誓い −13−
3月になり、3年生の修了式が終わり、新1年生が入校してくるまでの間、士官学校では残った1、2年生合同の野外演習が行われる。
それは演習場で1週間ほどかけて行われる(士官学校自体が山脈一つを持ってるのだ)。
演習場に常駐し、チームに分かれ、模擬戦闘訓練を受ける。
実戦さながらに野営地も設営される。つまり、1週間は寮には帰らずに野宿というわけだ。
1日目はあらかじめ作成された想定をもとにある目的地まで行軍。
2日目からはチームに分かれての陣地攻防戦が始まる。
攻撃戦、迎撃戦、接近遭遇戦、夜戦・・・を何度となく繰り返す。
その間も行軍して、日ごとに士官学校の近くまで戻っていくという行程だ。
最終日には退却離脱戦の訓練を受けて野外演習は終了する。
演習6日目。
もう士官学校の近くまで戻ってきていた。明日でこの演習も終了だ。
ここにきて、あらかじめ配給された食料の少なさが、成長盛りの青年達に少なからず良くない影響を与え始めていた。
彼らは腹ペコの状態で敵チーム(もちろん同じ士官学校生なのだが)を警戒するハードな作戦訓練をこなしていた。夜戦があると睡眠不足も重なってくる。
神経は磨耗し、学生達は疲れのため判断力が鈍っていた。
だから、あんな事件が起こったのかもしれない。
太陽が傾き始め、戦闘の演習が切り上げられ、夕食の準備に取り掛かる時間となった。
ゾロとサンジは同じチームだったので、大抵の行動を共にしていた。
二人には薪割りの仕事が割り当てられていた。
3月の終わりとはいえ、ノースウッドはまだまだところどころに雪が残っている。
そんな中での野営には、薪は欠かせない必需品だ。
火をおこし、暖をとるために使われるのはもちろんのこと、獣避けにもなるし、食事の準備をするにも必要だ。
「イテテテテ。」
「アホか、お前。見せてみろ。」
うっかり手袋をせずに薪割りをしてたゾロの左手の親指と人差し指の股に棘が刺さった。
しばらく自分で抜こうとしたゾロだったが、どうも埒があかない。
ゾロよりもサンジの方がはるかに手先が器用なので、業を煮やしたサンジはゾロの手を引ったくると、真剣な眼差しで抜きにかかった。
「取れそうか?」
「俺を舐めんなよ。これくらいワケもねぇ。」
とはいうものの、けっこうてこずっている。
「なんか先の尖ったもんないかな。ああ、針でもあれば。」
「めんどくせぇ。いっそのことナイフで切開しちまおうぜ。」
「てめぇはなんでそうガサツなんだ!そんな傷を持ったら、明日の演習に支障が出るだろ。小さい傷は小さいうちに摘み取るのが一番いいんだ。」
そう言われてゾロは納得した。
二人とも地面に座り込み、長期戦の構えで棘抜きに取り掛かることにした。
ゾロは棘が刺さった片手だけを胡座をかいたサンジの膝の上に預けて、棘が抜けるのをじっと待った。
しばらくして、ガサガサッと背後で低木の葉がこすれ合う音がして、ゾロが振り向くと、やはり同じチームの同級生が立っていて、バチッと目が合った。
サンジも気が散って少し迷惑そうな顔をしてその同級生を見る。
「あ、ゴメン。別に邪魔するつもりじゃなかったんだ・・・その、あの、どうぞ、ごゆっくり!」
何か意味深な言葉を残し、その青年は回れ右をして、バタバタと走り去った。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「おい。」
「ちょっと、待て。もうちょっとで取れそうなんだ。」
サンジはそう言って制すると、ゾロの手にますます顔を近づけ、棘を抜くことに集中していった。
やがて、
「よし!抜けた!」
戦利品を自慢するかのように、サンジは嬉しそうに抜けた棘をゾロの目の前に突き出した。
「ああ、ありがとう。それよりも、あいつ・・・・なんか誤解したんじゃねぇか?」
「・・・・かもな。」
「かもなってお前なぁ!誤解を解かにゃならんだろう!」
「ああ、俺達はおホモ達じゃないです、ってか?」
「!・・・・ハッキリ口に出して言うなよ。」
「もう遅いよ。」
「・・・・・遅いってどういうことだよ。」
「お前、知らねぇの?俺達、もう立派な恋人同士って思われてるんだぜ。」
それを聞いた瞬間、ゾロは頭上に大岩が落ちてきたような衝撃を受けた。
開いた口が塞がらない。無意味に口をパクパクさせた後、
「な、なんでそんなことになってんだ!」
「なんでかな?寮で同室だし、いつも一緒に行動してるからじゃねぇの?」
「な、な、」
「考えてみれば単純な思考だよな。それぐらいのことで恋人同士扱い。でもま、便利なところもあるけど。」
「・・・・どういう意味だよ。」
「俺、男に迫られなくなった。」
「!!」
「いや、お前のおかげだよ、ホント。いい虫除けになる。」
そう言いながら、サンジが機嫌良さそうにゾロの肩をポンポンと叩く。
しかし、ゾロはその手を振り払い、叫んだ。
「てめぇは良くても、俺は良くない!今後、俺の半径2m以内に近づくんじゃねぇぞ!!」
「あれ?サンジとケンカでもしたのか?」
薪割りをサンジ一人に押し付けて、ゾロが一人でチームのテントにまで戻ってくると、チームリーダーである上級生からいきなりそんな言葉を投げかけられた。
ふとそばを見ると、先ほどの意味深な言葉を残していった同級生の姿も見える。
「んー?どうしたんだ?早く仲直りしろよー。」
リーダーは今日の夜営用の火を熾しながら、更にゾロに声を掛ける。
どう聞いても冷やかしの声にしか聞こえない。
知らなかった。周りからそんな風に見られていたとは。
確かに入校以来、同室のよしみもあって、サンジとずーっとつるんでいた。
しかし、それが元でこんなあらぬ誤解を受けることになるとは。
少しでも自分とサンジのことで妄想した奴がいたら、そいつの頭をひっつかまえて、頭蓋骨を割り、脳ミソを切り開いて洗浄してやりたい。
「俺達は、そんなんじゃありませんから!」
ゾロの大音声が辺り全体にまで響き渡り、一瞬、その場にいたチームメイト達がポカンと口を開けてしてゾロを見た。
続いて、どこからともなく笑い声が起こる。
「何言ってんだ?そんなこと分かってるよ。なぁ?」
チームリーダーの男が周囲にいる者達全員に声を掛ける。
頷く者もいるし、そうしない者もいた。
「士官学校にいると、少なくとも1回はそういう噂の餌食になるのさ。俺なんかもう何人と恋人として噂されたか数え切れないぜ。」
リーダーはようやく熾した焚き火に枯草を乗せながら、溜息まじりに話す。経験者は語るといった風情だ。
「でもな、軍隊は男世界だ。軍に身を置く限り、いつでもそういう目で、そういう対象として見られるのさ。だから噂ぐらいでガタガタ言ってるようじゃ、この先やっていけないぜ?」
確かにその通りかもしれないが・・・でも、どこか釈然としない。
「もうすぐ新入生が入ってきたら、また大変なことになるぞ。サンジは男に好かれそうな顔と身体してっからなー。もちろん、お前も例外じゃない。お前もけっこう人気あるよ。」
「は?」
「いやいや、こっちの話。それより、ゾロ、薪割りをしないのなら食料の調達に行ってくれ。」
「え?食料は配給されてるんじゃないんですか?」
「あんだけで足りるもんか。もっと増やしてくれと教官に掛け合ってみたがダメだった。こうなりゃ自分達でなんとかするしかない。幸い演習林には多少の獣がいる。それを狩って食うことにした。」
「しかし、演習林には他チームが野営してるのでは?」
基本的に他チームの野営地に、その他のチームが入り込むことはできない。作戦中以外は各チーム毎に厳密に陣地が決められていて、それを侵入することはできないのだ。
ゾロがしごくもっともなことを言うと、リーダーの男はニヤリと笑った。
「さっき伝令を走らせて、休戦協定を結んだ。な?実戦さながらだろ?『腹が減っては戦はできぬ』だ。他チームのリーダーも同意見だ。今夜は全チームで食料調達。もちろん教官には内緒だがな。」
そこへ、チームメイトが息咳切って走ってきた。
「食料庫の鍵が開いてたぞ!」
「何?本当か?」
食料庫とは文字通りの意味で、普段食堂で供される食事の材料置場である。
「今、何人かで運び出してるが、すごい量だ。どうする?」
「他のチームは知ってるのか?」
「いや。」
「ではもう一回伝令を走らせろ。山分けしようってな!」
潤沢な食料を得て、野営地は一気にお祭りムードになった。
「これ、なんか見たことあるナァ・・・・。」
どうも火の上に乗せられた金網に見覚えがあって、リーダーが眉を顰めながら唸るように言った。
「分かるか?お前の馴染みの場所から失敬してきたらしい。」
同じ上級生の男がリーダーに向ってニヤニヤしながら言った。
誰かが謹慎棟の窓に掛かっている鉄格子を外してきて、それをバーベキュー用の鉄網に代用してしまったのだ。火にくべられた元鉄格子は、今や熱で赤々と染まっていた。
続いて、冷蔵庫に吊り下げてあった牛一頭分の肉を次々に切り分けて、その鉄網の上に乗せて焼いて食べた。
ジュウジュウと肉の焼ける音。したたる肉汁。うまそうな匂い。
実に美味かった。
「まさか『メリーちゃん』じゃないだろうな?」
またもやリーダーが、今度はふざけてそう呟く。
メリーちゃんとは、搾乳の実習用に飼われている牛の名前だ。
どうして牛なのにメリーという名前なのかはナゾだが。
その他、保管されていたソーセージやハム、玉ねぎ、人参、キャベツにピーマンにキノコも次々と焼いて食べた。酒も持ち出され、存分に振舞われた。
大方の材料が焼き終わると、鉄網がどけられ、更に薪がくべられて、キャンプファイヤーの炎のようになった。
これでどうして教官達が気づかないのだろうかと疑問に感じたが、気づかれるまでの束の間の夢と思えばそれでまたよしと思えた。
それとも、もしかしたら毎年恒例のことなのだろうか。今日は演習最後の夜だ。
2年生達は、去年の経験を踏まえてこういう行動に出てるのかもしれない。
それならば、教官達があえて口出して来ないのも頷ける。
おそらく他のチームも同じような騒ぎになっているのだろう。真っ黒な林の向こうにチラチラといくつかの火が見える。
一人が踊りだしたら、次々とチームメイト達が踊りだすのに時間はかかならなった。
ゾロは踊ったりはせず、少し離れた場所に座り込み、自分で酒を注ぎ、杯を傾けながらその光景を見つめていた。
炎の輻射熱で、ゾロの全身が赤く照らし出されていた。
ふと見ると、いつの間にか傍らにサンジが立っていて、ゾロと同じように踊る青年達を見ていた。
(ちゃんと半径2mの距離をとってやがる。)
ゾロは我知らずククク、と笑い声を漏らす。
このお祭り状況でも、自分との約束を守って律儀な行動を取るサンジに、笑いがこみ上げてきたのだ。
ゾロが酒瓶と杯を持ってサンジに向けて差し出す。
杯に酒を注ぐような仕草をすると、ようやくサンジがゾロの隣に座り、杯を受け取った。
夜空を見上げると、満天の星。
明日もきっと晴れるだろう。
仲間達の中には、ファイヤーから抜き取った火のついた薪を投げ合って遊んでいる者がいた。
その薪をどこまで遠くへ投げられるか競う者もいた。放物線を描きながら、かなりの距離を飛んでいく。
槍投げや砲丸投げの真似をして、投げている。
一本の薪が、野営地からかなり離れた原野へと飛んでいった。
それはあたかも流れ星のように一瞬の光芒を放ちながら飛んでいった。
おおおおお!というどよめきが起こる。
あまりにも遠くまで飛んだので、その功績を称え、一斉に拍手が沸き起こる。
放った者が、その祝福に両手を上げながら応えたので、あちこちで笑いが起こった。
そして、誰かが「アッ」と小さく叫ぶ。
その声を受けて、全員が声を出した者が見てる方角を注視した。
闇の向こうで、パッと光が弾けたかと思うと、大きな炎が吹き出し始めた。
原野に飛んだと思った薪は、士官学校のどこかの校舎にまで届いたらしい。
校舎が、校舎が燃えている。
「げ!」
みんな、一気に酔いが冷めた。
「ありゃ、どこだ?!」
「食堂だッ!食堂が燃えてる!」
リーダーが大号令を発し、チームメイトに指示を出し始めた。
他チームの協力も呼びかけて、消火リレーが始まった。
事態に気づいた教官達も駆けつける。
しかし、無情にも炎は、彼らの食堂をことごとく焼き尽くしてしまった・・・・。
食堂は非常に、よく言えば歴史ある、悪く言えばボロかったので、あっという間に燃え広がったようだ。
士官学校生達はただ立ち尽くしてそれを見つめるしかなかった。
***
翌日、野外演習は中止を余儀なくされた。
そして、ゾロが所属したチームの29名に謹慎3日の処分が下る。
ただ一人、リーダーだけは指揮官としての責任を問われ、無期停学処分となった。
謹慎棟は、大人数の収容を想定して作られていなかったため、一人一部屋の謹慎室を用意することができず、数人ずつが相部屋となった。
そのため、謹慎中とはいえ随分と和気藹々としたものになったのは否めない。
謹慎期間中は、ここから放免されたらリーダーの停学処分を取り消す運動をしようと、仲間達で話し合った。
一通りの話し合いが終わると、サンジが皆から離れた窓際でタバコを吸い始めた。
それに気づいたゾロが近づいて、タバコを一本分けてもらう。
分けてもらいながらも、どこで手に入れたんだ?と聞いた。謹慎室にこんなものは持ち込めるはずがない。すると、前回入った謹慎室がここだった、と言う。
サンジは以前にも一回謹慎処分を喰らってる。
その時、ゾロがサンジにタバコを差し入れたのだ。
「じゃ、これはその時のタバコか?」
「そ、残りをベッドのスプリングの下に隠しておいたんだ。隠しておいてよかったぜ。でも、まさかまたここに入るハメになるとは、思いもしなかったけどな。」
サンジが苦笑いしながら言った。
二人が吸っていると、他の奴らも「俺も俺も」と言いながらサンジにタバコをせがみに寄って来た。
あと1本しかないと分かると、にわかにジャンケン大会が始まった。
窓を見ると、鉄格子がないことに気がついた。
咄嗟にバーベキューで使った金網が思い出される。
ああ、ここの鉄格子を外してもっていったんだな、と思った。
謹慎室に鉄格子が無いというのはちょっと間抜けな風景だった。
でも、おかげで鉄格子遮られることなく、夜空を見ることができる。
背後ではまだジャンケンの勝負がついていないようだ。
同級生達の賑やかな喚き声を聞きながら、ゾロは夜空を見上げた。
(明日も、きっと晴れるだろう・・・)
この時期、ゾロは士官学校の生活を満喫していた。
士官学校の仲間達との絆を感じ始めて、とても楽しかった。
3月以降、ナミから手紙が来なくなっていたことにも、気づかないくらいに。
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