Butterfly in shades of grey −5−
            

うきき 様




17) Now you see her

あの日から一ヶ月。後始末も含め、今回の任務の全てにカタがついたのはつい先日。
あれ以来ナミからの接触はなく、足取りもつかめない。情報屋の話でも、謎のスパイに関するそれらしい動きは一切聞かないという事だった。

「こら、ボ〜としてんな」

オフィスの窓から外の景色を見るともなしに見つめる俺を、シャンクスが後ろから小突く。

「今回の報告書。よく書けてたが少々の疑問点も無きにしも非ず、だ。ゾロ、今回の件の関与者は本当にお前一人だったのか?現場にあった3人目の血痕は?」

約束通り、ナミのことは今でも一切他言してないし、報告書にも一切触れなかった。仏頂面で沈黙を守る俺に、シャンクスは続けた。

「ま、今回はお前のおかげで早期解決したし、お上もヤツを取り逃がさずに済んだんだ。上からの細かなツッコミは上手く受け流すさ」

何かに勘付いているようだが決して無理に聞き出そうとはしない。多くの部下から支持を得る彼らしい配慮に、改めて懐の深さを思い知る。

「しかしソレはソレ、コレはコレ。勝手な行動取ったんだ、ちゃんと始末書は書いてもらうぞ〜。マリモマ〜ン!」
「うっせえ!!分かってらぁ!」

前言撤回!!

その後も平凡な日々が過ぎる。考え込むだけは自分の性分じゃ無ェ。
一か八かで、伝え聞いた通りに"謎のスパイ"へ依頼を出してみた。"あの日の、あの海辺の公園で待っている"と添える。

依頼主には絶対に姿を見せないというスパイ。連絡が来るかどうかも分からない。
しかし。
まだ朝靄の残る公園に現れたのは、オレンジの髪を緩やかな海風になびかせたナミ本人だった。

「老舗の組織が、しがない個人スパイに調査依頼?珍しいじゃない」
「そうじゃねぇことはわかってんだろ?」
「ふふ、まあね。とりあえず、お互いの無事を祝して感動の再会!ってトコかしら?」

ナミは頬にかかる髪を耳にかけ、旧知の戦友と再会したかのように微笑みかけてきた。

「一応、お礼を言っておくわ」

キョトンとする俺に、ナミは再び笑いかける。

「あんたが追いかけて来てくれたことに。しかも迷子にならずに、ネ」
「迷子って言うな!」

ナミは、あははははと大口を開けて笑った。

「あんたとは案外いいコンビだったわ。今後も一緒にやれたら、さぞかし儲かりそう」
「そのわりに、あっさり姿を消したな」
「逃げ足の速さがモットーなのよ。それに仕事が終わったんだもの」
「ずっとそうやって生きて来たのか?」 
「・・・同じ場所に長居は無用よ。この仕事をしている以上、鉄則だわ」

俺から視線を逸らすように伏せた瞼は、かすかに震えていた。

俺は手を伸ばし、傷を負った彼女の肩にそっと触れてみた。痛々しい傷跡が残るその肩を、痛みを与えないよう優しく撫でる。
ナミは俺の手を振り払うことなく、黙ってされるままになっていた。

「全てに決着がついたんだ。もうこれ以上、危ねぇことを続ける必要は無ェだろ?」
「そうね。足を洗うには一番いい時期かも」

ナミは、靄が薄らいできた海辺をぼんやり見つめて頷いたが、少し間を置いてさらに続けた。

「でも、そしたらあんたとの接点が無くなって、こうして会うことも二度と無いわ。・・・それはちょっと寂しいかな」

そう言ったナミの表情にも口調にも、今までにあった皮肉やからかいの色は全く感じられなかった。
その顔は本当に寂しそうな、今にも泣き出しそうな微笑を湛えて、俺を見つめていた。

おそらくこの女の、最初で最後の、本心の吐露なのだろうと悟った。

だから。絶対に今、言わなければ。

「じゃあ。もう行くわね」

気付いたら、今にもその場から消え去ろうとしていた女の腕を引いていた。
驚いて顔を上げるナミの小さな頭を自分の胸に押し込め、柔らかな蜜柑の香りを放つ髪に自分の顔を埋めた。そして、生涯二度とは言えないであろう自分としては精一杯の台詞を、覚悟を決めて口にした。


「ここに留まれよ。もう、あの闇ん中に戻る必要は無ェ」

「俺はお前と、ただの男と女として関わっていたい」

「お前をこのまま手離す気は、絶対に無ェ」

「ナミ。お前はどうしたい?」


時間にしたらわずか数秒のことだったのかもしれない。
しかし返事を待つ俺には永遠のように長く感じられた。

ナミは言葉を返さなかった。
代わりに頭を俺の胸に強く押し付け、細い腕を俺の背中に回して精一杯の力を込めて応えて来た。
その細い身体を、俺はさらに力強く抱きしめた。


俺たちは多分、こういう生き方しか出来無い。
だからお互いでなきゃならねぇんだ。それ以外の誰でもねぇんだ。
なぁ、そうだろう?


辺りはいつの間にか靄が晴れ、穏やかな陽差しが青い海を照らしていた。




―おわり―

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(2003.11.16)

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<管理人のつぶやき>
ナミがロビンに扮して登場した時は「ええっ?」と思いました。でもその仕草、言動から「ナミ」だと分かるもんなんですねぇ(感心)。
ゾロは1回だけの接触で嗅いだ蜜柑の香りでナミがスパイであることを見破ってしまう。この辺、さすがですね!そして、信用を得るためにゾロがナミに渡したピアス・・・これが最後まですごい効果を発揮してくれました。
アーロンとの対決後、ゾロが必死でナミを捜し求める姿は胸に迫るものがありました!
でも、ラストでは再会できて本当に良かったー!

うききさんが前作「
Style」を投稿してくださった時にもう既に「馴れ初め編」を書き始めていると告白されてました。そして、「書いて書いて〜v」攻撃(笑)。そしたらば!書き上げてくださったのです!
うききさん、素晴らしいお話をありがとう&完結お疲れ様でした〜!

うききさんは現在サイトをお持ちです。こちら→
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