不機嫌な赤いバラ −2−
マッカー 様
イーストフィールド ローグシティ 昼 −ゾロ
オレとチョッパーは街の中心にある駅の正面広場ベンチでぼんやりと空を見ていた
ルフィは相変わらずどこかへと雲隠れし
サンジは夕方の仕込み
ウソップは残ってバギーの帳簿だかなんだかを整理しまくっていた
「なぁ」
「ん?」
「なんで 足を洗うっていうんだろうな?」
「? なに?」
唐突なチョッパーの質問
「だからさ 犯罪をすると 手を汚す っていうだろ」
「あぁ 言う」
「そして 抜けるときは 足を洗う だ」
「あぁ 言うな」
「なんで手が汚れてるのに 足を洗うんだ?」
「‥そうだな‥」
「手を汚すんだったら 抜けるときは 手を洗う じゃないのか?」
「‥そうだな‥」
「おかしいぞ!」
「‥」
「‥」
「‥オレが思うにはな」
「おう」
「多分‥こう‥手から汚れていくわけだ‥こうな‥」
「おう」
「そして全身が浸かっていくだろ? まぁ泥に入るみたいに」
「ふんふん」
「で 泥から上がって体を洗ったときに 一番最後まで泥まみれっていうのは‥
」
「足だ!」
「‥だな」
「すごいな! ゾロ!お前 頭いいな!」
「ふ‥まぁな」
「本当に?」
突然会話に割って入るやつがいる
「本当にそうなの?」
「何だ お前?」
逆光で顔がはっきりしない 女だ
「いいから そうなの? 今の話」
「‥多分」
「多分!? 何よソレ!」
「ゾロ 多分なのか!?」
「‥だから最初にオレが思うにはって言っただろーが!」
「なぁんだ‥」
「がっかり」
いきなり現れた女は あの女だった
「『ふ まぁな』なんて言っちゃってさ」
「言ってたよな〜」
「かっこつけだわ」
「そうだ ゾロお前かっこつけだ!」
「おめぇ‥ダレだ?」
身を起こし いきなり現れた女と距離を置く
「何よ覚えてないの?」
女は少しがっかりしたような風に小首を傾げる
「ゾロ知り合いか?」
知り合い‥じゃねぇな
「いいの あたしがちょっと勘違いしてただけ ごめんね」
オレがなにか言う前に女は話を逸らす
「すごく楽しそうだったから‥邪魔しちゃったね」
随分と印象が違って見えるのはさっきとは違った服のせいか‥
「いいんだ 俺たち今 人待ってるだけだからさ」
「そう 良かった」
そう言うと隣のベンチに座る
「お前も誰か待ってるのか?」
チョッパーは興味津々に女に尋ねる
「うぅん 違うわ ちょっと暇つぶしに買い物に来てたの」
持っていた鞄から何やら小さな飴玉を出す
「食べる?」
「おう!」
喜んでチョッパーがそれを受け取ろうとしたとき
「お時間です」
先ほどから何やら不穏な雰囲気をかましていた 男二人組が女の両脇に立つ
女はソレを忌々しげに睨み
「そう」
と言い 開いていた手のひらを また小さく握る
明らかに
男たちは 同業者であろう事は想像に難くはなかった
「またね」
と言い 去っていく女の横顔は
なぜか
オレの中に強く印象付けられた
その顔は‥ ‥とても‥
「何か‥すごい美人だったな!」
「そうか?」
「そうさ! あ〜あ サンジが聞いたら悔しがるだろうな!」
「あいつは一度会ってる」
「!そうなのか?」
「あぁ」
そんな話をしていたとき 丁度待ち人が遠くから歩いてくるのが見えた
メリーランドシティ レストランバラティエ 夕刻 −サンジ
「なぁウソップ」
「ん〜?」
「運命ってのは信じるか?」
「‥また 女のことか」
ハナの野郎はあきれてカウンター越しに俺の顔を見ている
クソ こいつはもう女がいるからな‥
こういった奇跡的出会いのありがたさがわかんね〜だろうな
「チッ テメェに話したのが間違いだったぜ」
「何〜 俺ほど運命にうるせぇ男はいねぇぜ〜!」
カチンときたのか急にやる気になる鼻の野郎
「あぁ もう うるせぇな 手元が狂うだろ〜が」
「おい聞けよ! オレの運命話をよ!」
完全に無視を決め込んで下ごしらえを続けることにした
俺はお前と違って忙しいんだ なんたって一流レストランの明日がかかっている
からな
舌の肥えたお客さまの為そして何より美しい女性のために今日も腕を振るう
まぁ中には味より量ってヤツもいる うちのボスを筆頭に
おっとそのボスのお帰りだ チョッパーたちも一緒に
「遅かったな」
「おう サンジまた仕事になったぞ」
「何だ〜 おりゃ今が仕事中だっての」
「女がらみだ」
人生ってすばらしい
「すぐに参ります」
返事に満足したのか にやっと笑うと いつもの席へと腰掛ける
そしていつものメンバー
「これが今回の資料だ」
そういってチョッパーが書類を取り出す
「珍しいな お前が資料持ってくるなんてよ」
「丁度ドクトリーヌが近くまで来ていたから 訊いて見たんだみたんだ 今回の事」
そう言っていくつかの書類と共に挟まれた一枚の写真に俺は釘付けになった
その写真は まさに 恋し焦がれるほどの カルメンその人だったのだから!
「このお方は‥」
写真の中で毛皮のコートを羽織り 男にエスコートされ 今 車に乗り込もうと
している麗しの女性
「この女の名はナミ アーロンの女で幹部の一人」
「‥ふ‥ん‥ まだ若いな 幼妻ってやつか?」
ウソップのその言葉にざわりと何かが逆流
「仕事は 例の薬の精製 ‥ドクトリーヌのとこにもその話はきたんだけど 叩き出したんだって でも何かひっかかるモノがあったらしくてさ調べさせていたんだってさ」
「相変わらずだな あのバアサン‥」
「実は‥オレたちさっき会ったんだ この‥『ナミ』と‥」
‥!!?何?
「チョッパー 本当か?」
「うん だからコレ見て凄くびっくりしたよ」
いとしの君と会ったって?
「たまたまだ」
「なんだクソまりも てめぇも会ったのか」
「まぁな まゆげ」
「‥なんだと?」
「あぁ?」
「おいおい やめろよ〜」
クソ こいつも会ったのかよ‥なんかおもしろくねぇな
「とにかく これからこの女に会いに行くぞ」
「会いにいくって‥お前 そんな簡単に言うけどな この資料じゃ彼女のいるトコ アーロンパークだろ そんな素直に入れてはくれね〜よ」
俺たちのプライド イーストフィールド メリーランドシティから西へ2時間ほどの街 ココヤシシティのアーロンパーク
あの土地はアーロンのフィールド あのクソ野郎が法のろくでもねぇ土地
本当はオレらの土地だ イーストフィールド内だからな
ただ今まであまりにも開拓されておらず どうしても手が届かなかった場所だった
奴らはここからアーロンパークという海中の土地をプライドにもっている
この僅かな陸地のココヤシシティが俺達のプライドと重なっちまったってわけだ
「いつもはな」
「?どういうことだ?」
「今夜のローグタウンであるチャリティパーティ ヤツはスポンサーの一人だ!
」
「チャリティって柄かぁ?」
「このレディもいらっしゃるわけだな?」
「来る アーロンはどこに行くにも この女を連れてる」
そうかぁ〜 会えるのかぁ〜
「今夜のパーティはフィッシュマンズホテルだ いいな」
俺はまた一本タバコに火をつけると
その一枚の写真を手にとる
「ナミさん‥か」
この世で最高の響きだ
イーストフィールド ローグタウン フィッシュマンズホテル 夜半 −ゾロ
「22時‥だな」
「オレとルフィはホテルに入る コックはパーティ会場の中に チョッパーはサンジと一緒に入れ ウソップ、車を回しておいてくれ」
ここローグタウンでも最上級クラスのホテル フィッシュマンズ
そんなホテルのガーデンパーティ 来る客も最上級
ヤツのことだから 善意のみでチャリティをする気はないだろうというルフィの読みは案外当たっているようだ
だがロビーに入るのに少し問題発生
「‥あちゃ〜 スモーカーがいる」
「‥珍客だな」
こんなホテルには少々似つかわしくない大男がロビーのど真ん中で葉巻ふかして
いる
「‥大方‥ 今日のチャリティがくさいと思って来たんだろ‥」
やりにくいな そうルフィに告げようとした時
「お〜い! ケムリン!」
「!ルフィ!」
ルフィは笑顔でスモーカーのところに近寄って行っている‥
オレはあわてて身を隠す
「‥お前もこのパーティに来てたのか?」
「そりゃ こっちのセリフだ‥ 何企んでいるんだ‥?」
「何も! ちょっと用があっただけだ! それよりここは禁煙なんだぞ!」
「そりゃ すまねぇな」
ルフィはウマいことスモーカーを奥のバーの方に誘導している
それを見てロビーを突っ切りエレベーターに乗ることができた
あの女を保護しろと言ったが‥
オレがすると保護ではなくて拉致になっちまうぜ‥
さて どうしたもんか‥
少し悩んだその時
あの女の最後に見た顔をふと思い出した
「‥まぁ なるように‥なるか」
その部屋はドアの前に3人 部屋の中に6人の見張り‥のような奴らがいた
5分前の話だ
「‥なんなの‥ あんた‥」
「だから オレと一緒に来いって言ってるんだ」
その部屋に女はいた
おそらく今から会場に出向こうとしていたのだろうか 華やかに正装し 化粧を
施しまさしく この世界の女‥
それにオレはひどく違和感を覚えた
「バカなんじゃない? なんなの いきなり入ってきて大立ち回りして!
‥あんた昼間の男ね あたしが誰かわかってるの!!?」
「知っている だからここに来た」
「わかってないわ ここから早く立ち去りなさい!」
「去るときはお前も一緒だ」
女はひどく焦っているように見える
オレは自分の獲物を腰に戻す
「私は行かない‥あんた 死ぬわよ‥?」
「オレは死なない」
このままでは押し問答になる
確かに今ここに長居する気はない
しょうがない
つかんだ女の腕は冷たく 細く まるで人形のようだった
「‥!! 行かないって行ってるでしょ!!」
女は振り払おうとするが 所詮男と女 敵うわけもない
「暴れるな」
「だったら! 離してよ!!」
「それはできない」
瞬間 女は反対の手でナイフを握る
「あんた‥ 名前は?」
「‥ロロノア・ゾロ」
「‥そう ねぇゾロ‥ あたしは死ねないし 必要以上にあんたを傷つけたくもないの
だけど もし このままあたしを無理に連れていこうとすれば
そうも行かなくなるかもしれないのよ」
「オレを殺すのか?」
そんなことできるわけないだろ
「違うわ ただこれで自分を突くだけよ」
「あたしはこのまま時間が経つのを待てば
もう‥アーロンがおかしいと気づくものよ 誰かが呼びに行ったかもしれないしね もしかしたら 今、そこの廊下を歩いてきているかも そうしたら大事になるわよ‥?
あんた‥ 血まみれのあたしを連れてそんなところを抜けられると思うの?」
「わかる? あんたはきっと強い 取り巻きなんて今みたいに蹴散らせるかもね だけど無理なの いい?
あんたがダレに何を言われてここに来たのかは知らないけど
‥無理よ」
「これはあたしの覚悟の証」
ナイフを掲げゆっくりとそう告げるその姿は静謐なものがあった
きっと こいつはそうするだろう
良くは知らないはずのこの女にオレはそう思わずにはいられなかった
「ゾロ‥」
オレは
女の腕を離した
「ゾロ‥」
思っていたより強く握っていたのか
それには指の跡とも思われるものが残っていた
「おまえ‥」
爆発音
外から警報が聞こえる そして聞きなれたやつらの声
「‥!」
何かあったな‥!!
「行って!」
女はドアを指差し叫ぶ
「チッ!」
オレは駆け出す
女を置いて
ドアから出て部屋の中を振り返って見た女の姿は あのときと同じ顔をしていた
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