そうして、ゾロの元からナミは去っていった。

誓いの言葉だけを残して。





誓い −17−





馬車の車輪が小石に乗り上げる度に、その中に座るゾロの体も上下左右にガタゴトと揺れた。
元来交通の往来が少ないノースウッドまでの道のりは、街道が未整備な箇所が多く、それだけ馬車の揺れも激しくなる。

生木を裂くようにナミと離された翌朝、ゾロはロロノア公爵が用意した馬車に放り込まれ、士官学校のあるノースウッドへ送り返されることになった。ゾロももう抗うことなく、ただ従順に父親の命に従って馬車に乗り込んだ。心配そうに見送る姉と母に暗い視線だけを残して。
ゾロは黒い全身を覆う外套の前の合わせ部分を更に掻き合わせるようにして、寒さに震えながら頭を馬車の窓にもたれかけて、外の景色に目を向ける。建物が建て詰まった街を抜け、王都の城門をくぐり街道へと馬車は進む。段々と建物はまばらになり、代わって4月の儚げな緑の草花に包まれた王都郊外の田園風景が現れる。そんな刻々と様子を変えていく窓の外の景色がゾロの目に入っているはずだったが、それはただ反射として映りこんでいるだけで、心はここにあらずだった。
体が冷え切っているのは、外気温が低いせいだけではない。

ゾロは気力という気力を全て吸い取られたような状態だった。何もやる気が起こらない。何もかもがどうでもいい。もはや何かしたいとかという欲も、夢も希望も全て、ナミという存在を得られないと決まった時点で霧散して消えていったかのようだった。そして、空っぽの心の中にナミとの誓いだけがコロンと転がっている。今はそれすらも持て余していた。

何も自分から為そうとしないゾロに、唯一の付き人となった御者は細やかに世話を焼いてくれた。普段なら気さくに声を交わし、旅の道中を楽しむその者にさえ、ゾロは何か反応を示す気力も余裕もなかった。もはや外の景色を見ることも無く、目を固く閉じて一日を過ごす。まるで現実世界から目を逸らすかのように。
言われるままに馬車から降り、宿に入って泊まる。また馬車に乗り込み、降りて、宿で泊まる。単なるその繰り返し。
ゾロがナミに会うために5日で駆け抜けた道のりを、馬車は10日かけて戻っていった。

無気力さが体温保護も忘れるようになったようで、士官学校に到着する頃、ゾロは悪寒を感じ始めていた。発熱しているようだった。
士官学校の教官達は、ロロノア公爵から先に連絡を受けていたのか、始業式の前日に脱走したゾロを特に咎め立てたりせず淡々と事務的に迎え入れた。今日は一日休養、授業は明日から受けるようにと指示された。
自室に戻ると、まるで何事もなかったかのように机などの懐かしい所有物達がゾロを出迎えた。確か、出発前にひどく荒らしていったはず。しかし今は綺麗に片付いている。サンジが片付けてくれたのだろう。ああ、そうだ、サンジに金を返さなくては。

そのサンジは不在だった。時計を見ると午前11時半で、まだ授業の最中なのだから当然だ。
自分の部屋に入った途端、これまでの緊張の糸がプツンと切れたようだった。外套を脱ぐ気力もなく、のっそりとベッドに乗りあがり、腕を枕にして仰向けに寝転んだ。身体が泥のように重い――。
目を閉じていると、屋外の演習中の学生達の喧騒がかすかに聞こえてくる。本来なら、あの中に自分も混じっているはず。しかし今は、とても遠い出来事のように思えた。彼らからすごく隔たったところへ行ってしまったような気がした。
しかし、一番かけ離れた世界へ行ってしまったのはナミだろう。もう手が届かない場所へと、行ってしまった。


あの夜――くいなと母が、ゾロの部屋までナミを迎えにきた。
なかなかゾロの部屋から出てこないナミを心配してのことだ。
ゾロの部屋の前を見張る衛兵もさすがに不審な顔つきをしていたため、ゾロの母は彼らに金貨を握らせ、このことを決して口外しないようきつく言い含めた。
ゾロは固く抱き合ったナミの体を、惜しむようにして手放した。
それが、誰のものでもないナミとゾロとの、今生の別れだった。


バン!と音を立てて、無造作にドアが開かれた。
体を浮かせて起き上がり、音がした方角を見ると、戸口にサンジが立っていた。授業が終わり、部屋に戻ってきたのだ。
サンジはあっという風に口を開いてゾロを見ている。

「戻ってきてたのか。」
「さっき、着いたところだ。」

サンジは後ろ手でドアを閉め、サンジがベッド脇まで大股で近づいてきた。
ゾロが答えると、サンジは「そうか」と呟いた。

「会えたか?」

主語を抜かしているが、それが誰のことであるのかは分かる。

「ああ、会えた。」

この返事に、サンジは表情を閃かせた。

「会えた?そうか・・・・そいつは良かったじゃないか。」

サンジはさも意外そうな口ぶりで言った。
ゾロを王都へと送り出したものの、もうナミとは会えないだろうとサンジは考えていた。よもや、王太子妃になる直前の娘と、王太子以外の男を婚礼の前に会わせていいはずがない。しかもかつて婚約までした男と、だ。
それに対し、ゾロは眉を顰め応えなかった。ナミと会えただけで満足、なわけがないのだ。

「悪りぃ。無神経なことを言ったな。」

察しのいいサンジがすぐに顔を顰めて謝ってきた。ゾロは首を横に振る。

ナミに会っただけで、何もできなかった。
ナミも自分も、結局は王には逆らえなかった。
運命に、逆らえなかった。


「俺はもう空っぽだ。何も残っちゃいない・・・・。」

ゾロは両の手に顔を埋め、搾り出すような声で呟いた。

「そんなことねーだろ。お前がナミさんのこと想い、ナミさんがお前のことを想っていた、その事実は永遠に変わらねぇよ。」

そうだろうか。圧倒的な現実の前に、事実なんてあるかなきかに霞んでしまいそうだ。
そう、ナミと想い合っていたこと、ナミと一緒の時を過ごしたこと、それこそが夢。

「『人間、若い内に挫折を味わった方がいい』」
「・・・・・。」

サンジの突然の呟きに、ゾロは怪訝な顔をして顔を上げる。

「うちのジジイの口癖でさ、年取ってから挫折するよりも、若い時にそれを味わった方が、やり直しが利くし、人生の糧になるんだと。」

挫折か―――
確かに今自分が味わっている気持ちは挫折以外の何物でもない。
名門と謂われるロロノア家に生れ落ちて何不自由なく暮らしてきた。
エリート排出校でもある、とある国の最高学府の一つの軍人士官学校にも入学した。卒業後は任官も赴任地も思うがままだ。
好きな女と婚約までもした。卒業を待って結婚し、ナミを国外留学に送り出して・・・とそんな夢を描いていたのはついこの間のこと。
なにもかもがうまくいくと思っていた。
自分の思い通りにならないことなんて何もない、人生に障害なんてありえないとすら感じていた。
それが、たった一言の王の命令によって、全て覆されてしまった。
なんという無力さだろう。我々は所詮、とある国の頂点に立つ国王に支配される臣民に過ぎないのだ。


「男は挫折してなんぼだってサ。そして挫折した後、どうやって立ち直るかが肝心なんだ。そこで男の真価が問われるのさ。お前はさ、この歳で挫折した。だからここで立ち直ったら、この後のお前は強いよ。これからは昇り調子一本に違いねぇ。うん、むしろ早めに挫折してよかったんだ。もっとオッサンになってから挫折してみろよ。やり直しも利かねぇし、さぞかし辛らくて寂しい人生だと思うぜ?」

目の前で深く沈み込むゾロに、サンジはオーバーアクション気味に肩を竦めて見せて、殊更おどけた口調で話し続けた。
普段以上の饒舌さ。そんなサンジに対し、ゾロは苦笑いを浮かべる。
軽薄を装ってはいるが、彼なりにゾロを励まそうとしていることは十分に汲み取れた。その心遣いが嬉しかった。

「なんか顔色悪いな。」
「ああ・・・」
「熱あるんじゃねぇ?」
「かもな。」
「これから昼飯だけど、行けそうか?無理なら持ってきてやるが。」
「いや、それぐらいなら行ける。」
「じゃ、メシ食いに行くとするか。まずは腹ごしらえだ。その後ぶっ倒れりゃいい。」

ゾロがベッドから立ち上がったところで、突然ノックもなしに部屋のドアが開けられた。
二人してぎょっとして戸口に目をやると、ゾロ達の学年を担当している教官の一人が息せき切って立っていた。

「ランスール・サンジ!」

かなり慌てているようで、教官は二人に何の断りも告げず部屋に踏み込み、そのままサンジの前まで歩み寄る。

「至急、王都へ帰る準備をしなさい。」
「どうしたんスか?」

あまりの剣幕に、しかも出し抜けにそんなことを言われて、サンジは面食らう。

「バラティエ城が――・・・」

そこまで言いかけて、教官はハッと口を噤んだ。そこで初めてゾロがこの部屋にいることに気がついたようだ。話がサンジのプライベートに関することであるから、ゾロに聞かれるのは拙いと思ったのだろう。

「ロロノア・ゾロ、済まないが少し席を外してくれるか。ランスール・サンジに話があるので・・・・。」
「いいよ、別にこいつが聞いても構わなねぇから!城が――バラティエ城が、どうしたって?!」

サンジは声を荒げる。もう少しで教官の胸倉を掴まん勢いだった。
バラティエ城とは、王都郊外に建つランスール伯爵家の居城で、サンジの生家だ。その城がどうしたというのだろう。この教官の様子ではただ事ではない。嫌な予感に見舞われ、ゾロも固唾を呑んで耳を傾けた。
教官は、サンジをなだめるように両肩に手を置き、静かにゆっくりと言い聞かせるように語った。

「いいか、落ち着いて聞けよ。バラティエ城が、炎上したそうだ。」
「・・・・!!」
「詳しいことはまだ分かっていないが、伯爵とお前の父上が助かったという情報は、まだ入っていない。」

瞬間、ゾロから見えるサンジの後ろ姿が固まった。

「分かったな?だから、急いで帰る支度を。馬車はこちらで用意する。30分後に玄関ロビーに下りてくるように。私も同行するから。・・・・ロロノア・ゾロ、彼の支度を手伝ってやってくれ。」

はい、とゾロは教官に応えた。教官は目礼すると、部屋から急ぎ足で立ち去った。
サンジは、両手をだらりと下げて、同じ姿勢で立ち尽くしたままだ。
表情は窺い知れないが、その立ち姿は、今この瞬間に外界の全てから断ち切られたように見えた。それだけでサンジが受けた衝撃の度合いが見て取れる。

「支度、手伝うから・・・。」
「ハ、ハハハ・・・・!」
「おい、サンジ?」

大丈夫かとゾロが名前を呼ぶと、サンジはゆらりとゾロの方を振り向いた。
色を無くした顔に不敵な笑みを浮かべている。

「言ったろ?やっぱ挫折は、若いうちに済ませた方がいいのさ。」

その言葉だけを残し、サンジはそのまま踵を返すと、二度と振り返ることもなく、部屋を出て行った。




***




目まぐるしく周囲で時が過ぎていく。
刻々と変化を遂げていく。

サンジは、結局仕官学校から王都へ帰還したまま、もう二度と士官学校に戻ってくることはなかった。
当主ランスール伯爵ゼフと、後継者であるサンジの父親は、バラティエ城の火災により帰らぬ人となった。母親だけでも助かってよかったと言われていることから、相当な火災だったと思われる。
サンジが去って1ヵ月後、士官学校に退学届が届けられた。
来年の彼の17歳の誕生日を待って、サンジはランスール伯爵家の家督を継ぐことが既に決まっているという。

ゾロはというと、ナミとサンジという近しい存在が同時に消えたことで、すっかり神経が参ってしまっていた。
日々報じられる、ルフィとナミの婚礼に向けての報道なども気を滅入らせる一因となった。
更に、学生達の自分に対するよそよそしい態度がゾロの気持ちを逆撫でした。ゾロとナミのことは、報じられてもいないし、教官達が知るのみで学生達は知らないはずだった。しかし、婚約内定直後のゾロの脱走と、ロロノア家とステーシア家の親しい関係から類推して、想像を膨らませる者も少なくなかった。
みんなが自分を指差して笑っているような気がする。
婚約者をむざむざと奪われた無様な男、そう思われているに違いない。
敗北感と屈辱にまみれ、心の中はぐちゃぐちゃだった。

人との交流を断ち、部屋に閉じこもって真っ黒な己の心と向き合う。
暗い妄想、嫉妬、羨望、敵意や悪意、そして絶望―――心の内にはびこる邪心と散々慣れ親しむ。そんなことをしていると、ともすれば奈落の底へ落ちてしまいそうだった。
しかし、元来健やかな精神を持つゾロは、徐々に立ち直っていった。少しずつ心は平衡を取り戻していく。
そして最後には、平静な心の中にあの「誓い」だけが残った。

秋風が吹く頃には、また友人達がゾロの周りに戻ってきた。彼らが自分を遠巻きにしていたのは、何よりも自分自身が彼らとの間に見えない壁を打ち立てていたのだと、その頃になってようやく気がついた。
彼らはやはりなんとなくゾロの事情を察しているようだったが、それについて触れてくる者はいなかった。ありがたかった。
友人達の中で、サンジだけがスッポリと抜け落ちて消えてしまった。その違和感。皆感じているのだろうが口には出さない。
同室者のサンジがいなくなってからも、代わりの人がゾロの部屋に住むことは無かった。ゾロは卒業まで、一人で部屋を独占して使用した。


王太子の婚礼の日が近づいてきたある日、一通の手紙が届けられた。
それは使者が直接ゾロに届けるという、仰々しくも儀式立ったものだった。
差出人は―――ルフィ。
息を呑んで封を切る。


「元気か?
 もうすぐ俺とナミの結婚式なんだけど、ゾロは欠席するって返事が来たって聞いた。
 なんでだ?
 絶対に来てくれよな。
 俺達親友だろ。
                   モンキー・D・ルフィ」


ルフィらしいなんとも簡潔な文章だった。字が大きくていびつで、躍動して手紙の上で踊っているようだ。
王太子妃は、第一王太子妃にはナミ、第二王太子妃にはアラバスタ王国の王女ネフェルタリ・ビビと決まったが、ビビ王女はまだ14歳と年若いことから、遅れて輿入れすることになっている。つまり、今度の婚礼はルフィとナミだけの式なのだ。

ゾロには婚礼の招待状が届いたものの、既に欠席の旨を伝えていた。
二人の結婚の儀式を冷静に見る余裕や神経など、とてもじゃないがゾロは持ち合わせていなかった。
事情を知る関係者からは、それで異論が出ようはずもない。至極当然のことと受け止められた。
しかし、ルフィは違った。自分にとっても、ナミにっても親友であるゾロが、どうして結婚式に出席しないのか、不思議でならないのだ。
ここから分かることは、ルフィは、ゾロとナミの関係について何も知らされていないということだ。
そうでなければ、こうまで能天気にゾロを結婚式に呼べるはずがない。
いくらルフィでも、ゾロからナミを横取りしたと知れば、かなり動揺しただろうから。
正義感の強いルフィのこと、凄まじい反抗を見せることも予想された。
だから、国王も元老院も、王太子には事の顛末を知らせないことに決めたようだった。

王太子から直接手紙を運んできた使者は、その場で即刻返事を書くようゾロに要求した。
これには辟易しながらも、通り一遍の返事を書いて渡した。すなわち、士官学校での勉学が忙しいので、と。

婚礼の3日前には、とある国の全土が国を挙げての祝祭色一色に染まった。王室の結婚という久しぶりの慶事に、国中が浮かれ騒いでいた。
士官学校も休校となり、学生達は一番近くの街まで繰り出して、昼夜を分かたずお祭り騒ぎに興じた。
ゾロはその中には交じらず、まんじりともせずに部屋の中でただ時を過ごした。

婚礼当日、ゾロは誰よりも早く起きだして、早朝からただ一人、馬に乗って駆け出した。演習場である森を抜け、近くの丘を登っていく。
馬の名前はソルティア号。ナミに会うための王都までの道行きを、途中まで共に過ごした馬だ。
どこをどうさ迷ったのか、かなりの時間を要してようやく丘の頂上まで出ると、眼下には友人達が馬鹿騒ぎをしているはずの集落が広がっているのが見えた。
馬から下り、ゾロは深呼吸してその時を待つ。
午前10時。
一斉に鐘が鳴り始めた。教会という教会の、鐘という鐘が高らかに鳴り、響き合う。
今、王都のサウス宮殿の“王侯の間”――かつての御前舞踏会の会場――で、ルフィとナミの婚礼の儀式が始まったことを告げる鐘だ。
鐘はこのまま儀式が終わる予定の11時まで打ち鳴らし続けられる。
王太子妃の誕生を祝して、とある国にある全ての教会の鐘が鳴らされているはずだ。

リーン ゴーン リーン ゴーン

おそらくは街の中で聞けば耳をつんざくほど大きい鐘の音も、丘の上までくれば涼しげに鳴る鈴の音のようだった。
それは、ゾロに軽やかなナミのくすくす笑いを思い起こさせた。
ナミはよくゾロの話を聞いては、こんな音色を響かせながら笑っていた・・・・。
空を見つめると、オレンジ色の髪をした少女が、穏やかに微笑んでゾロを見て佇んでいる。

「ナミ――」

名前を呼んで、空に向けてそっと手を伸ばす。
しかし、少女の姿はどんどん手の届かないところへと離れていき、やがては青空に浮かぶ薄い雲間の中に消えていった。
もちろん、目の錯覚。
不意にソルティア号が低くいななき、その長い鼻面でゾロの背を押した。

「ああ、大丈夫だ。俺は・・・大丈夫だから・・・・。」

ゾロは所在をなくした手で、今度はやさしく馬の鼻筋を撫でてやる。

祝福の鐘が鳴り響く。
その音を聞きながら、ゾロは静かに頬を流れる涙をそのままに、少女が消えていった空を見つめ続けた。




***




たしぎの小さな頭が揺れて、やがてゾロの肩にもたれかかった。
ゾロがしばらく物思いに耽っている間に、疲れて眠りこんでしまったらしい。
姪の小さな身体を静かに抱き上げて、姉の元へ行こうとした時、ちょうど姉のくいなが部屋に入ってきた。

「あら、寝ちゃった?」
「俺と一緒で退屈したんだろう。」
「まさか。この子、叔父さん大好きなのよ?」
「へぇ。そりゃ嬉しいな。」

ゾロは腕の中で眠るたしぎの寝顔にやさしい視線を投げかける。
姪であるたしぎは、その母くいなに姿形がそっくりだ。そして血は争えないもので、やはり剣術好きだという。剣術を好むのはロロノア公爵家の伝統。そこに、ゾロはいつも自分とたしぎとの血の繋がりを強く感じる。

「くいな。」
「なに?」
「もう一人、がんばって子供産んでくれないか?できれば男の子を。」
「は?」
「そしたら、たしぎにロロノア家を継いでもらえる。」

ロロノア家の現当主でありながら、ゾロはいまだに独身。もちろん子供もいないため、たしぎはロロノア家の血筋を引き継ぐ貴重な娘であった。
くいなは最初呆気にとられたが、数秒後には何をまた馬鹿なこと言ってるの!と声を張り上げた。
さっきも両親に対して同じようなことを言ってたじゃない、あなたが結婚して子供を作ればいいだけの話でしょう?お見合いも真剣に考えてごらんなさいと、くいなはひとしきりゾロに文句をつける。ゾロは笑ってごまかした。

「そろそろ帰ろうと思っていたところなの。悪いけど、そのままこの子を馬車まで運んでくれる?」
「へいへい。」

門の前まで出向き、姉と姪を乗せた馬車がゆっくりと大通りに向けて走っていくのを見送った。
その大通りの先には王宮がある。
ゾロははるかに見える王宮をじっと見据えた。
あそこに、ルフィとナミが、いる――・・・

フッとため息をついて目を伏せる。そして静かに館の中に戻っていった。
今日は休日だ。ゆっくり心身を休めるとしよう。

明日からはまたいつものように、
王宮での喧騒の日々が始まる。




FIN


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<あとがき或いは言い訳>
大変長らくの連載にお付き合いいただき、どうもありがとうございました。
どれくらい長かったかといいますと、連載開始日が2002年6月3日ですから、実に2年9ヶ月です(ぶるぶる)。これだけの時を(或いは途中から)、見守ってきてくださった全ての方々に深く感謝の意を奉げます。

「誓い」は『
とある国の出来事』の過去編として連載開始。それまで私は話がだいたい頭の中で完成してから書いてたんですが、この話は最初と最後は決まっていたものの、間がスッポリ抜け落ちてるという状態で連載を始めてしまいました。当時は一種の冒険というか、実験でした。先が決まってない状態で書いていけるのかどうかの。
結果としては惨敗でした(泣)。先が決まってないことを恐れるあまり、全然筆が進まない。しかも一話一話が綱渡りなので、一話上げると集中力が抜けて、しばらく着手できなくなるというオマケ付きでした。

どの話ももがき苦しみながら書いたという印象が残っていますが、中でも一番書くのに苦労したのが御前舞踏会のシーン。なんせ舞踏会のことなんか全然知りませんから(苦笑)。あの頃はよく本屋で西洋史の本を立ち読みしてたナァ。今ではそれも懐かしい思い出です(笑)。その他もなんちゃって歴史で申し訳ない(汗)。

パラレルで、しかも長編で、それでもありがたくもたくさん感想を頂戴しました。
ゾロナミでありながらも最後は悲恋ですので、切なさを訴える方が多かったです。
頂いた言葉と励ましを心の糧にして、ついに最後まで書き上げることができました。
自分でも完成する日が来たことが夢のようです。や、正直ムリと思ってた(笑)。
今まで本当にありがとうございました!

このお話の続きとして、結婚後のルナミ編と、ゾロがルフィ&ナミに仕え始めた頃のルナゾ編を考えています。いつか書きたいです(←だいぶ無理そう(^_^;))。

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