今なら分かる。

どうして父がナミを妃に選んだのか。

情けないほど未熟な自分のために、ナミを選んでくれたのだ。






王を継ぐ者  −8−





とある国の国王が倒れた・・・・。
事態の重さにシャンクスがすぐさま反応し、ナミにも急いで知らせるよう自分の配下の僧侶に命じる。また別の僧侶には王太子夫妻の出立の準備を命じた。
さらにシャンクスはルフィの前で膝をついている侍従に向かって、それ以上の詳しい情報はないのかと問いただしたが、今のところ届いているのはこの情報だけで、詳しい国王の容態までは分からないとのことだった。

「おい、ルフィ、大丈夫か!」

シャンクスが目を見開いて固まっているルフィの腕を掴み、揺さぶる。
ゆらりと顔を上げてルフィがシャンクスの方を見る。
光を失った目。生気の無い表情。ルフィの受けた衝撃が計り知れた。
シャンクスはルフィの肩に腕を回し、半ば抱えるようにして宝物庫から出てシャンクスの私室へ促し、これまた強引にルフィをソファに腰掛けさせる。
シャンクスもまた隣に座り、ルフィの顔を覗き込むが、ルフィの心はここにあらずといった様子だった。

事実、ルフィは混乱の淵にあった。
ルフィは父王に何かがあるなど考えたことがなかった。
物心がついた頃から、とある国の全ての人々の上に厳然と君臨していた父。絶対的な存在だった王。
もしも王がこのまま・・・と考えるだけで、自分の立つ足元の地面がぐにゃりと揺らぐのを感じた。
ルフィを取り巻く世界の均衡が崩れ、一気に瓦解する予感。
ルフィとて分かっている。とある国は王があってこそ、なのだ。
王が絶対的支配権を持っているということはすなわち、国の全ての責任を一身に背負うということ。
国のあらゆる物事を父王はたった一人で預かり、全てを守ってきた。
今現在のとある国の平和は、ひとえに現王の良政や努力の賜物と言って過言ではない。
王家や貴族、元老院はもちろんのこと、民衆が国王に寄せる信頼、忠誠心は絶大だ。

ルフィはとりわけ王に守られ、庇護された存在であった。
父王はいつもルフィを愛し庇ってくれた。遅くにできた子であること、第2王子であったことから甘やかされ、可愛がられた。前の王太子で第1王子であったエースなら許されないようなことも、ルフィだからという理由で許されることも多々あった。
ルフィが王太子となってからも、王から格別な配慮をされてきた。その最たるものはナミとの婚姻で、国王自らがルフィの妃としてナミを選定した。それは今までにないことであった。

突如王太子となってしまったルフィのために、過度な負担がかからないよう公務についても配慮がなされた。帝王学がろくに身についていないルフィに寛大な対応をし、ルフィのゆっくりとした成長を見守りってくれた。
王室内において、けっして万全な後ろ盾があるわけではないルフィを、内外の敵から、降りかかる難問から、あらゆることから防波堤になって守ってくれていた。

その父王がいなくなったら。
全てがそのまま、自分に降りかかってくることになる。
今度こそ自分が矢面に立たされる。
まだ何も身につけていない、何も自信がない、何もできないのに。
本当は、いつこういうことになってもおかしくなかったのに。
王は高齢であることもあって確実に衰えてきていたのに。
最近では公務をルフィに代行させるようになってきていたのに。
それなのに事実を直視できずに逃げていた。
だから何の準備も、覚悟も、できていなかった。

恐ろしくなってルフィはぎゅっと目をつぶり、膝の上に置いた拳を爪が喰い込むほどに握り締めた。
その拳に、そっと優しく触れる手があった。
顔を上げるとナミがいた。
少し青ざめた顔をして、気遣うような瞳でルフィを見つめている。
気づかぬ間に、ナミがルフィのそばに寄り添っていた。




***




慌しい出立となった。
今回の旅に同行させた侍従や女官達に、ナミが指示を与えて出立の準備を整えていく。
侍従達にも王の状況が伝えられているため、重々しい雰囲気の中、粛々と準備が進められていく。彼らのいずれもが王を心から慕っているため、一様に悲壮な表情をしている。
暇乞いもそこそことなり、ルフィ達は馬車に乗り込む。その際、シャンクスが二人を呼び止めた。

「ルフィ、気をしっかり持てよ。ナミ、ルフィを頼むぞ。」

ルフィは覇気なく、ナミはしっかりと頷いた。

車中では、シャンクスの私室でそうしたように、ナミがルフィの横に座りルフィの手にそっと触れてきた。
話はしないが、その手から、ナミの心の内が伝わってくる。
ナミは訴えている。私もいると。ルフィは一人ではないのだと。

―――私はルフィを支えるためにここに来たのよ。そうすると誓ったの。

それはナミがルフィのもとへ来て以来、何度も口にしている言葉。
驚くほど冷静で力強い言葉に、これまでよく励まされた。

ルフィも自分の手のひらを返し、指を絡ませてナミの手を握りしめた。すると、ナミがこちらを見る。ルフィも目を合わせると、ナミはつぶやいた。

「大丈夫よ、ルフィ。王は、きっと大丈夫。」

そう言って、ナミの方からもぎゅっと手を握り返してくれた。
自分が惑う時も、ナミの瞳はいつも澄んでいる。希望の光が灯っている。
それを目にするとすーっと心が落ち着いてくる。

父王のことは、正直今の段階では分からない。
でも。
俺にはナミがいる
そう思わせてくれる。
この世のあらゆる者が敵となっても、ナミだけは俺の味方なのだ。
今までも。
そして、これからも。

とある国への帰途の途中にも、王の症状の続報が届けられた。
3日前の朝食中に倒れられた。意識不明だったが、その日の夜には意識が戻った。しかし今現在もなお高熱が続いている。
その後も国王の病状は一進一退。いまだに枕から頭を上げられない日が続いている。
調子のよい時もあるかと思えば、何かの折に気を失うこともあるという。
そんな報が届くたびに、段々と焦燥感にかられてくる。せっかく一度は落ち着いた心に波風が立つ。じりじりした気持ちが抑えられない。

もしかしたら間に合わないのではないか。
このまま二度と王と会えないのでは?

なぜだかそんな風に思えてならなかった。
なぜこんなに不安に思うのだろう。自分はどちらかというといつも能天気な方なのに、今回の件ばかりは驚くほど動じてしまう。
父王に関することだからなのか、それともそれ以外の要因があるのか、それすらも分からない。
その気持ちをナミに告げると、それでもナミは大丈夫だという。
何を根拠にそんなことを言っているのか分からない。気休めで言ってくれているのかもしれない。
でもルフィはその気休めに何度も頼った。何度も何度も間に合うだろうか、王と会えるだろうかとルフィはナミに問うた。その度にナミは同じ答えを返し続けてくれた。

5日後、ようやく王都に帰着した。イースト宮には向かわず、真っ先にノース宮へと赴く。
出迎えた侍従長から現在の王の様態について説明を受ける。相変わらず予断を許さない状況であるようだった。
王に会いたいというと押し留められた。なぜだと詰め寄ると、王の病はまだ原因が不明で伝染病の恐れもある。だから万が一にも王位継承者への感染を避けるため、会わせることはできないのだという。そのためルフィ以外の王子達も、妃達までもが、王が病に倒れて以来は見舞いをすることがかなっていない。
これにはルフィが声を荒げた。

「なら、一体いつなら会えるんだ!」
「残念ながら、王が完全に回復されるまでは王太子殿下はもちろんのこと、王子方もお会いにはなれません。」
「じゃぁもし―――」

このまま治らなかったら?
もし王が不治の病だとしたら。
それこそ自分は二度と王に会えない、ということではないか。

「殿下、口をお慎みください!そのようなこと、軽々しくおっしゃるものではありません!」

ルフィの問いに侍従長は目を剥き、顔を真っ青にして反論してきた。彼らにとって国王がいかに大きな存在であるか、国王の崩御とは、この世の終わりのようなものなのだ。
しかし、ルフィは嫌な予感を拭い去ることができないでいた。
グランフェイトから王都までの間中、常にルフィを苛み続けた焦燥感の原因がこれだった。
そして本能が己に告げている。今、王に会っておかなければ後悔すると。

「通せ!俺は会う!」
「なりません。ほら、殿下達を別室へご案内しろ。」

侍従長が侍従2人に目配せすると、2人はルフィの両腕を取り、別室へ促そうとするが、それをルフィは振り払う。
しかし、またも腕を掴まれる。今度は4人がかりだった。

「離せ!何しやがる!俺は会うんだ!!」
「なりません、殿下!もし感染したらどうします!?国王陛下に続いて、王太子殿下にもしものことがあれば、この国はどうなるとお思いかッ!!」
「うるせぇ!!」

ルフィは恫喝し、侍従達を突き飛ばした。


「王はこの国の王だけど、俺の親父でもあるんだ!」


「その親父が死にかかってるっていうのに!!」


「いま会わなくて、一体いつ会うんだ!?」


ルフィはナミの腕を掴んで引き寄せる。

「行くぞ、ナミ!」
「ルフィ!」

そうしてナミを引き連れて、王の寝所へと駆け出した。




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