愛のある島 −2−





翌朝、空は抜けるような青空の快晴だった。
ゾロが起きた時には、もうナミは起きていて、お弁当を作り終えたところだった。
父親に似て、寝ぼすけのジュニアを叩き起こし、車に乗り込むと、港までドライブ。
そして、港に係留しているナミのレジャーボートに乗り込んだ。

ナミはもう3年も本格的な操船から離れているはずなのに、危なげなく帆と舵を操る。それらはまるでナミの手足の延長であるかのように、彼女の意思によって自由自在に動かされる。昔と変わらぬ腕前にゾロは舌を巻いた。

この女はやはり海の上にいるべきではないのか。
海上こそが、彼女の真の居場所なのではないか、と思えてくる。

時々ジュニアと操船を代わる。さすがにナミ直伝の教えを受けているだけあって、10歳にしてもう見事な操船だった。
その間に、ナミはゾロのそばに来て、いろいろと説明してくれる。
やがて、ナミは離れていく海岸線に向かって指を差した。

「あれがカテドラル断層。原因は不明なんだけど、1000年前に突然島が真っ二つに割れて現れたの。」

地層が幾重にも重なっている様子が、まるでゼブラの白黒の縞模様のように見える。

「そして、黒く見える部分が、カテドラル鉱石。この島の富の源泉よ。」

カテドラル鉱石は、この島でしか産出されない奇石で、この島の名称の由来にもなっている。
この鉱石をある工程で、異なった電圧を加えると、ダイヤより硬くなったり、水のように滑らかになったりする非常に不思議な鉱石なのだ。
その希少性と用途の広さから、世界中から求められ、ダイヤよりも高い値段で取引され、この島に莫大な富をもたらした。
カテドラルアイランドは、この鉱石の専売を後ろ盾にして、世界政府から独立し、更に対等の関係を築くことに成功したのだ。

「そして、私達の目的地は、真っ二つに割れてできたもう一つの島。」

そう言って、ナミは今度は反対側の島を指差した。
こちらは、表層が崩れ落ち、所々に岩面が露出するだけで、ほとんどが木々の緑で覆われている。

「カテドラルアイランドはこの二つの島の総称なのよ。」

船はゆっくりと海岸線を回り、やがて、砂浜の見える浅瀬へと出た。
ナミが、ゾロに今度は海の中を見るように促す。
どこまでも青い海。とてもキレイな水で、非常に透明度が高い。
色とりどりの珊瑚礁と、それに負けないくらいの派手な色をした魚がゆうゆうと泳いでいる。
浜辺には、既に水着姿の人々が寛いでいる。しかし、決して混みあっているわけではない。海の中の魚と同じようなゆったりとした時間がそこには流れていた。


3人は船上で遅めの朝食をとると、船を置いて、浜辺へと向かった。
浜辺に辿り着いた途端にナミは、大きなビーチパラソルを立てて、その中に引っ込んだ。

「この歳になると、日焼けは大敵なの。」

ジュニアがゾロを引っぱって、海へと誘う。
いきなり、2キロは離れているように見える岩のところまで、どちらが早く泳げるか競争しようと言われて、少したじろぐ。
GM号を降りてから、あまり泳いだことがないことに気づいた。
しかし、根っからの勝負師なので、挑まれると断れない。しかも、子供相手にできないとか、負けるとか言いたくない。

ジュニアは勝つ自信があって、そういう勝負を挑んできたのだろうが、さすがにゾロには負けてしまった。

次に、砂浜で相撲をしようと言ってきた。
まだまだ圧倒的な体格差があるため、ジュニアは簡単に投げ飛ばされてしまうが、彼は非常にしぶとかった。何度倒されても立ち上がってくる。決して怯むことなく、突進してくる。不屈の闘争心とこのしつこさが、父親とよく似てるな、とゾロは思った。
ジュニアは悪魔の実の能力者ではないので、ルフィのような強さはないが、その心意気は既にルフィに勝るとも劣らないのだ。

「ちょ、ちょっと休憩!」

ついにゾロが大声で叫んだ。

「ええーーーーっ!」

ジュニアからは不服の声が上がる。

「あんまり連続して運動すると、かえって身体に良くない!休憩!休憩だ!!」

そう言って、ゾロはやっとジュニアから逃れることができた。
ナミのパラソルのところまで戻ると、ナミがクスクス笑ってゾロを見ている。

「何が可笑しいんだ。」
「けっこうバテたんじゃない?ジュニア、元気の塊だから。それにすんごくしつこいでしょ?」

図星だった。

「サンジくんも同じように相手させられて、いつも音を上げちゃうのよね。でも、ゾロの方がよくもったかな?」
「はっ、当然だ。」

そう言いながら、ゾロはナミの隣りにドカッと腰を下ろした。
少なくとも、サンジに勝ったことに、内心ホッとしていた。

そのまま、ゾロはどこまでも青い水平線を見つめる。

「キレイなところだな。」
「大富豪、政治家、役人、軍人、マフィアから一級犯罪者まで。現役を引退した人たちが、世界中からここに集まってくるわ、終いの住処、安住の地を求めて。だからこの島は、地上のラストリゾートって呼ばれているのよ。」


ラストリゾート。


では、自分には一番かけ離れている場所なのだ。
自分には安住の地などいらない。少なくとも今は。
自分がこれから行くのは、修羅の道なのだから。
それなのに、それを飛び越えて一足先に冥土に来てしまったのか?

そんな奇妙な気持ちがゾロの中に芽生えた。

「ルフィはこの島に何度くらい来たんだ?」
「?うーん、何回かなぁ。あんたが入国しなかったあの日と、ここの別荘を買った日と、それから―――」

ナミが指折り数えながら記憶を辿っている間、ゾロは、さんさんと降り注ぐ日差しの中、砂浜に立つルフィを想像した。
そのルフィは、麦藁帽子を目深に被っているせいで、その表情までは窺い知れない。
ルフィなら、ジュニアがそれこそバテるまで、相手をすることができるんだろうな、とゾロは思った。

「それと、ルフィと結婚した日と―――。」

突然飛び込んできたナミの声。

「そうか、お前ら、結婚してるんだったな。―――なんで結婚したんだ?」

この質問には、逆にナミが目を丸くした

「どうして、そんなこと聞くの?」
「いや、船にいたときは、そんなこと考えもしてなかったのに、船を降りた途端に結婚したから、なんでかなって…」

ゾロのいつになく自信無さ気な言い方に、ナミはやさしく微笑んで答えた。

「私が船を降りたのは、地図を描くため。確かにそうだったんだけど、もう一つの理由があったの。それは、ジュニアが7歳になって、学齢期になったから。ジュニアは小さい頃から学者になりたがっていたから、ちゃんと学校に行かせてやりたかったの。それでルフィと相談して、私とジュニアは船を降りることにしたのよ。」

ジュニアの夢のことは、ゾロもよく知っていた。

「それで、この島の居住申請をした時に、ジュニアの父親のことを聞かれて、いろいろ話してたら、結婚してた方が税制上有利だってアドバイスされてね。あと、婚姻関係があると、ルフィの出入国審査が簡略化されるんだって。その他にもいろいろ夫婦であるメリットがあって、結婚することにしたの。」
「へぇ。」
「ゾロ、私も聞いていい?」
「ああ?」
「ゾロ、グランドラインに入るって言ってたわよね。彼女のことは、どうするの?」

瞬間、ゾロの顔色が変わる。

「何よ、その反応。まさか別れたんじゃないでしょうね。この私を振ってくっついたんだから、あんた達がうまくいってないと腹が立つのよね。」

この質問にはとても勇気が必要だった。
いまだに、どうしても彼女のことを名前で呼べない。

「もう会って、このこと、告げたんでしょう?」
「・・・・いや。」
「うそ、なんで?」
「告げてどうする?」
「どうするって・・・・待っててもらうんだから、それぐらいしたって・・・・」
「待っててくれなくていい。」
「待っててくれなくていいって・・・・どういうことよ?」
「言葉通りの意味だ。待たれたくない。待たれることは、俺にとっては足枷だ。」
「ウソよ。」
「何が。」
「待たれることが足枷なんてウソだわ。待っててもらえるってことは、帰る場所があるってことなのよ?それが嫌なの?」
「―――帰れないかもしれない。」

一呼吸置いた後、ゾロはそれだけ言った。
一瞬、ナミは息を呑む。

「帰りたくても帰れないかもしれない、もし負けたら。」
「・・・・。」
「もちろん、勝つつもりでいる。でも、叶わないこともあり得る。
そうしたら、待っている者はどうなる?・・・・そんな想いはさせたくない。」

ゾロの表情は苦しげだ。軽はずみで言っているわけではないのだと十分に分かる。

でも、
それでも。

「自分勝手ね。」
「なに?」
「待つことが、待てることが幸せなこともあるのよ。少なくとも、今の私はそうだわ。」



ナミは待っている、もう2年も、ルフィの帰りを




「さっき、私達が結婚した理由を聞いたわね。理由は他にもあったの。知ってる?世界政府の結婚制度ではね、死亡の知らせが、必ず配偶者のもとへ届けられることになってるの。知らせだけじゃない。可能であれば、遺体や遺品も。
ルフィはこの制度を聞いたときにこう言ったわ。」


―――へぇ、死んでも最後には、ナミのところへ帰れるんだな。じゃ、結婚しよっか。


「私は待つわ。ルフィが帰ってくるのを。例え死の知らせであっても。いつまでも待つ。だって、私がルフィの港なんだもの。」
「しかし、それじゃ、お前は―――」

一生ルフィにとらわれたままじゃないか。

「ゾロ、女はね、そんなに弱くないのよ。愛する男が信念を持って旅立つなら、喜んで後押しできるし、生涯待つことができるの。ゾロにとって、彼女はそういう存在じゃないの?」

ナミはゾロの顔を覗き込むが、ゾロは目を伏せたままだった。
その時、突然、ナミは立ち上がった。
それに合わせて、ゾロの顔もナミを追うように上向く。

「ゾロ、彼女は、今、この砂丘を越えたところの海軍宿舎にいる。」

そう言いながら、ナミはそちらの方向を指で差し示した。
ゾロの目が見開かれる。

「あんた、本当は、彼女に会うためにこの島に来たんでしょ?今、彼女がこの島の海軍基地で訓練中だっていうことをどこかで調べたのね。そうでもないと、あんたが大事な刀を置いて、入国してくるわけないものね。」

2年前は、刀の没収に我慢がならず、頑なに入国を拒否したゾロ。
そんなゾロが、命よりも大切な三刀の没収を甘んじて受けてまで入国した理由は、ただ一つ。
彼女に会うため。
他に考えられなかった。

「いつから気づいてた?」

ゾロは溜息混じりに言った。

「ゾロが大学に現れた時からピンときてた。それで、その後すぐにこの島の海軍基地に問い合わせたの。彼女がこの島に来ているんじゃないか、いるとすればどこにいるのか。」
「まさか、片付ける作業があるからって、俺を追い出してた間に調べたのか?」
「そうよ。」

なんてことだ。会った早々から全てお見通しだったとは。

「ったく・・・・お前にはかなわねぇな。」

感心半分、あきれ半分という風なゾロ。

「なんでか知らないけど、私、昔からゾロのことは何でもすぐに解るのよね。」

それが仇になって、別れることになったのだとナミは思う。
普通なら気づかないようなゾロの心の変化を、すぐに察知してしまった。

そして、そんなナミを一番理解してくれたのがルフィだった。
ルフィには隠し事ができなかった。全てを見る瞳で見つめられ、丸裸にされてしまう。

ゾロもゆっくりと立ち上がり、ナミの目を真っ直ぐに見た。

「俺はルフィのことなら、すぐに解った。俺たちが付き合い始めてから、すぐにルフィがお前に本気で惚れてるってことも。」

そのせいで、ナミへの気持ちに距離を置いてしまったのかもしれない。
そんな心の隙間にあいつが入り込んできた。

「私達、お互いに理解する相手を間違えてるわね。」



ルフィがナミのことを理解して、
ナミがゾロのことを理解して、
ゾロがルフィのことを理解していた。

そんな風にグルグルと思いが回っていた。



「ゾロ、これ。」

ゾロに小さな鍵を差し出す。

「なんだ、これは?」
「うちの別荘の鍵。自由に使っていいわよ。当面生活するぐらいの物資も備蓄してあるし。水道も電気もガスも電話も通ってる。そこで、じっくり彼女と話し合いなさい。これからのこと。別に彼女にプロポーズしていけとまでは言わないから。」
「なるほど。」

そうするか、と呟くと、ゾロは鍵を受け取った。

「出るときは、鍵を植木鉢の下にでも置いておいてくれればいいわ。わざわざ返しにこなくてもいいからね。」
「そいつはどうも。」
「ゾロ。」
「なんだ?」
「ベッドのシーツだけは替えておいてね?次に行ったとき、ジュニアには刺激が強すぎるから。」

ナミがおどけて言うと、ゾロから「何言ってんだ」と。

それでナミは、大声を上げて笑った。


海軍宿舎へと向かうゾロが、もう一度振り向いて、ナミの名を呼んだ。
なに?と問うと、

「ありがとう。」

ナミは再び笑顔で答えた。





段々とゾロが遠ざかり、小さくなっていく。彼女のもとへ真っ直ぐに向かって。


あの時もそうだった。今日と同じように、自分がゾロの背中を押した。彼女のもとへ行くようにと。
ゾロの後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、振り向くとルフィがいて、彼にすがってワンワン大声をあげて泣いたのを、今でもよく覚えている。



あの時と違うのは、もう振り向いても、ルフィはいないということ。





ああ、今、無償にルフィに会いたい――――














「母さん?」

呼ばれて振り向くと、
そこにはルフィと自分の愛の結晶。

「ジュニア。」

今度はナミが呼んで、ジュニアを手招きすると、そばに寄って来た彼を、力一杯ぎゅっと抱きしめた。

「どうかしたの?」
「別に。どうもしないわ。」
「ゾロさんは?」

ナミは少し身体を離して、片手をジュニアの肩に置き、もう片方の手で愛しげにジュニアの、自分と同じオレンジ色の頭髪を梳った。

「ゾロはね、ここで他に用事があるんだって。」
「ふーん。」

ジュニアがじっとナミの顔を見る。

「何よ。」
「母さん、またゾロさんに振られたんだね。」
「はぁ?」
「父さんが言ってた。『ナミがゾロに振られたから、仕方なく付き合ってやったんだ』って。」

(信じられない!あんなに私のこと、好き好き好き〜とか言ってたくせに!よくもぬけぬけとそんなウソをつけたわね。子供相手になんて見栄をはるのかしら。)

内心でひとしきり毒づいた後、ナミはニッコリと笑って言った。

「違うわよ。ルフィが私にそれはそれはベタボレで、仕方なくゾロを振って、ルフィと付き合ってあげたのv」
「どっちでもいいや、別に。」

ふーっと溜息をついて、ジュニアは呆れ顔だった。

「さあ、帰ろう、ジュニア。うちへ。」


(私と、ジュニアと、ルフィの家へ。)





―――ナミ、好きだ!好きだ、好きだ、好きだーーーーっ!!愛してる!!!

何度も言われた呪文のようなルフィの愛の言葉。
時には大声で、時には囁き声で。
今でも頭の中でこだまする。
私を今でも支えてくれる。



ゾロの彼女への愛がある。

彼女のゾロへの愛がある。

私のジュニアへの愛。

ジュニアの私への愛。


私のルフィへの愛。



そして、ルフィの私への愛。




たくさんの愛がある。






今、この島には、愛が溢れている―――――







FIN







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<あとがき或いは言い訳>
未来捏造話でした。私のルナミってこんな感じなのかな。
ネタとしては歴史が古く、サイト開設前から抱えていました。しかし、ルナミ、ゾロたし(名前は出てきませんが、たしぎを想定して書きました)話なので、長らく封印されてたのです。ルヒ誕の時に書こうと試みましたが、時間がなくて断念。ナミ誕で再挑戦となりました。が、一体何が言いたいのやら、わけわかめな話に。玉砕です(T_T)。
これだけは言っておきたいのですが、このお話の中のルフィは死んでません!

海の幸・山の幸のおはぎさんが、このお話のその後の「ゾロたし別れ話編」を書いてくださいました。過去のゾロナミの別れ話もあり。ゾロナミストでも心臓の強い方にはぜひ読んでいただきたい(笑)。宝物庫から飛べますが、ここからも飛べます→

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