今もゾロの手元に残っているたくさんの手紙。

ナミから、ゾロに送られた手紙。





誓い −12−





冬期休暇以降、王都にいるナミからの手紙は以前よりもずっと多くなった。
1週間に2、3通のペースで届く。
ゾロも返事をしようと努力はしているが、いかんせん筆不精な性質なので、1週に1通の割合がやっとだ。
それにしても、そもそも手紙を書くのは、ゾロが士官学校への入校が決まった時にナミと交わした約束のはずなだのが・・・・。
ゾロのそんな体たらくにもかかわらず、ナミはせっせと手紙を書いて送ってくれる。それはもう毎日の出来事を綴る日記のようだった。
だから、離れていてもナミの様子を窺い知ることができる。
そして、ナミがそのために手紙を書いてくれているのだということも、十分理解していた。

その日、ゾロが総務室へ行くと2通の手紙を渡された。
ついでにサンジ宛ての手紙も受け取る。
自室へ戻り、ベッドの上で仰向けで寝ていたサンジの顔の上に彼の分の手紙を落とすと、ゾロは自分の机に向った。
1通はナミからで。当然のごとくそちらから封を切る。



「親愛なるゾロ

お元気ですか?ゾロがノースウッドへ行ってから、早いものでもう1ヶ月ですね。
先日の日曜日、ノジコの結婚式でした。
前回の手紙でも書きましたが、ここ1週間はその準備でてんてこ舞いの忙しさでした。結婚というのは、なんて手間のかかるもんなんでしょうね。
でも、当日はなんて言うんでしょう、とにかくもう、感動しました!
ウェディングドレス姿のノジコはそれはそれは美しかった。ゾロにも見せてあげたいくらいでした。
ノジコはその日一日中、笑顔が輝いていました。
それが嬉しくて、私も顔がほころびっぱなしでした。

たくさんのお客様をうちにお招きして、披露のパーティーを行いました。
うちでこんな催しをするのは何年ぶりでしょう。母が亡くなって以来かもしれません。
私も御前舞踏会以来、久しぶりにドレスを着ました。お義兄様とダンスもして・・・・言っておきますが、今度はコケませんでしたよ!(笑)
夕方、ノジコと義兄は1週間の新婚旅行へと旅立ちました。

夜になると、急に寂しく感じました。ノジコと二人きりで、父の帰りを待っていた日々が走馬灯のように思い出されて。母が死んでからも寂しいなんてあまり感じることはなかった。でもそれは、ノジコがそばにいてくれたからだと改めて気がついたのです。

ノジコはサウスウッド(とある国の南部の総称)の各地を巡って、2週間後には戻ってきます。くいなのように他家へ嫁いだわけではありませんから、この家に戻ってはくるのです。でも、今後はお義兄様もこの家にお住まいになられるので、以前のように姉に接することはできないでしょう。そう思うと、とても寂しく感じるのです。

この日、父も休暇を頂いていたので、夜は久しぶりに父とゆっくり話をしました。
あの、父にゾロのことを話しましたよ? とういうのも、王宮から王太子妃選定のための内偵調査の申し入れがあったのです。それで父に問われたので、正直に答えてしまいました。とても気恥ずかしかったけれど、言わないわけにもいきませんから。
それで・・・・良かったかしら?まだ言ってはダメだった?

父はそれはもう驚いていました。しばらく言葉が出てこないくらい。「いつのまに」と何度も言っていました。
それでも、ちゃんと祝福してもらえたのは、とても嬉しかったです。
父とは最近対立ばかりして関係がギスギスしていましたが、この日、色々なわだかまりが溶けていったような気がします。

それではまた。勉学に実習、がんばってくださいね。

愛を込めて                        ステーシア・ナミ」



ナミと自分とのことを、ステーシア伯爵が知った――――
手紙で告げられた事実に、ゾロは身が引き締まる思いだった。
今までは約束は2人だけのものだったが、ナミの父に知られたことによって、もう2人だけの問題ではなくなったことに気がついたからだ。

ステーシア伯は、さぞや驚いたことだろう。
御前舞踏会でゾロは伯爵と厳しく対峙しているだけに、伯爵がこの婚約をどう受け止めたのかとても気がかりだ。
やはり、ナミに同情して結婚すると思われただろうか。ナミも最初はそう思ったのだから。
それは違うと、すぐにでも申し開きに行きたいところだが、ノースウッドと王都の隔たった距離がそれを阻む。なんといっても、馬で駆って5日かかるのだ。
もどかしい思いに駆られながらもどうすることもできない。
次の帰郷予定は夏休みまで飛んでしまう。それまでは手紙を出すぐらいしかできない。


『それで・・・・良かったかしら?まだ言ってはダメだった?』


(いいんだ、いいに決まってる)

ナミの文面を読み返し、ゾロは心の中でナミに語りかけた。
それにしても、王太子妃選定の内偵がナミにも及ぶということは、今回は本当に幅広い範囲で妃候補を捜しているということだ。
ナミと約束を交わした時は、王太子妃のことなど頭の中から吹き飛んでいた。
しかし今になって考えてみると、これでナミが王太子妃候補になることを阻止できたわけだ。
一瞬、先の舞踏会で転倒したナミを助け起こしたルフィの姿が思い出される。
それと同時に、その時抱いた感情も。
頭を振り、そんな思いを振り払う。
大丈夫だ。ナミはもう自分のものなのだ。

次に、もう1通の手紙を見る。封筒の宛名の字で、もう誰からの手紙か分かった。
裏を返して差出人の名前を見る。やはりそうだ。姉のくいなからだった。
くいなが手紙を寄越すなんて、珍しいことがあるもんだ。
そう思いながら封を切って、丁寧に折りたたまれた便箋を開く。目を通してすぐに、思わず便箋を机の上に伏せてしまった。少し間を置いてから、ごくりと唾を飲み込んで、恐る恐る便箋を表に返し、もう一度手紙に目を通した。
手紙は、明らかに怒気を孕んでいた。


ナミに結婚の申し出をしておきながら、先方の親に報告もせずに旅立つとは何事か
しかも結婚話の報告を、ナミ一人にさせるとは一体どういう了見か
ナミをないがしろにする気か
速やかに帰郷し、きちんとした手順を踏むように


要約すると、そのようなことが書かれていた。
くいなはいいかげんなことが嫌いな性質で、弟のあまりにもお粗末な婚約劇に対してひどく立腹している様子だった。
ゾロにしてみれば、時間が無かった、の一言に尽きる。
ナミと気持ちを確かめ合うので精一杯だったし、それで十分だった。親に報告するなんてことは思いもつかないことだった。おそらくそれはナミも同じだったろう。
しかし、くいなにしてみれば、あまりに突然のことで弟は一体どうしてしまったのかと驚いただろう。
しかもナミ一人を置いてゾロは旅立ってしまったのだから、くいなの目にはあまりにも弟が身勝手に映ったのだ。
けれど、そもそも王太子妃の内偵が入らなければ、こんなに早くナミが父親に打ち明けることもなかったはずだ。間が悪いと言えば悪かった。
くいなにも釈明の手紙を書かなくては。

それよりも重大なのは、話はくいなの耳にまで届いていることだ。ということはつまり、当然ゾロの両親の耳にも届いているということで。それを考えるとゾロは自分の頬が火照ってくるのを感じずにはいられなかった。一体次はどんな顔して両親と顔を会わせればいいのやらと。
それにしても、「きちんとした手順」とは?

「おい」
「あ?」

ゾロはおもむろに隣のベッドに寝そべって、同じく手紙に目を通しているサンジに声を掛けた。
サンジは声だけで返事を返した。いい知らせでもあったのか、目は手紙に釘付けで、口元には笑みが浮かんでいた。

「婚約のためのきちんとした手順て、何か分かるか?」

ゾロのこの質問に、サンジの身体は一瞬硬直したように見えた。
次にやおら起き上がり、ベッドに腰掛け、半目になってゾロを睨みつける。

「なんで、そんなことを訊く?」

逆に問い返されて、ゾロは事情を説明しようとして言葉に詰まる。
コイツに事情を話すのは嫌だと、本能が叫んでいた。
しかし、ゾロの返答も待たずにサンジは話し始めた。

「俺は知っている。冬季休暇以降、ナミさんからの手紙が急激に増えた!お前はいそいそと総務室へ行ってメールボックスをチェックするようになった! そして、その手紙を読み耽ってはデレデレしてやがる!」
「別に、デレデレなんかしてねぇ!」
「黙れ、論点はそこじゃない!・・・・・お前、この冬休み、ナミさんと何かあっただろう!? そして、今お前は『婚約の手順』とかなんとか訊いてきやがった・・・・それはつまり・・・・つまり・・・・」

頭のいいサンジは、今までの出来事から推理して、ゾロの事情を見破るに至ったようだ。

「うわーーー!考えたくねぇ!こんなトーヘンボクとナミさんが!そんなことになるなんて。ついこの間まで妹だとか抜かしてやがったクセに!」

この世の終わりだと言わんばかりにサンジは頭を抱えて叫ぶ。

「落ち着けって!」
「これが落ち着いていられようか!ま、ともかくも!どういう背景でそんなことに至ったかは知らないが、これだけは聞いておかねばなるまい。」

そう言うなりサンジは立ち上がり、ずいっとゾロのそばに近づく。
急な動作にゾロは椅子に座ってた背を少し仰け反らせた。
それでも尚サンジはゾロに近づき、腰を屈めて顔をゾロの耳に近づけて囁く。

「で?どこまでいった?」
「はい?」
「まさか手も握ってないってことはないだろ?キス?ペッティング?それとも最後までできた?」
「なんでそんなこと、言わなくちゃならねぇんだ!」
「ひでぇなー。最初の出会いの時に『僕達は仲間だねv』って確認し合った仲じゃねぇか。お前が抜け駆けしたんなら、せめて俺には報告する義務があるんじゃねぇの?で、どうなんだ?キスは?したのか?」

そりゃどういう理屈だと思いながらも、そう言われるとそういう気もしてくる。
ゾロはある種の納得のようなものをしてしまい、もごもごと正直に口を開いた。

「・・・・した。」
「マジ!?いつ?」
「御前舞踏会・・・・。」
「!!!!!・・・・あの日か!お前、あの後、すぐ帰っちまったと思ったらそういうわけだったのか?!」
「・・・・・。」
「それから?」
「次は翌日で・・・。」

ナミと想いを確かめ合った日だ。

「その、胸までは・・・・触った。」

そこまで言って、まざまざとあの日の記憶が蘇ってきた。


ナミの部屋で、最初は触れるだけだった口付けが本能に押し流されるまま、どんどん深くなっていって。
片腕をナミの腰にきつく回し、もう一つの手でナミの頬を包み込むように支え、思う様甘い唇を貪った。
角度を変えて何度も触れ合わせた後、舌で半ばこじ開けるようにナミの唇を開かせると、中ではまだ何も知らないナミの舌がおずおずと待っていた。それに無我夢中で絡ませた。
熱に浮かされたにようになり、二人の身体はその場にくず折れた。
もうその時には、ゾロの身体は火がついたようになっていた。
ナミの身体に覆い被さる形になって、ゾロの理性は完全に砕け散る。
内部の自分に衝き動かされるように顔をその白い首筋に埋め、両の手を胸元に添えると、すぐに初めて触るふくよかな感触に我を忘れて夢中になった。
驚いて身体竦ませたナミがゾロの両肩を手で押し返し、小さく悲鳴を上げていることにも、どこか遠くの雷鳴を聞くような気持ちにしかならなかった。
しかし、首筋から顔を離し、もう一度ナミの顔を見た時、我に返った。
ナミが、真っ赤な顔をして完全に泣きじゃくっていたからだ。


「ケ・ダ・モ・ノ」
「!」

サンジがニヤけた顔をしてゾロの顔に人差し指を向けて言った言葉に、自分の頭の中の記憶を見透かされたような気がして、ゾロはカッと顔を赤くした。

「ま、そんな顔すんな。だいたい想像はつく。最後までは無理だったろう?ナミさん、信仰心篤そうだしなァ。」

多くの小国を併合して大きくなった『とある国』は、その統一手段の一つとして宗教を利用していた。
当時この地方で一番力のある宗教だ。その総本山の大主教は、諸国の王と勝るとも劣らない力を有している。
そして、その宗教は人々に厳格な貞操観を要求していた。

すなわち、結婚するまでは純潔を守り・・・・云々。

平和な世となり、道徳規範がかなり後退してきたとはいっても、まだまだ敬虔な信徒が多い。特に女性はそうだった。
たいがいの女性がそうであるように、ナミも非常に信仰心が篤く、従順にその貞操観を守ろうとする。
逆に、たいがいの男性はそうであるように、ゾロもそんな教えからかなり自由な考えを持っていた。
だから、多くの男性は女性の堅い貞操観を打ち砕くことに躍起になる。信仰のために抵抗する女性を手や口や言葉を巧みに使って口説き落とし、その気にさせるのが男の腕の見せ所といえるだろう。

「俺もさぁ、実はいいところまではもっていったんだけど・・・。」
「ええ?!」

驚いた声を上げて、今度はゾロがサンジを見る。
しかし、サンジはバツの悪そうな顔で見返してきた。

「やっぱり御前舞踏会で知り合った女だったんだけど・・・・最後の砦はダメだった。」
「そうか・・・・難しいもんなんだな・・・・。」

しんみりとなって、神妙な顔つきになる二人。

「いや、俺が焦りすぎたんだ。次の日にはナミと離れ離れになるかと思うと、なんだかワケが分かんなくなって。ナミにしてみれば・・・何もかも初めてのことだったのに・・・。急過ぎて、到底受け入れられるもんじゃなかったろう。」
「ま、ナミさんはそうだったかもしれないけどな、俺の女はあと一押しって感じだったんだ。でも、土壇場で、『お父様に会ってくださる?』なんて言うんだぜ。そこまで考えてないっつーの。それで答えるのに躊躇してたら気まずくなっちまって。」

『会う』と答えていればOKだったかもしれないが、そんなことを気軽に言えるほどサンジもまだスレてもいなかったし、老成してもいなかった。

「でも、お前はそこまで考えたってことだよなぁ。」
「実際には会ってないがな。」

ゾロの覚悟を思って感嘆したようにサンジが言うと、ゾロは自嘲気味に答えた。

「それで『きちんとした手順は?』っていう質問が出てくるわけだ。」
「ああ。姉貴に怒られた。ちゃんとしろって。普通はどういう段取りをするもんなんだ?」
「さぁ。俺も婚約なんかしたことないし。多分、双方の親に報告して、親が元老院に届けるんだろう。貴族の結婚には王の承認が必要だから。」
「承認か。俺たちの場合、問題なく認めてもらえるんだろうか。」
「大丈夫なんじゃねぇ?あえて言えば、お前の家の格が上過ぎるかな。ステーシア家はまだ創始されて歴史が浅いだろ?それに引換えお前んちは、古いからなぁ。」

サンジが言おうとしているのは、両家の釣り合いの問題だった。名門ロロノア家に対し、新興のステーシア家では、同じ貴族でも家の格が違うという。
ゾロの顔がにわかに曇った。本人同士の気持ちが固まっても、或いは両家が承諾していても、そんなどうにもならないことで王が承認しないことがあるのかと。

「大丈夫だって。ステーシア伯は現在財務長官という要職に着いてる。王の信頼も篤い。きっと許しが出るさ。」

ゾロの様子に気づいてサンジが慌てて取り成すように言った。
そう言われて、ゾロも少し気を取り直す。

そうだ、今ジタバタしても始まらない。全ては次に帰郷した時のことだ。

ゾロは再び机に向かい、引出しから便箋を取り出した。
ステーシア伯爵とくいな、そして両親に事情説明の手紙を書かねばならない。
でも、それより先に、まずはナミに手紙を。





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