?」


***************


俺の部屋での情報交換が始まってから、ナミは商社にいる時には知り得ない様々な表情を見せるようになった。そのたびに自分の中の何かが揺さぶられるようで、どうにも調子が狂う。
特に、預けたピアスをその身から離さず大切に持ち歩いていると知った時には、胸の奥深くで史上最強のゴジラが雄叫び高く火ィ噴いたような・・・悪ぃがキザな表現は得意じゃねェ。

あのピアス。
あれはガキの頃、通っていた道場の師範から授かったものだ。何かと無茶をする俺の身を案じて与えくれた守護石みたいなモンで、常に身に着けていられるようピアスにしたのだ。
白い鞘の刀は師範の娘のものだった。親友だった彼女は恐ろしく腕の立つヤツで、もっと強くなって将来は人を守る仕事がしたいと言っていた。

師として友として心を通わせた二人だったが、交通事故であっけなくこの世を去っちまった。俺は彼らの心を受け継いでいこうと誓い、これらを常に手元に置いている。さすがに刀は目立ちすぎるから滅多に持ち歩けねぇが。

ナミはピアスの事も刀の事も一切尋ねた事はない。軽率に他人のプライバシーに立ち入るような人間ではないのだろうが、同時に自分への介入を拒む防御策のようでもあった。

そうやって自ら壁を張り巡らすその姿が、未だ癒えない深い傷にあえいでいるように見えてならなかった。



12) Try and catch me

「よしよし、上手く撮れてるな」

デスク上に置かれたディスプレィには、間接照明で照らされた成金趣味な室内が映し出されている。商社社長のビーチハウスの客間だ。商社所有ビルや社長の別荘など、裏取引相手との接触が想定される場所をいくつか探り出し、主要箇所に全方位視覚センサ付の隠しカメラを設置しておいたのだ。そして今日は俺の部屋で、録画しておいたその映像に映る人物をチェックしているというわけだ。
ナミは背後にあるアームチェアに座り、ブラックリスト片手にプリントアウトした画像に写る人物を照合している。

「あんたって案外、悪党よね。いつの間にかそんなの取り付けちゃってさ」
「ヒトのこと言えんのかよ?こういう事はお前のほうが専門だろ」
「でも、マイク取り付けまで気が回らない所が、大雑把なあんたらしいわね・・・」
「うるせえっ!この後からちゃんと付けたんだからいいだろーがっ。本来俺はこんな回りくどい方法よりも、堂々と悪党を叩くほうが性に合ってんだ」

ナミはあきれたように小さくため息をついた。

「そうね、あんたにはそっちのほうがピッタリ。天職とでもいうのかしら」
「お前は違うみてぇだな。何が目的で裏世界にいるのか知らねぇが、どうせやるならもっと前向きにやれよ」
「!!!」

灯が消えた客間の映像に目を注いだまま、日頃思っていたことを口にしてみた。あえて振り向かなかったが、ディスプレィの暗い光沢画面が、俺の背後で唇を固く結び俯くナミの姿を映し出していた。
しかしナミはそんな姿すら想像させぬような、明るい声で話し始めた。

「ちょっと休憩〜!面白い御伽噺を知ってるから、聞かせてあげる」
「あ??」
「昔々あるところに一人の女性兵士がいました。ある日戦地に赴いた彼女は、そこに置き去りにされた赤ん坊を見つけました。彼女はその子を連れ帰り、自分の娘として育てました」
「・・・」
「親子は幸せに暮らしていましたが、ある日のこと、母親は化け物に殺されてしまいました。復讐に燃えた娘は、母親の銃を手に化け物に狙いを定め・・・」

ナミ は指で銃の形を作って俺に向けると、バーン、と小声で呟き撃つマネをした。

「・・・とはなりませんでした。そんなことしなくても、途方にくれている娘の前に剣士と彼の仲間が現れ、悪い化け物を退治してくれたのです。娘は剣士たちの仲間となり、幸せに暮らしました。おしまい」
「・・・なんだよ、そりゃ」
「だから御伽噺よ。知らないの?教訓は、悪事は必ず成敗される、ってとこかな。あれ?いつかは王子様が、だったかしら?」

御伽噺はいつでもタイミングよく王子様が現れるのよねぇ〜、と、いつものおどけた調子でナミは笑った。

「でも、もし王子様があんたみたいな天然迷子だったら、どんなに待っても巡り合えなかったでしょうねぇ〜」
「オチはソコかよっ」

ったく、口の減らねぇヤツだ。

ボヤきつつも作業に戻ると、映像は客間に大柄な男が入って来た所だった。社長がしきりに媚びを売っている。男がソファに座り、その顔をカメラがはっきり捕らえた。
その瞬間、我が目を疑った。一時停止し、そこに映し出された壮年の男を凝視する。俺の記憶にある顔よりも若干老けた印象はあるが、しかしその特殊な容姿から疑う余地はない。

まさか。こんな大物が引っ掛かるなんて。

この男は、武器麻薬売買、テロ行為など、悪と名付くあらゆることに手を染めている悪名高きファミリーの主要人物だ。駆け出しの頃からその残忍性で知られ、闇業界でその名を轟かせて久しい。どんなに尻尾を捕まえようとしても、いつもすんでの所で巧妙にすり抜けられ、国軍もシークレットサービス社も、何度も苦い思いをさせられていた。
そいつが今まさに、こちらの網にかかろうとしている。

「どうしたのよ?オバケでも映ってたの?」

画面を凝視したまま硬直している俺をいぶかしみ、ナミが背後から覗き込んだ。
その途端。

俺がナミの異変に気付くのと、ナミが持っていたファイルを床に落としたのは、ほぼ同時だった。
今度はナミが固まったまま大きな瞳を見開き、息をするのも忘れたかのように画面の男に食い入った。そして。

「・・・アローン!!!」

たった一言、悲痛な面持ちで叫んだ。

常に超然とした彼女の、俺が知る初めて動揺した姿だった。



(to be continued) 

←2へ  4へ→


(2003.11.16)

Copyright(C)うきき,All rights reserved.


戻る
BBSへ