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みづき様






「ぬわにぃぃぃ!?ナミさんがあの時の事を調べに行ったぁぁぁ!?」



ランチタイムを前にひとまず客足の引いているレーンにサンジの大声が響き渡り
その声に耳を塞いだのは、いつもの様にレーンへとやって来ていた面々。

それは時間にして、ナミがレクター市警を後にした時間とほぼ同時刻。
大声を出したサンジが次に鋭い視線を向けたのは、カウンター奥にいるウソップだった。



「ウソップ、テメェ・・・何でナミさんを止めなかった!!!」
「な事言ったって、あいつが調べるって言ったんだから仕方ねェだろ〜。な、なぁ、ルフィ。」
「んあ? あぁ、まぁな。」

彼が助けを請う相手に選んだのは、目の前のカウンター席にビビと隣同士で座るルフィ。
彼はすぐに振り返ると、ウソップを鋭く目にしているサンジにいつもの笑みを向けた。

「あいつも知りたがってたし、だったら調べてみろって言ったんだよ。
心配すんなってサンジ、あいつは自分でちゃんと分かってたからよ。」

「・・・。」

そしてそれには応えず、立っていた通路を動くと
ロビンとシェリーの座るテーブル席の向かいへと座るサンジ。



その様子を見た後、ウソップと同じくカウンター奥に立つベルメールを目にしたのは
ゾロがいない事もあってか、彼がいつも座るカウンター席の左端に座っているチョッパーだった。



「なぁ、店長。ナミの事なんだけど・・・。」
「ん? どしたんだい、チョッパー?」
「戻って来たら、もう誘拐されたその時の事は調べない様に言ってくれないか?」
「・・・?」

チョッパーのその一言に、ベルメールだけでなく全員が彼へと視線を向ける。
その視線に気付いたのか・気付かないのか、彼はベルメールを見たまま言葉を続けた。



「俺、ナミに傷がいくつかあるのを昨夜見たんだ。
聞いたら小さい時の傷だって店長から聞いたって言ってたけど、違うんじゃないか?
ナミは記憶を無くしてるから、店長はそう言っただけで
ホントは誘拐された時に出来た傷なんじゃないか?」

「え!? それホント、チョパ君!?」
「・・・。」

それを聞き真っ先に声を上げたのは、それまで話を聞いていたシェリー。
その彼女を振り返り無言で頷いたチョッパーは、すぐに改めてベルメールを見上げた。



「良く分かったね。実はそうなんだよ。
あの娘はあの時の事を忘れてるからね・・・無理に知る必要も無いし、そう言ったんだ。」

「やっぱり・・・。」



すると2人に続いたのは、ルフィの隣に座るビビとテーブル席に座るロビン。

「でもトニー君、その傷とナミさんへ調べない様に言うのと、どういう関係があるの?」
「そうね・・・その傷から何か分かったのかしら?」

「あぁ。分かったんだぞ、ビビ。ロビン。しかもあれは只の傷じゃない。」

チョッパーはそのまま彼女達を見ると大きく頷き、次に全員を見渡した。



「この中でナミが最初に誘拐された時の事を知らないのは、俺とロビンにシェリーだよな?」
「いいえ、トニー君。私も詳しくは知らないわ。その時私は中学生で、皆と会ってないの。」
「お?そうなのか?」
「えぇ。」

「私も、今話してくれた事以外は分からないわね・・・。」
「あたしも、お姉ちゃんがゆうかいされたっていうことしか分からないよ。」

それからチョッパーに聞かれたビビは頭を小さく左右に振るとそう言い
それまで話していた事の中から把握をしたらしいロビンもそう続く。

更にシェリーも母親に続き、チョッパーは再び全員を見渡した。



「じゃぁ・・・知ってるのはルフィ達だけなんだな?」
「あぁ、そうだぞチョッパー。只の傷じゃないってどういう事だ?」

そうして顔を合わせたチョッパーとルフィ。
チョッパーは小さく頷くと、そのままルフィへ言葉を続けた。



「もしかして皆、その誘拐された時のナミの傷を、銃で撃たれた傷って聞いただけじゃないか?」
「おぉ。あの時医者はそう言ってたぞ?」
「違うんだ、ルフィ。銃の傷は傷だけど、ひとつだけ違う傷があったんだ。」

「「・・・!?」」

そのチョッパーの言葉に驚き顔を合わせるロビンとシェリー。
驚いたのは他の皆も同様で、全員がそのまま次のチョッパーの言葉を待った。



「ナミには脇腹に傷痕があったんだけど、その傷だけは違うんだ。
そこは血管が特に多く通ってて、その分神経にも強く影響が出る場所なんだ。
よく、急所って言うだろ? 脇腹の傷だけは、その場所に近いトコに傷があった。」

その場所は昨夜、自分自分が医学書で確かめた場所。
チョッパーは確信を持って言い、その彼にはウソップが続いた。

「ちょ、ちょっと待てよ、チョッパー!
その急所って場所の近くに傷があったからどうなるってんだ!?」



「急所を撃たれたりなんかしたら、間違いなく死んじゃうと思う。
でもナミを撃ったヤツは、その場所から少しズラした所を撃ってるんだ。
しかも、あんなに正確にズラして撃ってるって事は
急所の場所を知ってる上に、銃の扱いに慣れてるヤツが撃ったとしか思えない。
それにナミの術痕から考えると、体内に銃弾が入ったとか貫通とかはしてないと思う。
ナミを撃ったヤツは急所の近くを掠らせて撃ったんだ。
ナミを気絶させたくないから、そういう撃ち方をしたとしか思えないぞ。」



「なにぃぃぃ!? それ、それじゃまるで拷問じゃねェか!!!」
「お・・・おぉ。だからナミは記憶を無くしたんだと思う。」
「そうか・・・だからあいつ、あん時声も出なかったのか・・・。」
「お?声?」

「あぁ。あいつは助かった後、暫く声が出なかったんだよ。
記憶も無くなって何でそうなったか分からなかったけどよ、これで納得いったぜ。
傷ひとつでそこまで分かるなんて、凄ェなチョッパー。」

「そ・・・そんな事ないぞ、コノヤロー!」



そのままウソップに言われると、へにゃんとした顔を彼へと向けるチョッパー。
それから表情が戻ると、チョッパーはベルメールを見た。

「そ、それで俺、昨夜気付いたからナミには思い出すのを止めて欲しいと思ったんだ。
俺が言ってもダメだと思うけど、店長が話せばナミは止めると思って・・・。」

「そうだったのかい・・・。」



そうして店内にはそのまま重い空気が広がる。



しかしその空気を払ったのもウソップだった。



「・・・ん? おい、ちょっと待てよ・・・。ルフィ、まさか・・・!」
「あぁ。あいつかも知んねーな。」

そして彼は直後にルフィと顔を合わせる。
隣に座るビビも気付いたのか、すぐにルフィを目にした。

「ルフィさん・・・!」
「あぁ。」

彼女もそのままルフィと顔を合わせ
話を聞いていたサンジもロビンやシェリーと一旦顔を合わせると、ルフィへ視線を向ける。



「おいルフィ、何だ!? 分かる様に話せ。」
「あぁ・・・あいつがあん時の事を調べるって言ったんは、男を思い出したからなんだよ。」
「男・・・?」
「あぁ。こないだゾロと一緒に出掛けたろ?あん時にそいつだけ思い出したみてェでさ。」
「この間って・・・ルティナ市へ行った時の事か?」
「あぁ。そん時に思い出したみてェで、ナミは調べるって言い出したんだけどよ・・・。」

するとサンジの表情は、みるみる強張っていった。

「おい、それじゃ・・・。」
「あぁ。ナミが思い出したそいつが、チョッパーが今言った事をやったかも知れねェ。」
「・・・。」



店内に再び大きな音が響いたのはその直後。
サンジがテーブルを叩いた音で、全員が彼を目にした時、サンジは既に席を立っていた。



「ウソップ・・・お前、そいつの顔を描いたんだな? でなきゃ、お前が知ってる筈がねェ。」
「ま、まぁな。けど、お前どうするつもりだよ?」
「決まってんだろ、探し出して海に沈めんだよ。」

その様子が尋常でない事を察したウソップ。
彼はすぐに後ろの棚に置いてあるバックから小さめのスケッチブックとペンを取り出し
サンジを宥める様に言葉を続けた。

「わ、分かった・・・分かったから、一先ず座ろうサンジ君。
そいつの顔なら今描きますから。な?な?」

「・・・。」

そんなウソップを察したのか無言で改めて腰掛けると、タバコを取り出すサンジ。



その彼を目にしたまま続いたのはロビンだった。



「ねぇ、バーテンさん。」
「・・・?」

「今の銃の話もそうだけれど
そもそも何故あの娘がそんな目に遭わなければならなかったの?
貴方は知ってるのよね? それに貴方達も。」

彼女はそのまま顔を上げたサンジや自分を見ているルフィ
・・・スケッチブックへと描き始めているウソップへ視線を送る。

その彼女に続いたのは顔を合わせたルフィだった。



「あぁ。そん時ナミは殺人事件の第一発見者だったんだよ。
あいつが誘拐されたんは犯人を見てたからみてェなんだけどさ。」

「そうだったの・・・。」
「けどなぁ・・・そうなると、分からねェ事だらけなんだよ。」
「え? どういう事、探偵君?」

「どういう事ですか、ルフィさん?」
「なにが分からないの?ルフィお兄ちゃん。」

彼はそのままゾロの様に眉を寄せ、ロビンの後にはビビとシェリーが続く。



「その犯人はナミの近くで銃を使って死んでたんだよ。
だから何でナミが見つけたヤツを殺した上に、自殺したか分かってねェんだ。
それに、ナミが撃たれてたのはあの時も分かってたけどよ
あいつに見られたと思って誘拐したんなら殺すだろうし
チョッパーの言う様な回りくどい撃ち方なんかする必要は無かった筈だ。」



「お、おぉ。確かにそうだぞ。」
「そうだね・・・。」

そして聞き終えたチョッパーは小さく頷き
ベルメールは複雑そうに小さく呟いた。



「そうね・・・そう聞くと確かに分からない事だらけだわ。」
「だろ?」

それから改めて、ルフィはロビンと顔を合わせる。
その2人に続いたのはビビだった。



「そうだ、ルフィさん。その殺された人や犯人に共通してた事って無かったんですか?」
「おぉ、あるぞ。どっちもネロのヤツだったって事は共通してたな。」

「えええええ!?」

すると、途端にビビの高い声が店内に響く。

「そ、それ・・・それじゃナミさんはマフィアに誘拐されたって事じゃないですか!!!」

「あぁ。だからナミが思い出したヤツもネロのヤツな可能性がある。
しかも、そいつがナミを撃った上に犯人を殺した可能性もあるって事だな。
まぁ・・・銃からは犯人の指紋しか出なかったし
見つかった銃弾や死体の銃創も一致してたから他の銃は使われてねェしで
そこも分かんねェんだけどよ・・・。」



「・・・ホントに分からない事だらけですね。」
「そうなんだよな〜。」

そうしてルフィは頭の後ろで腕を組むと眉を寄せる。



・・・その直後に気付いた顔を見せ、組んだばかりの腕を戻しながら振り向いた相手はサンジだった。



「なぁなぁ、サンジ。」
「あ?」
「お前あん時、ネロでどうこうって言ってなかったか?」
「どうこうって、お前・・・それを言うならイザコザか?」
「おぉ!それだぞ、それ!」

「それなら、ナミさんとは関係ねェだろ。
あの時死んだのは末端のヤツらしいし
俺があの時に聞いたのは、確か幹部連中のイザコザだった筈だからな。」



「お?それって誰が言ってたんだ?」
「ウチの常連客だ。」
「そっか、サンジの店にはマフィアのヤツも来てるんだったな。」
「あぁ。」

すると2人の後にはチョッパーが続き、サンジは吸い終えたタバコを灰皿へと落とす。



「いよぉし、出来た!」



ウソップの声が響いたのはその時。
彼はカウンター奥から店内の方へと移動すると得意気な顔を見せ
そのままサンジ達のテーブル席の前へと立つ。

その動きに合わせる様にカウンター側にいるルフィ・ビビ・チョッパー・ベルメールも移動し
全員が全員、テーブル上にウソップが置いたスケッチブックを目にした。



「・・・!!!」



「この人が、あの娘が思い出した人なの、長鼻クン?」
「あぁ。あいつはこの似顔絵の奴だって言ってた。」

「ふつうのお兄さんだね、ウソップお兄ちゃん。」
「あぁ、まぁ・・・顔はそうだな。」



そのスケッチブックに描かれていたのはザムの似顔絵
・・・それに何も言えず、目を見開き驚いていたのは、他ならぬサンジだった。



「サンジ? どうしたんだ?」
「いや・・・別に・・・。」
「お?」

明らかに動揺が見られるサンジのその様子に
チョッパーだけでなく他の皆も首を傾げ、それぞれがそれぞれ顔を合わせる。



「とにかーくっ! こいつがあの時のナミに関わってる事は間違いねェ!」
「そうですね。」

その中、高らかに声を上げたのはウソップで、ビビが後に続いた。

「殺されたのがネロの末端という事は
あの娘はその末端同士の諍いで起こった殺しを見てしまったという事なのかしら・・・?」

「おぉ!そうかも知れないぞ、ロビン!」

それから顔を合わせあったのはロビンとチョッパー。



「まぁ、警察はそう判断したんだけどよ〜。だとしたら、こいつはどうなるんだ?」

「そうだね・・・もしそうなら、こいつの説明が付かなくなるね。
それに、あの子がチョッパーの言う撃たれ方をされたのも分からないままだしね。」

「・・・。」
「・・・。」

その後にはルフィとベルメールが続き、サンジは何も言わず似顔絵をまるで睨む様に見ている。
そしてシェリーは、そんなサンジを心配そうに見つめていた。



「おおおおお!?」



そこへ鳴り響いたのが、ゲームの着信音。
それはチョッパーの携帯からのもので
彼は慌てて取り出すと、すぐにメモリを目にした。



「び・・・ビックリした〜〜〜。何だ、ゾロか。」
「ゾロお兄ちゃん?」
「あぁ。今は仕事に行ってるんだ。」

聞いてきたシェリーに一言そう言い、電話に出たチョッパー。
その様子が段々と変わっていったのは、直後の事だった。



「もしもし?何だ、どしたんだ? ・・・え? それならレーンにいるぞ?
おおおおお!? ナミが!? ・・・おおお!? ジャクスン港!?
わ、分かった・・・とにかくそのままこっちへ戻って来てくれ!
道は分かるよな?・・・わ、分かったぞ。
とにかく、あんまり揺らさない様に運転してくるんだぞ!」



電話の最中も終えた後も慌てた様子のチョッパー。
彼は携帯を仕舞うと顔を上げ、全員と顔を合わせた。



「ナミが・・・ナミが急に倒れたって、ゾロが・・・!」



「え!? ホントなのトニー君!?」
「う、うん・・・。」



「ナミさんが!?」
「おい、ホントかよ、チョッパー!?」

「うん。それに何でか分からないけど、仕事の筈のゾロもナミのトコにいたんだ。」



「え? おしごとじゃなかったの、ゾロお兄ちゃん?」
「どういう事なのかしら?」

「分からない・・・けど、ゾロも慌ててて・・・。
とにかく、こっちにすぐ戻ってくるぞ。道も何とか分かるって言ってた。」



「まぁ、ゾロの事だから迷ったら電話寄越すと思うけど
・・・けど、あの子が急に倒れたってどういう事だい、チョッパー?」

「分からない・・・ゾロは急に倒れたって言ってただけなんだ。」



「変だな・・・レクター市警に行くって昨日ナミは言ってたんだぞ?
それがジャクスン港にいるって、どういう事だ?」

「お・・・おぉ。ナミは昨夜、俺にもレクター市警に行くって言ってたぞ。
一体どうなってるんだ・・・?」



そうして顔を合わせたまま全員が首を傾げる。
先程の重い空気とは別の静かな空気がレーンに広がったのはこの直後だった。



                        ☆



「此処が・・・あたしが誘拐されてた場所・・・。」



チョッパーがゾロからの電話に出る前
・・・時間は戻り、ナミが見上げているのはジャクスン港内にある第2倉庫。

此処はレクター市の外れにあり、全部で20の倉庫からなる広敷地の倉庫街で
彼女がタクシーで着いたのはレクター市警を出て約15分後。
しかし肝心のこの第2倉庫は、当然と言うべきかシャッターが降ろされていた。



「まぁ・・・普通、入れないと言えば入れない、か。」



その降ろされてるシャッターを前に小さく溜息をつくナミ。

「ん?」

それから彼女の視界に入って来たのは、蓮向かいの第7倉庫。

「あ、開いてる。」

建設業者が出入りを繰り返しているこの第7倉庫には木材が運び込まれており
彼女はすぐに向かうと、倉庫内へと入りゆっくりと見渡した。



(あ・・・確かにルティナ市のあの工場と似てる。
似た状況だったから思い出したってチョッパーが言ってたのはホントかも。)

倉庫内がルティナ市での工場と似た様相な事に気付いたナミは、改めて倉庫内を見渡す。
そこへ聞こえて来たのは男性の声だった。



「何やってんだ姉ちゃん、こんなトコで。」
「え?」

振り返った彼女が目にしたのはフォークリフトに乗っている細身の男性。
彼はナミと顔を合わせるとヘルメットを少し上げ
白色に近い銀髪の髪と、何処か生気の抜けた様な細い切れ長の目を覘かせた。



「危ねェだろ、姉ちゃん。こんなトコにいねェで、帰った・帰った。」
「あ、あの。ちょっと聞きたい事があるんですけど。」
「あぁ? 何だ?」
「他の倉庫の中もこうなってるんですか?」

「あぁ・・・中に入ってるモンは業者事に違う筈だが、倉庫自体は此処と同じだ。」
「ホントですか?」
「あぁ。分かったら、怪我しねェ内にさっさと帰んな。」

そうして男性はそのままフォークリフトを動かし一旦木材を置くと
倉庫を出て行く際にナミをチラリと見て、そのまま仕事の方へと戻って行く。

それを見送ったナミは、彼の言う通り倉庫を後にはせず
改めて見渡しながら更に倉庫内へと進んで行った。



「うーん・・・やっぱ思い出さないか。」





「当たり前だ。来た所でそう簡単に思い出す訳ねェだろが。」





「そうよね〜。って、え!?」

もう一度聞こえて来たのは先程とは違い聞き覚えのある声。
その声に気付いたナミが目にした相手は、仕事に行っている筈のゾロだった。



「ゾロ・・・あんた、何で・・・。」
「・・・。」

そして驚いた顔をしたナミの前に立つと、ゾロは鋭い目で彼女を見る。

「お前とチョッパーの様子が昨夜変だったんでな
・・・仕事は昨日終わったが黙ってた。
俺に黙って何してるかと思えば・・・くだらねェ事やってんじゃねェよ。
お前があの時の事を思い出す必要は何処にもねェんだ。」

「それは皆にも言われ・・・え!?
あ、あんた・・・まさか皆から聞いたの!?」

「あ? あいつ等に聞かなくても分かるに決まってんだろが。
レクター市警でこの場所を聞いて此処に来たって事だろ。」

「う・・・。」

そんな彼を前に、ナミは言葉を詰まらせてしまった。



「あ、あんた・・・最初から尾けてたわね。」

「まぁな。レクター市警にお前が行った時点で、思い出そうしてるのは気付いたさ。
それに、お前・・・あの時、何か思い出してたろ?」

「あの時?」
「惚けんな、ルティナ市へ行った時だ。何を思い出した?」



「ちょっとね・・・人を思い出したのよ。
それでシャンクスさんにも聞いて此処に来たって訳。
誘拐された時、あたしは向こうの第2倉庫にいたんだってね。」

「・・・。」

「此処に来ればその人やあの時の事も思い出すかな〜、とも思ったけど
やっぱ、あんたの言う通り思い出さなかった。
まぁ・・・これ以上調べようもないし、その人の事は諦めるわ。」



「・・・で? どんな奴なんだよ、そいつは。」
「秘密。」
「って、即答かよ!!!」

それからナミは、意地悪に・・・そして可愛らしく、ゾロへ向けて舌を出す。

「だって、言ったらどうせあんたが調べるんでしょ?
あんたはあたしと違って、あの時の事は知ってるんだもの。」

「当たり前だろ。」
「だからダメ。」
「あぁ!?」

(だって、あの似顔絵の人はネロにいる人かも知れないもの
・・・ゾロが調べて危ない目に遭うのは御免だわ。)



「あ? 何か言ったか?」

「うぅん、別に。とにかく、あの時の事はもう調べないから安心して。
調べようにも、もう調べる術も無いしね。
あぁ、そう言えば・・・その人ね、あんたより格好いいかも?」

「何だそりゃ・・・。」
「へへ〜v」



そうして次にゾロへ笑顔を向けるナミ。
呆れた顔を見せたゾロだったが、彼はそのままナミの頭へと手を置き、少し乱暴に撫でた。



「ゾロ・・・?」

「分かった・・・お前がもう調べないってんなら、俺ももう何も言わねェ。
その代わり絶対だぞ、いいな。」

「うん。」



ナミはそのまま笑顔を見せ、ゾロもまたそんな彼女へ笑みを向ける。



「じゃぁ、さっさと帰るぞ。」
「あ、ねぇ・・・どうせならお昼食べていかない? 勿論ゾロの奢りで。」
「あぁ!?」
「だって、もうすぐお昼よ。」
「ったく、しゃぁねェな・・・。」
「何よ、たまにはいいじゃない。」



それから先に外へと歩き始めたゾロ
・・・しかしナミはそのゾロの後ろ姿を見た瞬間、彼同様に歩き始めた足を止めてしまった。





───── 随分楽しい事をしてるな。俺も混ぜて貰おうか。─────





(え!?)



それは逆光でゾロが影の様に見えた瞬間。

「っ・・・。」

彼女は声を思い出すと同時に痛みを感じ頭を押さえると、そのまま座り込んでしまう。



「・・・?」

そして彼女の声に気付いたゾロはすぐに振り返ったのだが
この時のナミは、明らかに怯えた様子でゾロを見ていた。



「ナミ・・・?」
「・・・ぁ・・・ぁ・・・。」



更に彼女はゾロと顔を合わせるとますます怯え、座ったまま少し後ずさっていく。



「・・・!?」



その様子に驚き目を見開いたゾロは、すぐにナミの前へと屈むと彼女の両肩へ手を置いた。

「おい、ナミ!!! ナミ!!!」
「・・・。」

しかし彼女は口元を小さく動かすだけで、そこからの声が出ていない。



「・・・!!!」



その様子に気付いたゾロは、反射的に彼女を抱きしめた。



「ナミ、大丈夫だ! 俺だ!!! 分かるか!?」
「・・・ゾ・・・ロ・・・。」

すぐに聞こえた彼女の声に安堵し、改めてゾロはナミを見下ろす。
ところが彼女は、この時既に気を失っていた。



「くそ・・・ッ!」



そのナミを見た直後、ゾロは一旦彼女を左肩の辺りで支えたまま携帯を取り出す。
電話の相手であるチョッパーはこの時、レーンで着信音に驚いていた。



『もしもし?何だ、どしたんだ? ・・・え? それならレーンにいるぞ?
おおおおお!? ナミが!? ・・・おおお!? ジャクスン港!?
わ、分かった・・・とにかくそのままこっちへ戻って来てくれ!
道は分かるよな?・・・わ、分かったぞ。
とにかく、あんまり揺らさない様に運転してくるんだぞ!』



徐々に慌てた声になったチョッパーとの電話を終えると携帯をしまうゾロ。
それから彼はそのままの状態でナミを見下ろした。



(一体何がどうしたってんだ・・・まるで別の誰かを見てた様な・・・。
まさか・・・思い出しちまったのか!?)

そしてそれはナミの様子からも容易に想像ができ
ゾロは気を失ったままのナミの髪を2・3度撫でると、再び今度はゆっくりと抱きしめる。



(お前が思い出す必要はねェんだ、ナミ・・・。)



「ん・・・。」
「・・・!?」



そのナミの身体がピクリと動いたのはその時。



「ナミ! おい、大丈夫か!?」
「ぁ・・・。」



しかし彼女の状態はまだ変わっていないらしく
ナミは覗き込む様に見下ろしているゾロと顔を合わせると、先程と同じく怯えた様子を見せ
今度はそれと同時に、明らかに違う縋る様子をゾロへと見せた。



「て・・・。」
「・・・!?」





「たす・・・け・・・て・・・。」





消え入りそうな中、それでもゾロにしっかりと聞き取れたのは助けを請う声。
そうして直後、ナミは再び気を失ってしまうのだった。



                           ☆



「チョッパー、ナミはどうだい?」
「まだ目は覚めてないぞ、店長。部屋にはゾロがついてる。」
「そうか・・・。」



ナミが気を失ってから既に数時間が過ぎ、外はしっかりと暗さを覘かせている中
チョッパーが見上げているのは店を閉めて戻ったベルメール。

彼だけでなく全員が今ベルメールの自宅におり
ゾロは彼の言う通りナミの部屋にいる為ここにはおらず
ナミが気を失ってから数時間・・・リビングではやっと落ち着きを取り戻していた。



「トニー君・・・本当にナミさんは大丈夫なのよね?」

そうしてチョッパーに聞いたビビは、その表情に不安も覘かせている。
その彼女を前に、チョッパーはすぐ言葉を続けた。

「うん・・・昼頃からずっと目を覚ましてないから、まだ完全に安心出来ないけど
病院の検査で脳に障害が無いのは確かめたから、何とか大丈夫だぞ。」


「良かった・・・。」

それからすぐに安心した表情を見せるビビ。
そして彼女の後にはルフィとウソップが続いた。



「なぁ、チョッパー・・・ちょっと前のゾロの話がどういう事か分かるか?
あいつの話で、何で2人がジャクスン港にいたのかは分かったけどよ・・・。」

「あぁ・・・そういやゾロの奴、自分を見てる様に見えなかったとか何とか・・・。」

そんな2人を次に見ると、小さく頷くチョッパー。

「多分ナミは、ジャクスン港に行った事や
ゾロの動作を見た事でフラッシュバックを起こしたんだ。」

「ふらっしゅばっく?」
「どういう事なのかしら?」

彼は次にシェリーとロビンを見ると、そのまま言葉を続けた。



「誘拐された時にナミが見てた誰かの動作を、ゾロは全く同じにしてたんだと思う。
その事で誘拐された時と条件が一致して、一気にその時の記憶が押し寄せたんだ。
けど、脳の中でその処理が追いつかなくてパニックを起こしたみたいになったり
脳が整理する為に、睡眠と似た状態になったんだと思うぞ。」

「それがフラッシュバック・・・あの子が気を失ったのは、そういう事なんだね?」
「うん・・・ナミがまだ目を覚まさないのも、多分まだ脳が整理してるんだと思う。」



そうして改めてベルメールを見るチョッパー。
その彼に続いたのは窓際に立つサンジだった。



「つまりナミさんを撃った奴が、クソマリモと同じ動きをしてたって事か。」
「お、おぉ。その可能性は高いと思うけど・・・。」
「・・・。」

そこには多少の怒気が含まれており、そのサンジの様子に驚くチョッパー。



「・・・。」

それとは逆に、そんなサンジを心配顔で見ていたのはシェリー。
彼女は何も言わずサンジの隣に立つと、彼の右腕を小さな手で握りそのままの顔で見上げ
そんな彼女に気付いたサンジは、すぐに笑みを向けると彼女の頭を優しく撫でた。



「じゃぁ結局、あいつは思い出しちまったって事か・・・。」
「うん・・・その可能性は高いと思う。」


それから続いたのはウソップで、彼はそのままチョッパーと共に呟く。



「まぁ、取り敢えずは安心って訳だね。
あの子もまだ起きそうにはないし、皆もお腹空いたろ?
ひとまず夕飯にするから、ウソップとビビは手伝っておくれ。」

「ん、分かった。」
「はい。」



「やたー!!! メシー!!!」

「ル、ルフィ・・・。」
「あらあら。」

そうしてベルメールの夕飯という言葉に喜ぶルフィ。
そんな彼にチョッパーは声を引きつらせ、ロビンは何処か楽しそうに呟く。





そしてこの時から更に数時間。
夕飯を済ませ暫く過った頃、サンジだけがベルメールの家を後にし
勤め先であるジュールへやって来ていた。





「よぉ。」
「何だ・・・今日は休みじゃなかったのか?」



彼が店内へ入り真っ先に見つけたのは銀髪の髪。

その髪をしたザムの後ろに立つとサンジはすぐに声を掛け
声を掛けられたザムもまた、振り向く事なくサンジへと声を掛ける。



「あぁ、ちょいとヤボ用でな。」

そうしてサンジはザムの隣へと腰掛けすぐに携帯を取り出すと
その中にあるナミとの画像を出し、携帯をザムの前へと置いた。

「何だ、急に? これなら前に見せて貰ってるが?」
「お前・・・ナミさんに会ってるな?」
「・・・!?」



そこでやっと顔を合わせた2人。
サンジは鋭い視線を含めた表情で・・・ザムは驚いた顔を互いにしていた。



「あの時・・・1年前、何があった・・・?」
「何・・・?」

「ナミさんはお前達の組織に誘拐された時の記憶を無くしてたんだよ。
完全に記憶を無くして、誘拐されたって事しか覚えてなかった。」

「記憶が・・・?」

「あぁ。ところが今になって思い出したのがお前の顔だったんだよ、ザム。
おまけに俺の知ってる医者の話じゃ、ナミさんは拷問されたみてェに撃たれたって事らしい
・・・撃ったのはお前か?」



その瞬間、サンジの声は更に低音になり、ザムを見る瞳の色も深さを増す。



「それはつまり、お前の周りにいる奴等も俺を知ったって事か?」
「まぁな。けど知ってんのはお前の顔だけだ。俺は何も話ちゃいねェ。」
「話してない・・・?」

「あぁ。客の話は他人にしねェのがこの世界の常識だ。
それに俺が話して、あいつらを態々危険に晒す訳にもいかねェ。
今だって、仕事だって言って此処に来たしな。」

「・・・。」



「その代わり、俺には話せ。ナミさんを撃ったのはお前か?」
「いや・・・このゾロの女を撃ったのは俺じゃない。」
「・・・本当だろうな?」
「あぁ。俺がこの子に会った時には撃たれてた。」

すると今度は、彼の方が驚いた顔をザムへと向けた。

「じゃぁ、何か? ナミさんが殺される前に助けたのはお前なのか?」
「まぁ、結果そうなったと言うのが正しいな。」
「はぁ!?」



「お前もあの時、ウチの組織がごたついてたのは知ってるだろう?」
「あぁ。確か幹部連中のイザコザだったんだろ?」

「まぁ、そんなトコだ。この子はそれを知らずに巻き込まれた形だな。
悪い事をしたとは思ってるさ。」

「・・・ホントにそう思ってんのか、お前?」
「まぁな。」

それからザムは手元においてあるカクテルを一気に飲み干す。



「俺はあの時、お前の言う幹部連中の方に用があってな
・・・そいつのいた場所にこの子がいたってだけだ。」

「あぁ!? ちょっと待て・・・あの時ナミさんを誘拐したのは末端の奴な筈だろ?
そいつ等の諍いで起こった殺しをナミさんが見ちまったから
あの時死んでた奴はナミさんを誘拐したんじゃねェのか?」

「まぁ、表向きはそうなってたな。」
「おいコラ・・・。」

その彼を見たサンジは、途端に眉を寄せた。



「まぁ、あの時の事はこっちもカタがついてるし、警察だって自殺で片付けてる
・・・俺がこの子を撃ってないって事で終わらせるんだな。」

「お前なァ・・・。」

「それに、この子は殆ど知らないだろうしな
・・・思い出された所で、こっちはどうもしないさ。」

「はぁ!? 訳分かんねェぞ、お前。」
「まぁ、そうだろうな。」
「・・・。」

それからすぐ、あしらわれる様に言われ憮然とした顔を見せるサンジ。



「ハッキリお前に言えるのは
あの時、この子のお陰で組織が救われたって事だけだ。」



「ますます訳分かんねェ・・・。」
「要するに、お前が俺の事を話さなけりゃ、丸く収まるって事だ。」
「あぁ、そうかよ・・・。」
「何だ、その不満そうな顔は。客の事は話さないんじゃなかったか?」
「ぐっ・・・そりゃそうだけどよ・・・。」

彼はそのまま憮然とした顔を見せ
その様子を愉しげに見ているザムは、右の口端を上げサンジに笑ってみせる。



「・・・!?」
「・・・?」



テーブル上に置いたまま、時折ザムが見ていたサンジの携帯が鳴ったのはこの時。
手にしたサンジが見たメモリに表示されていたのはロビンの名前で
彼はそのまますぐに電話へ出た。



「はい。」
『もしもし?お兄ちゃん?』
「・・・シェリーちゃん?」

しかし電話先から聞こえて来たのはシェリーの声で
彼女の声は少し弾んだ様な声をしていた。



『あのねお兄ちゃん、ナミお姉ちゃんがおきたの!』
「ナミさんが!?」
『うん! おしごともう終わる?』
「あぁ。すぐそっちに戻るから。」
『うん、分かった!すぐに来てね!』



そうして電話を終えると、席を立つサンジ。

「どうした?」

「ナミさんが目を覚ましたんだよ。
お前を思い出した所為で脳に影響が出たとかで、ずっと眠っちまってたんだ。」

「そうか・・・。」

彼はその後すぐ、改めてザムと顔を合わせた。



「ナミさんが殆ど知らないってのはホントだな?」
「多分な。」
「多分?」
「俺が会うまでに何もなかったらの話だ。」
「・・・。」



そんな彼を訝しげに見下ろしたサンジがジュールを後にし
ベルメールの自宅へと戻ったのはすぐの事。





ナミの部屋には全員が集まっており
サンジが最後に彼女の部屋へと入った形になった。





「ナミさん、大丈夫か!?」
「サンジ君・・・。ありがと、もう大丈夫。」

そんな彼にナミが笑みを見せたのはそれからすぐで
彼女はベッドで身体を起こしている状態になっている。



「お姉ちゃん、ホントに大丈夫?」
「うん。もう大丈夫よ、シェリー。」

そうして彼女はシェリーへと笑みを見せると
手にしていたウソップのスケッチブックを開いた。



「あたしね、やっと思い出したの。この人の事や他の事。あの時の事全部。
ゴメンね、ゾロ・・・思い出しちゃった。」

「ナミ・・・。」

そして次にナミが見た相手はゾロ。
彼女はそのまま、改めてスケッチブックへと視線を落とした。



「この人ね・・・あたしが誘拐された時にその場所へ来たの。」
「・・・来た?最初からいたんじゃないのか、ナミ?」
「うぅん、確かにその人は来てたわ。」

それからチョッパーへ視線を移すと言葉を続けるナミ。



「それに、その時あたしに謝ってたの。『すまなかったな』って・・・。」

「謝ってた?」
「ホントですか、ナミさん!?」

「うん。」

チョッパーの後にはルフィとビビが続き
2人へ頷いたナミがそのまま見た相手はベルメールとウソップ。



「あたしの傷・・・小さい時に出来た傷じゃなかったんだね、お母さん。」
「ナミ・・・。」

「お前、まさか・・・そこまで思い出しちまったのか!?」
「うん。」

彼はそれを聞くとすぐに驚き、後にはロビンが続いた。



「もし良かったら、話して貰ってもいいかしら?
その時の貴方に何があったのか。
もしかしたら、今になって分かる事があるかも知れないわ。」



そして、その言葉に全員がロビンを目にする。



「貴方が思い出した、その誘拐された時の事
それに貴方達がその時に知った事・・・繋げたら何かが見えてくるんじゃなくて?」

彼女はそう言うとそんな全員を目にし
もう一度ナミを見ると、優しく微笑み掛けた。





「・・・。」





そんなロビンと顔を合わせると、力強い瞳で頷くナミ。





───── 彼女が失くしていた1年前の記憶
───── その全ての始まりは、ゾロが受けた人探しの依頼だった。





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