尾行3日目。
俺は実家から車を借り、あらかじめ塾の最寄駅の駅前パーキングに駐車させておいた。
これで車での移動にも対応できる。





ココヤシ医院の事情 −3−





今日のナミは校門を出た時点では複数の友達と一緒に歩いていた。それが駅に近づくにつれ、一人減り二人減り・・・塾まで一緒に来たのは同級生と思しき男だった。
並んで仲良く歩く後姿は健全な男女交際を絵に描いたようで、風が吹けばライムの香りが漂って来そうだ。
端から見ても男の方が完全に舞い上がっているのが分かる。
ナミと一緒に歩けて嬉しくて仕方がない様子だ。

「ケッ」と唾を吐き出したいような気分になってきた。きっと眉間の皺が増えているに違いない。
なんだかアホらしくなってきた。なんでこんなヒヨッ子どもの尻を追いかけなくちゃならんのか。
しかし、ベルメールの思いつめたような表情が思い出され、気持ちを引き締める。

塾でナミはその男と別れた(教室が違うんだ、当然だ)。
そして、昨日と同じように7時半には講義を受け終えて、塾を後にした。

さて、ここからが肝心だ。
ナミが昨日と同じ場所に辿り着くのを見届けて、俺は自分の車のドアロックを外し、中に滑り込んだ。イグニッション・キーを差し、エンジンを掛け、ナミの動向を見守る。

さぁ、もういつでも来やがれ。

案の定、昨日と同じ車が駅のロータリーに進入してきて、ナミのそばで停車した。
ナミが駆けより、助手席に乗車するのを待って、その車は発進した。
そして、俺も車を発進させ、ナミを乗せた車を追った。


山の手に向って15分ほど走らせただろうか。
繁華街を離れ、辺りは静かな住宅街の様相を呈していた。
これはホテルにシケ込むってパターンじゃねぇな。そう思った。
じゃぁ一体どこへ行くつもりなんだ。
ベルメールの言った通りだ。二人が恋人関係である方が簡単でいい。
そうでない場合というのは、一体どういう場合であるのか想像できなくて、返って不安になる。

やがて辺りには住宅も途切れがちになってきた。
もうイースト市の中でも郊外なんではないか。
随分と辺鄙なところへ来たもんだ。

先ほどからしきりにブーッブーッと大きな音が聞こえる。これは・・・・カエルの鳴き声だ。
聞き覚えがある。というか、しょっちゅう聞いてるような・・・・。
見回すと道の柵の向こうは農場になっている。これにも見覚えがあった。


まさか


そのまさかだった。
前方を行くナミを乗せた車は、

俺の大学――イースト大学の門を潜っていった。




***




イースト大学工学館。
そこは工学部が入居する棟だ。
俺の専攻科である建築科もこの棟に属している。
俺はまだ一回生なので、専門課程は少なくてこの棟を利用することも少ないが、製図の課題などはこの工学館の製図室で行っている。締め切り前は泊まり込んだりもする。

そして、ナミを乗せた車は、その工学館の前に停車していた。

俺の車は工学館の手前20メートルのところで乗り捨てた。
あとは徒歩で工学館のそばまで行き、中へ入った。
そして、ナミと男が1Fのある教室に入っていくのを見届ける。
教室のドアが閉まるのを確認して、俺はその教室のそばまで行き、そこに掲げてあるプレートに目を凝らした。

「測量学実習室」

なんでナミがイースト大に?
どうして測量学実習室に入るのか?
一体いつから通っていたのか?

次々に疑問が沸き起こる。
しかも、この実習室は製図室の目と鼻の先。
俺も製図室に夜遅くまで残ってることもあったのに、そばにナミが来ていることなんて全く気づいていなかった。

ドアに耳をそばだてると、中から複数の人数の話し声や笑い声が聞こえる。
どちらかというと和気藹々という雰囲気だ。

その後、俺は製図室のドアを開け放ち、そこに立ってナミがいる部屋を監視する。
誰かに監視を見咎められても、すぐに体を製図室に隠せるのが好都合だった。
しかし、製図室にいる数名の同期の奴らには「お前何やってんだ?」と何度も聞かれた。
ついでなので、俺も聞いてみる。

「測量学実習室にいる奴ら、どこのモンだ?」
「ああ、あれは都市工学科の人達だよ。」
「都市工学?そいつらが測量室でなにやってんだ。」
「学祭の準備だろ。」
「ふぅん。」

では、ナミはその手伝いをしているということだろうか・・・・

ナミは、午後10時半頃に今度は2人の女と一緒に出てきた。
どちらも都市工学科の学生であるようだ。
3人明るく言葉を交わしながら廊下を歩き、工学館を出て行った。
そして、ナミは2人のうちの一人の車に乗り込んだ。俺も急いで自分の車を拾って後を追う。

ナミは、自宅の最寄駅で降ろされた。
なるほど。自宅まで乗り付けたら、ベルメールに感づかれる。それを警戒してわざわざ駅で降ろしてもらってるようだ。
駅からココヤシ医院までは、だいたい徒歩で15分くらいだ。
俺はまたもや駅に車を置き、徒歩で、最後の尾行を続ける。
あとは、ナミが自宅に入るのを見届けるだけだった。

つまりナミは、学校が終ると塾へ行き、その後イースト大学に寄り道をして帰っている。
おそらく都市工学科の大学祭での出し物の手伝いをしているんだろう。
少なくとも「真面目に」寄り道をしているようだ。
塾の最寄駅に迎えに来た男も、都市工学科の学生に違いない。行きはその男子学生に、帰りは先ほどの女子学生に送ってもらってるのかもしれない。

どうして受験勉強ほったらかしで、大学くんだりまで来てるのかは知らないが、ベルメールが心配するほどのことは無さそうだった。
それにイースト大、しかも工学館なら俺の目が届くところだし、何かあってもいつでも対処できるだろう。

駅からココヤシ医院までは見通しのいい道なので、20mばかり離れても十分ナミを目で捉えることができた。
空家が多いのか、門灯も街灯もほとんど無い暗い道だったが、俺は視力2.0だ。夜目も利く。
しかし、こんな暗がりを歩かなくちゃならないなんて物騒なことだと思う。
今日は月明かりがあるからまだマシだが、もうちょっと街灯を設置すべきだ。
前方のナミは、いささか急ぎ足で歩いている。やはりこの夜道が怖いのだろう。
それなのに、こんなに遅い時間になるまで、どうしてナミは寄り道をなんかするのか。

月光に晒されて、ナミのオレンジ色の髪に銀を散らしたように見える。
小さな頭、制服に包まれたしたしなやかな肢体。
短いスカートから伸びた足はますます白く輝いて、きゅっと引き締まった足首が目に痛いくらいだ。
こんな姿で夜道を歩くのは危険極まりない。

ナミの後ろ姿を凝視していたため、足元がおろそかになって、躓いた。

「おっと」

一瞬だけ足元に気をとられ、また目を前方に戻す。

?!

ナミが消えていた。
慌てて俺は走り出した。さっきまでナミが歩いていた地点まで辿り着くと、右手に路地があり、その奥から小さな悲鳴が。

「ナミ!」

路地奥へ踏み込むと、ナミが一人の男に押さえつけられようとしていた。
俺は道端に落ちてる小石を拾うと、男の後頭部目掛けて鋭く投げた。
ガッ!と音がして、命中したことが分かる。
怯んでナミから離れ、頭を押さえる男に襲い掛かり、胸倉を掴んで正面を向かせた。
そして、右拳で相手の左頬を殴りつけた。
思った以上に力が入ってしまった。男は吹っ飛んで、壁に激突した。
そのまま男は伸びてしまい、動かなくなった。
ま、30分もすりゃ目を覚ますだろう。

続いてようやくナミの方に振り返った。

「ナ・・・・」
「いや、来ないで!」

ナミはどこに隠し持ってたのか、棍棒のようなものを構えていた。
瞳は怒りで燃え上がり、俺に対する敵意が剥き出しだ。
俺から必死で間合いをとろうとしている。俺を男の仲間か、同類だと考えているようだ。
助けてやったのに、その態度はなんだ!と思ったが、ナミの姿を見て思い直した。
ナミの制服は乱れ、ブラウスの胸元のボタンが弾け飛んでいた。
怒りに満ちた目は、涙で凝っている。
俺が一瞬目を離した隙に、こんな目に遭うなんて。

「さっさと消えないと大声出すわよ!」
「落ち着け、ナミ。俺だ。ロロノア・ゾロだ。」
「?・・・・・・・・・・!」

ナミは僅かに怪訝そうに目を細めて俺を注視した。そして、次の瞬間には表情が変わった。俺だと分かったようだ。
俺だと分かって安心したのか、ナミはヘナヘナと崩れるように両膝をついた。





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