15歳のロロノア・ゾロのもとに1通の封書が届いた。
軍人士官学校の入学試験合格の通知だった。





誓い −2−





「ナミー!!」

ゾロはそう叫びながら軽々と隣家の柵を飛び越え、その敷地内に入った。
その声を聞きつけて、ナミが2階の窓から顔を出す。

「ゾロ!待ってて!今降りるから!」

そう言ってナミが一旦窓から引っ込むと、そこから一本のロープが垂れ下がってきた。

(おいおい、まさか。)

そのまさかだった。ナミは窓枠をまたぐと、ロープにつかまってスルスルと降りてきたのだ。
ゾロが声も出せずにいると、

「どう?うまいもんでしょ?結構練習したの。2、3回でこんなに上手くできるようになっちゃった。」

地面に勢いつけてゾロの目の前に飛び降りたナミは、胸を張って得意そうに言う。

「お前、もう14なんだから、そろそろそういうことやめろよ。」
「え?なんで?前はよく木登りとかもして遊んでたじゃない?」
「だから、もう子供じゃないんだから。」

とは言ってもナミはきょとんとしている。為りは14歳でも中身はまだまだ子供なのだ、とゾロは思う。

「それよりどうしたの?もしかして・・・。」
「そう、そのもしかだ!合格したぞ!!」
「やったー!!おめでとう!ゾロ!」

そう叫んでナミはゾロに抱きついた。それにまたもやゾロは焦った。
中身は子供なのに、外見はもうそうではないナミ。

幼い頃は皆同じだった。
それがここ最近、ゾロ、ルフィ、ウソップの男の子達は背が伸びて、筋肉も固く盛り上がってきた。
それに対してナミは、目に見えて身体の線が丸みを帯びてきた。
他の者より年長のゾロは、一人それを意識せずにはいられなかった。

「抱きつくなっつーの!!」

ゾロは必死でナミを引き剥がす。

「ゾロ、最近こうするの嫌がるね。わかった。もうしない。」

ナミに拗ねたようにそう言われると、それはそれで寂しい気がするから不思議である。

「それより、合格通知見せてよ。」
「ほらよ。」

ゾロは胸ポケットに仕舞っていた封書をナミに手渡した。ナミは封筒から通知書を取り出し開く。

「ロロノア公爵令息ゾロ殿って書いてあるよ。ゾロ殿だって。」

何がそんなに可笑しいのか、ナミはそれだけのことでくすくすと笑う。

「すごいね、ゾロ。倍率40倍の超難関だよ?それを1回で突破しちゃうなんて!これも優秀な指導者のおかげね!!」

それは何気なく自分のことを言っている。
そう、ナミはゾロの受験勉強の面倒を見たのだ。
ナミはゾロより1歳年少であるが、非常に利発で頭が良かったから。
ゾロは実技は申し分無かったが、試験の方は心もとなかった。それでナミに教えを請うたのだ。

「自分で言うな。」

ゾロの言葉に、ナミの鈴が鳴るような笑い声がいっそう響いた。

「さて、ゾロからお礼に何を貰おうかな。」
「おい、そんな話聞いてないぞ。」
「そりゃそうよ。今思いついたんだもの。」

ゾロは呆気に取られた。



外は寒いので、受験勉強をしたナミの館の中にある図書室に場所を移した。
せまりくるような本棚が四方の壁を埋め尽くし、天井にまで届く高さで並んでいる。
真中に飾り気はないが重厚な木製の広い机があり、その机を挟んで2人は向かい合って座る。
いつもこの態勢で2人は勉強してきた。ときにはウソップ、ルフィ、カヤを交えて。
今日は勉強道具は開かれず、ゾロの合格通知書だけが机の上を占めていた。

「ゾロ、春にはノースウッドに行っちゃうんだね・・・。」

急にナミは声のトーンを落として寂しそうに呟く。

この国の軍人士官学校はノースウッドにある。
この国はおおまかに分けて、ノースウッドとサウスウッドに分かれる。
ここ、王都はサウスウッドに属し、ノースウッドはその名の通り、北の地方を指す。
気候が温暖なサウスウッドと異なり、ノースウッドは寒冷で急峻な山に囲まれている。
更に北へ行くと海にぶつかり、そこにはこの国の海軍基地もある。

「ああ。それに士官学校は全寮制だからな。3年間は寮生活だ。」
「じゃあ、もうゾロと会えなくなるね。つまんないなぁ。ルフィともちっとも会えなくなっちゃったし。」

ルフィは半年前に立太子の礼を受けて、晴れてこの国の王太子となった。
王太子とは王位継承権第1位の者のことだ。ルフィは第二王子で、本来は継承権第2位だった。
そのルフィが王太子となった理由は、腹違いの兄である第一王子エースが突然原因不明の出奔を果たしたことにある。
兄の行方は遥として知れず、長期間の王太子不在を良しとしない元老院が急遽ルフィを王太子に仕立てることにしたのである。
それまで野育ちでやりたい放題に遊びまわっていたルフィは突然王宮に囲い込まれ、幼馴染みのナミ達となかなか会えない立場となってしまったのだ。

「まだウソップがいるだろ。」

ナミの寂しそうな表情を見て、ゾロはそう付け加える。

「うん・・・。でもウソップは私を介してカヤに会うのが目的だってのがミエミエなのよねぇ。」

カヤはナミの数少ない女友達で、ウソップは彼女を一目見て好きになってしまったようだ。

「いいじゃないか。ウソップに協力してやれよ。」
「もちろん、しますけどね。でもこんな急にみんなと会えなくなるなんて。これからもっと会いにくくなるんだろうな。」
「俺は長期休暇には帰ってくるし、ルフィだって、事前に願い書を出せば会えるだろ。」

ゾロは励ますように言った。

「そういうことじゃなくてね。例えば私が結婚させられたりしたら、本当にもうみんなと会えなくなっちゃう、と思ったの。」

それはそう遠くはない話であるはずだ。貴族女性の結婚年齢は早い。だいたい14歳から20歳の間に結婚していく。ナミももういつ、貴族間の婚姻レースに巻き込まれても不思議ではない。

「もし、地方領主の息子なんかと結婚させられたら、私、二度と王都にも来ることはできないんじゃないかしら。」

そう言ってナミは両手で頬を押さえて困惑した表情を見せた。

たいていの場合、貴族女性は自分の意志では相手を選ぶことはできない。
全て親の意向で決められる。親が娘の意見を尊重し、娘の気に入った相手を選ぶこともあれば、親の都合や政治的意味合いで相手が決定することもある。
また、貴族の結婚は親の意向だけでも決められない。
必ず王の許可が必要なのである。
王の許可のない結婚は例え親が認めたものであっても許されない。

ナミの言葉を聞いてゾロも困惑した。
ナミの父親であるステーシア伯爵は、ルフィの父王の側近の一人で、この国の財務長官を務めている。とても温厚な人物であるので、娘の意に染まぬ結婚をさせるとは思えないが、ナミを人並みに結婚させようとはするだろう。

今まで、幼馴染み4人は一緒に育ってきた。それがバラバラになる。
ルフィとゾロがいい例だ。離れて遠くへ行こうとしている。
例え戻って来たとしても、今度はナミが誰かのものになってどこかへ行ってしまっているかもしれない。

「あ、ごめん。変な話しちゃて。」

ナミは黙り込んだゾロを気遣って話を変えた。

「私、ゾロから貰うものを思いついた。言ってもいい?」
「あ?ああ。」

まだ少し呆然としながらゾロは頷いた。

「手紙。」
「手紙?」
「そう、ゾロがノースウッドへ行ったら、私に手紙を書くこと。私も書くから。」
「そんなのでいいのか?」

正直言うと、ナミならもっと何か高いものをふっかけてくるとばかり思っていた。

「そうよ。ちゃんと書いてよ。最低1ヶ月に1度はね。」

思ってもみなかったナミの慎ましい要望に、ナミのゾロとの別れへの思いが滲み出ていて、ゾロは少し息が詰まった。

「分かった。必ず書く。」

決して筆まめではなかったが、ナミのささやかな願いを叶えてやりたいと心から思った。
その返答を聞いて、やっとナミは穏やかに微笑んだ。





***





4月になって、ゾロは新天地、ノースウッドの土を踏んだ。サウスウッドなら、もうとっくに花が咲く頃だというのに、この北の大地はまだひどく凍てついている。

寮長に案内されて自分がこれから3年間生活する部屋へと向かう。寮は2人部屋制であるから、ルームメイトがいるはずだ。

「18時から夕食。19時から21時の間に入浴して、その後22時の消灯時間までが自由時間だ。普段の日の起床は5時。朝の鍛錬がある。しかし、明日は入校式のため、免除される。7時から朝食。入校式は8時30分から。その後のスケジュールは先ほど渡したファイルの予定表を見たまえ。さて、ここが君の部屋だ。」

廊下を歩きながらの説明を受け、ようやく自分の部屋へと辿り着いた。
寮長が立ち去るのを見送って、ゾロは自分の部屋をノックした。
間を置かずに中から返事が返ってきた。先着の客がもういるのだ。
ドアを開けると、そこには金髪の若者が立っていた。
背の高さは自分と同じくらい。少し猫背で、細い体つき。とても軍人を目指しているようなタイプには見えない。どちらかというと、貴族のサロンを渡り歩くなよやかなヤサ男に見える。
金髪の若者はゾロの方に近寄ってきて、右手を差し出した。

「よう、ルームメイトさん。3年間、よろしくな。俺はランスール・サンジ。サンジって呼んでくれていい。」

しかし、口が悪かった。ランスール家というと、伯爵のはず。とても貴族の口ぶりとは思えない。もっとも、ゾロも人のことを言えた義理ではないが。

「俺はゾロ。ロロノア・ゾロだ。こちらこそ、よろしく。」

そう言って、サンジと握手した。
ゾロの自己紹介を聞いて、サンジはヒューッと口笛を吹いて、片方だけ髪から出している目を見開いた。

「ロロノアって公爵家の?へぇ。公爵家の息子が軍人志願かい?こりゃ驚きだ。よく親が許したね。」

その言い振りにゾロは少しムッとしたが、辛うじて自分を押さえた。

「俺の親も軍人なんでね。」
「なるほどね。そういや、現ロロノア公爵は国防長官だったか。」
「中に入ってもいいか?荷物を解きたいんだが。」

未だに戸口付近で挨拶していたため、ゾロは荷物を持ったままの状態だった。

「ああ、こりゃ失礼。」



部屋は8畳くらいの広さ。窓とドアが一つ。ベッド、机、ロッカー、本棚が2つずつ。
その他は何もない殺風景な部屋だった。
サンジがドアから入って右側のベッドを既に占領していたので、ゾロは左側のベッドの上に持参したトランクを置くと、荷物を解き始めた。

その様子を、サンジはベッドの上に横になり、片肘ついて見ていた。
やけに見られているな、と意識はしたが、やめろとも言えず、黙々とゾロは作業を続けた。

「一つ質問してもいいかな?」

サンジが身体を起こし、ベッドの上に座りなおすと、改まった口調で聞いてきた。

「なんだ?」

ゾロは視線だけをサンジの方に向けて、質問を待つ。

「お前、男と女のどっちが好き?」
「はい?」

その問いにゾロは思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

「さらっと答えてくれよ。どっちなんだ。」
「ど、どっちって、そんなもん決まってんだろ。その・・・後者に。」

その返答を聞いて、サンジはあからさまに安堵の溜息をついた。

(一体なんなんだ。)

「いや、変なこと聞いて悪かったな。ここさ、多いらしいんだよ。」
「何が。」
「ホモ。」

うッ。
ゾロは言葉に詰まった。

「1/5の確率で、ここを卒業する時はホモになってるらしいよ。ま、無理もないか。男だけの集団生活。近くに若い女は一人もいないし。立派なホモになりもするわな。」

やれやれといった調子でサンジは肩をすくめる。

「な、なな、何。」
「そんで、同室者がホモだと、その相方もホモになって卒業する確率が、更にアップするわけよ。でも、お前がノーマルで助かった。これでまっとうな生活が送れそうだ。」

なんか、とんでもないところへ来ちまったのか?
ゾロは真剣にそう思った。

軍部は言うに及ばず、政財界でのエリートも数多く輩出している軍人士官学校は、この国の最高学府の一つである。言わば立身出世への登竜門だ。
入校資格に身分は関係ないため、貴族はもちろんのこと、選りすぐりの平民達も志願する難関校である。
しかし、その実態がホモの輩出校であるとは。

「それから、もう一つ質問。済みか?まだか?」

この質問にはすぐにピンと来た。そういう年頃だから。

「まだ。」

気恥ずかしくは思ったものの、虚勢を張っても仕方の無い問題だ。正直にゾロは答えた。

「そうかー。仲間だな。お前とは仲良くやっていけそうだ。」

サンジは顔を綻ばせて改めて握手を求めてきた。
その手に、ゾロは叩くようにして手を合わせた。

パン!と小気味の良い音が響いた。





***





ゾロからナミへの手紙

「ナミへ

約束の手紙を書いている。
手紙なんてほとんど書いたことがないので変な文章になるかもしれないが、許してほしい。
ノースウッドに来て、2週間経った。
俺は元気だ。こちらの生活にもだいぶ慣れた。
最初は朝の教練がつらかった。毎朝5時起きなので。でも夜の消灯時間が10時なので、慣れてしまえば何ともなくなった。
問題なのは、実技以外のことだ。
俺はいつもそうなのだが、実技は難なくクリアできるが、教科の方が早くも苦しい。
さすが40倍の難関校だけあって、周りは皆、優秀だ。
俺は最初のペーパーテストで90人中、63番だった。
今までは、ナミの強力な助力があったのだと痛感している。

同室者はランスール伯爵家の孫だ。サンジという。
変わり者だが、なんとか上手くやっていけそうだ。

ルフィ、ウソップによろしく。


ロロノア・ゾロ」






←1へ  3へ→






戻る