目の前の白い便箋にペン先を落とそうとしてピタリと止める。
ナミは今日4度目のため息をついてから、ペンをインク壷の中に放り込んだ。

久しぶりに故郷の姉に手紙を書こうと思いついたのはもう一時間も前のこと・・・。

女部屋のデスクの前に座って、この間買ったばかりの上質の便箋にペンを走らせようとしたが、なかなか文章が思いつかない。

ゴーイングメリー号に乗ってこのかた、ノジコに伝えたいことは山のようにあるし、
身の回りで起こる信じられないような冒険話は、一冊の本にまとまりそうな勢いで起こる。

しかし、ペンは進まない・・・・。

最初の出だしから躓いてしまった・・・。

「・・・・はぁ〜・・・・」

ナミは形のよい唇から、ため息をまた一つ漏らし机の上に突っ伏した。

壁に掛かっている時計に目をやると、もう日が沈みかけている時間だということがわかった。

「あ〜・・・。今日はもう おしまい!」

ナミはそう独り言を言うと、バンッと机を両手で叩いて、勢いよく椅子から立ちあがり、部屋を後にした。

残されたのはまだ何も書かれていない真っ白な便箋と、
ナミのついた、ため息のみ・・・・。

バタンッッ!!

夕暮れのせいでオレンジ色に染まったゴーイングメリー号の甲板に乱暴な音が響いた。
その瞬間ルフィが骨付き肉を口に咥え、横滑りになりながら甲板に飛び出してきた。
右、左を素早くチェックし、右に進路をとると猛ダッシュをする。

少し間があって、ルフィを追いかけて同じように横滑りになりながら船内から飛び出してきたのはサンジだった。
片手に包丁を持ち、口端にタバコを咥えたまま、素早く右、左をチェックし、
迷わず右を選択、

「この泥棒サルがぁ〜!!」

と叫びながら、ルフィの後を追う。

いつもの光景に皆は敢えて、何もつっこまない。

ルフィがそりゃもう美しいフォームでゾロの方に向かって走ってきた。

「ゾローッ!!捕まえろーッ!!」

サンジがルフィの後方で叫んでいる。

手すりに寄りかかって海を見ていたゾロは、小さくため息をついてから、自分の横を走りぬけようとしていたルフィの足をいきなりはらった。

「るわッッ!!」

ルフィはそれでも肉は離さず、前につんのめった。
ゾロは転ぶ直前のルフィの背後にまわり、両脇に腕を通した。
羽交い絞めにしたまま勢いよくサンジの方にルフィの身体を向けなおし、力強く言う。

「サンジッ!思う存分 やれっ!」
「おうよっ!」

サンジは息一つ乱さず走ってきて、ルフィの目の前で立ち止まるとニヤリと笑った。
そしておもむろにスーツのポケットから油性ペンを取り出すと、包丁を持ったままルフィの前髪を乱暴にぐっと掴み上げ、額に『肉』と書きなぐった。

「いいかっ!おめぇは今日から『すぐる』だっ!
モンキー・D・ルフィなんて洒落た名前は廃業だっ!
わかったかっ!『す・ぐ・る』っ!!」

ルフィはダラダラと涙を流し、がっくしと頭を垂れた。
それを見てゾロとサンジは片手を挙げてハイタッチをする。

『バチーンッ!!』

その音が甲板に響いた時、チョッパーの驚きの叫び声がほぼ同時にあがった。

「ほっ!ほんとうかー!その話!」

その声に甲板にいた全員が、チョッパーに振り返った。
彼は手すりで羽を休めている渡り鳥に向かってもう一度念をおすように尋ねている。

「本当なんだな、その話。リステアルがその島にあるんだな!?」

渡り鳥はその問いかけに答えるように「くぇ〜」と一声なくと、
羽ばたいて空に舞い上がった。
ゴーイングメリー号の上空を2回旋回し、夕暮れの空の中に消えていく。
チョッパーはその鳥に何度も何度も『ありがとう』と叫び、その後姿を見送った。
まん丸の目をキラキラさせて、短い手をバタバタふりながら・・・・。
何度でも、何度でも・・・。


渡り鳥が、ゴーイングメリー号の見張り台や、甲板の手すりのところで羽を休めるのは日常のことで・・・。
チョッパーはそんな空からの客と、動物同士の会話を楽しみにしていた。
鳥が羽を休めているのを見たら、クルーは必ずチョッパーに声をかけてやるのが習慣になるほど・・・。

初めはほんの気軽な日常会話だった。しかし、空の上から見つかる情報は、海賊にとってかなり有効かつ、貴重なものだということが次第にわかってきた。
この情報網を利用しないてはない・・・。

そこで、チョッパーは以前からどうしても入手したいと思っていた薬草の所在を、飛来する渡り鳥たち全てに尋ねていたのだ。

幻の薬草  リステアル

リステアルは強力な止血剤になる植物だ。しかし元々繁殖力が低い上、乱獲によって絶滅危惧種の指定を受け、売買は硬く禁じられているため、今や入手困難な薬草の一つになっている。

チョッパーはこの船に乗って、この劇的に効く止血剤の必要性を痛感していた。
ルフィ、サンジ、ゾロの戦闘グループ、特に、腕一本、足一本はこの際しゃーねーなーなどと、変なところに執着のない剣士・ゾロにとっては、リステアルの有無は生死を分ける境目といっても過言ではない。
チョッパーは何としても、リステアルを保管している薬屋(闇の危なっかしいブローカーでもいい)を捜しだしたかった。

そして、さっきの渡り鳥がリステアルを持っている人物を知っているとチョッパーに告げたのだ。
チョッパーが歓喜の叫び声をあげたのも無理はない。

『ここから、南へ3日くらい航行したら、小さな島に着くわ。その島に昔薬屋をしていたおじいさんがいる。そのおじいさんが、リステアルをもっているはずよ。だって私の仲間が犬に襲われた時、そのおじいさん、リステアルを使って止血してくれたもの。間違いないわ』

チョッパーはルフィにその島に寄港することをすぐに懇願した。

額に『肉』と書かれ、もはや『ルフィ』ではなくなった船長は
「合点承知っ!!」
と力強く頷くと、ちょうど甲板に上がってきたナミに針路変更を命じた。

「針路変更!目的地はリステアルがあるっ!!・・・・かもしれない島だ!!」

「了解。キン肉マン」

ナミは笑いを堪えながら、針路変更の段取りに取り掛かった。





Nami My Nami ― ナミ、僕のナミ ―   −1−
            

ててこ 様






真っ青な空に白い入道雲が湧き立っており、まぶしいくらいの夏の太陽の日差しがギラギラと容赦なく降り注いでくる。

到着したその島は夏真っ盛りだった。

しかもかなり湿度の高い独特な夏らしい。

身体にまとわりつくような暑さに真っ先に根を上げたのはサンジだった。
犬のように舌を出して、みかん畑の木陰でぐったりとのびていた。
他のメンバーも似たり寄ったりで、船内で少しでも涼しいところ探そうと、あっちをウロウロこっちをウロウロ、まるでゾンビの行進のように足を引きずりながら彷徨っている。

しかし、このうだるような暑さはどこにいっても逃れようがなかった。

ウソップは船内の廊下のところに自慢の鼻を90度に折り曲げながら突っ伏して、行き倒れのように寝っころがっており、ルフィは甲板の影でぐったりと座り込んでいた。いつもの元気は100分の1もない。手で団扇を作って、自分の顔をパタパタと扇いでいる。
ナミは女部屋のベッドの海の中で撃沈していた。
ロビンはサンジ特製のアイスティーを片手に、ルフィの横に座り込んで、いつもとは違い軽い内容の雑誌を見るとはなしにめくっている。

遠くからセミの鳴き声が聞こえてくる・・・。

(((あっちぃ〜・・・・)))

その声を聞きながら、今日100度目の台詞をクルーは心の中で呟いた。

チョッパーは本当は夏には弱い。しかしリステアルが手に入るかもしれないという高揚感が、身体も意識もシャキッとさせていた。そんなチョッパーはさっきから、蒸し風呂のような男部屋の中をウロウロと歩きまわっている。

「早くしろよっ!!ゾロ!」

チョッパーは歩みを止めると、顔を上げてイライラしたように叫んだ。

「チッ!!」

ゾロは軽く舌打ちして、シャツのボタンをめんどくさそうに2つだけとめた。


チョッパーは一人では薬屋に行けない。いや、行けないことはないのだが・・・・。
人語を解する2頭身のトナカイを、大抵の薬屋や薬草屋は相手にはしてくれない。

かくして、チョッパーは買出しの時には必ず誰か他のクルーと一緒に行かなければならないハメになる。

いつもはナミかウソップ、最近はロビンと・・・・・。

でも今日は・・・・。

全員この暑さで撃沈していた。

唯一人、元気なのは・・・・ゾロだった。

(だってゾロはこの暑さの中いつも通りトレーニングしてるんだもん!)

チョッパーは、このうだるような暑さの甲板で表情一つ変えずトレーニングをしているゾロに、一緒にリステアルを所有している持ち主を捜してくれるように頼んだ。
ゾロは手を休めず、冷たく

「他の奴に頼め」

と言ったが、その言葉にチョッパーは無言のまま、死んだようにうだっている他のクルーを指差した。

「・・・・・・・・・。」

ゾロはがしがしと頭をかくと、一つドでかいため息をついてから「着替えてくる」と言い残し、甲板を後にした。チョッパーもトテトテそれについて行く。

(逃げられては困る)

そしてゾロが着替えている間、足元でウロウロと歩き回り無言のプレッシャーをかけていたのだ。

(あ〜うっとおしぃ〜)

ゾロは汗だらけになったいつもの服を脱ぎ捨てると、タオルで身体を拭いてから、数少ない他の衣類を適当に引っ張り出した。黒の麻の半そでシャツをはおり、いい感じに色あせしているビンテージ風のジーンズを腰で穿く。愛用のブーツも脱いで裸足のまま珍しくスニーカーに足を通した。

その間にチョッパーは4回もゾロを見上げて「早くしろよっ!」と叫んでいた。

(あ〜うっとおしぃ〜)

もう一度心の中で毒づく。

ゾロは半そでシャツの真ん中2つのボタンだけかけると
「待たせたな」
と言って、白い刀を一本だけ手に持った。

チョッパーはパッと顔を輝かせて頷くと、走り出しそうな勢いでゾロの前を歩き出した。

2人は炎天下の夏の島に上陸した。


島はどこにでもあるような田舎の風景をしていた。
ジ〜ジ〜 ミンミン シャワシャワと全種類のセミの鳴き声がうるさいほど聞こえてくる。舗装されていない石ころ混じりの砂地の道からは、陽炎がユラユラと立ち昇り、むっとする草いきれがゾロとチョッパーの身体にまとわりついた。

「ゾロはこういう暑さに強いのか?」

チョッパーは荒い呼吸の中、聞いた。

「・・・ん?強いっていうか、俺の育った島の夏もこんな感じだったからな・・・」

ゾロはそう答えるとチョッパーが自分の影の中に入るよう少し歩調を速めた。

「そうなのか・・・」

チョッパーは桜の花びらの形をしたヒズメでパタパタと自分の顔を扇ぎ続けている。

「さて、どの店だ?」

しばらくして島の中心部らしいところに着いた時、ゾロはチョッパーにそう尋ねた。
暑さのためか、もともと人口が少ないのか、そこには人っ子一人いなかった。


「・・・・・・?」

しかしどの店といっても、そこには5件ほどの店しかなく、しかもかつて薬屋だったような店舗は一つもなかった。

チョッパーはとりあえず一番大きな店構えをしている雑貨店で聞いてみることにした。

ガランガラン・・・。ドアに取り付けてある年代物のベルが静かな店内に鳴り響いた。
薄暗くてさして広くもないそこには、日用品や衣料品など、片田舎の町特有の節操のない商品が並べられている。
天井には大きな木製のファンがゆっくりと回っているが、それが涼しさを運んでくるとは言いがたく、店内もやはり蒸し暑かった。

「・・・いらっ!・・・・しゃ・・・い・・・ま・・・・」

ベルの音を聞きつけて、店の奥から小太りな店主が顔を覗かせ、入ってきた2人の客を見て、口を開けたまますぐに黙り込んだ。

珍しい翡翠色の髪と瞳を持つ眼光鋭い、物騒なものを持った青年と、二頭身の・・・トナカイ・・・?

そのトナカイがおずおずと口を開いた。
青年の背後からこちらの覗きこむ様にして・・・。
ジーンズの端をギュッと握り締めている。

「あっあのう・・・聞きたいことがあるんだ・・・」

チョッパーはかつてリステアルを売っていた薬屋の所在を尋ねた。

店の主人は島民以外の来客にもびっくりしたが、モコモコしたヌイグルミのような2本足で歩くトナカイが人の言葉を喋ることに、ますます驚いた。
そしてこの不思議なトナカイが『リステアル』の所在を尋ねてきたとき、もうそれ以上驚くのも疲れたので、至極普通に対応することにした。

「あぁ、それならヨハンじいさんの店のことだな・・・。じいさん店をたたんじまって、隠居しちまったよ」

「もう、ここにはいないのか?」

チョッパーは困惑した顔をして思わず身を乗り出しながら聞いた。

「ここにはもういない。・・・島の丁度反対側の湖のほとりのログハウスに住んでる。でも遠いぞ。行きだけで4時間はかかる・・・。」

主人は少し申し訳なさそうな顔をして答えた。

「よ・・・4時間・・・」

チョッパーは唸った。
このうだるような暑さの中を4時間・・・。しかも往復だから8時間・・・。

くらっ・・・。チョッパーは思わずよろめいた。

人のよさそうな主人はそんなチョッパーを見て気の毒に思ったのか、

「とりあえず、今地図を描いてやる。地図ったって島の周囲を廻って行かなきゃならないから、一本道なんだが・・・・。」

と言って、レジの横に置いてあったメモ用紙に何やら書き込み、そのメモを破るとこちらに差し出した。

シュンとなって動かなくなってしまったチョッパーの代わりに
ゾロがそれを受け取った。

「助かる・・・。チョッパー 行くぞ」

礼を言い、早々に店から立ち去る。

ガランガラン・・・。入ってきた時と同じ重い音を響かせて、2人の珍客は店を出て行った。


「・・・・どうしよう・・・ゾロ・・・?」

店を出たとたん熱気にも似た空気が2人を包み込み、セミの鳴き声がまた騒がしく聞こえ出す。

チョッパーはゾロを見上げて小さい声で聞いた。

「どうするって、それはお前が決めることだ」

ゾロはにべもなく言い切った。

「・・・そりゃ・・・・そうだけど・・・」

今から少なくとも8時間・・・。夜になってしまう・・・。まぁ夜になるのは問題ないとして、この暑さの中を8時間も歩いたら・・・?

(・・・俺・・・死んじゃうかも・・・)

チョッパーは本気でそう思った。
しかもヨハンじいさんが確実にリステアルを持っているとは断言できない。あの鳥が嘘をついていないことはわかったが、リステアルはもうないかもしれないし、あっても少量かもしれない・・・。
8時間のリスクは大きい。

チョッパーが立ち止まって真剣な顔をして考え込みだした。

「俺が・・・行って来ようか?」

ゾロも立ち止まって提案する。

「でもゾロ、リステアルって今まで見たことあるか?本物か偽物か見分けることができるか?」

チョッパーの問いかけはもっともだった。高値のリステアルは圧倒的に偽物が多い。

ゾロすぐに首を横に振った。

「・・・・・どうしよう・・・・。」

セミ時雨の中、射すような陽射しを受けてゾロとチョッパーは無言のまま立ちつくした。






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<管理人のつぶやき>
冒頭、ついにルフィの額に「肉」の文字が(ててこさんの第1作「
Life」を参照(笑))。しかもサンジとゾロの連携プレーで実現するとは!
チョッパーの強い要望を受け、「幻の薬草リステアル」を求めて航路がとられます。
しかし、暑い!クルー達はお薬の買い物どころじゃありません。その中で一人平然としている男ゾロ(すげーな)。ゾロチョパ親子でお買い物。しかし、求める薬までの道のりは思った以上に遠かった・・・。
果たして薬は手に入るのでしょうか?そして、タイトルが妙に気になるのですよね・・・。

ててこさんの三作目の投稿作品です。今回は続き物。次回作到着次第アップしますから、どうぞ楽しみにしてくださいね。

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