それぞれの胸の… 〜Ver.ナミ〜
プヨっち 様
いつの間にか、深夜の晩酌をしなくなった。
恋を失った…その事実は、考えるだけでまだ苦い痛みに襲われるけど。
少しずつ、少しずつ…時間という薬は確実に効いてきていると思う。
ううん、時間だけじゃない。
毎晩のお酒と、それに付き合ってくれていたゾロのお陰でもあるんだと、口に出してお礼を言うには照れくさくって言えない。
でも散々、愚痴ったり泣いたり…傍で、余計な事は何も言わずに聞いてくれてありがとう、と心の中で小さく呟く。
「まだ起きてたのか?」
背後からの声は、まさしく今頭の中にいた人物で、ビクリとしてしまった。
「ん、今日は久しぶりに飲んでるの。どう?一緒に」
「いや…俺は水を飲みに来ただけだ。それよか…こんな夜中に、男を酒に誘ったりするなよ」
「はぁ?何を今更…。それにアンタ以外、私のお酒につき合わそうなんて思わないわよ」
こう言うと、こちらをチラリと見たゾロはグラスに水を入れて一気に飲みほした。
「俺もな、一応…いや、何でもねぇ。おやすみ」
それだけ短く言って、キッチンを出て行くゾロの後ろ姿に呆気に取られたまま私は目の前のグラスに残っている果実酒をゴクリと飲んだ。
「変なこと言って…どうかしちゃったのかしら?」
返事のない問いを扉にぶつけ、そのまま立ってグラスとボトルを片付けた。
次の朝早く、見張りをしていたチョッパーが「島が見えたぞ〜」と知らせに来て、秋島に上陸した。
涼しく過ごしやすそうな島には、それなりに大きな港があって街の騒がしさにクルーの目が輝く。
冒険だ何だと騒ぐ船長はもちろん、珍しい食材を探そうとコックの表情もいつも以上に明るい。
私だって、あんなことがあった後だから、気の済むまでパ〜っと買い物でもしたかったところだ。
ロビンが船番を買って出てくれ、普段はあまり出歩かないゾロまでが船を降りてどこかへ消えた。
「ん〜、まずはやっぱり、洋服かな。化粧品も見たいし…新しい靴も欲しいのよねぇ。でもぶらりと観光してみるのもいいかな…」
街の大通りで独り言を言いながらブラブラとしているだけで、心が軽くなっていくような気がした。
…それと同時に。
「オイオイ、買い物は程々にしとけよ〜?俺だって買いたいモンがあるんだからな、ナミの荷物持ちばっかりやってるわけにゃいかねーんだ」
なんていうツッコミだとか。
「海軍とか賞金稼ぎの奴らはいねぇんだろうな〜?もしいたら、真っ先にこのキャプテン・ウソップを狙うだろうからな。よし、ナミ!お前に俺様を守る任務を与えよう!」
ってあり得ないこと言いながらキョロキョロしている、まん丸い目だとか。
これまでは街を歩く自分の隣に、いつもあったはずのものが…もう無いんだという事実に、改めて胸を締め付けられていた。
「もう、無いんだよね」
自分に言い聞かせるように、そう声に出すと。
ますますそれは現実味を帯びて私に襲いかかった。
…わかってる。ちゃんと、わかってるから。
わかっているのに…まだわかりたくない私の心の一部が、今度はそう口にするのを拒んだ。
大通りをまっすぐ進むと、右手の小さな丘に小さな教会が見えた。
大きな街の教会らしく、広い敷地に堂々と厳格な雰囲気を漂わせて立っている。
行ってみようかな…。
実を言えば、空島の経験からか神様なんてイマイチ信じられない気もしていたけれど。
白く美しい建物に吸い寄せられるように、私の足は丘へと向いていた。
「へぇ…綺麗…」
見事なステンドグラスに、その一言しか出なかった。
こんな素敵な所だし、アイツがいたら絵でも書いてくれるんだろうけど…。
そんなこと考えても仕方ないわ、と。
この素晴らしい空間を、自分の記憶にしっかり刻み付けた。
「リーナ!ここにいたのか」
「えっ?!」
振り向くとそこには若い男が1人、入り口に立っていた。
「うわ、すみません!人違いで…あれ?君、ここらの人じゃないよね?」
「ええ、まぁ。買い物と観光がてら歩いてたら、ここに来ちゃって…」
「観光って言っても…この教会が一番の観光名所かもしれない。他は、ごく普通の街だからね。」
苦笑するその男の顔をこの時初めてちゃんと見た。
特別に整っているってわけではないけれど、なんて言うか…本当に、幸せに満ち溢れた顔。黒っぽい深い色の短髪はとてもよく似合っている。
「リーナっていうのは?」
「あはは、参ったな。婚約者なんだ。明日、この教会で結婚式を挙げる予定で…その打ち合わせに来たんだけど」
おめでとうと言うと、ブライと名乗ったその男性は、照れくさそうにありがとう、と笑った。
「婚約者を他の女と間違えるなんて、彼女が知ったら怒っちゃうわね」
「髪の色が、似てたんだ。彼女はもっと、茶色に近いオレンジだけど…小さい頃から一緒にいるのに間違うなんてどうかしてたよ」
「小さい頃から…って、幼馴染? 初恋が実るなんて素敵ね」
「いや、初恋じゃないよ。僕にとっては…そうかもしれないけど。彼女には、半年前まで付き合ってた人がいたし」
「ブライさん、奪っちゃったの?へぇ、結構やるじゃない!」
初対面だと言うのに、なぜか話がどんどん繋がってしまって。
私はどこかのドラマのような話を聞き出そうと夢中になっていた。
「奪うというより…ただ、彼女が恋人とひどい別れ方をしてしまって、それを慰めてたのがキッカケで。僕はずっと彼女を想ってたけど、彼女は兄のように慕ってくれてるだけだったし。でも、そのうちに…身近にある幸せに気付いてくれたんだ」
「身近にある幸せ…か」
話に聞き入りながらなんとなく、口に出してしまった。
「幸せなんて、自分で思っているよりずっと近くにあるものだよ。いつでも掴めるけど、気付かないと…目の前を素通りしてしまうから」
本当は初対面でこんな話をされるなんて、普段なら勘弁して欲しいって思うところなんだろうけど。
今の私には、そんな風に思う気持ちはまったくなかった。
「ごめん、人違いをした上に、会ったばかりでいきなりこんな話しちまうとは…どうかしてるな」
「いえ…どうかお幸せに」
「ありがとう。君も、近くにある幸せを掴めますように」
「えっ?…私?」
ビックリする私に、ブライは続けた。
「少し、沈んだ顔だったから…違ったらごめん。でも、心からそう思うよ」
「ううん。…ありがとう」
心からの笑顔で、そう応えることが出来た。
「ブライ!神父様は広場のほうにいるみたいよ!ここで待つより、私たちが広場に出向きましょう」
よく通る声が、教会の中に響いた。例の婚約者らしい。
「そうだな、すぐ行く!」
ブライは扉の所に立っている婚約者に応えた。
「あ、明日もこの街に居る?よかったら、結婚式見に来なよ。10時からなんだけど」
「ええ。行けたら、きっと見に行くわ」
そう言って、明日の新郎新婦たちを見送った。
扉の向こうからの溢れる光で、リーナという婚約者の髪はオレンジ色に。
そしてブライの髪は…光に透けると緑色に見えた。
だからと言うわけではないけど。
恋人たちのオレンジと緑の頭が並んで歩く姿に、なぜか自分と緑髪の剣士の姿を重ね合わせ、意味もなく一人で慌ててしまった。
お兄さんみたいな存在で…失恋して、慰めてくれる人。
幸せは、ずっと近くにある。
いつでも掴めるけど、気付かないと目の前を素通りしてしまう。
「あはは、まさかね〜。ゾロが私を…ってのもあり得ないし」
小さな声で言ったはずが、一人きりの教会にはやけに大きく響く。
近くにある幸せを見つけられれば、それに越したことはないと思う。
でも、だからと言って。
今、可能性のないことを考えても仕方ない。
可能性…まったく無くは、ないかもしれないけど。
ふと昨夜のゾロの変な態度を思い出して、その可能性にぶち当たる。
…だと、したら?
「ううん、まさか…ね」
勢いをつけて立ち上がり、教会を後にする。
「さぁ買い物、買い物!」
この胸の片隅から湧き上がる熱を振り払うかのように、私は大通りへと歩き出した。
Ver.ゾロへ→
(2004.05.17)Copyright(C)プヨっち,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
プヨっちさんの魅惑のウナゾシリーズ『この胸の痛みが』『この胸の痛みを』の続編です!
失恋に耐えるナミ、ナミへの想いに気づいたゾロ、潔い決断をしたウソップ。
その後のそれぞれの胸のうちを覗いてみましょう。
まずはナミ編。
一人で街に出るとウソップとの楽しい思い出が胸に去来します(T_T)。くぅ切ねぇ!
ブライとリーナに自分たちの姿を重ね合わせるナミ。とても似た境遇ですものね。
さて、次はゾロ編ですv