今夜は嵐にぶつかりそうだ、と。

この船の優秀な航海士は言った





嵐の日に

            

プヨっち 様


〜side ゾロ〜


夜、見張り当番だったウソップはそのまま見張り台へ上がり、ナミは時々甲板に出て雲の動きを見るためにキッチンで待機していた。


前の秋島を出てから、ウソップの様子が少しおかしいみたいだとナミが心配しているのが手に取るようにわかる。
自分に別れを告げた男を心配するのは人が好すぎるだろうが…と思うものの、気持ちはわからないでもない。
あの船長ですら、いつものように一緒にバカ騒ぎをしないアイツを不審に思っているのだから。


まさかアイツは…後悔してんのか?ナミを手放したことを。
そうだとしたら、元サヤっつーことも…あるだろうか。



そんなことを悶々と考えていると、「夜中に起きて働いてもらうから今のうちに寝ておいて」と言った航海士の言葉に従うこともできずに自然と足はキッチンへと向いていた。




「あれ、ゾロ?まだ寝てていいわよ」


いつものように薄着のナミは、果実酒の入ったグラスを片手に本を読んでいた。


「いや、眠れねぇからな…」

「昼間、寝すぎなんじゃないの〜?ま、私も退屈だったからちょうどいいんだけど。どう?一杯」

「あぁ、もらう」


出してきたグラスに酒を注ぎながら、ナミはフフッと笑った。


「なんだよ、思い出し笑いか?気持ち悪ィ」

「今日は言わないのねー、夜に男を誘うなって」

「…誘われてやってもいいと思ったんだよ」


俺の反応が意外だったのか、ナミは大きな目を少し見開いたが、ふーん、と言うだけだった。



「アイツ…どうしたんだ?」

「さぁ?私にわかるわけないじゃない…」


ナミはそう言って、見張り台のほうを向いた。


「お前のこと、後悔してんじゃねーか?」

「だったら…どうなるってのよ」

「そりゃ…」


なるようになるんだろ、と言いかけたが最後まで言えなかった。

それを望んでいない俺が言ったところで、滑稽なだけだ。


「…お前は、どうしたいんだ?」


聞くまいかと思っていたが、やはり聞きたかった。

アイツがまだ、ナミの心の中に大きく陣取っていることは確かなのだから。


「今は自分の気持ちも、よくわからなくなっちゃってる…かな」


そう言ってナミは伏目がちにため息をつく。


憂いを帯びたその顔が、頬杖をついた細い腕が、髪を掛けた小さな耳が…ナミの全てが、この上なく愛しく思えて。

まだ抑えなければいけないと言い聞かせていた俺の感情は、強い力で引っ張り出された。



ガタンと椅子から立ち上がった俺を、ナミは上目遣いで訝しげに見つめる。

それに構わず俺はナミの後ろから腕を回し、抱きしめた。


「えっ?ゾロ、何?!べ、別に今日は寒くないけど…?」


ナミは一瞬ビクンとしたが、抵抗することなくじっとしている。


「…ゾロ?」


ただ抱きしめているだけで、どのくらい時間が経ったのかわからないが。どこか優しい声で名前を呼ばれ、ようやく回していた腕を解いた。

そのまま、ナミの正面に向き直った。
顔と顔の間は10センチほどしか距離を空けず、そのため瞳の焦点がズレそうになる。


ナミは少し目を見開いているが、その瞳は逸らすことなく俺を見ていた。


開いた窓から、いかにも嵐の前触れだという強い風がブワっと吹き込んでくる。

それはまるで、俺の背中を押しているかのように部屋の中で吹き荒れた。



「キスしたら…どうする?」



もう、後には引けなかった。

この後、どんな嵐がやってこようとも。



***********************



〜side ナミ〜




「キスしたら…どうする?」


抱きしめられ、見つめられて、そう聞かれた。

今、ゾロのこの瞳から、逃げちゃいけないと思った。


「さ、されてみないと、わからない…」


咄嗟に返した言葉だったけれど、まさにその通りで。

どうするのかも、どうなるのかも、どうしたいのかも。
今の私にはわからない。


ただ、ゆっくりと近づくゾロの気配を感じながら目を閉じてみるだけだった。


さっきまで飲んでいたお酒のおかげで唇は程よく湿り、吸い付くようにしっとりと重なった。

私の腰と後頭部に回された大きな手は思いのほか優しく、ふわりと包み込まれているような感覚を覚える。


重ねただけのキスはしばらく離れず、キッチンには窓から吹き込む風の音だけが響いていた。



ガタン、と窓が立てた大きな音が合図だったかのように。
ゾロの舌が少し空いていた私の口へと入り込んできた。


「…んっ」


それは決して乱暴ではなかったけれど、思わず声が漏れて。
私のぼんやりした意識を現実に戻すには十分だった。


慌てて唇を離し、顔を背ける。



「え…と、あ、雨!!雨降ってきたみたいだから、外見てくる!」



いつの間にか、窓には雨が打ちつけていた。

そう言ってレインコートをひっかけて甲板に出ようとする私を、力強い腕が阻む。


「俺は…お前の兄貴にゃなれそうにねぇから」

「…うん」


それがちゃんと声になっていたのかどうかわからないけれど、私は首を縦に振った。



そのまま、バタバタと甲板まで走った。
走らずには、いられなかった。


顔が赤いのは、息が上がってるのは…走ったせいだけじゃない。


全身を冷たい雨に打たれ、頭の中がだんだん冷静になっていく。



優しいキス、だった。

まっすぐな瞳で、見つめてくれた。

迷いのない気持ちをぶつけてくれた。


でも、それと同時に。


キスしたときに邪魔にならない鼻も、その薄い唇も、射抜くように鋭いけれど優しい目も。


アイツとは何もかも違うんだってことを改めて思い知らされる。


「あー、もうっ!どうすればいいのよ…」



どうすれば…?と考えて、また唇にゾロの感触が甦り、思わず口に手を当てた。



…そうだ、気持ちを確かめる手段になるかもしれない。



そう思うと自然に足は、見張り台へと向かう。

意気込んで見張り台に上がろうとしたその時、レインコートの裾を思い切り踏んづけてしまった。


「きゃっ!…痛ぁ〜」


なんだか出鼻をくじかれたような気がして、少し泣きそうになる。


「ナミか…?」


頭上から、優しい声が降ってきた。


「まだ波は荒れてねぇけど…そろそろ、皆起こすか?」


そう言いながら、ウソップは素早く甲板へと降りてきた。


「うーん…もう少し大丈夫だと思う。ったぁ…」


答えつつ、立とうとするけれど足首に少し痛みが走る。


「おい、どーした?立てるか?」


ウソップは心配そうに腰を屈めて、すっと手を差しのべた。



…そういう誰にでもあげる優しさ、今は欲しくない。

今欲しいのは、知りたいのは…アンタの本当の気持ち。



最近様子がおかしいのは、私と別れたことを後悔してるから?

私が他の人に想われてるって知っても、平気でいられる?

でもやっぱり、気持ちはあの子に向いてるの?



…確かめたい。
そして私自身も、どうしたいのかを。



いつまでも差し出した手を取らずにいる私に、ウソップは言った。


「オレ、確かめなきゃなんねぇことがある」


ハっとして顔を上に向けると、ウソップと視線がぶつかる。


「私もよ」


私は自分のほうへと、差し出されていたウソップの腕を引き寄せた。


ウソップの確かめたいことが何なのか、わかってるわけじゃない。

けれどこうすることが確かめる手段になると、私にはどこか確信めいたものがあ
った。


船は暴風域に入ろうとしていて、波は次第に高くなっている。

その波に翻弄されているのは、船ではなく…紛れもない私たちだった。



************************



〜side ウソップ〜




確かめなきゃなんねぇ…自分の気持ちを。

あの夜、俺に謝ることもさせず一人で泣いて、別れることを決意したあいつの潔さに「いい女だよな」って、馬鹿なことを言ったけど。

それが、あいつの精一杯の強がりだったということに気づかないフリをして、沈む空気から逃げていただけだった。


だから俺たちは、もっときちんと話をすべきだったと思う。

いつも何でも言い合っていたように、今度こそお互い、強がりも逃げもせずに話そう。


そう思っていただけに、急に腕を引かれ、次に何が起こったのかすぐには理解できなかった。



…唇に感じる柔らかさは、いつ以来だろうか。
そんなに前ではないはずなのに、ずいぶん懐かしく思える。


お互いの唇を挟みこむように小さな音を立てる、軽いキスだった。

相変わらず少し邪魔になってしまう自分の鼻をもどかしく感じる。
しかし、それ以上キスを深いものにはできずにいた。
そうしてはいけない、すべきではない気がして。

お互いの心臓の音が、すぐそばで聞こえている。



不意に自分の唇に雨が落ち、ナミが離れたことを悟った。


「最近、アンタがおかしいのは…どうして?」

「そ、それは…」

「後悔してるの?私のこと」


ぐっ、と言葉に詰まる。

後悔、してないわけではない。
ただ、後悔すべきじゃないと思う気持ちもある。
答えが、まだ出せないだけだ。


「…お前は、それを確かめたかったのか?」


質問を質問で返すしかなかった。


「うん…それと、自分の気持ちも」

「なんで、そ、それでいきなり、キスなんだよ!」

「相手の気持ちが…伝わるから」


風が強くなり、船が少し揺れ始める。
しかし、そんなことは今の俺たちにはどうでもよかった。


「さっきね、ゾロにキスされて。気持ちが、すごく伝わったの…。だから…」


言いようのない衝撃が、頭を駆け巡った。
それと同時に今まで感じたことのない、どす黒い感情も湧き上がる。

最近よく、ナミがゾロと2人で晩酌をしていたことは知っていた。
酒豪の2人に付き合える奴はこの船にはいないし、特に皆、どう思うこともなかったが…そういうことになろうとは。


「だから、あんたの気持ちもわかるかもしれないと思って」

「……」


言葉にならなかった。
誰がナミをどう思っていようと、俺にはもう関係ないはずだったのに。

全然、関係なくないじゃねぇか。



「ゾロの気持ちは、すっごく嬉しかった…けど…」


少し、ナミの声が震えた。
俺はただ、ナミを見つめて次の言葉を待つしかなかった。


「けど…その後に、あんたのことばっかり頭に浮かぶし、キスだって比べちゃうし…!だから、アンタが今、私のこと考えてくれてるなら。ゾロみたいに、まっすぐ気持ちをぶつけてくれたなら…って思ってた」


ナミの頬が濡れているのは、雨のせいだけじゃなかった。
それでもまだ、俺は動けずにいた。


「なのに…!後悔してるんなら、なんであんな迷いだらけのキスするのよ…!?」

「そ、それは…!」

「今…私がどっちに縋りたくなるか、わかるでしょ…?」

「ちょっと待っ…!」


その時、船が大きく揺れて甲板に波が押し寄せてきそうになった。



「みんなを、呼んできて」


さっき痛めたらしい足を庇いながら、ナミは立ち上がった。


「あぁ」


そう応えて船室へと走っていた時、俺は密かに決意していた。

今日はやむを得ずこの場から逃げ出すような格好となったが、今度こそ自分からもナミからも逃げず、すべてに正面から向き合おうと。

嵐にぶち当たって大揺れしても、それを抜けてまた静かな海原を進めればいい。
自分の気持ちを確かめて答えが出るまで、何度でも嵐をくぐり抜けようと。



翌朝、船は嵐を抜けて朝日が煌めく海をゆっくりと進んだ。




<プヨっちさんのあとがき>
毎回勢いのままに書いているこのシリーズですが、今回はかなりの難産でした。
こんな描写で、情景や彼らの気持ちが伝わるのだろうか?と。
しかし、ようやく三角関係らしくなってきました!
彼らの出す結論はまだまだ先になるかと思いますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。
そろそろ、脱読者がたくさんいそうな気配ですが(汗)。
読んでくださった皆様、ありがとうございました!



(2004.06.22)

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<管理人のつぶやき>
プヨっちさんのウナゾシリーズ『
この胸の痛みが』『この胸の痛みを』『それぞれの胸の…』の続編です!
ゾロの気持ちがあふれるやさしいキス。それを素直に受け入れるナミ。素敵ですね〜v
一方、気持ちが揺れてるウソップとのキスは、戸惑いに包まれていました。
いや、今の状態ではそうなるでしょうね。その辺がウソップの誠実なところだ。
でも、このままではナミの心は離れていってしまうぞ。ちゃんと話合わなくちゃね。

ああ〜魅惑の三角関係vvv 悶えまくってます。一体どうなるのかしら。
え?次回、ゾロとウソップの対決ですか?! ぎゃー!また目が離せないよ・・・。
続き待ってます、プヨっちさん♪

 

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