耳掃除

roki 様




今年のチョッパーの誕生日には何を作ってやろうかと、サンジは頭を悩ませていた。
特にこの船には常に料理の材料を狙っている不届き者がいるのだ。その敵から食材を守りつつ、なおかつ普段の食事分以外にパーティーの為の食料を確保しなければならない。
まあそこら辺はこっちの腕次第だ。それにしてもこの船のエンゲル係数の高さは泣ける……。
とりあえず今日のおやつの用意をしようとキッチンに入ったサンジは、食堂の長いすに悠然と寝そべってナミに膝枕をしているチョッパーを見て顎を落っことした。
盛大な音を立てて落ちた顎に引っかかって、床に転がったぐらいだ。
しかも、あろうことがだ。
トナカイは耳掃除までさせている。
「う〜ん……うん、そこ。そこそこそこ」
「そこって何処よ」
ナミは苦笑しながらも何処か優しい顔で、獣の耳穴に突っ込んだ耳掻きをゆっくりと回した。
茶色い耳がくすぐったそうにパタパタと動く。
「うーん、いいなあ。ナミも上手くなったじゃない」

なに、それ。

転がった顎をやっとのことではめ直したサンジは、またもやそれを床に落とした。
何ですかソノ 随分前からヤラセテました的な言いッぷり  は。

「な、ナミさんっ!!」
「どうしたのサンジくん?」
ナミはいっそ不思議そうに小首を傾げてみせた。
「あ、もしかしておやつの準備に来たの?」
「え、えええ。まあそうですが、それはちょっと置いておいて」
「今日のおやつ何かしら?ねぇ、チョッパーは何が食べたい?」
「うーん、そうだなぁ。オレンジシャーベットはどうだ?」
「ええ?この寒いのに?」
「何ならナミちゃんでもいいぜ」
チョッパーはそう言うと、ヒヒヒと歯をむき出しにして笑い、ナミの可愛らしい膝小僧をくすぐった。
髪の生え際の産毛まで逆立てたサンジの前で、ナミは怒るどころかほんのり頬さえ染めて実をよじらせた。
「も〜う、止めてよ!くすぐったい」
そう言って、チョッパーの頭を軽くこづく。
「軽く」だ。
いつものように甲板まで折れよと言わんばかりの、頭の天辺から振り下ろされる豪腕ではない。
恋人の悪戯をたしなめるような、可愛らしい「こつん」だ。
チョッパーの首が未だに繋がっている事実が、サンジには信じられない。
だいたい何だよ、その親父まんまのシモネタは。
何やら恐ろしい事実が、目の前で容赦なく進行している。信じたくないような事実が、だ。
「…………な。ナミさん……?」
「なぁに、サンジくん?」
サンジを振り向くナミの顔には、何の照れも衒いもない。
まして、こちらをからかうような空気さえない。
当たり前の日常を、当たり前のように送っているがごとくだ。
喉が干上がったようにカラカラだ。
サンジはそれでも粘っこい口の中で、ごくりとつばを飲み込んだ。
「な、何をし。してるんですか?」
指し示す指が情けないほど震えている。
「え?見れば判るでしょ。耳掻きよ」
「……耳掻き?」
「ええ、そうよ」
どうせなら脳みそを掻いてみたらいいのに。と真剣に思った。

耳掻き。
膝枕で耳掻き。
美女の膝枕で耳掻き。
ミニスカートのプリプリ太股の美女の膝枕で耳掻き。

(そんなことを誰かにしてもらったこと、あったっけ……)
サンジは走馬燈のように過去から現在までに思いを馳せてみた。
だが、そんな事実はない。
判っている。そんなこといちいち検索するまでもなくないってことぐらい。
なのに、今、自分の目の前でそれを思う存分堪能している奴がいる。
純粋な殺意がサンジの胸で湧き上がった。
それに気づかないのか意にも介さないのか、チョッパーはゴロリと反転して片方の耳をナミに差し出した。
「じゃ、次こっち」
「はいはい」

ちょっと待ってナミさん!
なんでそんな唯々諾々なのっ!?


怒りがすっ飛ぶほどの衝撃波をくらい、サンジは部屋から押し出されるところだった。
しかも、その向きじゃ、そのトナカイの顔がもろにその。
ナミさんの秘密のデルタ地帯に鼻面突っ込んでるんですけど!!
サンジは自分では思い切り叫んでいるつもりだったが、何故か壊れた人形のように口がパクパクするだけだ。
そうしてる間にも、チョッパーはウヒヒと厭らしく笑って肩を揺すった。
「相変わらずイイ匂いするねェ」



嗅いでるーーー!!



金髪をむしり取らんばかりの勢いでサンジは己の頭を掻きむしった。

「ちょ……止めてよ……」
そう言うナミの声は、どこか甘い。
嫌がるフリをしながらも本当は嫌じゃないのみたいな。
俺が聞くならまだしも他人に言ってる場面を聞かされたくなかったYO!

号泣するサンジの前で、2人はさらなる2人だけの世界を作り上げていく。

「……(ごそごそ)」
「……キャッ!ってもう、危ないでしょチョッパ〜〜!」
「ナミが可愛いからさ」




尻、撫で回してる〜〜!!!




ミニスカートのプリプリ太股の美女の膝枕で耳掻き+尻撫で。


「許されねェだろぉぉぉ!!」
「なにが?」
血反吐を吐いて絶叫するサンジに、ナミとチョッパーはキョトンとした顔で訪ねた。
「アア、良かった……俺の言葉聞こえてたんダ……存在すら無視されてるかと思ったヨ……」
「なに泣いてるんだサンジ?」
「お前が訪ねるなぁあああ!!」
全身からどす黒い殺意を撒き散らすサンジに、チョッパーは軽く肩をすくませた。
「どうしたよサンジ。別におやつに文句なんか言わないぞ?」
「そうよね。サンジくんの作るなら何でも美味しいし」
「まあ、ナミも美味しいけどな」
そう言って、チョッパーはナミの頬をつんと突いた。
「やぁね、チョッパーったら」
薔薇色に頬を染まらせながら、ナミもチョッパーを軽く突いた。
2人の周りをピンク色の花びらと天使が取り囲み、祝福のファンファーレさえ鳴り響いている。
その一歩手前で地獄の縁に爪先だけで立ちながら、サンジは呆然と震えていた。
何がどうして突然こんなことになっているのか理解できない。
今朝までは全く普通だったのに。
今朝?
今朝ってどうだっただろう。思い出せない……。
朝食のメニューがチーズ入りオムレツとマッシュルームスープにライ麦パンを出した事は覚えているのに。
あのマッシュルームがイカレキノコだったのか?
その時、後ろのドアが開いて誰かが入ってくる気配がした。
「どうしたのコックさん、そんな所で立ちつくして……」
「ロビンぢゃん!」
涙でぐずぐずの顔を振り向かせると、そこには黒髪の美女が怪訝そうにこちらを見ている。
更にサンジの目から涙が溢れ出る。
「大変だよぉロビンちゃん!ナミさんが……ナミさんが、クソトナカイの毒牙に……」
「え?」
不思議そうに首を傾げたロビンの目にも、いちゃつくチョッパーとナミが映ったようだ。
ギョッとしたように顔を強張らせる。
その豊満な胸にダイビングしようと駆け寄ってきたサンジをスルリとかわし、ロビンはチョッパーの元へ駆け寄った。
「非道いわ船医さん!今週は私の番だって言ってたのにッ!」
ロビンにかわされたサンジはそのまま食堂のドアに激突した。
強打した顔面にもかまわず、ゆるゆると振り返る。
ロビンは涙ぐまんばかりの勢いで、未だにナミの膝枕に甘んじているチョッパーの手を両手で握っている。
少し憮然とした顔のナミを軽く睨み上げた。
「ずるいわ航海士さん!交代交代って約束でしょ!」
「あら、油断は禁物でしょ?私達、海賊なんだし」
「まあ!」
美女2人がトナカイを挟んで軽く睨み合う。
「まあまあ、ヤメロよ2人とも」
一触即発の場面で、チョッパーはゆっくりと起きあがった。
そしてロビンの顎を軽く持ち上げると、宥めるように軽くキスをした。
「悪い悪い。もちろん忘れてた訳じゃないさ。まあ怒った顔も可愛いけどな」
「……んもう」
ロビンは軽く拗ねたような顔で瞳を潤ませたが、それでも少し落ち着いたようだった。
チョッパーのふさふさした腕を、指先ですっと撫でていく。
「ひどい人ねぇ……」
「あん、ズルイ!ロビンだけ」
こちらもやや拗ねたようにするナミに、チョッパーは苦笑している。大人の余裕さえ感じさせた。
「しょうがねぇなあ、2人とも。じゃー今晩は3人でどうだ?」
「ええ?!」
「本当!?」
驚きながらもナミもロビンも顔が嬉しそうだ。熱を帯びたように頬を赤らめ瞳を潤ませながら、小さな獣人に身体を押しつける。
そんな2人を抱き寄せながら、チョッパーはふーっと鼻の穴を膨らませた。
「さーて、今晩は頑張っちゃおうかな!」
「やだあ」
「うふふ。久しぶりね」
「寝かさないんだから」
「今度は私が先よ」




「お願いだからちょっと待ってーーー!!」




サンジの哀しいまでの絶叫が地の底から響き渡った。
もはや立っていることすらできない。今にも崩れ落ちそうな地面の縁に辛うじてしがみついているような状態だ。
再び3人が不思議そうに振り返った。3人が3人ともサンジが何を騒いでいるのか全く判らないような顔をしてる。それがまたサンジの恐怖を煽った。
「どうしたの、コックさん?」
「さっきから変なのよ」
「気分でも悪いのか?」
「悪いに決まってるだろ!誰のせいでこうなってると思ってるんだーー!!」
3人が不思議そうに訪ねるたびに、地獄に叩きおとさんとばかりに暴風がサンジを煽った。
「てか……3人で久しぶりってどういうこととか……週事に交代なの?とか聞きたいこといっぱいあるんだけど……でも……とりあえず本当に聞きたいんだけどッ!!」
「なんだ?」

「3人はデキてるのッ!?」

血の涙を流しながら口から出た言葉は、今更何をと言われてもしょうがないほどの「当たり前感」が漂っていた。3人とも戸惑うったようにお互いの顔を見合わせている。それがますます絶望を漂わせた。
ナミが困ったように眉をひそめて、チョッパーを見下ろした。
「3人……ってってもねぇ……?」
「うーん……そういっていいもんなのかアレだけど」
「でも入れてくれなきゃ怒ると思うわ」
「そうよね。ビビだってまだチョッパーのこと、忘れてないものね

それがトドメだった。
辛うじて人差し指がかかっていた岩がもろくも崩れ去り、サンジは終わりさえ見えない虚無の闇へと落ちていった……。









「……サンジ、どうしたんだろう」
「……うなされてるよなぁ?」
「まるで地獄の釜で茹でられてるような顔してるぜ」
「どーせ、女にふられる夢でも見てんだろ」
男達がせいぜい好き勝手なことを言ってる横で、サンジはハンモックに揺られながら唸り続けている。
サンジをのぞいた男達は男部屋でトランプに興じていたのだが、横になっていたサンジの様子が尋常ではないので流石にその手を止めていた。
チョッパーは心配そうにサンジを覗き込んでいる。
「どうしたんだろう。大丈夫かな。起こした方がいいかな?」
「ほっとけ、ほっとけ」
ゾロがヒラヒラと手を振った。その横でウソップが重々しく頷く。
「そうそう。前も寝言で騒いでるんで起こしたら、『あと少しで美女とベッドにダイビングだったのに!!』って殺されそうになったんだぜ?」
こっちが死の床にダイビングだっつーのとぼやくウソップの横で、ルフィがゲラゲラと笑った。
「サンジのやつ、今年のチョッパーの誕生パーティーで何作ろうかずっと悩んでたからな。それじゃないか?」
「俺の誕生パーティー!?」
言われてチョッパーは無邪気までに瞳をキラキラさせた。
「うわーー!何だろう。なに作ってくれるのかな!?」
「さあなー、何だろうな」
「ハハ。サンジのことだから、ご馳走の獲物を夢の中でとっつかまえているのかもな」
「うわーー!楽しみだーー!何だろう何だろう♪」
ウキウキと胸を弾ませながら、チョッパーはサンジが作ってくれるご馳走について思いを馳せた。
なんだろう。見たこともないぐらいの大きな魚だろうか。焼くのかな。刺身かな。
ブツブツと譫言のように呟く寝言にそっと耳をそばだててみる。
「……まって……ろ……テメエ……ッパぁ…………その毛皮を剥いで……蒸し焼きに……」
毛皮?
「どうしたチョッパー?」
「なんか肉料理作るみたいだ」
「おほーー!やったーー!」
ルフィが嬉しそうに万歳をする。その拍子に持っていたカードが全てハラハラと落ちていった。
「へー、まだ肉が残ってたのか。全部ルフィが食っちまったかと思っていたのに」
「特別にとっといたんじゃないのかぁ?」
「そうかなあ!」
チョッパーが嬉しそうに答えた。
何となくサンジの呟きを聞いた時、何故か背筋がゾクッとしたのだが……。
(きっと気のせいだよな……それより楽しみだな。いったい何作ってくれるだろう)
起きたら聞いてみようかなと思いながら、チョッパーは未だうなされているコックの毛布を丁寧に直してやった。



END




 

<管理人のつぶやき>
すごい・・・!!ナミだけじゃなく、ロビンも、果てはビビまでもをトリコにしているチョッパー!
どこのエロオヤジですか、このチョッパー。でもけっこうサマになってるような(笑)。
チョッパーのハーレムです!今夜は3人で3(ピー!)(自主規制)(になってない)ですかv
もちろん夢でしたが、サンジの衝撃は如何ばかりであったでしょうか。思わず涙を誘われましたよ(笑)。

CARRY ONのroki様に頂きました。実はこちら、拙作『ボクのために争わないで』と『あとから来たのに追い越され』からのインスパイア作品なのだそうです。なんか恐縮しつつも、rokiさん、どうもありがとうございました^^。

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