「どうしたの、変な顔して。」

海軍少尉を見送り、居間へと戻ってきたサンジの戸惑い気味の表情を見て、ナミが問う。

「ルフィを追う、ってさ。」
「そう。」
「驚かないの?」
「とり憑かれてるのよ。」
「?」
「ルフィに。」

一度魅入られると、逃れられないの。

私みたいにね。





愛のある島2  



act5:写真


「電話、誰からだった?」
「ヘルモルオート氏。」
「は?」
「この国の大統領よ。」
「はぁぁ!?」
「もうすぐ世界政府の海軍がそちらに行くだろうから、気をつけるようにっていう忠告。一足遅かったけどね。」
「ななな、なんで!?」

どうして、大統領がナミに電話なんかを?
そして、どうしてそんな個人的な忠告をするのか。
ますますサンジには分からない。

「さぁ? 自国民を守る義務からかしら? それとも、お互いに昔海賊をやってたよしみ?」

あっけらかんとナミは言う。
半年ほど前のカテドラル大学の懇親パーティに大統領が来て、そこで会話を交わして以来、よく電話がかかってくるようになったのだという。

カテドラルアイランドの創始者でもあるヘルモルオート氏は元海賊で、政界政府と海軍に追われ続けた末に、この島にたどり着いた。そして、もう一度人生をやり直そうと「カテドラルアイランド」を建国、彼の海賊の一味が最初の国民となった。

それにしても、国家元首まで手懐けるとは・・・・さすがナミさんだ、とサンジは内心舌を巻いた。

「写真、よく似てたよね。俺、実をいうと、ホンマ物かと思った。」

ジュニアが呟いた。
写真とは、海軍少尉がナミとサンジに見せた写真のことだ。
しかし、 ふと、ジュニアはキッチンに押し込めておいたことを思い出して、ナミが訊く。
ジュニアが少尉と直接相対したのは、リビングテーブルにお茶を出した時だけだ。

「あんた、どうやって見たの?」
「コレで。」

ジュニアは手に持って掲げて見せる。
双眼鏡だった。

「母さんが、サンジさんに写真を渡した時に、コレで見た。」

そんな一瞬の隙をついたのかと、ナミは半ば呆れてジュニアを睨む。

「母さん、どうして写真貰わなかったの?俺、もう一回見たかったのに。」
「あんたねぇ。」
「実はあったりして。」
「「ええっ!?」」

驚いて、ナミとジュニアが同時にサンジの方を振り返った。
サンジはスーツの内ポケットから、紙片を一枚取り出した。
人差し指と中指に挟んで、二人の目の前に提示する。

「サンジくん、もしかして、スッたの!?」
「まさか、ナミさんじゃなるまいし。」

ナミは一瞬ムッとしたが、すぐ気を取り直した。

「じゃぁ、どうしたの・・・・・それ?」
「ギンに、貰ったんだ。」

サンジが、カテドラルアイランド行きの周航船に乗り込む時、サンジの目の前にギンが現れた。
そして1枚の紙片――写真――を手渡していった。

「ギンて、誰?」

ナミとジュニアはきょとんとした顔をしている。
サンジはガクっと肩を落とした。

「そうか、二人ともギンのことは知らないんだ・・・・。」
「もしかして、サンジくんの恋人?」
「単なる古い知り合い。」

これはさっきの仕返しだろうかと、ムッとしつつ、そっけなく答えた。
続いてサンジは簡単に二人に説明した。海上レストラン「バラティエ」においての、かつてのギンとサンジ、そしてルフィとの関わりなどを。

「そのギンさんとやらが、この写真を入手したの?」

そこには、海軍少尉が持ってきた写真よりも、ずっと鮮明な麦わら帽子が写っていた。
その帽子を手に持つ店主が、海軍側の写真にも写っていたのと同じ人物だということは、すぐに分かった。

「ギンはこの店に行って、店主から直接この写真を貰ったそうだ。かつてルフィに会ったことがある――という共通の話題で盛り上がって、ね。」

ナミは苦笑いを浮かべる。

「ま、それだけならよくある話なんだけど、問題はこの店がある島の所在地だ。ルフィが沈んだ海域にある。」
「それだって、よくある話でしょう。」
「・・・・・・まあね。」

サンジのどこかもったいつけた返答に、ナミが目を細める。

「なによ、もしかしてサンジくん、これが本物だって言いたいの?」
「いや、そうじゃないけど。実は正直なところ、写真をギンから受け取ったものの、ナミさんに打ち明けるかどうかさえ迷っていた。でも、さっきの海軍のおっさんの話を聞いて、ちょっと気が変わった。」

その真意を探るようにナミはサンジを見た。

「これを最後に、ルフィの捜索が打ち切られるってこと。」

確かに、海軍少尉は告げていた。


―――モンキー・D・ルフィの捜索は、これを最後に打ち切られることになりました。今回のが最後の手がかりだった―――


「・・・・・・。」
「もしかしたら、ホントに最後の手がかりかも・・・・と思うとさ。」

捨て置けない気がして、とサンジは言った。

「母さん、見に行こうよ!」

ジュニアが突然叫んだ。

「写真だけじゃ分からないよ。見に行ったら、本物かもしれない!それに、店主から何か話を聞き出せるかもしれない。消息までは分からなくても、俺達のこと、何か言ってたとか。」

ジュニアの最後の言葉に、ナミもわずかに肩を震わせた。

「ここで手をこまねいてても仕方ないよ! 俺達、この島に閉じ籠もって、一度も自分達の力で、父さんを探そうとしたことないんだよ!?」
「それは島の外に出たら、ナミさんとて賞金首だからだ。この島にいるのは身の安全を守るためだ。」
「でも一度くらい、探しに行ってもいいんじゃない? ここで待つだけなんて虚しいよ! そんなに捕まるのが怖いの?」

「黙れ、ジュニア。」

今度はサンジが鋭く制した。

「ナミさんがここから一歩も出ないのは、お前のためだ。万が一ナミさんが捕まったら、残されたお前はどうなる? 一人で生きていかるのか? だから、ナミさんは決して外海へ出なかったんだ!」

それを聞いて、ジュニアは悔しそうに顔を歪める。

「・・・・・・俺は、一人でも平気だ!」
「ヘッ、よく言うね。ついこの間まで、ナミさんが夜遅く帰宅するだけで泣きそうになってたヒヨっ子が!」
「でも、もう子供じゃない! 母さんがいなくても、やっていける!」
「お前なぁ・・・!」

「分かったわ。」

激昂して言い合う二人とは対照的に、いたって平静なナミの声が響いた。
二人は口論をぴたっと止めて、壁にもたれて腕組みをして立っているナミを見た。

「じゃあ、私、ちょっと行ってくる。」

「「ええっ!?」」

どういう心境の変化かと、ケンカしていたことも忘れて、サンジとジュニアは顔を見合わせる。

「サンジくん、一緒に来てくれる?」

そう言われて、我に返ったサンジは闇雲に大きく首を縦に振った。

「ジュニア、あんたは留守番。」
「ええーーっ!?」

当然自分も行くものと思っていたジュニアが、大きく不平の声を漏らした。

「なんでだよ、連れてってよ!!」
「あんたは、受験勉強しなくちゃいけないでしょう。旅に出たら、いつ帰ってこれるか分からないし。」
「そんなのどうでもいいよ!」
「よくない。それに私達が二人とも留守にして、その間にルフィが帰ってきたらどうするの? だからアンタは留守番よ。」

ジュニアは反論したかったが、できなかった。
珍しくナミから有無を言わさぬオーラが出ているのを、敏感に感じ取ったからだ。

「そうと決まれば早い方がいいわ。準備してくる。」

ナミは後ろ手に手を振り、居間を出て行った。

後に残された二人はもう一度顔を見合わす。
ジュニアは、当惑したような、打ち捨てられたような、ちょっと情けない顔をしていた。
弱々しくサンジに近づいて、母さんを怒らせたから連れてってくれないのだろうか、と尋ねた。
サンジは心配すんなという意味を込めて、ジュニアの髪をくしゃっと撫でた。




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