空を怪鳥が飛び交う。
その大きさたるや、人と同じくらいだ。
その鳥たちが発する不気味な鳴き声。
そんな声を聞いても顔色も変えない男が二人。
盗難
「なんだこの島、ロクな獲物がいねぇな。」
いつも肌身離さぬ三刀を腰に携えた男と、
「ああ、まったくだ。さっきから鳥しか見ねぇ。」
常にタバコの煙をくゆらす男。
昼過ぎに上陸したこの島で今夜はキャンプをすることになった。
無人島のこの島で食料を調達するには狩りをするしかない。
役割分担の結果、珍しく、非常に珍しく、ゾロとサンジという組み合わせとなった。
しかし、もうかれこれ1時間はうろつき回っているというのに、四足の動物とは一匹も遭遇しない。
見かけるのは空を舞う、或いは木々に止まっている大小の鳥たちだけ。
さすがに3次元を動き回る動物には手を出しても徒労に終わるような気がして、狩らずにいたが、ここまで戦果がないとなると、それも考え直したくなる。
この二人が1時間かけて、獲物ゼロという事態はちょっと悲しかった。
二人が顔を見合わせ、いよいよ鳥を狩ろうと決意した時、それまで上空を旋回していた怪鳥が急降下してきた。
―――サンジの頭めがけて。
「危ねぇ!」
思わず、ゾロがサンジに向かって叫ぶ。
サンジは寸でのところでその鳥の攻撃を交わし、次いで反撃に転じようと右足を振り上げた。
すると、
「ダメだぁ〜〜〜!!!」
という声とともに、今度は振り上げた足に物凄い勢いで絡みつくものが。
(なんだ?なんだ?)
サンジが右足を見ると、チョッパーが死に物狂いといった風情でしがみついていた。
「何やってんだ、お前?」
毒気を抜かれたサンジはゆっくりと右足を下ろすと、呆れ顔で今だにしがみついているチョッパーを見つめる。
その様をゾロも呆然と見つめた。
「ああ!もう!チョッパーったら、突然走り出すんだから!」
チョッパーのあとを追いかけてきたと見られるナミが、息を切らせながら呟いた。
「ナミさんv」
「ナミ!お前らは島の探索に行ってたんじゃないのか?」
今回の役割分担は、ゾロとサンジが肉の調達、ルフィとウソップが魚の調達(つまり釣り)、ナミとチョッパーはテント張りの後、島の探索となっていた。
「うん、それが終わって報告に来たところ。」
「報告?何の?」
「この島には食料になるような哺乳類がいないってこと。」
「ああ?」
「ここはね、鳥の楽園みたいなの。つまり、鳥の天敵となるような捕食動物がいない。それどころか草食動物もいないみたい。だから、ゾロとサンジくんがいくら狩りをしようとしても、対象は鳥しかいないってこと。」
「なるほどな。道理で鳥しか見かけないわけだな。俺達もちょうどこれから鳥を狩ろうかと思ってたところで―――。」
「こいつが飛び付いて来たんですよ。」
サンジがゾロのあとを受けて言う。足にしがみつくチョッパーを指さして。
「どうしたの?チョッパー。」
「今の時期、鳥を狩っちゃダメなんだ!」
「ああ?何でだよ?」
サンジはそう言いながら、自分の足からチョッパーを引き剥がす。
「今、彼らは繁殖シーズンなんだ。だから、きっとどこかに巣を構えていて、ヒナがいる!もし、彼らを狩ったら、そのヒナ鳥達はどうなると思う?」
親鳥を亡くしたら、十中八九ヒナ鳥は生き残れまい。それは自然の摂理。
「ああそういうことか。」
ゾロがそれじゃあ仕方ねぇなという風情で溜息をつく。
「でも、どっちかっていうと今のはあの鳥の方が、俺を襲ってきたんだぜ。あいつら肉食なのか?」
とサンジは言った。
確かにそうだった。先に手を出してきたのは鳥の方だった。鳥がサンジの頭目掛けて、急降下してきたのだ。
「いや、彼は肉食じゃない。」
「じゃあ、なんで攻撃してきたんだ。」
サンジが反問する。
「攻撃してきたんでもない。あの鳥は金色のものに目が無いんだ。」
一堂、一瞬絶句。
そして、サンジを除く全員がサンジの頭を見る。彼の頭髪は金髪だ。
「じゃあ、何か。あいつらは子育て中にも関わらず、好きな金色が目に入ったから、俺を襲ったって言うのか?」
サンジが上空を今だ旋回している怪鳥を指差して言った。
「うん、そうだよ。彼らには金色のものやピカピカ光るものを集める習性があるんだ。」
と、事も無げにチョッパーは答える。
それを受けて、
「まさしく金の亡者だな。まるで誰かみてぇだ。」
とゾロがうっかり発言する。
「あら、ゾロ?それって誰のことを言っているのかしら?」
「俺の発言に真っ先に反応する奴のことだよ。」
しばし、ゾロとナミの睨み合いが続いた。
***
結局、狩りは諦め、今夜の食材は魚介類中心のメニューとすることとなった。
4人は既に釣りを始めているはずのルフィとウソップがいる磯へと向かう。
ルフィは最初、今夜肉がないことに唇を尖らせたが、チョッパーが泣かせ口調で「ヒナ鳥から親鳥を引き離す悪者の話」を聞かせると、
「そ、そうだな!そりゃ、絶対狩っちゃダメだな!」
と感動しながら納得した。
「じゃあ、本腰入れて釣りにいそしむとするか。おい、ウソップ、釣竿くれよ。」
ゾロがウソップに声をかける。
「よし、ここは特別に俺様のアーティスティックな釣竿をゾロに授けてやろう!ちょっと待っててくれ。取りに行ってくる。」
別になんでもいいんだよ、釣れりゃな、とゾロは内心呟く。
「おい、ウソップ、俺の分も頼むぜ。」
サンジがそう言うと、ウソップは無言で自分の持っている釣竿をサンジに手渡した。
始め、サンジは黙って受け取ったが、ハタと気づいて言った。
「ちょっと待て。なんでゾロには特別な竿で、俺には何の変哲もない竿になるんだ。」
「気にするな。俺の好みの問題だ。」
そう言い置いて、ウソップは芸術的な釣竿を取りに行くべく、去っていた。
(好みの問題・・・どういう意味だ?)
とサンジは思いながら、ゾロを見る。バチッとゾロと目が合ったが、すぐに逸らす。ゾロは別段何も気に止めていないようだ。サンジは深くは考えないことにした。
やがて、ウソップが『アーティスティックな』釣竿を持って戻ってきた。
そして、
「ほらよ、ゾロ。」
と言って、ゾロに釣竿を手渡し、自分も同じ形の釣竿を持ってそのまま釣り糸を垂れるべく、海へ向かう。
「・・・・・。」
ゾロがなんとも形容し難い奇妙な面持ちで受け取った釣竿を見つめる。
同時にルフィもサンジもナミもチョッパーも見つめる。
それは釣竿には見えなかった。
「おい、ウソップ。」
ゾロがそう呼ぶと、ウソップが振り返った。
「なんだ?」
期待満面の顔。どう見ても訊かれることを予想していた顔だ。
そのご期待に応えて、ゾロは質問する。
「こりゃなんだ?」
「見てわからねぇか?」
わからねぇな、と目で答えた。
それには確かに釣り糸が付いていた。しかし、その形は弓なりの釣竿の形ではなく、鹿か何かの角のような複雑な形。いや、まるで木の枝だった。それも見事な枝ぶりの。
「どうだ、見事なもんだろう!これが新作の釣竿だ。」
ウソップが高い、もとい長い鼻をますます長くして、誇らしげに言う。
「どこがどう芸術的なんだ。ただの枝切れに糸付けただけじゃねぇか。」
サンジが呆れ顔で言った。
「フッ、そこがシロウトの浅はかさってやつさ。」
ウソップはさも馬鹿にしたように両手を肩の辺りに掲げ、肩をすぼめると、ため息混じりにつぶやいた。
(むっきー!!!)
「この口か!そういうえらそうな口叩くのは!この口か!」
サンジが思わず、ウソップの口に指を突っ込み、左右に思いっきり伸ばした。
「ふぁにふぉふる〜。」
「まぁまぁ、こいつの言い分も聞こうぜ。」
ゾロが二人をブレイクさせる。
サンジはゾロの腹巻で自分の指を拭いたが、これにはゾロは気づかなかった。
「これはだな、俺が彫刻してこんな風にしたんだ。本物の枝みたいに見えるだろ?」
「「見える見える。」」
とルフィとチョッパー。
「そんなシチ面倒くせぇことせずに、そこら辺にある枝に釣り糸つけりゃ一緒だろ。」
ゾロがそう言うと、
「いや、普通の枝じゃあ強度が足りない。釣竿特有のしなりは本物の枝じゃ耐えられないんだ。この新作釣竿のすごいところは、枝の形でありながら、釣竿のような強度も保っているところなんだ。」
その言葉に少しだけ、クルー達の目に感心したような色が浮かぶ。
「でも、どうして枝の形なの?」
ナミが問う。
「いい質問だ、ナミ。今のアートの潮流を知っているか?今の流行りは何と言っても『ネオ・ナチュラリズム』なんだ!この釣竿はまさしく『ネオ・ナチュラリズム』の体現だ!!」
「ネオ・ナチュラリズムって何です?」
サンジが小声でナミの耳元に問い掛ける。
ナミはその答えを皆に聞こえるような声で言った。
「『新自然主義』。技巧に走りすぎた芸術の世界で、もう一度自然本来の形を礼賛する主義のこと。つまり、自然にある形が一番美しいと唱えているのよ。だから例えば、木や草花、動植物を様々な素材でそっくりに表現したりするの。」
「それで?お前は何の素材でそれを作ったんだ?」
「木。」
「まんまじゃねぇか!」
「でもただの木じゃねぇよ。直径50センチの丸太からこの2本だけ彫り出したんだ。」
「へぇ、一木彫りか。」
「そうだ!すごいだ・・・ぐわっ!!!」
次の瞬間、ウソップは後頭部を押さえてうずくまった。
見ると、ウソップの背後で般若のような顔をしたナミが、殴った左手拳を赤くしながら立っていた。
「あんた馬鹿?あれは大切な船の資材なのよ?ボカスカ穴開けてばっかの船を修理するために必要な材木なの!それをあんなひょろひょろの釣竿二本にしたですって?馬鹿も休み休み言いなさい!」
ナミは目を吊り上げて、ウソップに向かって叫ぶ。
そのあまりの剣幕にウソップは一目散にゾロの背後に隠れた。
前回上陸した島には手頃な森林が近くには無く、仕方が無いのでナミはわざわざ「お金」を払って木材を調達したのだ。その大切な極太の木材が、細長い釣竿に転じてしまったのだから、ナミが怒るのは当然だった。
しかし、
「別にいいだろ、丸太の一本や二本ぐらい。ウソップも悪気はねぇんだし。そうだろ?」
ゾロが背後のウソップに問い掛ける。
ウソップは泡食った顔のまま、コクコクと大きくうなづいた。
「それに今日はこいつの誕生日なんだし、大目に見てやれよ。」
と更にゾロが言うと、
「そうか!ウソップの誕生日だったな、今日は!誕生日じゃあ仕方ないよな。ナミ、許してやれよ。」
とルフィが同調した。
「ちょっと!」
ナミが反論しかけたところで、
「ナミさんの意見が正しい!ウソップのしたことは、言わばつまみ食いと同じだ。備蓄の食材を先に食っちまうのと同じだよ。」
とサンジがナミの肩を持ち、言う。
「それも誕生日だからいいだろう!」
つまみ食いの常習犯のルフィが言い返す。
「てめぇは毎日が誕生日だっつーのか?」
「そんなもん、違うに決まってるだろ。お前、馬鹿か?」
「この口か!そういう口の訊き方をするのは!」
「お前らいいかげんにしとけ。それより、早く釣りしようぜ。日が暮れちまう。」
とゾロが至極まともなことを言った。
この島には午後3時頃に上陸。既に狩りとこの騒動で約2時間を無駄に過ごしている。
このゾロの発言で、ナミのウソップへの反論はうやむやとなり、とりあえず今夜の食材の確保に当たろうという空気になった。
ウソップの新作釣竿の戦果はまずまずのものだった。
****
キャンプファイヤーの火も勢いを落とし、ウソップの誕生日を名目とした宴が静かに幕を下ろした。
気候のいい島なので、ナミ以外はテントには入らず、思い思いの場所で眠りにつく。
サンジは火のそばの草の上で、ルフィは木の上で、チョッパーとウソップはくっついて並んでテントのそばで、そしてゾロはルフィが眠る木の幹にもたれかかって。
どうした訳か、ゾロは夜中に何か気配を感じ、目を覚ました。
寝惚けた目で見回すが、もう火は消えていて、辺りは真っ暗だった。
でも人の動く気配がする。
目も次第に暗闇に慣れ、物の輪郭、木々や草むらの境は見分けがつくようになってきた。
気配はテントの方からだった。
ナミだ。
ナミがなにやらゴソゴソと怪しげな動きをした後、忍び足でテントから離れていく。
その足音は林の方へと消えていった。
(しょんべんか?)
そんなことを思って、ゾロは再び眠りに落ちた。
***
翌朝、緩慢に世界は動き始めた。
宴の後片付けというのは、どこかしら寒々しいものがある。
宴が楽しければ楽しいほどその感じは一層強くなるのはどうしてだろう。
クルー達もご多分に漏れず、自分達の食べ散らかしを、昨夜のお酒が残る重い身体に鞭打って片付けていく。
比較的よく動いているのはサンジ。彼は朝に強く、船内でも片付けは彼の仕事の一つであるから慣れたものだ。しかも、サボろうとするルフィに蹴りを入れながら作業を行うから大したものだ。そして、ルフィはサンジに蹴り出され、川へ食器の洗い物に行かされた。
ナミも普通に動く。彼女は酒に強いから、多少の深酒でも日常に差し支えがない。それはゾロも同じで。
年長組が黙々と片付けを行っていたところで、その叫び声は聞こえてきた。
「た、大変だー!!!」
ウソップの声だった。
ウソップが顔に縦線を何本も入れた悲壮な表情をしている。
「おい、どうしたんだ。」
サンジが問うと、
「俺様のアーティスティックな、アーティスティックな、釣竿がー!」
その後の言葉を全員が待つ。
「ぬ、盗まれたーー!!!」
「ちょっと、どうして私を見るのよ?」
ウソップの言葉にクルー達は一斉にナミを見てしまったようだ。
「や、なんとなく。」
チョッパーが目を泳がせながら言う。
「条件反射みたいなものですよ、ナミさん。」
どういう条件だ、と思いながらもナミはすかさず反論する。
「言っておくけど、私じゃないわよ。私があんなみじめったらしい釣竿なんか盗むわけがないでしょう。」
「・・・・そうだよな、あんな貧乏たらしい釣竿なんか、ナミが盗むわけないよな・・・。」
チョッパーが復唱するように言った。
「お前ら、失言の応酬だぞ・・・。」
と目から涙を流すウソップ。
ウソップの話によると、夕べ、釣を終えた後、釣竿は全てテントのそばの荷物置き場にまとめて置いておいたそうだ。
そして、今朝、荷物の整理をしている時に芸術的釣竿の2本だけが無くなっているのに気がついたという。
「なるほど。ということは、宴の最中から今朝の未明にかけての犯行か。他の普通の釣竿はそのまま残ってたんだな?」
サンジが探偵よろしく、ウソップに質問する。
「ああ。他のは大丈夫だった。」
「じゃ、犯人はあの釣竿だけを特に狙って盗んだということか・・・。しかしまた、なんで?あんな変な釣竿より、普通の釣竿を持っていく方が実用的じゃねぇか?そもそも、あの枝の形で釣竿だって気づくか?普通。」
「いや、釣竿を狙ったわけじゃねぇかもしれねぇぜ。」
突然、ゾロが言った。
「どういう意味だ。」
「つまり、釣竿を奪うのが目的ではなく、ウソップのものを盗むことが目的だってことだ。」
「ああ?」
まだ怪訝そうにサンジはゾロを見る。
「犯人はウソップに嫌な目に遭わせようとした、ウソップに恨みのある人物だ。ウソップの持ち物を盗むことでその目的を達成しようとした。更に、あの釣竿をどこかに持ち去ったところから、特にあの釣竿に対して憎悪を燃やしていたことになる。つまり・・・」
「「「つまり?」」」
ゴクリと生唾を飲み込んで、サンジ、ナミ、チョッパー、ウソップがゾロに問い掛ける。
「犯人はお前だ!」
衝撃の瞬間。
ゾロは、人差し指でまっすぐ、ある人物を指差した。
―――ナミを。
「ちょっと!なんで私なのよ!さっきも言ったでしょ!!私がなんで釣竿なんて盗まなきゃならないの!?」
「たしかに、あの釣竿はお前には何の価値もない。しかし、お前には動機がある。お前は昨日、ウソップが丸太を一つ潰して、あの釣竿を作ったことに激怒していた。その腹いせにあの釣竿を盗んだことは充分に考えられる。」
「だからって!私が盗んだってことにはならないでしょ!動物が・・・えと、この島の鳥が、持っていったのかも。昨日もサンジくんを狙ってたし。」
「あの鳥は金の亡者だ。あんなクソみっともない釣竿を間違っても持っていったりしねぇよ。」
ウソップはゾロが自分に肩入れしてくれていることは嬉しいが、釣竿の評価は悲しかった。
「ひどいわ!そんなこと言うなんて!いくら私が泥棒やってたからって、ロクな証拠も無いのに決め付けることないじゃない!」
ナミはゾロには効果が薄いとは思いつつも、顔面を両手で覆い、泣き真似を入れてみる。
「そんな真似してもごまかされねぇ。」
ちっ、やっぱり無駄だったか、とナミは内心舌打ちした。
そして、ゾロがナミに追い討ちをかけるようにして、
「じゃあ訊くが、お前は真夜中にどこに行ってたんだ?」
その言葉にナミはハッとして、顔を上げた。
(まさか、あれを見られていたなんて。すっかりみんな寝静まっていたと思っていたのに。)
「あんた、見て・・・たの?」
「気配で目が覚めてな。お前がそう言うってことは、夜中に起きだしたことは認めるんだな。じゃあ、ついでに何をしてたのかも吐いてもらおうか。」
「そ、それは・・・。」
ナミが珍しく口篭もる。
核心を突いてしまったのか。
いよいよ犯人の自白が始まるのかと、他の3人が再び固唾を飲んでナミを見守っていた時、
「た、大変だ〜〜!!」
今度はルフィの声だった。
ルフィが慌てふためきながら、林の中からこちらに向かって走ってくる。
(クソ、今いいところなのに!)
と思ったのは1人だけでは無かったはず。
「俺の、俺の帽子が〜!」
「何だよ、ルフィ、一体どうしたんだ!」
ウソップが忌々しげにルフィに訊く。
「俺の帽子が、盗まれた!!!」
ルフィの証言によると、林の中の小川で皿洗いをしていた時には、帽子を被っていた。
洗い終えて、仲間のところへ戻ろうと林を出たところで、帽子が無くなっていることに気づいたとのこと。
一堂は急いで、犯行現場と思われる林の中へと走っていった。
果たして、ルフィの麦藁帽子はすぐに見つかった。
「うぎゃああああぁ!」
ウソップが仰天の声を上げ、ゾロにしがみついた。
それもそのはず、ルフィの帽子が、宙に浮かんでいたから。
その様子に他のクルーも一瞬凍りついた。
ポルターガイスト現象か?なんてホラーな光景かと。
しかし、そこで、
「あ、なんだ。」
と呟き、チョッパーが人型になって帽子に近づいて、ひょいと帽子を掴んだ。
「ほら。」
チョッパーが仲間達に向かって見せる。右手に麦藁帽子、左手に「釣針」。
帽子はその釣針に引っ掛かって宙に浮いているように見えたのだ。
おそらく林を通過中に帽子の先端が釣針に引っ掛かって脱げてしまったことに、ルフィは気づかなかったのだろう。
そして、その釣針には「釣糸」がついていた。更にその後を追っていくと―――。
「あった。ウソップの“釣竿”だ。」
チョッパーが木立の上を指差す。
そこには、大きな鳥の巣があった。
その巣は、たくさんの枝が器用に編みこまれて作られていた。
そこから、釣糸が「2本」垂れている。
「ウソップの釣竿があんまり枝にそっくりだったから、鳥が本物の枝と間違えて、巣の材料として持って行っちゃったんだね。」
その巣は、昨日サンジを襲った怪鳥と同種の鳥のものだったことが、後で分かった。
***
「ところで、ナミは真夜中に何してたんだろうな?」
GM号に戻り、片付けが一段落ついた後、食堂で茶を啜りながらウソップが言った。
結局、彼はあの釣竿から釣針と釣糸だけを回収してきた。
ルフィとチョッパーは二日酔いがここに来て祟って、床にへたり込んでいる。
「さあな。女性は謎が多い方がミステリアスでいい。」
そう言いながら、サンジはタバコの煙を吐き出した。
甲板では、ゾロが、ナミにこき使われている。
FIN