<ご注意>

このお話は、
R18esistanceの瞬斎さんの「Ding Dong!」の続編です。
先にそちらをお読みくださいますと分かり易いです。

 

 

 

 

 




Ding Dong! 2  前編

            

瞬斎 様





 ネオンの妖しく灯る街。
 その灯りは都会のオアシス、桃源郷。
 今宵も艶やかな潤いを求め男達はオアシスを目指す。
 辿り着いたその先は理想郷。
 そこで待つのは煌びやかな夜の女神。



 クラブ・グランドラインは今宵も可憐で艶やかな夜の女神が華やかに舞う。取り巻く男たちは絢爛な世界に酔いしれた。中でも一際輝く女神は艶やかな微笑で迷える羊たちを癒す。
「ナミちゃん、今日も綺麗だねぇ」
「まぁ、お上手なんだから。ドリーさんったら」
 彼女の注ぐ美酒はどの酒よりも喉を潤す。
「今日はボトルを頼むよ」
「いつものバーボンでよろしいかしら。いつもありがとうございます」
「これで君にまた会いに来る口実ができる」
「あら、嬉しいわ」
 手を振ってボーイを呼ぶ。碧色の髪を短く刈り込んだ若いボーイが小走りに走ってきて跪く。女神の下僕に他ならない。左耳に光る金色の三連のピアスが照明に光って眩い。
「ロロノア君、ドリーさんにバーボンのボトルを入れて差し上げて」
「かしこまりました。ありがとうございます」
 慇懃に頭を下げた。
「ドリー様にボトル入ります」
 彼が声を上げると店中のボーイが一斉に姿勢を正す。
「ありがとうございます!」
 揃った声が響き、下僕は立ち去る。
 宴はこれから。
 ここは桃源郷。
 彼女は夜の女神――。



 眩い舞台の照明も落ち、今宵の桃源郷は最後の客を見送ると一先ず店仕舞いとなる。楽屋では仕事を終えた女神たちが思い思いに寛いでいた。
「私、これからブードルさんのアフターなのよ、誰か一緒にいかなぁい?」
「良いわねぇ、あたし行くぅ!」
「あたしはパス。明日は朝からゴルフに付き合う約束しちゃったのよ」
 女神たちの夜はまだまだ終わらない。女神の休息はまだ当分先のよう。
 クラブ・グランドラインのナンバーワンに君臨するナミは彼女たちの会話を聞きながら帰り支度をしていた。彼女にしては珍しく、他の女神達より一足先に休息である。
「今日はゾロに救われたわぁ」
 誰かが言う。ナミは上げかけた腰をさり気なく戻して鏡に向かった。化粧を直す振りをしながら彼女の話に耳を傾ける。
「お客の足を踏んじゃってさぁ。アイツよ、あのネチッコイ奴」
「あぁ、フルボディでしょぉ。あたしもアイツ嫌いなのよねぇ」
「ゾロがさぁ、変わりに頭下げてくれたのよ。自分が踏んでくれたことにしてくれてさぁ。ホント、助かっちゃった」
「あぁ、あたしもこの前、ロロノア君にフォローしてもらったのよねぇ」
「仏頂面が玉に傷だけど、いい男よねぇ」
 噂の的のロロノア・ゾロはナミのテーブルにボトルを入れに来たあの碧頭の青年である。女神たちの間では頗る評判が良いようだ。だが、何となくナミは面白くない。
 ゾロをこの店に連れてきたのはナミだ。拾ったのもナミだ。評判が良いのは悪いことではないのだが、良すぎるというのも不味いのである。“飼い主”としては女の園に彼を置くことに最近不安も感じつつあるのだ。
「彼となら、一回くらい寝てもいいわね」
「あぁ、ずるぅい、あたしも目を付けてたんだからぁ」
 ほら、言わんこっちゃない。女神たちは貪欲なのだ。ナミは刺々しい思いになる。だいたい、全部すっ飛ばしていきなり『寝る』とはどういう了見だ。冗談ではない。自分だってまだだというのに。それどころかキスさえしたことなんかない。
「そうよねぇ、客とは死んでも寝ないけどぉ、彼ならタダで良いわぁ。彼女とかいるのかしら?」
「いても良いわよぉ?奪っちゃうから」
「やぁだぁ、こわぁい」
 大きな声で笑い合う女神たちを鏡越しに見ながらナミは口に出来ない怒りに震えた。いっそのこと「一緒に住んでるわよ」と言ってやろうか、と頭を過ぎる。折角の玉の輿だってゾロのためにふいにしたようなものだ、とも言ってやりたい。その可愛い我が忠犬に悪い虫が付きでもしたら迷惑甚だしい。
「バカなこと行ってないで、早く帰るなり、アフター行くなりしなさいよ。大体、ボーイとの恋愛は厳禁、ってルールでしょ?」
 これ以上ここにいると聞くに堪えない内容になりそうだ。ナミは腰を上げ興味が全く無いという風に鼻で笑ってやった。
「はぁい、わかってまぁす」
 怯んだ女神たちが口々に言うが、全く懲りていない様子だ。着替えの終わった女神の一人が意味深な笑みを浮かべて口を開く。
「そぉいえばぁ、ナミさんが連れて来たんですよねぇ、ロロノア君」
 その言葉にナミはギクリと内心息を飲んだ。が、そこは百戦錬磨の夜の女神。意味がわからないと首を傾げてやる。
「そぉよねぇ。ナミさん、ゾロとどういう関係なのぉ?」
「もしかして、彼氏とかぁ?」
「どんな関係なんですぅ?ナミさんとゾロってぇ」
 口々に女神たちに詰め寄られ、ナミは藪蛇を突付いたと気付く。ここは何とか誤魔化さなければ。
「別に、仕事を紹介してくれ、って頼まれただけ。知り合いって程でもなかったわよ」
「へぇ、そうなんですかぁ?」
「そうよ」
「じゃぁ、彼女とか」
「全然」
「なぁんだぁ」
 意外にあっさり口煩い女神たちは引き下がる。おそらくナンバーワンのナミがボーイなんかには目もくれるはずがない、と何処かで思っているのだろう。ナミはとりあえず嘘は吐いていない。
「彼、どこに住んでるのかしらぁ。一人暮らしなのかなぁ」
「いやぁん、ご飯作りに行ってあげるのにぃ」
「何処に住んでるのかしらぁ?ナミさん、知らないのぉ」
「さ、さぁ?」
 これは嘘である。まさか本当のことは言えない。
「彼ってフリーターなのかしらぁ?」
「昼間、何やってるのかしらねぇ?」
「体格良いから、ガテン系の仕事とかしてるんじゃなぁい?」
「やだぁ、ますます好み」
 女神たちは既にナミを置いてまた話に花を咲かせている。
 そう言われてみれば、一年以上一緒に暮らしているがゾロのことはあまり知らないことに気付く。剣道をやっていることは知っているが、毎日毎日道場に通っているわけでもなさそうだ。他に仕事をしているにしても、ナミはゾロより先に家を出てしまうので、彼が昼間に何をやっているのかは全く知らないし、こちらから尋ねたこともない。
 ゾロは自分のことをあまり語ろうとしない。人に言えない過去があるのかどうか。前に父親が国防長官だなんて言っていたが、それも本当かどうか怪しいところだ。そんな国の一翼を担う人間の息子が放蕩生活をしているとは考えられない。
「ナミさん、どうしたのぉ?ボーっとしちゃってぇ」
 声を掛けられ我に返ると女神たちはすっかりお帰りのご様子だった。何時の間にやら話も一段落したらしい。不思議そうに女神たちはナミを見つめている。
「うん、ちょっと疲れたかなぁ」
「ナミさん、明日お休みでしたよねぇ。ゆっくりしてくださいねぇ?」
「そうするわ」
「お疲れさまぁ」
「お疲れ様」
 口々に挨拶を交わしその場は解散となった。
 女神たちの夜はまだまだ長い。
 ナンバーワンの女神の夜もこのまま終わりそうにはなかった。



 バー・スワン。
 ナミの馴染みの店である。ホステス業に足を突っ込んだばかりの頃からの常連だ。気さくな変わり者のオカマのマスターによく愚痴を零していたものだ。今でもアフターがない時に時折顔を出す。
 面白くない気分のまま家に帰るのは嫌で、ナミは一杯飲んでから帰ることにした。もう閉店の時間が近いがナミなら飲ませてくれるだろう。
 店の入り口にはもう『CLOSE』の札が掛かっていたがナミはドアを開けた。客はもういないようだ。奥のカウンターに片付けをしているマスターのボン・クレーが目に入る。
「ごめんねぇん。今日はもう終わりなのよぅ」
 薄暗い照明の店内にボン・クレーの。
「ボンちゃん、一杯だけ、いいかな」
 おずおずと声を掛けると、マスターが振り返る。思いっきり男面なのにばっちりと化粧を施している。最初は気味が悪いと思ったものだが、見慣れてくればこれも愛嬌だ。
「あらぁ、ナミちゃんじゃなぁい?いいわよぉん、座って座って。遠慮は無用よぉん」
 奇妙な女言葉が店に響いた。夜も大分更けているが彼はまだまだ元気だ。彼も夜の人間なのである。
 ナミはカウンターに座るとカクテルを頼んだ。ボン・クレーは準備を嬉々とした様子で始めた。
「今日はどぉしたのよぉん?何かあったのぉ?」
「うん、あった、って程でもないんだけどねぇ」
 ナミは出されたカクテルを一口飲むと溜息を吐いた。心配そうにボン・クレーが覗き込んでいる。
「ゾロって結構ね、人気があるみたいで」
「あらぁん、焼きもちぃ?」
 ボン・クレーはナミがゾロと同居をしていることを知っている数少ない人間だ。他のホステスもこの店に通っているだろうが、秘密を漏らすようなことは絶対にしない。商売の鉄則だが、ボン・クレーの人柄でもあるのだろう。
 ナミは一度だけゾロを連れてきたことがあった。ゾロはボン・クレーの独特なキャラクターに最初は戸惑っていたが、最後は大きな声で笑って打ち解けていた。ボン・クレーは人の警戒心を解く不思議な魔法を持っているのだ。
「私、ゾロのこと、何にも知らないのよねぇ」
 ナミはホステスたちのやり取りを一通りボン・クレーに打ち明けた。ボン・クレーは黙って聞いている。時折、彼がグラスを拭く音が相槌のように鳴る。
 ゾロが何者なのか、全く気にならないことが無かった訳ではない。彼がどんな人生を歩んで来ていたとしてもゾロはゾロでしかない。そう思うからこそ素性を尋ねることもしなかった。
 ただ、今の彼が何を考え、何をしているのか、ということもまるで知らないというのはちょっと同居人としては情けない気がするのだ。知っているのは店が休みの日曜日に剣道道場へ通っていることくらいだ。
 カクテルを口に運びながらナミは思いつくままを言葉にする。長い愚痴になった。カクテルは既に二杯目が空になっている。
「本人に訊いてみればいいじゃないのよぅ?」
 話を聞いたボン・クレーはいとも簡単に言う。それができるなら、こんなところで一人で飲んでなんかいない。
「もしかして」
「もしかして?」
「女と会ってたりしちゃったりするかも知れないじゃないのよぉう!」
「冗談止めてよ!」
 ナミは膨れて、一気にグラスを煽った。
「大体、女がいるなら私と一緒に暮らすわけないでしょ」
「でもぉ、なぁんにも無いんでしょう?大体、なぁんで二十歳の男が女と一つ屋根の下で暮らしていて指の一本も触れないのよぉう?」
「そ、れは……」
 口篭るナミにボン・クレーは些か慌てた様子で身を乗り出した。
「冗談よぉう、冗談。やだ、本気に取っちゃダメ」
「ボンちゃんの意地悪」
「大丈夫よぉう。ゾロちゃんはそんな男じゃない。いくら手を出さないからって、あちしと同じ臭いはしないしぃ?」
「それはもっと嫌だわ……」
「ナミちゃん、ひどいっ」
 大げさに手に持っていた布巾を噛むボン・クレーにナミは思わず噴出してしまった。ボン・クレーは真剣な面持ちになった。
「ナミちゃん。女は度胸よぅ?」
 身を大きく乗り出し、人差し指を揺らす。
「女は、どきょう」
「そうよぉう。思ったら即行動よっ。悩むのはナミちゃんらしくないわよぉ?」
「でも、訊いても普通は正直には言わないんじゃないかしら?」
 思うまま不安を口にするとボン・クレーは「それもそうねぇ」と揺らしていた指を顎にやり考える素振りをする。やがて何やら思いついたようで目を輝かせた。
「明日、お休みだって言ってたわよねぇん?」
「うん」
「訊けないなら、こっそり観察しちゃえばいいんじゃないのよぅ?」
「かん、さ、つ……?」
「出掛ける振りをして、こっそり後を着けるのよぉう?良いアイディアじゃなぁい?あちし、天才?」
 刑事ドラマのようにゾロを尾行しろ、ということらしい。ナミは考え込んだ。ちょっとした冒険心も首を擡げる。しかし、ばれた時が気まずい。それにゾロが出掛けるという保証も無いし、出掛けたとしても女に会いに行くかどうか……。
「バレたら謝っちゃえばいいじゃないのよぉう。一人で悶々としてても解決しないじゃないのよぅ」
「うーん……そうよねぇ」
「あとは、正直に言っちゃうとかぁ?あなたが好きだから、何をしているのか気になるのぉっ、って。あぁ、青春だわぁ、あちし、感動。泣いちゃう」
「それは、無理っ」
「じゃぁ、き・ま・り」
 ボン・クレーはウインクをする。
 何だか乗せられたような気もするが、ナミもウインクを返した。
「がんばるのよぅっ!」
 帰り際、ボン・クレーは元気有り余る声でエールをくれた。
「今度は、二人でいらっしゃい」
 その言葉に照れながらナミはバー・スワンを後にした。
 夜の女神は家路に着く。陽が上れば女神の冒険溢れる安息日である。




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