夢の果てに - epilogue-
panchan 様
ベルメールさんの夢を見ていた。
”ナミ ナミ・・ ”
そう言って、優しく肩を叩いて眠っている私を起こしに来る。
温かい布団に包まれ、まどろみから抜け出したくない私はうつぶせで顔を柔らかい枕に埋める。
隣で眠るノジコの体温が心地よくて、余計にこのままでいたくなる。
まだもう少し寝ていたいよ、ベルメールさん。
トントン トントン
今度は肩を叩く手の感触がやけにリアルに伝わってきた。
ようやく目が覚めて、柔らかい枕ではなく、顔を埋めていた硬い胸板から頭を起こす。
目の前でハラハラと花ビラが舞い散ったのを確認して、小さくあくびをした。
「・・・ゾロ。起きたみたいだから行くわ。」
ナミの背中にしっかりと回った太い腕を、ポンポンと叩いた。
「ん・・・・あァ・・」
目を閉じたままそう言いながら、ゾロにその腕からナミを放す気配はない。
ナミもこの温もりから離れ難かったが、目を閉じてもう一度夢の続きに戻りたくなる
その誘惑を何とか振り切って、重いゾロの腕を持ち上げた。
「ロビンの合図よ。あの子、もうロビンじゃ相手しきれなくなって、
私を探してるのよ。部屋に戻るわ。」
「あー・・・わーった・・・」
まだ寝ぼけて目を開けずに言うゾロのそばからナミは起き上がり、
スルっと毛布から出ようとして引き戻された。
離れる体温を惜しむように、ゾロがナミの体を抱き寄せる。
「・・・ゾロ。」
「・・わかってるって。でもお前が離れると寒ィ。」
「子どもが呼んでんだから、我慢しなさい。」
そういって軽くキスを落とすと、ようやく諦めたように腕が緩んだ。
その隙にナミはゾロの腕から抜け出し毛布を出ると、
寒さにブルっと震えながらゾロに背を向けて身支度を整えていった。
服を着終わり、毛布に包まって寝ているゾロを振り返る。
「じゃあ行くわ。・・・ていうか、あんた見張りなんだからちゃんと仕事しなさいよ。」
「・・ああ。なんかヤバそうだったらちゃんと起きる・・・」
そう言って一向に起きる気配の無さそうなゾロに溜息をついて、
ナミは展望台から降りるハッチの方へと向かった。
まあ、敵の気配があればすぐに目を覚ますこと知ってるから、いいけど。
そう思って去りかけて、ふと背中に声が掛かった。
「あとどのくらいで着くんだ?」
聞かれてもう一度ゾロの方を振り向くと、その切れ長の右目が薄っすら開いてこっちを見ていた。
「・・・そうね・・昼頃にはココヤシに着くと思う。」
「そうか。・・・まあこの東の海じゃ、そうそうヤバいことも無いだろ。」
それだけ言うとゾロはまた目を閉じ、今度はゴロンと向こうに寝返って背中を丸めた。
どうやら本気で寝直す体勢に戻ったらしい。
こいつホント見張りの意味あるのかしら。
まあルフィの見張りも怪しいもんだけど。
でもゾロが見張り番の時しか、こうやって過ごす機会は無いから。
この時間が終わってこの空間を出ると、私達はまたしばらくただの仲間に戻る。
ハッチを開けようと手を伸ばして、躊躇した。
ちょっとだけここを出て行くのが名残惜しくて、チラっとゾロの方を振り返る。
向こうを向いているその緑髪の頭に心の中で ”じゃあね”と声を掛けると、
ナミは前に向き直り気持ちを切り替えた。
ハッチから出てまず短いハシゴを下り、その次に少し横へ移動して縄梯子を下りる。
風の吹きすさぶ中、縄梯子に足をかけたところで、
ナミは強い風に煽られてロープに掴まっていた手を滑らせてしまった。
「あっ!」
しまった!落ちる!!
っと思った直後、ガシッと腰を強い力で抱き留められた。
「・・・っアッブねェ!」
ハッと見ると、上半身裸でズボンだけはいたゾロが縄梯子に掴まり、
ナミを片腕でしっかり抱きかかえていた。
「あんた・・・寝てたんじゃなかったの?」
驚いてナミが言うと、
「・・・こういう起こし方はやめろ。」
と眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに言った。
それでもしっかり体を支えてるゾロに、ナミはホッとして笑いかけた。
「目が覚めたようだから、しっかり見張りよろしく〜。」
「お前な・・・今のはおれでも結構ギリギリだったぞ。」
「ふふ。まだまだ修行が足りないわねぇ。」
「テメェ、自分が鈍臭いのは棚に上げやがって。」
憎まれ口を叩きつつ、ナミを抱えたままゾロは片手で縄梯子を下まで下りた。
「ほれ」
「んん、ご苦労。」
「何がご苦労だ。ったく、今度は落ちんなよ。じゃあな。・・・うぅっ、寒ィ!」
急に寒そうに裸の肩を怒らせ、ゾロはさっさと3歩くらいで展望台まで飛び上がって行った。
あっという間にゾロが展望台の中に消えるのを見届けると、
「そう言いながら、今度からは下まで送ってくれるくせに。」
と思わず一人呟いて笑ってしまった。
ナミは半笑いのまま夜の寒さに肩をすくめながら、
急いでもう一人の緑髪の天使のもとへ向かった。
**********
「ただいま、ノジコ。」
「あら、ナミ!お帰り。・・あんた一人?子ども達と他の連中は?」
久しぶりにココヤシの家に帰ると、ノジコが椅子に座って収穫したみかんを磨いていた。
家の中いたる所にみかんの山積みされたカゴや袋があって、いい匂いが充満している。
「子ども達は船に置いてきたのよ。ああ、懐かしい匂いね。
・・・たくさんあって大変そうね、私も久しぶりに手伝うわ。」
言ってテーブルの向かい側に座り、近くにあったカゴからみかんを一つ手に取った。
売りに出す前に、きれいに拭いて汚れなどを取っていく。
子どものころからよく手伝った作業で、懐かしさについやりたくなった。
「久しぶりに帰って来たんだからいいわよ。ゆっくりしな。
今、お茶でもいれるから・・・。」
そう言って手を止め立ち上がったノジコにナミは、
「いいのいいの。でも、お茶は飲みたい。」
そういって笑って、近くにあった布で次々みかんをきれいに磨いていった。
「子ども達は元気?ジュンはもう8歳だっけ?大きくなったんだろうなあ。
あのおチビちゃんも大きくなっただろうね。」
キッチンでお茶をいれながら、ノジコが嬉しそうに尋ねる。
「ええ。もうチビの方はわがまま放題で大変よ。サンジくんが甘やかすしね〜。」
「サンジくんって・・ああ、あのコックの子ね。
というか、わがまま放題なのはあんたに似たからじゃないの?」
「やめてよ、ノジコ。私はあんなにわがままじゃなかったはずよ。」
「あはは、自分では覚えてないだけじゃない?結構わがままだったわよ、あんた。
・・・で、あのマイペースな旦那はどうしてんの?」
そう言いながらトレイにマグカップを二つ乗せて、ノジコが戻ってきた。
「旦那って・・・まあ、相変わらずよ。あんまり旦那って感覚は無いんだけど。」
「二人も子ども作っといて、旦那じゃなかったらなんなのよ?」
笑いながらノジコが自分のカップのお茶をすする。
「さあ・・・なんなのかしらね。」
他人事のようにそう言って、ナミも自分の前に置かれたカップに口をつけた。
「あんたらって、なんか不思議よね。
最初ジュンを産みに帰って来た時は、もう二度と会うこと無いんじゃないかって感じだったのに・・。
あんたがまたあいつらと出て行って、久しぶりに帰って来たと思ったら、
またお腹おっきくなってんだもん。
しかもあいつも一緒だし。ほんとあの時の驚きったら無いわ。」
呆れたように笑ってナミを見ている。
「そうね・・・確かにおかしな話よね。で、結局、どっちのお産の時にもいなかったし・・・。」
「そうよ!」
ノジコが当時を思い出したのか、膝を叩いて吹き出した。
「二人目の時、他の仲間はみんないたのに、あいつだけいなかったもんねえ!父親なのに!」
「ほんと・・。」
2度目の出産の前日、ゾロはジョニーとヨサクの家で酒を飲んでいた。
大酒飲みのゾロと一緒に飲んだ二人は、翌朝立ち上がれないほどの二日酔いで撃沈していて、
仕方なく一人でナミの家に行こうとしたゾロを、見送ることしかできなかったらしい。
案の定、ゾロはそこから2週間、帰ってこなかった。
「結局、生まれた赤ちゃんを最初に喜んで抱っこしてたのは、あの船長だったもんねえ。」
「まったく、誰が父親なんだかって思ったわ。まああの髪の毛が間違いなくあいつの子なんだけど。」
「ああ、あれは間違いようがないわね。すぐにわかるわ。」
「はあ・・・それでようやく帰ってきて言った言葉が”へえ、もう生まれたのか”だもん。
ほんと怒りも通り越して呆れて溜息しか出てこないわよ。」
「あははは!・・・・ああ、おっかし〜!」
ノジコが涙を流し、お腹を抱えて笑う。
「笑い事じゃないわよ。そんなんだから、旦那って言われてもピンとこないわよ。」
当時の腹立たしさを思い出して、ブスっとむくれながらナミは乱暴にみかんを磨いた。
ようやく笑いのおさまってきたノジコが、指で目尻を拭いながらナミに微笑んだ。
「はぁ・・でも・・・・うまくやってんでしょ、あんた達。」
ナミは手を止めて、ノジコを驚いたように見た。
昨夜のことがあったので、ちょっとドキっとした。
ノジコがナミの表情に気付いたのか、口の端を上げた。
「なんだかんだで、夫婦ってそんなもんなんじゃない?」
「・・・そうかしら?」
「・・・そうよ。結構お似合いよ、あんたら。」
頬杖をついて優しく微笑み掛けるノジコの表情に、ナミは不思議な気持ちになった。
「あいつでよかったわね。だって今・・・あんたすごく幸せそうな顔してるわよ、ナミ。」
そう言ってノジコがニヤニヤするので、ナミは自然と笑いが込み上げた。
「ふふ・・まあね。」
「なあんだ、結局ノロケてんじゃない。」
「ノジコが聞いてきたんでしょ。」
目が合って二人で同時にプッと吹き出すと、
また女二人他愛も無い話で盛り上がりながら、次々みかんを磨いていった。
**********
まるで船の船首のように、海にせり出した小高い丘の上。
そこにスッと立つお墓に、海風に吹かれながらナミはまっすぐ向き合っていた。
「ただいま。ベルメールさん。」
その墓に眠る母に話しかけながら、そっと花束と一冊の本を供えた。
「ようやく、私の書いた世界地図が出版されたのよ。すごいでしょ。」
少し前に出来た、ナミが何年もかけて書き溜めた海図がまとめられている一冊の本。
話ながら、懐かしく子どもの頃を思い出し、自然と表情が柔らかくなる。
”私は私の航海術で世界中の海を旅して、自分の目で見た世界地図を作るの ”
「ベルメールさん・・・子どもの頃ベルメールさんに言った夢が、叶ったよ・・・。」
”世界地図か・・・楽しみね!じゃあ今日描いたこの島の地図は夢の第一歩だ! ”
そう言って笑ってくれたベルメールさんの笑顔を、今でもはっきり覚えている。
あの時の島の地図は、今でも宝物として大切に持っている。
まだ何も知らない子ども時代に始まった、大きな大きな夢。
この本は私の夢だった。
いろんな海を渡り、いろんな世界を目にした。
その記録を残したこの本も大切だけど。
それよりももっと、世界を旅しながらあいつらと一緒に過ごした時間が、
今、何より大事な宝物として、ナミの中に輝いている。
あいつらと出逢えたから。
「ナミーーー!ナミーーーー!」
色んな思いに耽っていたナミを、どこからか呼ぶ可愛い声が聞こえる。
ふと視線をお墓から眼下の海へと向けると。
下の方に見える、海に漂う小さな小舟。
そこから二人の子ども達が、丘の上にいるナミに向かって懸命に両手を振っている。
そして子ども達の後ろには、大きな体で小舟のほとんどを埋め尽くし寝転がっている男の姿。
「また寝てる。チビが落ちたらどうすんのよ。」
そうぼやいたものの、本気で心配なんてしていない。
だって、落ちそうになったらすぐに飛び起きて助けるってこと、知ってるから。
「ナミーーー!ナミーーー!」
一生懸命手を振る子ども達に、ナミも笑顔で手を振り返した。
ナミが気付いたことに、嬉しそうに子ども達が笑っている。
「ベルメールさん。」
小舟に乗る三人を優しい顔で見ながら。
「私、今・・・・すっごく幸せ!!」
そう言ってとびっきりの笑顔で笑い、ナミは大きく手を振った。
おわり
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〜 筆者あとがき 〜
こんなに長い長いお話を最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます!!
四条さんはじめコメント下さった方々みなさんのおかげで、最後まで書けました。
本当に励まされました!ありがとうございました。
そしてこの話のインスピレーションを下さったすべてのゾロナミ作家さんに、
心から感謝いたします。
2011年 ゾロ誕生日に panchan
(2011.11.12)
<管理人のつぶやき>
物語の最初の頃、ルフィの体調の問題ではハラハラしました。どうなってしまったんだろうと。それでナミは一人で旅立ってしまうこととなり、ちょうどそのタイミングで戻ってきたゾロとは見事にすれ違い><。船長命令でナミを追うゾロでしたが、ウソップの計らいでついに真実――ゾロとナミの子供の存在――を知ることになりました。そして、二人が運命の再会!で感激したのも束の間、今度は6年の間を埋める話し合いが待っていて。この辺はドキドキしましたねー。でもきちんと思いの丈をお互いぶつけることができて本当によかったと思います。二人して仲間の元へ戻ってきてからのルフィの落とし前も痛快でお見事^^。なんとオメデタまでもついてきて、まさに大団円。紆余曲折ありましたが、無事に納まるところへと納まりましたね!エピローグではナミの揺るぎない幸せの実感に、本当に嬉しく思いました^^。
「線」「うたたね」「天気は曇りのち、笑顔」に続く今作は長丁場の大長編となりました。
panchanさん、素晴らしい作品をどうもありがとうございました!
そして、panchanさんはこの作品をもって投稿部屋を卒業され、サイトを持たれました。
panchanさんのサイトはこちらです!→【eternal pose】