山あいに突如現れる広大な台地。
5カ国と国境を接する非武装中立地帯。
そこに大教団の聖地、グランフェイト寺院がある。

穏やかな気候と清涼な空気で包まれた、荘厳にして神聖な雰囲気の中で、
時に厳しく、時に慈悲深く、僧侶達は秩序正しい修行生活を送っている。
その頂点に立つ大主教の各国への影響力は絶大で、国家元首を凌ぐといわれるほど。

この地へ、老若男女を問わず、万を越える巡礼者が、一年中引きも切らさず訪れる。
そこはさながら天空の城であった。





王を継ぐ者  −2−





数千人のグランフェイト僧侶達を前にしての演説を終えたルフィは、盛大な拍手喝采を浴びながら壇上から降りた。
うまくいった。ルフィは自分でもそう感じ、思わず小さくガッツポーズが出たほどだ。
舞台から降り、自分の席に戻ってくると、ナミも瞳を潤ませて席から立ち上がっていた。そのままルフィに駆け寄って、そっと抱きついてきた。
ナミが感極まった時によくやる動作だ。
ルフィもそんなナミを緩く囲うように腕を回し、優しく抱きとめる。
ナミも演説の成功を喜んでくれている。
まるで我が事のように。
それがとても嬉しかった。


グランフェイトを訪問した、とある国王太子夫妻は祝砲でもって歓迎された。
最も緊張した演説も無事に終え、その後も行事を粛々とこなしていく。そもそも非公式な訪問であることもあって、どの行事も形だけのものが多かった。
2日目には、ルフィは大主教であるシャンクスと向き合って、くつろいた雰囲気の中でざっくばらんな会話ができるようになった。
ただナミだけは、グランフェイトの女人棟を訪問する予定が入っていていたため、途中で席を立つことになった。

ナミがシャンクスに中座の侘びをして立ち去った後に、シャンクスはルフィを私室に招き、人払いを命じた。これからルフィとサシで話そうというワケだ。
周りに人がいなくなるやいなや、シャンクスはそれまでの厳しい表情を一気に崩し、人懐っこい笑顔を浮かべ、ルフィをクッションの効いた座れば沈みこみそうなソファに促して飲み物を勧め、いそいそとルフィに問いかけた。

「で?どうなんだ?」
「どうって、何がだよ?」
「トボけんな。嬉し恥ずかしの新婚生活だよ!」

瞬時に、ルフィは顔を微かに染めた。
それを見て、ほうと、シャンクスは目を細める。
ルフィがこんな表情をするようになるとは。
久しぶりに会った時にも感じたことだが、天然なところは相変わらずだが、結婚前まで残っていた幼さは、ほとんど消えている。
彼は大人になったのだ。
心が成長し、感情が豊かになったのだ。
そう思った。
昔のルフィなら、こんな心の機微に富んだ表情をすることはなかった。

「別に、普通だ。」
「へぇ〜、フツウねぇ。」

シャンクスはにやにやと人の悪い笑みを浮かべる。

「なんだよ。」
「いや、お前さんがフツウに結婚するとはなぁと、驚いてるんだ。」
「好きで結婚したワケじゃねぇけど。」
「オイオイ、そんなこと言ってるとバチが当たるぞ。良い娘さんじゃぁないか。お前のこと真剣に想ってくれてる。」

スピーチが、驚くほど上達していた。前はああはいかなかった。カンペがあっても詰まるという有様だった。それを思えばまさしく雲泥の差だ。
これもあの娘のおかげなんだろう。ルフィのために、心を砕いて親身になって尽くしてくれていることが、よく分かる。

「それにしても、まさかナミがお前の嫁さんになるとはなー。」

シャンクスは、今回の訪問で初めてナミと親しく話したのだが、彼女をルフィの幼い頃からの大切な友人の一人として認識はしていた。何度も一緒にいるところを見かけたし、ルフィの重要な儀式には必ず出席していたことも知っている。ルフィからも折に触れて話を聞いていた。一目見た時からキレイで聡明そうな娘だと思っていた。
初めて会った時の彼女はまだ幼かったが、目がくりっとしていて、オレンジ色の髪を貴族の娘らしからぬ短さにして、ズボンをはいて、ルフィ達と一緒に活発に走り回っていた。ある時などは、宮殿の中庭で男友達を相手に剣を構えている姿も見たこともある。こりゃかなりのお転婆だと思った。
そこまで考えていると、ふとルフィがいつもつるんでいた他のメンツのことも思い出した。

「あのクリーム色の髪の子はどうしてる?」
「カヤか?カヤなら、ウソップと結婚したぞ。」
「なんだと!? やるなぁ、あの長鼻野郎。」

ウソップとカヤは、ルフィ達の後に結婚していた。
そして、現在ウソップはノース宮殿で侍従見習いとして、国王や王妃達に仕えている。忙しく過ごしているらしく、イースト宮殿にいるルフィ達とはめったに会えない生活だ。

「じゃぁアイツは?緑色の髪の、ゾロ。」
「ゾロは、学校だ。」
「ああ、そうだったな、軍人士官学校。さすが由緒ある公爵家のお坊ちゃんだ。エリート街道まっしぐらだな。」

脳裏には、精悍な風貌のロロノア公爵の令息の姿が浮かぶ。ロロノア家は伝統的に剣技に長けているが、この息子もご多分に漏れず相当の腕らしいと伝え聞いている。
その男が軍人に。実に似つかわしい。
でも、とシャンクスは顎を一撫でして何気なく付け加えた。

「つーことは、ゾロだけあぶれたってワケか。」

そのセリフに、ルフィは目をぱちくりさせた。
親友達のうち、ルフィとナミ、ウソップとカヤが結婚したわけだから、ゾロがあぶれたことになる。だからシャンクスの言葉は正しい。しかし、ルフィは今までそういう捉え方をしたことがなかった。言われてみて初めて、ゾロだけが一人残っていることに気がついた。

ゾロは、自分達の結婚式に来なかった。ウソップの時もそうだ。忙しいという理由で。
親友の、仮にも結婚という一生の一大事なのに、その式に来ようとしないゾロに対して、ルフィは少し、いやかなり憤っていた。なんで来ないのかと。だから手紙も出した。来てくれ、と。でもそれに対する返事も通り一遍の断りが書いてあるだけだった。
何か変だと思ったが、なぜかは分からなかった。
ウソップの結婚式にも来ないと知った時、どうしたんだろうとナミに尋ねてもみたが、ナミも淡い表情を浮かべ曖昧に首をかしげるだけだった。

もしかして、ゾロは、一人だけあぶれたことに拗ねているのだろうか?
ゾロがそんなことを気にするとはとても思えないが・・・・・・。
でも変にカッコつけなところもあるから、案外ありうるかもしれない。
そう思って拗ねているゾロを想像してみたが、どうもうまくいかなかった。
そこでもし自分がゾロの立場だったらどうだろうと考えてみる。
皆は一緒にいるのに、自分だけが一人取り残されたら。

(ちょっと勘弁してほしいかなぁ・・・・。)

今はもう、ナミのいない生活は考えられなかった。



ルフィが思考に耽っているのに構わず、シャンクスは再びナミについて触れた。

「でも、ナミは伯爵家の出だろ?それでよく第一妃になれたなぁ。なんか理由があったのか?」

シャンクスはとある国の赴任歴が長いこともあり、とある国のしきたりに精通していたことから、ナミの第一王太子妃抜擢は非常に稀有なことと目に映った。とある国は保守的な国だ。慣例を逸脱することを嫌う。だから、あえてこうした人選に、王太子妃を選定する元老院に、何か思惑があったのではないかと勘繰ってしまう。

「知らねぇ。父上が決めたことだから。」
「国王陛下が?」

ナミの王太子妃決定は突然だった。
ルフィが興味もなく眺めていた王太子妃候補リストにも、ナミの名前は上がっていなかった。
それなのに、父王がいきなりイースト宮殿に現れて、ルフィに告げたのだ。
あの時の、少し息を弾ませて頬を上気させた父王の顔はとても印象的だった。

“え?ナミなのか?”
“そうだ。ナミなら、お前も文句はあるまい?よく知ってる仲だ。それに、ナミはきっとお前の力となり、お前を助けてくれるだろう。”
“ふーん。”
“その代わり、お前もナミを守ってあげなくてはいけないよ。ナミはお前のために全てを捨てて、王室に入ってくれるわけだからね。”
“それなら大丈夫だ。俺は強いからな!どんな敵からでも守ってやれる。”
“フフッ・・・・・・・まぁ、いいだろう。”



「まぁお前には似合いかもな。最初の妃にはナミのように気心が知れてる方が。顔も知らない女といきなり結婚して、すぐに上手くやっていけるほど器用でもねぇし。」

シャンクスは、とある国の国王の人となりをよく知っている。温厚で思慮深い王だ。
おそらくは王は、それを見越してルフィのためにナミを宛がったのだろう。
王は、ルフィにはナミが必要で、強いては次代の王となるルフィのためになると、踏んだに違いない。

「ところで、アッチの方は上手くいってるのか。」
「あっち?」
「おうよ。」
「あっちって、どっちだ?」
「皆まで言わせるな!察しろよ。夜の生活のことだよ!」
「ブッ!!」

唐突で、あからさまなシャンクスの質問に、ルフィは口に含んでいた飲み物を気管に詰まらせた。口に手を当てて激しく咳ごみながら、先ほど以上に顔を赤くさせている。
いちいち純情な反応をするルフィが微笑ましい。
まさか、この手のことでルフィをからかう日が来ようとは思いもしなかった。

「その動揺ぶり・・・・なんかあるな。なんだよ、話してみ?」
「知るか!なんでそんなこと、シャンクスに言わなくちゃならねーんだ!」
「まぁいいじゃないか、俺とお前の仲だろ?その辺のとこも聞かせてくれよ。」

何のために人払いしたと思ってるんだ、とまでシャンクスはのたまう。
別に答える義理は全くないのだが、律儀に少し考えを巡らせてからルフィは口を開く。

「・・・・・いつも、痛がるんだよなー。」
「 痛 が る ! 」

今度はシャンクスが自身の髪と同じくらいに顔を真っ赤にさせて、きゃーっと顔を両手で覆う。

「おい?シャンクス?」
「あー・・・・悪ィ悪ィ。俗世から離れて久しいからさー、こういう話は刺激が強過ぎるぜ・・・・。」
「じゃぁ聞くなよ。」
「まぁいいじゃないか。ソレはソレ、コレはコレ。で、それで!?」
「・・・・・・・・・・。」

更に勢いを増して迫ってくるシャンクスに若干引きながらも、ルフィは再び思いを巡らせ、表情を曇らせる。
シャンクスは表情豊かなルフィを興味深く見守った。
そして次に漏れ出てきた言葉には、一瞬呆気に取られた。

「ナミって、俺のこと好きなのかなぁ・・・・。」

はぁ?と、シャンクスの間抜けな声が響く。
何を基本的なことを思った。
いやしかし、王室の結婚というのは、まずその辺のことから問題になってくるものなのだろう。

「なんだ?うまくいってないのか?」
「そんなことないけど。」

そんなことはないとは思うけど。
でもうまくいってるとも言い切れるかどうか。

ルフィは思い出す。
ナミとの今までの関係を塗り替えた、あの夜のことを。




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