誓い −15−





山々が夕焼けに染まり始めていた。
鹿毛の馬が一声いななき、大きな蹄の音が響かせたかと思うと、前脚から崩れるように倒れた。
士官学校屈指の馬であったが、ついに力尽きる時が来たようだ。
ドサッという鈍い音がしてからも、なおも数メートルほど馬体は土の道の上を滑った。
その馬に跨っていたゾロも身体が吹っ飛ぶ。しっかり手綱を掴んでいたにもかかわらず、衝動の方がはるかに上回っていた。息も止まりそうな勢いで道の側の草むらに放り出された。地面に落ちた時の衝撃が全身を貫く。それでも草むらに落ちたのは幸いだった。それがクッションの働きをしてくれ、落馬による首の骨折などの致命傷からは免れた。とっさに受身をとったのも良かったのだろう。それでも、一瞬意識が遠のいた。

次に目を覚ました時は夕焼けも弱まり、辺りは暗くなり始めていた。
か細く、馬のいななきが聞こえる。ゾロは腹ばいに倒れていたが、両腕を突っぱねて起き上がる。瞬間、身体のあちこちが悲鳴を上げた。痛む体をムチ打って、どうにか立ち上がった。ズキッと右腕の上腕部が痛んだ。落馬した時に強く打ちつけたらしい。そこを左手で庇いながら、ゆっくりと馬のところまで戻った。
馬は、ゾロの気配に気づくと、今度はもっとはっきりした声で鳴いた。まるでゾロが生きていることを喜んでいるようだった。ゾロが死んだと思ったのかもしれない。
4本の足を投げ出して横たわる馬のそばに両膝をついた。馬はハッハッと苦しそうな息をし、口角からは白い泡が吹き零れていた。目を剥き、苦しげだ。それでもなんとか首をもたげて、ゾロの方を向こうとしたが、すぐに地面に沈み込んだ。

「ごめんな。」

そう言って、ゾロは馬の鼻面を撫でてやった。馬が応えるように低く鳴いた。
可哀想なことをした。こんなギリギリの体力の限界になるまで走らせて。
こんな長距離の場合、馬を休ませながら移動するのが普通だ。それなのに先を急ぐあまり、ろくに休みも取らずにここまで走らせてしまった。
それでもソルティア号――馬の名前――はとても優れた馬だった。乗っているゾロの気持ちを察しているかのように黙々と走りつづけた。それこそ、力の尽きるまで。

「待ってろよ。」

そう言って立ち上がると、馬を残して歩き始める。グラリと視界がよろめく。落馬の衝撃が足にもきていた。
何か宛てがあったわけではない。ただ目に入る前方の灯りを目印にして歩いていった。
たどり着いたそこは、大きな民家だった。棟の続きに馬小屋も見える。それで腹が決まった。
玄関先に何かの記念品なのか無用心にもサーベル剣が2本、十字に切って壁に掲げてあった。その一本を掴んだ。
ドアの前に立ち、ドンドンとノックする。返事も待たずにドアを押し開いた。鍵はかかっていなかった。
中に入ると、丁度家主がランプを手に持ちドアまで向ってくるところだった。

「誰だね、おまえさんは?」
「悪いが、馬をいただいていく。」
「はぁ?!何言ってんだね、アンタ!」
「街道の北1キロのところに馬が倒れている。介抱してやってほしい。そして、ノースウッドの軍人士官学校まで届けてくれ。」
「人の話聞いてねぇのか!何をワケの分からねぇことを突然わめいてやがるんだ!」

ゾロは何も答えず、スラリと剣を鞘から引き抜き、手近にある樽を切りつけた。ザシュ!という音とともに、樽からワインと思しき液体がドッと流れ出て、床に広がる。アルコールの匂いがツンと鼻についた。そのまま、家主の顎の下に剣の切っ先を添えた。切っ先に付いた液体が家主の首を伝って落ちていく様子が、家主の持つランプの灯りでほのかに見えた。赤ワインだったのだろう、それはまるで血の筋のようだった。

「ひぃ・・・・!」
「俺は先を急いでいる。押し問答してるヒマはねぇ。今言ったこと、分かったな?」

ゾロの錆びを含んだ声と鋭い睨みに、家主は両手を上げて降参の意を示した。家主はゾロを強盗と判断したようだ。震え上がってゾロの問いにはただ首をコクコクと上下に動かして答えた。

ゾロは馬小屋から馬を一頭連れ出し、鞍などを装着していく。その間、まるで助手のように家主を使った。
馬に跨ると、家主を見下ろして言い渡した。

「さっきの馬のこと、頼んだぞ。」
「へ、へい・・・・!」

家主は怯えきっていた。このまま殺されるんではないかと恐れているようですらある。
それを見て、急にゾロの良心が戻ってきた。

「感謝している。手荒なことをして悪かった。これは僅かだが・・・・。」

怯える家主の手に、サンジに貰った金貨を3枚投げて寄越した。
手の上に落ちてきた金貨を見て、家主は訝しげにゾロを見た。

「まだ足りなければ王都のロロノア家に請求してくれ。」
「は? ロロノア? あの大公爵の?!」

自分の家名が世間によく通っていてよかった。ゾロは苦笑いする。
単純なもので、それだけで信用を得られたのか、家主の表情に生気が戻った。

王都までの道のりを、ゾロは何頭もの馬を乗り潰して走り続けた。
その度に路銀をはたいたので、王都の城門をくぐる頃にはスッカラカンになっていた。しかし、サンジが言ったように、確かに路銀は役に立った。



***




ノースウッドから王都まで、一度も宿に泊まることはなかった。寸暇を惜しんで駆けたのだ。結果、5日で王都に帰り着くことができた。普通なら10日はかかる道のりを、である。
その日、昼過ぎにようやく王都の城門をくぐった。すぐにナミの屋敷へと向かう。しかし、体力的にはもう限界に近かった。フラフラだ。馬のたてがみに何度も頭をもたれさせ、乱れる呼吸を整えた。
ナミの屋敷まで数十メートルというところで馬を止めた。屋敷には、近衛兵による警備が張り巡らされていた。
赤い兵服を纏った近衛兵は、主に王や王族を警備する任務を担っている。そんな彼らがナミの屋敷を見張っているということは、もうナミは準王族扱いというわけだ。

残る力を振り絞って馬から下り、手綱を引きながら門の前まで行く。
門前に立つ兵士は2人。すぐにゾロを見咎めた。それもそのはず、ゾロは決して見目の良い格好とはいえなかった。髭は伸び、顔も一度も洗ってないし、もちろん着替えもしていない。士官学校の制服は黒くて汚れは目立たないが、袖や裾にはかぎ裂きができていて、布地のあちこちが破れている。長旅がゾロの容貌をひどくやつれさせていた。
すかさず近衛兵に鋭く誰何を問われる。
ロロノア・ゾロと名乗ると、その近衛兵はアッと表情を瞬かせた。
もちろん、彼はロロノアの家名を知っている。なぜなら、この国の軍隊の頂点に立つ人物が国防長官であるゾロの父、ロロノア公爵であるからだ。
もう一人の兵士が歩み寄って来た。上役のようだ。ゾロを詰問した兵士から耳打ちされると、上役はゾロを一瞥した。

「ご令息のゾロ様ですね。」

上役の念押しに、ゾロは黙って頷く。

「ナミに会いにきた。会わせてくれ。」

意図したわけではないのに、自分の声が懇願のようになっていた。

「それはできません。既にナミ様は、親族以外の男子とはお会いになれませんので。」

この制限は成婚の日まで続く。未来の王太子妃に、王太子以外の子種が万が一にでも付かないようにするための措置だ。

「なんでだ、俺はナミの婚約――」「それ以上、言ってはなりません!」

ゾロの言葉を遮るように、上役は大声を出した。

「よろしいですか、そのような妄言を吐かれますと、たとえロロノア公のご令息といえども処罰の対象となります。」
「妄言なんかじゃねぇ!!」
「とにかく!一度父上とお話なさいますように。公はあなた様がここへ来ることを予測されておりました。あなた様が来られた場合は、速やかに邸宅へお連れするようにとの命令です。・・・・・おい、お連れしろ。」

反論する間もなく、屈強な兵士2人に両腕を取られた。馬の手綱ももぎ取られる。

「頼む!ナミに会わせてくれ。そのために帰ってきたんだ。会わずに引き下がれるか!」
「それ以上抵抗されますと、丁重にお連れできなくなりますよ?」

上役が丁寧であるが語気を強めて言い募る。その気迫に、ゾロは仕方なく抵抗を止めた。
ここで押し問答をしても埒があかない。それなら父親と交渉した方がいい。

「腕を離せ!一人で歩ける。」

兵士に挟まれて両腕を取られてるのが我慢ならなかった。兵士2人は上役と目配せをした後、ゾロの腕を解いた。兵士二人がゾロを前後に挟む形でロロノア家の邸宅まで歩を進めた。

ロロノア邸の前には2頭立ての馬車が止まっていた。馬車に刻まれた紋章に見覚えがある。これは・・・。
ゾロと兵士達が邸宅内に入ると、心配顔の執事が主人を呼びに飛んでいった。
応接室のドアがバタンと開き、ある人物が出てきた。父親ではなかった。

「ゾロ!」
「くいな・・・。」

表に止まっていた馬車は、姉の嫁ぎ先の家の馬車だったのだ。道理で見覚えがあるはずだ。
くいながドレスの裾を持ち上げて廊下を走ってくると、ゾロの目の前に立った。兵士2人がサッと脇に退いたのが視界の端に見えた。

「ああ、ゾロ。どうして今頃・・・・どうして、もっと早く戻ってこなかったの?」

くいなは口元を手で押さえ、声は震えていた。

「手紙を見たのが遅くなったんだ。」
「どうして?どうしてそんなことに・・・・。」

くいなの問いにゾロは唇を噛み締めた。ナミの王太子妃内々定を知らせるくいなの手紙を、開くのを怠ったために読むのが遅れたと説明したくなかった。
そうとは知らず、くいなは悲しそうにゾロの両肩にそっと手を添えてゾロを見上げた。

「何の音沙汰もないから、ナミのことはもう諦めたのかと思ったのよ?それなのに、今朝早くにお母様から連絡が来て、あなたが士官学校を抜け出したと。いったいどういうことなのかと思って、慌ててこちらに来たの。」
「連絡が?どうして母上は俺がこっちに向かってるって知ったんだ?」

「早馬が、今朝伝令を運んできたんだ。」

ゾロとくいなが同時に声の方を向いた。
父・ロロノア公爵が立っていた。
早馬とは、とある国の郵便システムの一つで、文字通り馬で早く駆けて、地方と中央、或いは地方と地方の情報を伝達している。
ゾロは父の言葉が意外だった。ノースウッドから王都まで、誰よりも早く駆けてきたと思っていた。誰かに抜かされたとは思いもしなかったのに。

「彼らはプロだよ。お前ごときにむざむざと遅れをとるはずがない。まぁそれでも、よくぞここまで早く戻ってきたと褒めておこうか。」

父親の声音には、ゾロを歓迎する気配はまるで無かった。しかし、その表情にはどこか沈痛な面持ちが浮かんでいた。

「どうして来たんだ。来てももう仕方がないのに。」
「どうしては、こっちのセリフだ。どうして俺には何も教えてくれなかったんですか?」

ゾロは結果的には新聞の情報でナミの王太子妃内定のニュースを知った。しかし王太子妃決定までの経緯には、当然ゾロの父も関与していたはずだ。もちろん、ナミの父もだ。ロロノア公とステーシア伯は、現国王陛下の両腕なのだから。それなのに、当事者であるゾロには知らせようとはしなかった。くいなの手紙にもあったように、事を荒立てないよう、全てが手遅れになってからゾロに知らせるつもりだったようだ。
ゾロを全く無視したやり方は、腹に据えかねた。一体息子をなんだと思っているのだろう。

「お前が騒ぎ立てるのを少しでも遅らせるためだ。お前に知らせれば、今のようにすぐに駆け戻ってきただろう?お前とナミの婚約を、これ以上公にされては困る。それを材料にして元老院内の反対派が勢いづくからだ。」
「俺とナミのことは、国王陛下もご存知のはず。内偵調査が入り、ナミは俺とのことを報告したんだから。それなのに、どうしてこんなことになるんですか!」
「もちろんご存知だった。だが、それを押してナミを所望されたのだ。」
「どうして?」
「国王陛下は王家の長らく続く近親婚を大そう懸念されている。お前も知ってるだろうが、濃い血縁間での婚姻の繰り返しは、子孫へ弊害をもたらす。現に、国王陛下の御子は多くの死産に見舞われている。生まれた王子も無事に育ったのはわずか4人だ。」

近年、とある国は極端に閉鎖的になり、王家が他国の王女を迎えるという習慣が無くなっていた。そのため、花嫁を自国内で捜すことになった。王家との婚姻で釣り合うのは王族か一部の貴族に限られており、結果的に長期間に渡って近親婚が繰り返されることになった。そしてそれは、確実に子孫に悪影響を及ぼしていった。
現国王は第六王子だった。普通なら王位は回ってこない。それなのに王位につくことができたのは、国王の兄達が次々と早世してしまったためだ。
また、現在の第一王妃は第一王子のエースが産むまでは、4回の死産が続いたという。第二王妃が第二王子のルフィを産むまでは女子が続き、いずれも虚弱で幼くして夭折した。ルフィが生まれた後も多くの兄弟姉妹が生まれたが、現在も健康に生き残った男子は二人だけ。そして、その二人は側女から生まれている。側女は正式な妃ではない。つまり王室との血縁が薄い。

「王家には新しい血が必要だ。それが、国王陛下が王太子の結婚に一番望まれたものだった。だから、第一王妃にナミを選ばれ、第二王妃には他国の姫君を迎える決断をされた。」
「だからって、どうしてナミが・・・それなら、ナミでなくてもいいでしょう!他にも貴族の女はいっぱいいる。その中に王太子妃になりたいっていう女達もいっぱいいるはずだ!」
「御前舞踏会で、王太子殿下がナミに手を差し伸べたのを覚えているか?」
「・・・・え?」

一瞬、言われたことが理解できなかった。しかし、すぐに思い当たった。
御前舞踏会の拝謁の儀でナミが国王の前で転倒した時、ナミに手を差し伸べたのはゾロではなく、ルフィだった。その時の悔しさと苦々しい気持ちは今も忘れられない。
そして、今、まざまざとその気持ちが蘇ってきた。

「陛下はあの時から王太子殿下にナミを、と考えられた。殿下が女性にあのような配慮を見せたのはあれが初めてだったと、陛下は感慨深げにおっしゃってたよ。」

愕然となった。あの出来事が、こんな事態を引き起こすなんて。
御前舞踏会で社交界デビューして、ナミが他の男達の目に触れることを考えると胸がざわめいたのが昨日のことのようだ。他の男達の誰かに見初められて、結婚への段取りが進み始めたらどうしようかと。結局はそういうことはなかったのに、それなのによりによって、国王陛下に見初められていたとは。
言葉を失って立ち尽くすゾロに代わって、くいなが訴えた。

「でも、どうしてこんな無理強いをされるんですか!ナミとの婚約は、明らかにゾロとの方が先です。二人の気持ちは結婚へ向けて固まっていました。それをないがしろにするなんて、これでは二人が余りにも可哀想過ぎます!何のための内偵調査ですか。こういう事態を避けるためではないんですか。」

すると、公爵の歯切れが急に悪くなった。

「それは確かにそうだ・・・・。私もステーシア伯もその点は強く進言した。元老院からもその点は突かれた。しかし、陛下は聞き入れてくださらなかった。どうしてもと強くナミを所望された。こんな頑迷な王を見たのは初めてだった。」

かつて、やはり先の婚約を破棄されて後宮に納められた貴族の娘がいた。彼女は初夜の後、自裁している。
その後も王太子妃や王妃に内定した者が、元婚約者と駆け落ちをするなどの例が後を絶たなかった。
それを王家では重大事と受け止めた。王家に嫁ぐことが決まっていながら、それを軽んじ、ないがしろにする、その上反抗する――王家の面目と国の秩序に関わる事態だった。当然のことながら、当事者はもちろんのこと、そんな女性を出した家には厳しい処罰が与えられた。

そんな悲劇を避けるため、内偵調査の制度が作られた。内偵調査によって少しでもそういう可能性がある女性を排除することにした。と同時に、万が一にもそういう事態になった場合の処罰も苛烈に厳しくなった。女性とその相手は処刑され、女性の家はもちろんのこと、相手の男の家も取り潰される。その上、関係親族にまで塁が及ぶ。言うまでも無く、家名と土地の存続は貴族の大命題だ。家を召し上げるという脅しによって、王家と国への背信行為を抑止しようとしている。
それなのに今回の王が下した判断は、その制度を自ら反故にするようなものだった。

「陛下は普段ならこんな道理に合わないことをされる方ではない。何事においても思慮深く、法と制度を重んじ、安寧を愛されている。事を波立たせるようなことはお嫌いだ。しかし、王太子妃の人選だけはお譲りにならなかった。それだけナミを気に入られたのだ。元老院側も最後には陛下のご意志を覆すのは無理と判断して、陛下のお考えを受け入れた。」

「ゾロ、どうか聞き分けてくれ。お前の辛い気持ちは分かるが、私達にもどうすることもできなかったんだよ。そしてこの国では、どんなことであれ陛下のご意志が全てなんだ。」

「全ては、国王陛下の思し召しだ。」

「・・・・国王だからって・・・・」
「・・・・?」
「国王だからって、なんでも好き勝手なことしやがって!」

搾り出すように吐き出されたゾロの言葉に、公爵もくいなも、そして傍にいた兵士達も目を見張った。いったい何を言っているのかと。

「国王ならなんでも許されるのか!?制度を覆しても?それで下々の者がどう思おうと知ったことじゃないってか!それが上に立つ者のすることか!・・・・国王なんか、」

「国王なんか、クソ喰らえだ!!」

叫んだ次の瞬間、ゾロの右頬に顔の形が壊れそうなほどの衝撃を受け、火がついたような痛みが走った。
そのまま仰向けにひっくり返る。床に後頭部をしたたかに打ち付けた。
殴られたのだ。血の味がする。口の中を切っていた。
痛みを堪えて口から溢れる血を手の甲で押さえ、なんとか上体を起こして見上げると、父親が拳を握り締めて目の前に立っていた。ゾロを睨みつけ、鬼のような形相だ。

「私の前で、国王陛下を愚弄することだけは絶対に許さん!!」

一喝した後、父親はひざまづき、座り込んでいるゾロにすっと顔を近づけ、襟元を掴んで締め上げる。

「それ以上、言ってみろ。この場で、俺がお前を処刑してやる。」

今まで聞いたこともないような凄みを含んだ声。
怒りで目が殺気立っている。
本気だ。父親は本気で息子を殺す気でいる。

「陛下がどれほどこの国のことを憂いておられるか知りもしない小僧が、何をほざくか。今回のことも、国と王太子のために決断されたんだ。決して私利私欲ではない。」

「いいか、陛下は、私がこの世で最も崇敬する方だ。私の全てを陛下とこの国に捧げると誓いを立てている。私の命は陛下のためにある。陛下のご意志を実現させるために、私は存在している。何人たりともそれを妨げることはできん!その陛下を愚弄するなど・・・!」

息も止めんばかりに首元を締められた。
見ていられなくなったくいなが、悲鳴を上げて止めに入る。それでやっと公爵はゾロを離して立ち上がった。

「明日、引きずってでも士官学校へ送り返してやる。それまでは外出禁止だ。」

鋭く命じると、公爵は部下である兵士二名にゾロを引き渡した。
ゾロはなす術もなく、兵士達に無理矢理立たされ、今度は両脇をがっちりと固められて自室へと連れて行かれた。

「ナミのことは、もう諦めろ。」

背後から父親の声が掛かる。まるで最後の通告のようだった。
うなだれたゾロは歯を食いしばる。
口から血が滴り落ち、大理石の床にいくつかの染みを作った。




←14へ  16へ→






戻る