この家の玄関扉には覗き窓がないので、扉をほんの少しだけ開けて、相手を見てみる。
背の低い、少し小太りの冴えない男が立っていた。
歳は50はいってるように見える。頭の毛が薄いので、実際よりも余計に老けて見えるのかもしれない。
そしてどう見ても、軍人には見えなかった。Marineの制服を着てないということもあるが、どちらかというと、入国審査所で見かける官吏のような風情だった。
サンジと目が合うと、男は名乗った上で、海軍の少尉だと告げたが、とうてい少尉には見えない。

もっとも、サンジには海軍の階級のことはよく分からないのだが。





愛のある島2  



act4:招かれざる客


「世界政府の海軍のおエライさんが、ここに何の用ですかね。」

サンジが素っ気無く声を掛けると、男は慇懃に背筋を伸ばし、表面上は笑顔をたたえてサンジと目を合わせた。。

「ミズ・ナミに、捜索活動のご協力をお願いしたいと思いまして。」
「捜索?誰の?」
「言わずもがなと思っていましたが・・・・・モンキー・D・ルフィです。」

今、この名前が出てくるとは思わなくて、サンジは目を細める。

「新たな手掛かりを得ましたので、モンキー・D・ルフィの情婦であるミズ・ナミに検分していただきたく、」

しかし、この言葉でサンジは表情を変え、男を睨みつけた。

「口を慎め。ナミさんは情婦なんかじゃねぇ。ナミさんとルフィは、法律に基づいて結婚した立派な夫婦だ。婚姻は、世界政府の加盟・非加盟を問わずに成立するっていう条約が、交わされてるんだよ。ちゃんと条約の勉強してからもう一度出直してこい。」

「通してあげて、サンジくん。」

サンジが勢いよく振り返ると、ナミが立っていた。
ナミだけじゃない、ジュニアも。

「いいの。彼はルフィ捜索の専属の任務についてるの。もう4年来の顔なじみでもあるのよ。」

やっと家の中に迎え入れられた海軍少尉の男は、特に気を悪くした様子も見せない。
それどころか、そこにいるのがサンジだと気がつくと、オーバーに手を広げて気安く話し掛けてきた。

「あなたはミスター・サンジですね。麦わら一味の一人の。なんですか、今日は同窓会か何かですか。」

ルフィ専属だけに、ルフィ海賊団のことには精通しているようだ。現に彼はルフィ海賊団の顔と人となりを全員分記憶しているのだ。

「内輪の食事会です。彼は名コックですから。」
「ああ!そうでしたねぇ。ルフィ海賊団でもコックでいらした。えーと、今はどちらにおられるんでしたっけ?」
「そんなこと、あなたに教えたら、彼がこの国を出たとき、捕まってしまうでしょ?」

サンジはノースブルーにあるレストランで働いている。そこは世界政府下だから、当然海軍に賞金首であるサンジを逮捕する権限がある。
しかし、世界政府非加盟国であるカテドラルアイランド内では、本来海軍には捜査権も逮捕権もない。

(そうか、だからあの男、『ご協力を』って言ったのか)

もしこれが世界政府加盟国内であれば、海軍側が出向くのではなく、ナミが出頭を命じられたかもしれない。
もっとも、それ以前にナミも賞金首なのだから、逮捕されることになるのだが。

そんな事情は知らないとばかりに、傍から見れば申し分なくなごやかに談笑をしながら、ナミは男をリビングへと案内する。
それをジュニアは憮然とした表情で見送った。
どうした?とサンジがそれとなく訊くと、

「俺、あいつ嫌いだ。いつも父さんと母さんのこと、馬鹿にするんだ。」

なるほど。
『情婦』という発言に、確かにその片鱗が見えていた。



***



リビングの4人掛けのソファに海軍少尉が座る。低いテーブルを挟んで向かいに1人掛けの椅子にナミは腰を下ろした。
サンジはナミの背後の壁際に、先ほどナミとジュニアを待っていた時と同じ姿勢で立っていた。
ジュニアは、テーブルの上に形ばかりに茶菓を用意した後は、ダイニングに追いやられてしまった。


「では、用件を窺いましょうか。」

ナミが切り出すと、海軍少尉の男は頷いて懐に手を差し込み、一枚の写真を取り出し、テーブルの上に置いた。

「これに見覚えはないでしょうか。」

そこには、酒場と思しき場所が映し出されていた。フラッシュを使わずに撮影されたものらしく、店内は暗く、ピントもずれていた。まるで隠し撮りされたもののようだ。
しかし、酒場のカウンターの奥に佇む店主が、手に何かを持っているのは分かる。それを、客に自慢気に見せている様子だった。
それは、麦わら帽子だった。
赤いリボンのついた、ナミがよく覚えているあの――・・・

「これは、ある酒場で撮影されたものです。所有者は酒場の店主。彼はこれをモンキー・D・ルフィから受け取ったと客達に話しているようです。このことは、客の一人が海軍に通報して発覚しました。」

「当局から問い合わせたところ、酒場店主は『単なる麦わら帽子であって、モンキー・D・ルフィから受け取ったと言ったこともない』と回答。通報者の証言と食い違いを見せています。」

「しかし現場周辺では、店主がモンキー・D・ルフィの帽子だと騙り、客寄せの道具にしているともっぱらの噂です。」

「酒場店主にこの帽子を任意提出するよう求めましたが、拒否されました。現段階ではこれがモンキー・D・ルフィのものである根拠が乏しく、令状を取って差し押さえもできない。」

「そこで、貴女の証言がほしいのです。貴女がこれはモンキー・D・ルフィの帽子の可能性が高いと証言してくだされば、令状を取ることができる。」

「随分と慎重なのね。前はそんなのお構いなしに没収していたじゃない。」
「時代は変わったのですよ、ミズ・ナミ。以前と同じというわけにはいかない。」

ルフィが行方不明になって4年。
当初、海軍はそのメンツにかけて、全力で捜索活動に当たっていた。
海軍は、4年前ルフィを追い詰めていながら、多数の海軍船を沈められた。
しかし、その後ルフィも海に沈んでいったのだから、海軍側は勝利したと主張している。
それを証明するためにも、ルフィの死体が必要だった。死体とまではいかなくても、せめて遺留品を、彼が死んだという証を、求めた。

目撃情報が出ると、海軍は捜査に乗り出す。虱潰しで当たっていき、情報の裏を取る。
遺留品(と思しきもの)が見つかると没収、精査する。今回のようにナミがその真偽の判断を迫られたことも度々あった。

海軍捜査に協力することは、ナミにも葛藤があった。
協力することで、ルフィが捕まる可能性を高めてしまう。
けれどその一方で、ルフィの生存情報は喉から手が出るほど欲しい。
ジレンマだ。
しかし、幸いというか不幸にもと言うべきか、今までナミがルフィのものだと認めた遺留品は発見されていない。

やがて、捜索活動は年を追うごとに縮小されていく。
ルフィは生きている証も、死んでいる証も残しておらず、捜索は難航を極めた。
山ほどあった目撃証言も、裏をとっていくと、行方不明のルフィに出会ったというだけで名を成せるという功名心からの騙りばかりだった。

「いかがです?この写真の帽子は、モンキー・D・ルフィのものでしょうか?」

ナミは気のない風に写真を手に取って見る。
サンジも写真を見るためにナミのそばまで近寄ってきたので、その写真を手渡すと、ナミは顔を少尉に向けて答えた。

「違うわね。これはルフィの帽子じゃない。」

しばらく間が開いた。
海軍少尉がじっとナミの顔を見つめる。

「そうでしょうか?私も長く彼の捜索に当たっていますが、これほど似てるものとは出会ったことがない。だから、今度こそはと思ったのですが。」
「そうね。確かに今までの中では一番似てるかも。でも違う。」

少尉がなおも訝しげな視線をナミに向ける。たとえどんな些細なものでも、いつもと違う反応を見逃すまいというまさざしだった。
それに対し、ナミはにっこりと笑みを浮かべた。サンジはそれを盗み見て、(出た、魔女の笑顔)と思った。皆この笑顔に騙される。
しかし、さすがに少尉もナミとは長い付き合いだ。彼も老獪な笑みを顔に張り付かせていた。

「分かりました。どうやら無駄骨だったようですね。それでは私はこれで失礼いたします。」
「お勤めご苦労様です。」

少尉がソファから立ち上がると、それに倣ってナミも立ち上がった。

「あ、写真、お忘れですよ。」

サンジが写真を少尉に向けて差し出した。

「それは置いていきますよ。時間が経って、やはり本物だと思われるかもしれないですから。」
「いいえ結構。偽りのものは、あくまでも偽りでしかありませんから。」

ナミの強い語調に圧されて、少尉はしぶしぶ写真を受け取り、大儀そうに懐に仕舞った。
少尉は玄関に向かう途中に何か思い出したように立ち止まり、振り向いた。

「そうそう。言い忘れましたが、私がここに来るのはこれが最後になりそうです。」
「え?」
「モンキー・D・ルフィの捜索は、これを最後に打ち切られることになりました。今回のが最後の手がかりだった。」
「・・・・・。」
「我々は彼が死亡したと見なしたということですよ、ミズ・ナミ。」
「そう・・・・ですか。」
「後日、当局から何らかの通知があるでしょう。私もとうとうお役御免ですよ。次の任務に移ります。」
「そう言われると、なんだか寂しい気もするわね。お互いずっと会わせたくもない顔を突き合せてきたのに。」
「まったくです。彼を捕らえ、公開処刑にするのが私の夢だったのに。」

サンジは呆気にとられた。なにもその妻の前で言うセリフではあるまい。
ナミも、少尉の歯に衣を着せぬ物言いに苦笑いを浮かべていた。

「今までお役目ご苦労様です。お見送りしますわ。」

その時、居間の片隅に置かれている電話が鳴り始めた。

「いえ結構です。立場上馴れ合いはよくない。私のことは気にせず、どうぞ電話に出てください。」
「じゃあ・・・サンジくん、あとお願い。」

ナミはサンジに言い置くと、受話器を取りに行った。
サンジはさっさと前を歩いていく海軍少尉のあとを追って、玄関の方へと歩いていった。
不意に少尉が立ち止まり、前を向いたままの姿勢でサンジに話し掛けてきた。

「モンキー・D・ルフィの死亡確定は、あなた方にとっても好都合なのではないですか?」

唐突な質問に、サンジは意味が分からず聞き返す。

「なんでだよ。」
「これで、ミズ・ナミは、あなたと再婚できるというわけだ。」
「おい、」
「船長の次はコックと。ミズ・ナミもお忙しい。」
「下衆の勘繰りもたいがいにしとけよ。そんなこと、あるワケねぇだろ。」

サンジの錆びを含んだ声にもものともせずに、少尉は再び歩を進め、玄関のドアノブに手をかける。

「なるほど、あなた方は、彼が死んでないと信じてらっしゃる?」
「当たり前だろ。」
「ならば私も追うまで。」
「は?」

少尉はドアを開けて出て行きざまに振り返ると、冷めた表情で唇の端を歪めて笑っていた。

「私一人だけでも追い続けますよ。」

「私もヤツは生きていると思うから―――」


その言葉だけを残して、招かれざる客は帰っていった。




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