くいなはゾロの部屋のドアをノックした。
返事は無かったが、そっとドアを押し開けて中へ入ると、ベッドにうつ伏せに倒れこんでいるゾロが目に入った。

「お父様は王宮へ行かれたわ。」

ゾロの反応はない。
それでも、ベッドで横になっていても決して眠っているわけではないことは容易に感じ取れて、更にくいなは言葉を続けた。

「私、今からナミに会いに行ってくる。」

くいなは女性であるため、面会制限がずっと緩やかだ。

「何か伝えることがあれば・・・・・伝えるわ。」

もう弟とナミが顔を会わせることはないだろう。次に顔を会わせるとしたら、それは成婚の日となろう。
しかし、その時にはもう二人の間は大きく隔たってしまっている。そしてそれ以降、彼らは二度と屈託無く会うことなどないのだ。
それを思うと、くいなは二人が憐れでならなかった。せめて別れの言葉を交わせたらと思う。
しかし、ゾロの返事はない。
少し心配になって、くいなはベッド脇まで寄っていった。

「ゾロ?聞いてるんでしょ?何かナミに伝えたいことがあれば―――」
「・・・・・てくれ。」
「え?」

「会いたいと、100回伝えてくれ。」

会いたい、会いたい、とても会いたい。
せめて一目なりとも・・・・





誓い −16−





無言でくいなが出て行き、それからどれくらいそうして時間を過ごしただろうか。
階下の大時計が何時かの時刻を告げたのが微かに聞こえた。
ベッドに埋めていた顔をずらし、窓の方を見ると、夕焼けの朱の色が部屋の中に入り込んでいた。
ゾロはむくりと起き上がり、窓のそばへ行って薄手の白いカーテンをめくって外に目をやる。
ロロノア邸とステーシア邸を区切る木立が見える。そしてこの木立の下には生垣が張り巡らされている。
その生垣の一角が刈り取られていて、いつもゾロはそこからナミの家に入っていた。つまり、そこからステーシア邸に入れる。既に塞がれている可能性が高いが、そこでなくても生垣を越していくのは容易だ。ともかくじっとしてられない。行ってみよう。
ドアへ向うが、きっとそこには見張りの者が立っているはずだった。ゾロが部屋から抜け出さないように。
案の定、ドアの外の廊下に人の気配を感じる。ドアから外へ行く訳には行かない。では窓から外へ出るしかない。
部屋のどこかにロープがあったはずだった。窓からコッソリ外へ出るのは今日が初めてではなかったから。
ベッドの下でようやく隠していたロープを見つけると窓際へと向う。
前回使用時の始末が悪かったためにこんがらがったロープを解いていると、ある記憶が蘇ってきた。

ゾロに軍人士官学校の合格通知が届いた日。
あの日、喜び勇んでナミに知らせに行った。
するとナミは2階の窓からこれと同じようなロープを垂らして、スルスルと降りてきた。
合格のことを知らせると、ナミはゾロに抱きついて喜びを表現した。

過ぎ去った、甘くも懐かしい記憶。
まるで昨日の出来事のように感じるのに。
あの時は二人がこんな風になるとは想像もしていなかった。
なんと二人の置かれている境遇は変わってしまったことか。

気を取り直し、観音開き式の窓を押し開けた。
途端に、近衛兵が上を――ゾロの窓を見上げている姿が目に入ってきた。さっきは見かけなかった。館の周りを巡回しているようだ。
ゾロは窓から離れ、次いで暖炉のそばまで足早に歩んでいった。
部屋の暖炉の上に掲げてある剣。ロロノア家の嫡男に受け継がれる家宝だ。
かくなる上は、これで下にいる衛兵を叩きのめしていくしかない。
そんなことをすればどうなるか、という考えはこの時完全に欠落していた。
手詰まりなこの状況を、なんとか打ち砕きたい一心だった。

今にも剣を取り上げようとした時、間の悪いことにドアをノックする音が響いた。と同時にくいなの声。
くいながナミの館から戻ってきたのだ。ゾロは剣から手を離し、ドアの方へ向う。
姉からナミの今の様子を聞けるだろう。邸内の警備のことも多少聞きだせるかもしれない。
ドアを開けると、くいなと、もう一人青い髪の女が立っていた。
あ、と驚いて、ゾロは急いでドアを大きく開き、二人を招じ入れた。
そのまま二人をゾロのベッドに座らせ、ゾロは窓の厚手のカーテンを厳重に閉めて回った。
そして改めて、二人のそばまで行く。

「こんばんは、ゾロ。」

明るい調子で青い髪の女が言う。
それはあと一度でいいから聞きたいと、焦がれていた声だった。

「ナミ・・・・・。」

思わず掠れたような声を出てしまった。
その言葉を待っていたように、ナミは被っていた青い髪のカツラを外す。それをくいなも手伝った。
ドアの前に佇んでいた時の二人の表情は青ざめ硬かったが、部屋に入ってからは幾分緊張感が和らいだようだった。
しかし、ゾロはまだ混乱の縁にいた。

「なんで――どうして――こんな――」
「しぃ。」

ナミが人差し指を唇に立てた。
慌ててゾロは口を噤んだ。

「ゾロがあまりに会いたがってると聞いたので、会いに来ました。」

ルフィとの婚約が内定してすぐに他者との面会制限を課せられたナミ。
自室に軟禁状態になって、しばらくして警備に当たる近衛兵部隊の隊長が挨拶に来た。
その時ナミの部屋にはナミとノジコ、そしてステーシア伯爵がいたが、その隊長は二人の娘のうちどちらがナミであるか見分けられなかったという。
それでピンときた。
おそらく、他の警備の者もそうに違いない。

他者、特に男性との接見の制限は、相手が近衛兵であっても例外でなかった。
皮肉なことに、ナミの警備が厳重であるが故に近衛兵達はナミの顔をほとんど全く知らない状態だった。
オレンジ色の髪をしていると聞いただけで、顔を見たことが無い。
自分達が守っているその主(あるじ)の顔を知らず、会ったこともなかったのだ。
彼らは、姉のノジコのこともせいぜい青い髪をしているという認識しかなかったから、髪の色を変えれば彼らの目を欺けるのではという読みが働いた。
もちろん、警備の者達の油断からくるところも大きい。普通の者なら命令にただ大人しく従順にひれ伏して従うのみ。逆らうことなど考えもしないだろうと高をくくっていた。ましてや邸外に抜け出すなど、誰が想像しただろう。
それでも、やはりナミ達が取った行動は命懸けの危険な賭けのものだった。もし露見すれば、どんな恐ろしい事態が待ち受けているか分からない。ノジコをナミの部屋に残し、ナミとくいなは二人身体を寄せ合って、慄き震えながらロロノア邸までやってきたのだ。

「私はお母様のところへ行ってるわ。ナミ、帰る時は声を掛けてね。」
「いろいろありがとう・・・・くいな。」
「いいのよ。」

くいなはナミの手を握り締め、ゾロとナミの交互に目線を合わせた。
その瞳には深い悲しみが宿っていた。
くいなをドアのそばまで見送って、ようやく二人は向き合った。

「ほっぺた、どうしたの?」と、ナミが自分の頬を撫でながらゾロに聞く。
倣うようにゾロも自分の頬を手でなぞる。
ついさっき、父親に刃向かって殴られた痕だ。
「親父に殴られた」と顔を顰めて言うと、ナミは困ったように笑った。
そして、ナミは物珍しげにくるりとゾロの部屋の中を見渡すと、目ざとくある物を見つけた。
それは窓際の床に放り出されたロープだった。

「ゾロも、私に会いに来ようとしてくれたのね?」
「ああ、見事に失敗したけどな。」

ゾロは苦笑いを浮かべた。
結局ナミの方から会いに来たのだから、ゾロの目論見は見事に外れたことになる。
ナミはもう一度ベッドに腰掛けて、ゾロがそばまで来るのを待った。
ナミの部屋で想いを確かめ合ったあの日のように、二人は並んで座った。
しばらくそうしていたが、やがてゾロが口を開いた。

「ルフィと、結婚するのか。」

恐ろしくも確認せずにはおれなかった。
それに対し、ナミは一つため息をついて、キッパリと答えた。

「ええ、するわ。」

途端に胸が塞がれた。世界が闇に閉ざされる。

「国王陛下のご命令だから・・・・。」
「王の命令だからって結婚するのか?お前は、それでいいのか?」
「でも、これがこの国のシステムなのよ。私達はその中で生きている。だからそれに従うしかないの。」
「逃げよう。」

ナミが息を呑んでゾロを見た。

「国から出れば、王の命令もシステムも関係ない。何もない、二人だけになれるところへ行こう。」

国も家も捨てて、誰も自分達のことを知らない場所へ。何にも囚われず自由になって。
こうして、もう二度と会えないと思っていたナミともう一度会うことができたのだ。
それならば、逃げることもできそうな気がする。
ゾロの言葉を聞いて、ナミは泣きそうに顔を歪めた。

「ダメよ。」
「なんでダメなんだ。お前はこのままルフィと結婚していいのか?ルフィのことが好きなのか?俺よりも?」
「私だって、ルフィと結婚なんて考えられない。ルフィは親友よ。とても大事な。でもそれだけ。私が好きなのは、ゾロなんだもの。」
「じゃあ!」

ゾロがナミの両肩を掴んで揺する。
ナミは喘ぐように口を開いた。

「でもやっぱりダメ。私だって考えたわ。どうやったらこの運命から逃れられるのか。でも無いの。一旦こうと決まったからには。」
「いや、今ならまだ間に合うかもしれない。」
「たとえ逃げても、きっと逃げ切れないわ。国の名誉に懸けて追っ手が放たれるのよ?見つかったら殺される。」

「もう私達だけの問題でもないの。私達が逃げたりしたら、残された人達がどうなるか分かるでしょう?」

「くいなとノジコも巻き込んでしまってる。このまま私達がいなくなれば、手引きした二人はただじゃ済まない。」

修道院へ入れられるならまだいい。監獄に幽閉されたり、悪くすると処刑されるかもしれない。そんなことは、口に出すのも恐ろしかった。

「それにルフィはどうなるの?」

ゾロは、ルフィのことまでは考えが至らなかった。自分達のことで精一杯で。
御前舞踏会で見た、翼をもがれたように生気を失ったルフィの顔が脳裏に浮かぶ。

「彼は一人ぼっちなのよ。私達が逃げたと知ったら、私達にまで見放されたと思うに違いないわ。その上もし逃げ切れずに捕らえられて、そして殺されたりしたら、そのことでルフィがどれだけ傷つくか。」

自分との結婚のことで親友二人が国を捨て、更には殺されたりしたら。
ルフィはああ見えても決して鈍感ではない。むしろ情に熱い方だ。
それは分かる。
分かってはいるが。

「でも、俺達の――俺の気持ちはどうなる?俺のことは・・・・もうどうでもいいのか?」

ナミは大きくかぶりを振る。

「どうでもいいわけないじゃない!私だって平気じゃないわ。でも、私はゾロの人生も台無しにしたくない。ましてや絶対に死んでほしくない。だから、家族もルフィもゾロも守るためには、私が王室に入るしかないのよ。」

ナミは両手で顔を覆って俯く。耳にかけていたオレンジ色の髪の一房がハラリと落ちた。
決してナミが悪いわけではない。こうなったのはナミのせいではない。
それどころか、ナミの意志はこれっぽっちも入ってはいない。
自分達の預かり知らぬところで、全てが勝手に決まり、動き始めているのだ。
ゾロはつい先日この事実を知ったが、ナミは婚約のことが内々に知らされた時から、ずっとこの過酷な運命から逃れる術を考え続けていたに違いない。その上で出した結論だ。

やってみないと分からないだろうと言いたかった。
そう、やってみれば逃げおおせるかもしれないのだから。
それなのに、もう逃れる術を全て諦め、事態を受け入れようとしているナミが憎らしかった。
自分と一緒に世界の果てまで逃げると言って欲しかった。
分別なんてどうでもいい。
今はただ自分を選んでほしかった。
ただそれだけ。
たとえ後で死ぬほど後悔することになったとしても。

打ちのめされたように、ゾロはナミの肩から手を下ろした。ダラリと所在無げに膝の上に落ちる。
少し呆然となって、顔を前に向ける。虚しく自分の部屋の壁紙を眺めるばかりだった。
そんなゾロの手に、ナミが自らの手をそっと添えた。その手はひんやりと冷たかった。

「でもね、私考えたの。私の夢はたくさんここで断たれるけども、一つだけ叶えられることがあるの。」
「・・・・・?」

その言葉の意味を推し量るようにゾロは再びナミを見た。
ナミは伏し目がちに言葉を続ける。

「ウソップは官吏に、ゾロは軍人になって、ルフィを支えるでしょう?でも、私だけ何にも役に立てない。私だってルフィの役に立ちたいのにと、ずっと思ってた。」

「この国では女は何者にもなれないから・・・。でも、妃にはなれるんだわ。これだけは男の人にはなれないものね。そしてそれは、何よりもルフィを支える役目に違いない。」

「これでやっとルフィの役に立てるって思ったの。だから私、王太子妃になってこの国を、ルフィを支えていくわ。」

「そしてゾロ・・・・あなたは軍人になって、この国と、私達のことを支えて?」

ナミは目を上げて、ゾロの瞳を覗き込むようにして言った。
ゾロは水の膜が張った茶色の瞳を見返す。
ナミの言葉は軽やかだったが、瞳は真剣そのものだった。
これは懇願だ。自分は今後は国のために生きるから、ゾロにもそうしてほしいと訴えている。
もとより、ナミに去られたゾロに残された道は、士官学校を卒業して軍人になること。ただそれだけだった。しかし漫然となるはずだったそれが、今初めて使命という意味を帯びてきた。
ナミはルフィと国を支え、守るという。ならば自分も。
「国」という部分をそのままナミに置き換えて、再解釈する。
それが自分に残された唯一の道。

「ああ、分かった。」
「絶対に約束よ。誓える?」
「ああ、誓う。命を懸けて。」

―――この命を懸けて、お前達と、この国を守り、支える

ゾロが繰り返して言うと、とナミは満足そうに、それでいて悲しげに微笑みながら「私も」と言った。

「じゃ、もう行くわね。」
「・・・・・。」
「元気で、ゾロ。」
「・・・・・。」

言葉に詰まった。急に何もかもが現実感を失ったような気がする。
ナミが今発してる言葉の意味はなんだろうかとぼんやりと考える。事態を飲み込もうとしても、まるで砂を噛むようで。
ゾロが何も言えないでいると、一度ぎゅっとゾロの手を握ってから重ねていた手を離し、ナミはゆっくりと立ち上がった。切なげにやさしくゾロを見下ろす。

「さようなら、ゾロ。」

ナミが背を向けた。そのままドアに向って歩き出すかに見えた。しかしそうはしない。

「ナミ?」
「なんで・・・・!」

突然ナミの肩が震え出す。

「なんで言ってくれないの?『それでも逃げよう』って、『やってみないと分からない』って!」

ゾロに背を向けたまま、ナミは震える自分を抱きしめながら叫ぶ。

「本当は、本当は嫌なの!王室になんて入りたくない!ルフィと結婚なんて・・・!! どうして私なの?私でなくったっていいじゃない。私だってこれからやりたいこといっぱいあったのに!ゾロと一緒に生きていきたかったのに!なのに・・・・!」

そのままナミは両手に顔を埋めて嗚咽を漏らし始めた。
溢れ出したナミの本音の叫びは鋭利な刃物のようにゾロの胸の内に切り込んできて、ようやく動いたゾロの身体はそんなナミの腕を掴み、引き寄せた。ナミも両腕をゾロの首に巻きつけてしがみつく。
声が漏れないようにと、ゾロの首に唇を押し付けて泣き声を押さえ込む。
そうしつつも、ナミは激しく泣き続けた。
ゾロはそんなナミをただ力強く抱きしめる。時折名前を呼びながら。そうするしか能がない自分を罵りながら。

「ゾロ、最後にお願いがあるの。」

一呼吸置いた後、ナミは顔を上げて、思いつめた表情で一気に言った。

「抱いて・・・・。」

今度はゾロが息を呑む番だった。

「私、もう誰の目も怖くない!ええそうよ、他の誰になんて思われても構わないわ!」

自らに言い聞かせるように独り言のように呟くナミ。
ナミが王室に入る時、処女かそうでないかを医学的に調べられる。
そしてその事実は、王室関係者はおろか元老院や関係貴族達の白日の元に晒されることになる。
まだ15歳のナミが、男と通じていたと知られるのは耐えがたい屈辱に違いないはずだ。
しかし、もう二人には今しか時間がない。
ここで別れたら、ナミはもう二度と手が届かない世界へ行ってしまう。そして次会う時は、ナミはもうルフィのものなのだ。
その事実が、ゾロの背中を強く押した。
ゾロは意を決したようにナミに口付けた。片方の手をナミの頭の後ろに添え、もう片方の手を腰に回し、そのまま引いてベッドへと導く。
そのまま身を投げ出ように、二人はベッドに倒れ込んだ。ナミに覆い被さって、肘で身体を支えながらナミを見下ろすと、ナミの瞳から後から後から涙が零れ出す。それを唇で舐めとって、もどかしくも焦れながらドレスを剥ぎとろうとすると、ナミも身体を浮かせてそれを手伝った。
すぐさま白い胸が現れて、ゾロはそこに顔を埋めた。柔らかくて温かい。
もうこの身体に二度と触れることはない。これが最初で最後。泣きそうになるのを必死で堪えて、二度と忘れないようナミという形を手で辿っていく。
次にナミが身体を開くのは、ルフィに対して。ルフィがこの身体を押し開き、蹂躙するのだ。
ナミとルフィが、今自分達と同じようにベッドの上で裸で絡まる姿が脳裏に明滅して浮かぶ。
それだけで気が遠くなるような嫉妬と暗い怒りがゾロの胸の内を埋め尽くす。やめろと叫びたくなった。
本来は自分の、自分だけのものになるはずだったこの瑞々しい唇も、柔らかな胸も、しなやかな身体も・・・ナミの持つ全てを、ルフィが奪い取っていく。
俺のナミに!畜生、ルフィめ!なんであいつが!いつか・・・いつかきっと八つ裂きにしてやる!
ルフィを罵倒する言葉が次々に浮かび上がっては消えていった。
完全に頭に血が上っていた。

―――この命を懸けて、お前達と、この国を守り、支える

しかし、誓いのことを思い出した瞬間、急速に頭が冷えていった。
これが、これから待ち受ける未来の現実なのだ。

「くそう・・・・!」

そう叫んでバッとナミの上から退いた。
ゾロは頭を抱える込むようにして髪を掻き毟る。

「やっぱりダメだ・・・・!」
「どうして!?」

焦れたようにナミも起き上がって身体をゾロに押し付けてせがむが、それを遠ざけるようにナミの肩を押し戻し、ゾロは叫んだ。

「俺だって、俺だってお前を抱きたい!俺のものにしたい!でも抱けば、俺はもう二度とお前を手放せなくなる。それなのにお前はルフィと結婚してしまう。いつか俺がお前達に仕えても、ルフィと並び立つお前を見るだけで、守るどころかルフィを刺し殺したくなるだろう。そんな俺に、『誓い』なんて守れるはずが、守れるはずがないんだ!!」

二人で交わした誓いは、今やゾロとナミを繋ぐか細い運命の糸となった。
これから離れ離れになっても生きていかねばならない二人に唯一残された「よすが」なのだ。
その誓いを破るということは、ナミとの絆を自ら断つということ。
でも、ナミを抱けば、きっとそうなってしまうことは目に見えている。
ナミを奪ったルフィを妬み、敵視し、その死すら願ってしまいかねない。
そしてそれは、たとえ表向きは体裁を繕ったとしても、誓いを破り、ルフィをナミを、果ては国を裏切り続けることに他ならない。
今ナミの肢体を取るか、未来へと続くナミとの絆を取るか。
まだ年若いゾロには突きつけられた厳しい選択だった。
そして、ゾロはナミとの絆を取った。

「くそう・・・くそう・・・。」

ゾロはナミに背を向け、繰り返し言葉を漏らし、拳を握り締めて両目を覆う。溢れ出てくる熱いものを止めることができなかった。
その仕草で、ナミはゾロが泣いてることに気がついた。
胸元に乱れた衣服をたぐり寄せて、ナミはゾロの背中にしがみつく。

「ごめん、ごめんね、ゾロ・・・!」

ゾロを置いてく私を許してね、誓いで縛りつけてごめんね――広いゾロのシャツの背中にナミの涙が吸い込まれていく。

「ナミッ・・・!!」

ゾロは振り返り、ナミを抱きすくめた。せめて今だけはと腕の中に閉じ込める。
二人は子供の頃に戻ったように、声を立ててわぁわぁ泣いた。
そして、今生の別れを惜しむように、二人は長い時間ひしと抱き合っていた。




←15へ  17へ→






戻る