このお話は『
盗難』の続編です。





ウソップの誕生日の翌日に起こった「無人島・ウソップの芸術的釣ざお盗難事件」は、無事に解決した。
犯人は鳥だった。
しかし、まだ一つの謎が残っていた。
事件前夜にナミが取った不審な行動。
目撃者のゾロの証言によると、

「みんなが寝静まった後、一人どこかへ出かけて行った。」

「それをナミに告げると、ひどく動揺した様子を見せた。」



ナミは一体、どこへ行っていたのだろうか?






安眠妨害





男部屋の扉が開き、げっそりやつれた表情のゾロが降りてきた。
彼のこういう顔を見ることはほとんどない。
この船のクルーの中でも屈指のタフガイ。そんな彼がここまでの表情をするとは。
先に部屋にいたルフィとチョッパーがビックリして目を丸くする。

「なんだ?そんなにナミにこき使われたのか?」

ルフィが思わずそんな声をかけた。
そう。
ゾロは、盗難事件でナミを犯人と疑ったカドで、一日ナミにいいように使われる運命となったのだ。

「あの女、魔女だ…。」

その場に幼稚園児がいたら、間違いなく泣き出すような荒んだ声で、目つきの悪い三白眼をさらにきつくして、ゾロは呟いた。一体全体どうこき使われたのかは知らないが、一瞬にして、今日がゾロにとって非常に屈辱的な一日だったということを物語るには充分だった。
ゾロがどう、と床の上に腰を下ろしたところで、ウソップが部屋に入ってきた。

「あ、ゾロ。いいところにいた。」

何だ?とゾロは目だけをウソップに向ける。

「あのこと、ナミに訊いたか?」

「何の話か知らんが、俺にあの女のことを訊くんじゃねぇ。」

「何の話だ?」

代わりにルフィがウソップに尋ねる。

「ほら、夕べ、ナミが一人でどっか行ったって言ってただろ?」

「ああ、お前、昼間もサンジにそんなこと訊いてたな。」

「ウソップ、てめぇまだその話してんのか。あんまりレディのことをあれこれ詮索するもんじゃねぇぞ。」

途中、会話を割って、今度はサンジが男部屋に入ってきた。明日の朝食の仕込みを終えて、寝るために部屋に戻って来たのだ。

「だってさ、あのナミが、ゾロに目撃されたってだけで、ひどく動揺してただろ。こりゃただ事じゃないのかなって。あいつ、秘密主義だしさぁ。また何か変なモンを一人で背負ってんじゃないかと。」

「「「・・・・・」」」

ウソップの言葉に、チョッパーを除く4人の頭の中にアーロンのことが浮かび上がった。

「そりゃ、ねぇな。」

しかし、すぐさまサンジが否定した。
なんでそんなことを言い切れるんだという顔をウソップがすると、

「そんなの、ナミさんの笑顔を見てりゃわかる。あれは、正真正銘掛け値なしの、本物の笑顔だよ。」

「「「!!」」」

サンジのその言葉に、他の4人が惚けたようにサンジを見つめた。
そして、

「お前、珍しくイイこと言うなぁ。今のはグッときたぜ。」

他の3人の心を代弁するかのように、ウソップが胸にこぶしを握った手を当てて言った。
珍しくは余計だとサンジは軽く流して、

「もう、そのことはいいだろ。寝ようぜ。
・・・・ただ、俺にはナミさんが何を秘密にしているか、一つだけ思い当たることがあるんだが…。」

さっさとハンモックの方へ向かいながら、サンジは独り言のよう漏らした。

「おい!こら待て!」

「てめぇ!思わせぶりなセリフを吐いて去っていくんじゃねぇ!」

ウソップとゾロが叫ぶ。


寝ようともがくサンジを取り押さえて、4人は円陣になって座る。

「さあ、知ってることを吐いてもらおうか。」

「言ってもいいが・・・・。これ聞いたら、お前ら、きっとショック受けると思うよ、うん。」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと言え。」

ゾロの凄味をもろともせず、サンジは一つ咳払いをすると自説を語り始めた。

「状況はこうだ。真夜中、宴の後、仲間は酔いつぶれる、あるいは寝つぶれる。それを狙ったかのように起き上がり、仲間のそばから立ち去る・・・・これは、ある古典的な事柄に結びつく。」

「「「「・・・・・」」」」

サンジの長口上に辟易しながらも我慢して聞く。

「俺たち仲間はまあ言えば、家族みたいなもんだろ?」

「ふんふん。」

そう同意を求められて、ルフィはその通りだとばかり相槌を打つ。

「真夜中に家族の目を盗んで出かける。これはつまり。」

「「「「つまり?」」」」

ルフィ、ゾロ、ウソップ、チョッパーの声が妙にハモった。
サンジはここで深呼吸し、人差し指を立てて言った。

「男との逢い引き。」


しーん。
一堂沈黙。


しかし、それは決して、サンジに賛同してのものではなかった。
と、同時にさっきまで上がっていたサンジの株が急暴落した。


やがて、ゾロがハァーーーっと深々と溜息をついた。

「なんだよ?何か文句でもあんのか?」

その溜息を聞きとがめて、サンジがそう言うと、

「大ありだ!無人島で男とどうやって逢い引きすんだ!相手の男はどこにいるんだよ!」

ゾロが叫ぶ。しかし、サンジはケロッとして言い返す。

「男ならいるだろ。」

「どこに!」

「俺達。」

「はぁ?」

「つまり、人目を忍んで出て行ったのは、俺達の中にもいるってわけだ。ナミさんは俺達の中の誰かとと付き合ってるんだよ。そして、そいつは今もシラを切っている。どうだ?ショックだろ?」

「お前の頭の中ってのは、異次元になってるのか?」

「まぁ、そう言うな。可能性の話をしたまでだ。この中に全くいないってお前に言い切れるか?」

「・・・・」

「ここらで腹を割って話そうじゃないか。因みに言うと、俺じゃない。」

なんとも情けない自白である。

「ゾロ、お前か?」

「俺とあいつが付き合ってたら、まず、今日の苦役は無かったろうよ。それにそもそも俺がこの話を持ち出したんだ。俺が忍んでの逢い引きの相手なら、そんな話題をお前らの前で振るわけないだろ。」

「それもそうだ。じゃ、チョッパー?」

チョッパーはブルブルと頭を振る。
素直なチョッパーの反応にそのまま流しそうになりながら、ふと思い当たって、サンジが別の問いをチョッパーに。

「ちょっと訊くけどよ。お前って、人間の女かトナカイのメスか、どっちに反応するわけ?」

ドカッとサンジがゾロに殴られた。

「えー、じゃあ、ウソップは?」

頭をさすりながら、先ほどまでの問いかけをウソップに向ける。

「俺にはー!別に心に決めた人がいるー!」

サンジは、ウソップその熱い視線の先を、あえて見ようとはしなかった。
残るは…。

「ルフィ、てめぇか?」

「え?そうだな、ナミがそんなに俺と付き合いたいって言うんなら、付き合ってやってもいいぞ、別に。」

そう言って、ルフィはテヘヘと照れながら頭を掻く。

「誰がいつ、ナミさんと付き合ってくれって頼んだ!?」

「違ったか?」

「全然違うわ!」

「これでお前の説は崩れたな。今の状況でナミが男と付き合うなんざ、不可能だ。俺達のほかに男はいないわけだし。」

ゾロが腕組みをして、サンジに向き直って言った。

「ま、そういうことになるな。」

サンジも自説を言ったものの、やはりありえないとの自覚があったのか、案外あっさりと矛先を納めた。


「もしかしたら、男が乗った船がこっそりと並んで走ってたりしてな。」

そんなことを、ルフィがしししと笑いながら、冗談めかして言った。
他の男達は、ゴーイングメリー号の後を、エースが乗っていたような小船が必死で追いかけてくるようなイメージを頭の中で思い浮かべた。

「そんで、島に着いた時だけ、こっそり会ってんだ!」

「久しぶりー、会いたかったわーってか?」

ウソップがルフィの言葉を受けて、がばっと己を抱きしめる素振りをしながら言った。

「まさかー。」

わははははは、と全員が笑う。

「案外、俺達が知らないだけで、もうこの船に乗ってたりして!」

「うまく俺達に見つからないように隠れてるんだな。」

「そう、そう!例えば、ナミさんの部屋に匿われてたり。」



しん。



またもや沈黙。
最後のサンジの言葉だけが、妙にいつまでもフワフワと辺りに彷徨っていた。


ナミの部屋は男達にとっては、決して無断で入ることのできない禁断の部屋。
そこでナミが何をしてるのか、どういう風に過ごしているのか、案外みんな知らない。
あそこなら、男一人くらいなら匿うことも可能だ。

「いやー。まさかー。」

サンジは自分で言っておきながら、妙に他の仲間達が真顔になったのにびっくりして、自分でフォローを入れる。

「そうだよ、そんなはずないよ・・・・。いくらなんでも気づくよね・・・・。」

チョッパーがおどおどと自信なさげに言う。

しかし実際のところ、ナミはアーロンのことを悟られないように隠していたように、物事を秘匿するのがうまい。
だから、ナミが例え素振りも見せず、おくびにも出さなくても、何事かを抱えていることは充分ありえるような気がしてならなかった。

「いや、むしろ問題なのは、ナミに男がいるとか云々よりも、その男にまた何か脅されたりしてないかってことだ。」

ウソップが心配気な表情で言った。彼の当初の不安をもう一度口にした格好だ。
好きな男ならまだいい(それはそれで腹立たしいが)。
でももし、ナミの意に染まずに潜入している奴だとしたら?


ついに、ガタンと音を立てて、ゾロが立ち上がった。
おもむろに緊急脱出口に向かうと、その扉をドンドンと拳で叩いた。

(なーにー?)

中から、ナミののん気そうな声が返ってくる。
どう聞いても、男を匿っているような緊張感はない。
けれど、ナミはウソを吐くのも仲間の中では一番うまい。

「賊が侵入しているかもしれないという情報が入った。お前の部屋も調べるぞ。」

ゾロが出し抜けにナミにそう告げると、部屋の向こうの空気が一瞬張り詰めたような気配がした。
続いて、カンヌキの抜かれる音がして、脱出口の扉が開けられた。

「本当なの?」

ナミが幾分青ざめた顔をこちらに覗かせて、訝しげにゾロに訊く。

「ああ、今夜の見張りのチョッパーがさっき見たらしい。なあ?」

突然振られたチョッパーは目を白黒させた。

「そ、そうだぞ!俺はバッチリ見た!変な小船が並走しているのを!」

チョッパーは先ほどのイメージを引きずっていて、思わず言ってしまった。
しかし、ナミはそれを信じて、戸口から身体を退かした。

「わかったわ。さ、入って調べて。」





男4人は、ナミの部屋の中を捜し回る。
当てがあるわけではない。でも念入りに。
ルフィがタンスの引出しを開けようとしたのを、寸でのところでナミに止められる。
“こんなところに人が入るわけないでしょ!”とかなんとか言われながら。

「ね?何か見つかった?」

ナミが先ほどから何度も訊いてくる。
この態度から、ナミは捜査に非常に協力的であることがわかる。
だから、ナミの部屋の捜索はもうその目的を達成していた。
すなわち、ナミは男を匿ってなどいない、ということ。
それでも、言い訳がたつ程度に架空の“賊”を捜す振りを、ナミ以外の全員が演じた。

しばらくして、

「いないようだな。」

ゾロが呟いた。
ナミが心底ほっとしたような表情を見せた。

「寝しなに悪かったな。じゃ、これで俺達は引き上げる。」

ゾロがそう告げて、脱出口に向かった。
すると、背後から腹巻に抵抗を感じた。
見ると、ナミがゾロの腹巻の端をつまんでいる。

「なんだ。」

今度はゾロが訝しげにナミに訊く。

「あのさ、今夜そっちで一緒に寝ていい?」

「はぁ?!」

ナミの突然の申し出にゾロが素っ頓狂な声を発する。
他の男達もそれを聞いて、目を丸くした。

「だって、その…賊っていうの?まだ本当にいないかどうか、分からないじゃない?もしかしたら、うまく潜んでいるのかもしれないし…。だから、この部屋で一人で寝るのが怖くって。」

てめぇがそんなタマか!とゾロは内心思ったが、ナミの言うことはもっともと言えばもっともだった。
一通り捜したとはいっても、賊が侵入していないと判断するにはまだ早い。
そう判断するのは、もう少し警戒態勢を取って、時間を置くべきだろう。
ただし、それは、本当に賊が侵入していたらの話だ。
今回の賊の侵入話は、仲間達がナミの部屋を捜索するための作り話なのだから、ナミが懸念するようなことは絶対にない。
でも、そのことはナミには告げられない。



結局、ナミはその夜、男部屋で寝ることになった。





「オジャマしま〜す。」

枕とタオルケットを抱えた寝巻き姿のナミの、幾分はしゃいだような声が男部屋に響く。
賊への心配はもちろんあるのだが、いつもと違うシチュエーションに興奮してもいる。
こういうイレギュラーなことは、なんとなく楽しいものだ。
その気持ちは充分に理解できるものの、それでもやはり、男達は突然の珍客に少々戸惑っていた。


まさかこんな展開になるとは。
そもそもなんでこんなことになったんだ?
最初は、昨夜のナミの不審な行動の理由を突き止めようとしていただけだったのだが・・・・。


そんな男達の様子に気づきもせず、ナミはソファを陣取ると、軽く埃を払うような動作をした後、そこに枕を置き、身を横たえた。身体の上にタオルケットを広げる。
そして、

「おやすみv」

と、極上の笑顔で告げた。

「「「「「・・・・おやすみ」」」」」

全員が毒気を抜かれたように呟いた。

“そうだ、寝るしかない”
“寝るべ、寝るべ”
“寝てしまえば、ナミがいてもいなくても同じだしな”
“仲間なんだから、たまにはこういうのもいいな”
“・・・・寝られるかな”

様々な心中の葛藤はあるものの、男達は全員所定のハンモックに身を沈めた。

しかし、一部を除いて、男達はすぐに自分達の認識の甘さに気づいた。


ナミの規則正しい寝息が響く。
ルフィのいびきの方がずっと大きい音なのに、ナミの寝息の方がよく耳に届くとは、どういうことだろう。
また、時折、ナミが寝返りを打つ。
最初はしっかり身に纏っていたタオルケットが、その動きによって捲くれあがる。
暑さのため、ナミの今日の寝巻きは、Tシャツにショートパンツというものであったので、捲くれたタオルケットとソファの隙間から、剥き出しの足が覗いて見えた。
男部屋は真っ暗闇のはずなのに、それはまるで燐光のような光を発して淡く、真っ白に輝いて見えるから不思議だ。
また、更に不思議なのは、目を開いていると、その足に釘つけになること。
一旦見たら、目を閉じても、残像現象のように網膜裏に見えること。
これには参った。


「そもそもテメェが、愚にもつかない話を始めるから、こんなことになったんだ。」

もう眠ることを諦めたゾロだったが、その憤りをぶつけずにはいられなかった。
声を潜めながらも、さも忌々しげに言い放つ。

「俺は、仮説を言ったまでだ。無理矢理言わせたのはお前らだろう。」

サンジも負けじと小声で反論する。

確かにそうだった。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、どうしてサンジの説を前提にしてコトを進めてしまったのか。
しかも、真相は究明されないまま。


「てめぇの言い方が悪い。さも全部見透かしたような言い方しやがって。それでいて、ガセネタ。」

「そう言いつつも、けっこう、この話に乗ってきてたクセに、今更、人のせいにするんじゃねぇ!」

ゾロとサンジの言い合いが続く中、小声で「そうだ、ゾロが正しい!」「いや、ゾロが正しい!」と加勢するウソップの声が混じる。




「でも、良かったぁ。ナミに男なんていなくて…。」

その実感の篭ったチョッパーの言葉だけが、妙にいつまでも男部屋の中を漂っていた。







FIN


 

<あとがき或いは言い訳>
盗難」の続編です。ウソゾロ風味はその名残り(笑)。
で?結局ナミはどこに行ってたんよ?!っていうお怒りの声が聞こえてきそう・・・(ゴメンナサイ)。
実はコレ、ナミ誕の最終更新用に書いた話です。3/4は出来上がってたんですが、ナミ誕なのにこれでいいのか?という思いから逃れられず、途中で書くのを止めました。気にはなってて完成させましたが、「沈思黙考」に次ぐ恥ずかしさを感じる。「難」シリーズの続編は書くもんじゃないな。

しつこいようですが、この続編を読みたい方は、『
真相究明』へ

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