ルフィがそれ以上のことを聞き出そうとしたが、泣き崩れた侍女は要領を得ず、ただうわ言のようにナミ様が、ナミ様が、と繰り返す。

そんな侍女を見て、たまりかねたようにルフィは叫んだ。

「ちゃんと教えてくれよ!ナミが一体どうしたんだ!」





王を継ぐ者  −6−





「・・・・殿下、どうぞこちらへ。道中で説明いたしますから。」

そう年配者の方の侍従に促されて、ひとまず部屋を出る。長い廊下を、ルフィを先導するように侍従は急ぎ足で歩いていく。
ルフィもそれに倣って歩く。行く方角からして医務室に向かっているのであろうことは分かった。
そして、歩きながら告げられた―――人工的に破瓜させるのだと。
そう聞いても、ルフィはまずその言葉の意味から説明を受けねばならなかった。

「なんだそれは?」
「妃殿下のお身体が、王太子殿下を受け入れられるようにする術式にて・・・・」

侍従はそこまで言いながら、躊躇したように口ごもる。

「術式って、何すんだ?」

ルフィが辛抱強く問いかけるとようやく侍従は口を割ったが、その意味するところを知って、ルフィはあまりことに一瞬血の気が引いた。

それは、ある器具を女性の性器に差し込むことで男性を受け入れやすい身体にするというものだった。
娼館などで新入りの女性などに古来よく施されてきた術式で、後宮でもかつてはさほど珍しいことではなかった。
実際「英雄、色を好む」の言葉通り、女色に耽る王というのは多くいて、そうした国王の在世では後宮も盛んであるため、多くの女人が後宮に納められた。
そして、この術式は若く身体の硬い娘達に施された。
近年になると後宮は大幅に縮小されて、この術式が使われることはほとんどなくなっていたが、まったく無くなったわけではなく。
王の寵を受けねばならないのに、受け入れられない身体の女性というのは、いつの時代も常にいるものなのだ。

「なんで、そんなことすんだよ!?」
「ノース宮(後宮)から・・・指示がありました。」
「ノース宮って・・・・。」

ルフィが詰問すると、心苦しげに侍従は告げる。いつもは察することが苦手なルフィでも、先日イースト宮に乗り込んできてイースト宮付きの侍従達を叱責し、王太子である自分に進言してきたノース宮の侍従の顔が思い浮かんだ。
侍従はそれ以上は何も言わなかったが、おそらく間違ってないのだろう。
不干渉が不文律のノース宮とイースト宮の慣習に逆らってまで干渉してきたノース宮の侍従。王太子夫妻に早急な世継ぎ誕生を要求してきた。
けれど、自分達は従わなかった。
だから、奴らは強行手段に出たようだ。

ルフィは侍従を置き去りにして走り出した。
ただひたすら目的の部屋を目指して長い廊下を駆け抜ける。
この時ほど無駄に広いイースト宮殿を呪ったことはない。

(ナミ、ナミ!ナミ!!)

心の中でナミの名を必死で呼びながら。


冗談じゃない。
ナミは初めてなのに。
それをむざむざそんな器具で散らされるなんて。
それをしていいのは自分だけのはずだ。
自分以外に許されるわけがない。
本当は抱くことはいつでもできたのだ。
力づくですれば訳もないことだ。
でも、そうはしなかった。
なぜなら他でもないナミだからだ。
ナミだから我慢したんだ。
ナミが嫌だといううちは嫌だった。

(人間はなぁ、心と身体が直結してるんだ。心が開いたら、おのずと身体も開くもんだ。だからルフィがありったけの気持ちでナミを想ってやれば、ナミもそれに応えてくれる!)

ウソップの言う通りだと思った。
そうなるまで待ちたかったのに。


なりふり構わず走っていたが、再び視界に侍従達の姿が目に入ってきたので足を緩める。
侍従達は王太子の登場に目礼をして道を開けるように一歩下がった。
見ると、イースト宮では見かけない侍従だった。全員ノース宮の者らしい。
彼らの一群の前を通り抜けようとすると、急に腕を掴まれてガクンと身体を引き戻された。
一人の侍従が両手をルフィの腕にかけ、すがりついてきた。

「殿下!なりません!」
「うるせぇ!」

掴まれた腕を強引に振り払ったら、今度は目の前に屈強な男3人が両手を広げて立ちはだかっていた。赤い兵服――近衛兵だ。

「退け!」

と命令しても兵達は引かず、それどころかルフィに飛び掛ってきて身体を押さえ込まれた。
その時、そばの部屋からナミの悲鳴が耳に届き、ルフィの中で何かが弾けた。




***




医務室内で、ナミは暴れに暴れて辛くも医務官の拘束から逃れ、ベッドから飛び降りて窓際へと駆け寄った。
振り向くと、能面のような顔つきの医務官達がナミを見つめている。気丈に睨み返すも、先ほどまで押さえつけられていた四肢がじんじんと痛む。
部屋の扉の辺りには、ノース宮から派遣されてきたと思われる2人の女官が、窓枠にピタリと背を貼り付けて乱れた髪と夜着を手で調える王太子妃を、やはり冷めた目で眺めている。
ナミの命令はことごとく無視される。まるで聞くに値しないかのように。
事実そうなのだろう。
ナミは現時点では王太子の寵愛を受けていない妃。
命令に従う価値のない存在なのだ。
いまだに王太子の寵を受けていない。
世継ぎも産めない。
王太子妃としての責務を果たしていない。
彼らに言わせれば、ナミは役立たずの女官以下。
妃などとあがめられてはいても、何の権威も力もない。
貴族出身とはいっても新興で、有力な後ろ盾もない。
ただの無力な小娘に過ぎない。
それでもこれが何百年も続く王朝における、仮にも妃と名のつく者への扱いなのかと、ナミは目の前が暗くなる思いだった。

「ルフィが許さないわよ!こんなこと!」

自分の命令がきかないのなら虎の威を借る狐でいくことにして、ルフィの名を振りかざす。
王太子の名を聞いて、確かに彼らにビクリと一応の反応を見せた。しかしそれも一瞬で、すぐに平静を取り戻したようだ。

「王太子殿下の許しは、得ています。」
「嘘よ!!」

ナミはすぐさま否定した。


嘘よ、嘘だわ、ルフィがそんなこと言うはずがない。
ルフィは嫌だと言えば、いつでも止めてくれた。
頭を抱え込んだ後、『ごめん、ナミ!』と明るく顔を上げて笑ってくれる。
謝らなくていいのに。
悪いのは私なのに!
ルフィを受け入れられない私。
原因は、本当は分かっている。
体の問題ではなく。
私の心の問題。
まだ私の心の中にゾロが残っているから―――
ゾロへの想いを断ち切って、覚悟を決めて嫁いできたはずなのに、なんて未練がましく浅ましいのだろう。

夜のベッドで、ルフィの覆いかぶさってくる肩越しにゾロを見ていた。
ルフィの腕に抱かれながら、記憶の中から揺り起こされてくるのはゾロと過ごした最後の夜。
拳で顔を覆って嗚咽していたゾロの姿を思い出し、息が止まりそうになる。
あまりにも罪深いことをしているように思えて、全身がおののき、身体が硬くなる。
どうしようもない恐怖心に襲われ、パニックに陥る。
そして気がつくと、悲鳴を上げてルフィの身体を押しのけてしまっている。

ルフィだって辛いはず。なのに、おくびにも出さない。
それどころか、私が嫌がれば必ず止めてくれた。
このことでルフィは怒ったり、恨みがましく私を非難したことがない。
ルフィはひたすら待っていてくれる。私が心を開くのを。
ルフィは優しい。
普段の言動からはなかなか想像できないことだけれど、自分以外の人を大切にできる人なのだ。

もう少し待ってほしい・・・・そうすればきっと。
でも、もうこれ以上そんな時間は与えてはもらえないのだ。
けれど、こんな器具で身体をこじ開けられるぐらいだったら、拒まずにルフィに抱いてもらえばよかった。
ルフィにこの身を捧げたかった。
この身体は、私の純潔は、ゾロが血の涙を流して私とルフィの未来のために守ってくれたものでもあるのに。
それをルフィに渡すこともできなくて、本当に私は一体何をしているんだろう。

えもいわれぬ悲しみに襲われて、医務官の手が伸びてきていることに気付くのが遅れた。
恐怖にかられ、悲鳴が口からほとばしった。




***




大音響とともに医務室の扉が破壊され、ポッカリ開いた出入口に、鬼のような形相の王太子が立っていた。
しかしそれも一瞬のこと、次の瞬間には窓際にいた医務官達は突き飛ばされていた。彼らが押さえつけていたはずの王太子妃の姿も消えている。
慌てて見回すと、壁際に立つ王太子の両腕に、王太子妃はしっかりと抱きかかえられていた。

「てめぇら、勝手なことすんな!これ以上俺の城を荒らしやがったら、承知しねぇぞ!!」

ルフィが凄みをきかせて吠えた。
ビリビリと空気が引き裂かれ、医務室に居合わせた者全員が、金縛りにあったかのように固まる。
そこへ先日ルフィとナミに世継ぎについて忠言したノース宮の侍従が姿を現した。皆より一歩前に進み出て、片膝をついて頭を垂れる。

「これは国王陛下のご意志でもあるのです。勝手はお慎みください。」
「嘘つくな!もしそうなら父上は俺に直接言うはずだ。これはお前らが勝手に仕組んだことだろ!!」
「・・・・・!」
「お前ら全員、もう自分の巣へ帰れーーー!!」

水を打ったような静けさの後、もはやそれ以上の反論もなく、ノース宮の者達はすごすごと部屋を出て行った。
部屋に静寂が訪れたところで、ルフィはミを抱きかかえたまま足の力が抜けたように壁際に崩れるように座り込み、大きく息を吐いた。

「ルフィ・・・・。」

腕の中のナミが顔を起こし、か細い声でルフィの名を呼んだ。
ルフィもナミの顔を覗き込むと、ナミが震える手を伸ばしてきたので、その手を強く握り締める。

「ナミ・・・・だいじょうぶか?なんもされてねぇか?」

ナミは唇をわななかせながらも黙って頷いた。

「ごめんな、怖い思いさせて。もう二度とこんな目に遭わせねぇから。」

そう言うと、ナミの大きな茶色の瞳に見る見るうちに水の膜が張って、表面張力を超えてとうとう涙があふれ出した。
その様子を見て、ルフィは胸がしめつけられた。
ナミを抱えなおしてぎゅっと抱きしめる。
またナミを泣かせてしまったと、じわりと苦い後悔の念が胸に押し寄せてくる。
ルフィ自身も泣きそうになるのを抑えて、オレンジの髪に顔を埋め、歯を食いしばる。



ごめんなナミ、守ってやれなくて。
マキノが、この城の中でナミを守れるのは俺だけだって、言っていたのに。
ナミはこんなところに、俺のためだけにたった一人で来てくれたのに。
それなのに、こんな目に合わせてしまった。
こんなに傷つけてしまった。
このままではダメなのだ。
奴らは、自分とナミが結ばれるまではこんな風にナミをないがしろして、ひどい仕打ちをする。
ナミを名実ともに俺のものに―――真の妃にしなければ。
そうしなければ、いつまでもいつまでもナミは傷つけられるのだ。
今回は守れたけれど、またいつ同じことが繰り返されるか分からない。
もし万が一守りきれない時が来たりしたら・・・・


ナミの気持ちが自分に向くまではと思っていたけれど。


ルフィは一度天井を見上げ、大きく息を吐き出して、
次にナミの耳元に口を近づけてそっと告げた。

「ナミ、今夜抱くからな。」




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