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みづき様






「ナミ。ナーミ。」
「ん?」



遡る事1年前・・・場所はクラフ・シニアハイスクール内にある2−Cの教室。
授業が終わり帰り支度を始めているナミの所へ聞こえて来たのは、聞いて知ったる声で
この日・この時、彼女はその声の主を見上げていた。



「何? どしたの、マナ?」
「ねぇねぇ、ちょっと気になったんだけどさ、その後どーなってる?」
「は?」

そこに立っていたのは、このクラスになって親しくなったクラスメイトのマナ。
彼女は好奇心に満ちた顔で聞くとすぐ、可愛らしい笑みをナミへと向けた。

「何よ、いきなり。」

「だから、お母さんのお店の隣にやって来たっていう探偵さんよ。
3ヶ月前だっけ? ひょっこりやって来たんでしょ?」

「あぁ・・・アイツなら、それなりに仕事やってるみたいだけど?
アイツにはホントに迷惑してるわ。」

「ほえ?何で?」

「だってアイツ、片付けるって事知らないんだもん。
散らかし放題でロクに片付けてないのよ。
しかも事務所だけじゃなくて、家の方も散らかってるって言うし
片付ける様に言ったら、『お前、頼むな』って一方的に言うじゃない?
それから成り行きで時々掃除する事になっちゃって、ホント迷惑だわ。」

「い、いつの間にそこまで進んでたんですか、ナミさん・・・。」
「え? 何?」
「いえ、何でも。」

それを聞いたマナは多少顔を引きつらせた後に、小さく左右に頭を振る。



「お母さんもね〜。世話好きだから放っておけないみたいで
時々夕飯作ってあたしに持って行かせるのよ。
それで持って行っても『あぁ』とか『悪ィな』位しか言わないし、何なの?って感じ。」

「でも、そうやって探偵さんとは会ってる訳だ。」
「うん・・・まぁね。けど、どうして?」

そうして見上げるナミを前に、マナは続く。

「だってさ、ナミったら学校の男連中に告られても断ってるじゃない?
一昨日も断ってたし。これで2年になってから6人目だっけ?
それを見てきたあたしとしては、その探偵さんが気になってた訳よ。
断ってるのも、探偵さんの事が気になってるからだと思ってさ。」

「あのねぇ・・・アイツはそんなんじゃないってば。
それに、断ってるのは良く知らない人達だからよ。」

「そう!そこなのよ、ナミ!」
「はい?」

するとマナは急に語気を強め、ナミは少し驚いてしまう。



「告ってきたのは知らない人達でも、探偵さんの事は3ヶ月前から知ってるんだから
それをもっと活かして、自分を探偵さんにアピールしなきゃ!」

「あ、アピール!?」

「そうよ。ナミは注目されてるのに異性に疎いし、押しが弱いんだから
もっと自分をアピールして、探偵さんとのチャンスを最大限に活かさないと!」

「はい!?」

「もし何かあったら、あたしが何でも聞いてあげるから。頑張るのよ、ナミ!」
「あのぉ〜。もしもし?」

それからほぼ一方的にマナは捲くし立て、何も言えなくなってしまうナミ。



「じゃぁ あたし、部活行くから。ナミも早く戻って探偵さんの事頑張って!」
「はぁ・・・。」

彼女はそのまま肩をポンと叩かれ空返事をした後、教室を出て行くマナを見送るしか出来なかった。

(頑張ってって言われても、どうにもならないんですけど・・・。)





そうしてナミが学校から戻り、レーンへと顔を出したのは約20分後。
店ではこの日バイトであるウソップが、ベルメールと共にカウンター奥から彼女を出迎えた。





「ただいま〜。」

「おぉ、戻ったか。」
「あぁ お帰り、ナミ。丁度良かった。」

「え? 何、お母さん?」

ウソップの後に続いたベルメールはそのままナミへ声を掛けると、彼女を手招きで促す。



「悪いんだけど、このコーヒーをゾロの所へ持って行ってくれるかい?」
「え? 隣に?」

それからベルメールがカウンターへ置いたのは、2つのコーヒーカップ。
中にはブラックが入れられており、それを一旦目にしたナミは、改めて母親を目にした。

「今、丁度クライアントが来ててね。何でも缶コーヒーを切らしちゃったらしいんだよ。」
「え? でも、この間掃除しに行った時はまだあったけど?」
「あぁ それなら、自分で仕事をしながら飲んじゃったらしくてね。」
「ふーん・・・。」

「悪いけど頼めるかい?」
「オッケー。じゃぁ 置いてくる。」



ナミはそう言うとすぐにカバンをカウンター端へと置き
コーヒーカップをトレイへ乗せると、一旦レーンを後にする。



「こんにちは〜。あの〜、コーヒーをお持ちしました〜。」



そして向かった、お隣である探偵事務所。
中に入った彼女が目にしたのは、テーブルを挟んだソファーに座るゾロと
もう一人・・・彼の向かいに座る、ナミと似た髪形をした黒髪の青年だった。



「あぁ 悪ィ。」
「・・・。」



声に気付いたのか青年もナミと顔を合わせ、互いに会釈をすると
ナミはそのまま2人の前にコーヒーカップを置く。



(ん?)



丁度その時目に入ったのは、テーブルの中央に置かれている2人の男性が写った写真。
一人は目の前にいるこの青年・・・もう一人は、短髪で茶色い髪をした細目の青年で
ナミが目にした限り、2人は同年齢に見て取れた。



「飲み終わったら片付けるから、店に声掛けて。」
「あぁ。」

しかしゾロが仕事中とあり、勿論気付いた事には触れず
一言だけそう言うと再び青年に会釈をして、事務所を後にするナミ。

ゾロが前に座る青年へと話を切り出したのは、そんな彼女を確かめた後だった。



「では 依頼内容は、この人の捜索でいいですね?」

そう言ってゾロが指を置いたのは、たった今ナミが目にした、写真の中の短髪の青年。

「はい。お願いします。どうしても連絡が取れないんです。
リンの奴、急に大学も休むって言うし、暫く会えないって言うし・・・。」



「確か、ラトさんでしたね。その連絡があったのはいつですか?」
「1週間位前です。それから全く携帯も繋がらないし、家にも戻ってないみたいで・・・。」
「そうですか。」

そうしてゆっくりとした口調で続けると、ゾロは少し眉を寄せる。

「それにあいつ、最近ヤバい奴等と付き合い始めてたみたいなんですけど
俺が幾ら聞いても話してくれなかったんです。それで・・・。」

「・・・1週間前から急に行方が分からなくなった。」
「はい。」



彼の前に座るラトは深刻な表情をしたまま頷き
ゾロもまた、眉を寄せたまま表情を崩していない。



「アイツの両親が捜索願を出してはいるんですけど、警察は全然分からないみたいで・・・。
それでロロノアさんにお願いしようと思ったんです。」

「そうですか。」

それから暫く、考える仕草を見せたゾロ。



「分かりました・・・5日間だけお受けします。
それで何か手掛かりが掴めれば、捜索の日数を延ばしましょう。」

「ホントですか!?」

「えぇ。その代わり間違っても、自分では探さないで下さい。
何か分かれば必ず連絡を入れますから。」

「はい。ありがとう御座います。」



彼はそれから、ナミが持って来てくれたコーヒーを飲みつつ更に詳しい商談をすると
同じくコーヒーを飲みながら商談を終えたラトを見送る。



(ヤバい奴等か・・・。まさかとは思うが、顔も利く様になったし調べてみるか・・・。
奴等は最近、慌しいって話だからな・・・。)



そしてレーンへと声を掛け、ウソップがコーヒーカップを下げた後に事務所の鍵を掛けたゾロ。
彼はそのまま、リンという青年の捜索へと乗り出したのだった。



                        ☆



「んあ? 人探し?」
「うん。テーブルの上に写真が置かれてたの。だから多分、そうだと思うんだ。」
「ふーん・・・。」



ゾロが事務所を後にしてから数時間が過ぎ、外は既に暗くなった中
閉店後のレーンにやって来ていたのは、ウソップの誘いでやって来たルフィ。

閉店後の店内で夕飯となった為、ナミも改めて自宅からレーンへとやって来ており
カウンターには、ナミ・ルフィ・ウソップが腰掛け
ルフィとウソップは先にパスタを食べ始めている。



「一人はクライアントが写ってたから
もう一人の短髪の人を探す事になったんじゃないかな〜?」

「成程ね〜。けど珍しいじゃないか、ナミ。」
「え?」

そのパスタを振舞ったのはベルメール。
彼女は最後にナミの前へパスタを置くと自分も腰掛け、同じくパスタを自分の前へと置いた。



「ルフィが事件の事を話すと嫌がるクセに、自分から話すなんてさ。」
「え?」

「案外、ゾロが気になってるんじゃないのかい?」
「・・・。」

突然母親にそう言われると、ナミは一瞬動きを止めた後に慌てた様子を見せる。



「な、何言ってるのよ、お母さん・・・! そ、そんな訳ないでしょ・・・!
あたしに掃除させるあんな勝手な奴なんか、き、気になってる訳ないじゃない!」



「めちゃめちゃ動揺してるな。」
「おぉ。ドーヨーしてるな。」
「間違いないね。」

「だから、そんな訳ないってば!!!」



更に慌てた様子を見せるナミを怪しむ、ウソップ・ルフィ・ベルメール。
ナミはそれ以上は何も言わず頬を赤くしたまま、無言でパスタを口にし始めた。



「まぁ ナミがゾロを気にしてるのはいいとしてだ。」
「いいのかよ!」

そんな彼女の隣では、たった今の事など気にする事無くルフィが続き
すかさずウソップが手の甲をルフィへ『ビシッ』と向ける。



「その行方不明のヤツ、巻き込まれてねェといいけどな。」
「あ? どういうこったよ?」

それからルフィは一気にパスタを頬張ると、一旦飲み込んだ後に言葉を続けた。



「エースが昨日言ってたんだけどよ、どうも最近様子が変みたいなんだよ。」
「変って・・・何がよ?」
「ネロ。」

「ネロって・・・あのマフィアのひとつか!?」

「あぁ。何がどう変なのかは、エースも分かってねェけどな。
案外その行方不明のヤツが関わってたりしてな。」

「またお前は・・・何でもかんでも事件にすんじゃねェよ。」
「んあ? 行方不明になってるんだから、充分事件だろ。」
「まぁ そりゃそうだが・・・。」

「ゾロは今もそいつを探しに出てるんだろ?
家出してたとかだったら、それはそれでいいんだけどな。」

「・・・。」

ルフィのその言葉を聞いた途端、ナミはパスタを食べる手を一瞬止める。
それに気付いたのはベルメールだけだったが、彼女は何も言わなかった。



「まぁ どっちにしても、俺達にはサンジがいるからな。明日呼び出して聞いてみようぜ。」

「そりゃいいけどよ〜。あいつ、店の事はあんま話さねェだろ。
それにそういう事なら、エースかシャンクスが電話でもして聞いてるんじゃねェか?」

「だから、明日それをサンジに聞くんだよ。何を話したか聞くんだ。
んで、それで危ない様ならゾロを止め・・・ても無駄だろうから、俺達も手を貸そうぜ。」



すると次の瞬間、笑顔を向けるルフィを見たまま、ウソップの動きがピタリと止まる。



「ちょっと待て、ルフィ・・・俺達って、まさか俺も入ってるのか?」
「あぁ、バッチリ。」
「えぇ、そうでしょう・・・そうでしょうとも・・・。」

そして、そのまま笑顔で言うルフィを前に、ウソップは泣き顔になっていた。



「ナミ、お前はどうする?」
「うん・・・あたしも聞くわ。明日とにかく、サンジ君に聞いてみましょ。」
「おう。んじゃ、決まりだな。」

そうしてナミも一緒に聞く事になり、ニカッと笑ってみせるルフィ。
その彼の後に続いたのはベルメールだった。



「いいかい、ルフィ。サンジに聞くだけだからね。そっから先は首を突っ込むんじゃないよ。」
「えぇ〜。何でだよ〜!いいじゃんか〜!」

しかし途端にルフィは頬を膨らませ、その彼の頭には直後に大きなコブが出来る。
ベルメールが彼の頭に拳を振り下ろした為で、反射的にルフィは両手を頭へと乗せた。



「痛ェ〜〜〜!!!」
「ダメに決まってるだろ、どんな危ない目に遭うか分からないんだから。分かったね!?」
「けどよぉ〜。」

「分かったね!?」
「はい・・・。」





流石と言うべき迫力でベルメールは言い切り、何も言えなくなったルフィ。
そんな彼が夕飯を食べ終えたのは少ししての事で、そのままウソップと自宅へ戻って行く。





「ん? どうしたの、お母さん?」



その後ナミが奥の調理場で食器を洗い終えた時
彼女は母親が業務用冷蔵庫の前で訝しげな顔をしている事に気が付いた。



「時間があるから仕込みの準備をしようと思ったんだけど、材料が足らなくてね。」
「え? でも、仕込みは朝にしてるよね?」

「まぁ そうなんだけど、先に簡単な準備だけ出来たらと思ってね。
仕方ないから、材料を買って来るだけにしておくよ。」

「あ、じゃぁ あたしが買いに行って来る。お母さんは戻って休んでてよ。」
「それはいいけど・・・大丈夫かい?」
「大丈夫・大丈夫。そこのデパートだし、自転車で行くから。」
「そうかい? じゃぁ 気を付けて行くんだよ?」
「オッケー。」



そうしてナミが預かったのは、食材の書かれた簡単なメモとお金。

それから彼女は自宅へ一旦戻り、小さめのバックを用意した後
財布にお金を入れ携帯を手にすると、共にそのバックの中へ。



「じゃぁ 行ってるね。」
「ホントに気を付けるんだよ?」
「はーい。」



改めて店へ顔を出し、閉める準備をしている母親に声を掛けたナミは
自転車の鍵を外して籠にバックを入れた所で、リンの捜索から戻るゾロと居合わせた。



「何してるんだ、お前。」
「ん?」



その声に気付いたナミは、ゾロと顔を合わせると小さく笑みを見せる。



「あ、お疲れ様。今帰りなんだ?」
「いや・・・一旦戻っただけだ。お前こそ何してんだよ?」
「ちょっと食材の買い出しにね。」

「あ? この時間にか?」

「そこのデパートに行くだけ。23時までやってるから。
それに、買ってこないと仕込みが出来ないのよ。」

「・・・。」

それを聞くとゾロはすぐに不機嫌そうな顔になり
ナミもそんな彼の顔を見ると不思議に思う。



「何? どうしたの?」
「いや、別に・・・気を付けて行けよ。」
「うん・・・。」



そのままゾロはナミの横を通り抜け、事務所へと戻っていく。



(やっぱり変な奴。)



そんな彼を一旦振り返ったナミは気を取り直すと、自転車を走らせデパートへ。



「・・・。」



更にこの時ゾロも振り返り、彼女が見えなくなるまでその場に留まる。





─────── そして、ナミが記憶を失ってしまう発端は、このすれ違い。



─────── 彼女が記憶を失ってしまう全ての始まりが、このすれ違いだった。





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