最近のゾロはとにかく機嫌が悪い。
常にビクビクしているウソップを筆頭に、会社にいる全ての人間が恐がって近づこうとしないほどだ。
「おい、ロロノアの奴やけに荒れてるなァ。」
編集長は側を通ったウソップを引き止めた。
「そうなんですよ。原因が何なのかおれにもさっぱりで…」
そう。原因が全く分からないのだ。
「お前また何かしたんじゃないのか?」
ウソップもいろいろ思い出してみた。もしかしたらゾロのカメラの1つを壊し、こっそり隠したのが見つかったのかもしれない。それともゾロに内緒で自分の分の仕事を回したのがバレたのかも…。
「そ、そりゃあ思い当たる節はいろいろと…。でもそれならおれに直接言ってくるでしょ?」
「まァ確かにそうだよなァ。他に思い当たることはねェのか?」
「えーっと…」
ウソップは記憶を手繰り始めた。と、何かを思い出した。
「もしかしたらあれかもしれねェ…」
魔女の笑顔
ライム 様
数日前、ゾロ、ナミ、ウソップの3人は久しぶりに仕事帰りに飲みに行った。時刻はすでに夜中の0時を回っている。
「ねェ2人共」
「「あ?」」
しばらくすると、ナミが突然隣で飲んでいたゾロとウソップに言った。
「なかなか落ちない人を口説き落とすにはどうすればいいと思う?」
“ブ―――――――ッ!!!!!”
2人は飲んでいた酒を盛大に噴き出した。
「なッ…!!!どうしたんだいきなり!!!」
ウソップは、酒をぶっ掛けてしまったカウンターの中にいる店主に詫び、それからナミに聞く。
「どうしたもこうしたもないわよ。で、どうすればいいと思う?」
ナミの目はいつになく真剣な表情だ。
「どうすればいいって言われても…。なァ、ゾロ」
困り果てたウソップは噴き出した酒を拭いているゾロに話を振った。
「…おれに聞くな」
「なによ、使えないわね2人共!!」
ナミはそう言うとプイっとそっぽを向いてしまった。
「それよりナミ、そのなかなか落ちない奴って誰なんだ?出版社の奴か?」
「?何言ってんのよウソップ。出版社の人間なわけないじゃない」
「はっ!!そうか、さてはここのところ毎日昼外に食べに行ってるのはそのせいか!?その時に口説きにかかってるんだろ!!」
「まァねvでもなかなかOKしてくれないのよ」
ひとつため息をついたナミは、店主に今日何本目かのビールを注文する。
「今まで誰にもOKしなかった人でも、私が口説けばみんなOKだったのになァ」
「そ、そうなのか…」
この時、ウソップの目にはナミの背中に黒い羽が見えていた。
そして、どんな手を使ったのかとあれこれ想像したりもしていた。
「で、一体どこのどいつなんだ?」
ここまで黙って聞いていたゾロが口を開く。
「あら、知りたい?」
ニヤニヤするナミ。
「別に。ただそいつがお前に目ェ付けられてかわいそうだなって思っただけだ」
「ちょっと何よそれ!!もしOKが出たらあんた達の給料も上がるかもしれないのよ!?」
「どういう意味だ?」
「どういう意味って…そのままの意味じゃない」
2人の会話を聞いていたウソップは考えた。そのままの意味、そのままの意味…。
ナミとその男が付き合うことになる→ゆくゆくは結婚することになる→いずれは子供が出来る→そうなるとナミは会社を辞めることになる→人件費が浮く→浮いた分が自分達に入ってくる…。
「そういう意味か!!!」
「何よウソップ、いきなり大声出して」
「そうかそうか。そういうことなら悲しいがまァがんばってくれ!!」
ウソップはそう言いながらナミに酒を注ぐ。
「ゾロ!!お前も応援してやれ!!ナミの幸せのためだ!!」
「…………」
だがゾロは黙って酒を飲んでいる。
「あいつナミに先越されるのが気に食わねェんだろ。で、どこのどいつなんだよ」
「えっとねー…」
わくわくしながら続きを待つウソップ。そしてこっそり聞き耳立てているゾロ。
「内緒v」
「何だそれ!!」
「まァいいじゃないvいずれ分かることなんだし!!さ、今日は飲むわよ――!!」
「…ってなことがあったんですよ」
ウソップは編集長に数日前の出来事を話した。
「なるほど〜。ナミにそんな奴がいたとはなァ。けどそれとロロノアの機嫌と何の関係があるんだ?」
「いや、もしかしたらあいつ……」
と、編集長に耳打ち。
「なるほど、おもしろいなそれ!!よし、ロロノアの奴からかってやろう!!おーい、ロロノアーー!!」
「ぎゃ―――!!編集長!!!それおれが言ったって言わないでくださいよ〜!?」
ウソップは言いながら机の影に隠れて震え出す。
「あれ?ロロノアどこ行った〜?」
「何かイライラしながら“メシ食いに行く”って行って出て行きました〜」
(あー、くそっ!!)
ゾロはイライラしながら通りを歩いていた。
(何なんだこのイライラした気分は!!)
ゾロは自分でもなぜこんなにイライラしているのか分かっていなかった。だから余計にイライラしている。
“カランカラン”
そんなイライラした気分でゾロがやってきたのは、1軒の洋食屋。
「いらっしゃ〜いv…っててめェかよ」
オーナーらしき人物はご機嫌であいさつしたが、入ってきた人物がゾロだと分かると一気に声のトーンを落とした。
「メシ」
「おーおー、今日はずいぶんと機嫌が悪ィみてェだな、クソカメラマン」
ゾロが来たこの店は、出版社から歩いて15分程のところにある2ヶ月前にオープンした洋食屋“ブルー×ブルー”。そしてここのオーナーのサンジとは高校時代からの腐れ縁で、会えば必ず喧嘩になるくせに、なぜか何年もつるんでいる。
「てめェはご機嫌だな、クソコック」
すでに喧嘩腰のゾロ。
「あァ、ご機嫌さ。おれには最近仕事をする楽しみが増えたからな!!」
「楽しみ?」
「いらっしゃいませ」
サンジを睨みながらカウンターの席についたゾロに、水の入ったグラスを差し出す女が。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「あー、ビビちゃん。そんな奴に注文なんか聞かなくていいよ。どうせ1番安いランチなんだから」
「誰だ?こいつ」
「先週からバイトで来てもらってるビビちゃんだ。かわいいだろ〜?」
「始めまして、ビビです」
ビビはゾロに向かって軽く挨拶。
「もしかしてこいつのことか?仕事する楽しみってのは」
「いや、それもあるんだけどな。もう1人……」
「こんにちは〜」
サンジの言葉を遮って、客が入ってきた。
「あ―――vvナミさん!!!今日はいつもより遅いからどうしたのかと思ってたよ〜vv」
「仕事がなかなか終わらなくて」
ナミは軽くサンジと会話をして、カウンターの席に座ろうとした。
「ナミ!?お前なんでこんなところにいるんだよ」
「あれ!?ゾロじゃん!!あんた何してんの?」
ようやくゾロの存在に気づいたナミ。
「何ってメシ食いに来たに決まってんだろ」
「え??ナミさんこいつのこと知ってるの?」
「知ってるも何も、仕事仲間よ」
「何――――!!!お前なんでそれをもっと早くおれに言わねェんだ!!」
サンジはカウンターの中から身を乗り出し、ゾロの胸倉をつかみ前後に揺らす。
「知るか!!!何でおれがいちいち仕事仲間の事をてめェに話さなきゃならねェんだ!!!大体ここら辺に出版社は1軒しかねェだろ!!」
「へー、あんたたち知り合いだったんだ。世間って狭いわね」
ナミはそう言い、ビビから水を受け取る。
「で、てめェ何しに来たんだよ。いいのか?この前言ってたなかなか落ちない奴は」
「え?だからこうして口説き落としに来てるんじゃない」
ゾロは一瞬頭にハテナを浮かべ、もう一度ナミに聞く。
「……誰を」
「サンジ君を」
「!!!?」
「サンジ君、そろそろOKしてくれないかなァ〜?」
ナミは妙に色っぽい声でサンジに言う。ゾロは驚きのあまり声も出ない。まさかナミの口説き落とそうとしてる奴がサンジだったとは…。
「やー、いくらナミさんでもちょっと…」
サンジの困った素振りにゾロは一瞬疑問を感じた。
「…おい。お前来る者拒まずじゃなかったのかよ。いつからキャラ変更したんだ」
するとサンジは小首を傾げて言った。
「何言ってんだお前。そりゃあお付き合いの申し出の話だろ」
「?そうじゃないのか?」
それに対しゾロも小首を傾げる。
「違うわよ!!!取材の申し込みの話!!!」
「取材…?」
「そう!!1ヶ月前に偶然ここのお店の事知って、友達と来たのよ。そしたらお料理は絶品でしかも格安でしょ!?だから私達の雑誌で取り上げたいって言ったんだけど、どうしてもOKしてくれないのよ」
ゾロは数日前のナミの話を思い出していた。
――――なかなか落ちない人を口説き落とすにはどうすればいいと思う?
それは取材許可を得る話か…。
――――今まで誰にもOKしなかった人でも、私が口説けばみんなイチコロだったのになァ
確かに他の雑誌やらテレビやらの取材を拒否し続けてきた店でも、ナミが頼めばOKが出てた…。
――――もしOKが出たらあんた達の給料も上がるかもしれないのよ!?
――――どういう意味って…そのままの意味じゃない
掲載して売上部数が伸びたら自然とおれ達の給料もあがるかもしれない…。まさにそのままの意味…。
ゾロは思い出しながらどっと全身から力が抜けるのを感じた。
「お、お客さん。大丈夫ですか?」
そんなゾロにビビが心配そうに声を掛ける。
するとゾロはいきなり顔を上げてナミを怒鳴りつけた。
「てめェ!!!紛らわしいこと言うんじゃねェ!!!!」
「は!?何言ってんの!?」
「こらクソマリモ!!ナミさんになんて口の聞き方だ!!!」
「ちょ、ちょっと皆さん落ち着いてください〜〜!!!」
10分後――――――
「とにかく私はサンジ君に取材許可をもらうために来たのよ」
喧嘩はビビの仲裁によってひとまず落ち着いた。
「ねェサンジ君。どー―――してもダメ?」
「う〜ん…」
「サンジさん。ナミさんもこんなに毎日来てくれてるんだから、受けてもいいんじゃないですか?」
サンジには1つ決めていることがあった。もし自分の店を持つことができたら、その店は口コミだけで知れ渡るような店にしよう、と。だが毎日毎日ナミに口説かれるうちに、少々揺らいできていたのだ。
「ナミ、諦めろ。こんなことで時間取ってる暇があったらもっと他の仕事できるだろ」
「でも載せたら絶対評判いいと思うのよ。このお店だって儲かるし」
1歩も引かないナミにため息をつくゾロだが、これも毎度のことで慣れている。
「……じゃあさ、ナミさん」
ふいにサンジが口を開いた。
「チューしてくれたら取材受けてもいいよv」
「「!!?」」
「てめェ何言ってやがる!!!」
サンジの発言に思わずつかみ掛かるゾロ。
「冗談だって、冗談!!!いくらなんでもそれは…」
「ほんとに?」
「え?」
ナミがずいっと前に出てきた。
「チューしてあげたら取材受けてくれるのね!?」
「え、う、うん…」
「おいナミ!!!何言ってんだ!!」
「ナミさん!!」
ゾロは驚いて掴んでいたサンジを放し、ビビもおろおろしている。だがナミは満面の笑みで言った。
「じゃあ交渉成立ねvサンジ君、目瞑って?」
「!!!!はいvvv」
サンジは言われた通りしっかりと目を瞑る。
「ナミ!!」
「ちょっとゾロ黙ってて。ビビも、今から見ること絶対に言わないでよ?」
「え、は、はい!!でもナミさん…」
するとナミはすばやく鞄を開け、中から何かを取り出した。出てきたのは………
2つのマシュマロ…
「おい、まさかお前…」
「黙ってって言ってるでしょ?サンジ君、行くわよv」
「いつでもどうぞvvナミさんvv」
「じゃあ…」
ちゅっvv
「はいvvじゃあまた今度改めて取材に来るわねvvゾロ、昼休み終わるわよ!!」
ナミは即座にマシュマロをしまい、そのまま店を出ていった。
「んナミさ〜んvvまたのご来店をお待ちしておりま〜すvv」
何も知らないサンジは目を思いっきりハートにしてナミを見送った。
「ふふvやーっとOKもらったわ!!」
サンジの店から帰る途中、ナミは終始笑顔だった。
「大体何でマシュマロなんか鞄に入ってんだよ」
「前に編集長にもらったのよ。それが入れっぱなしになってたの」
「この魔女め…」
「何とでも言いなさい!!仕事のためよ!!」
よくよく考えてみれば分かることだった。ナミはこういう奴だ。それは今まで一緒に仕事をしてきたゾロが1番分かっている。
「それよりさァ」
「あァ?」
「あんた、この前の話で私が男口説こうとしてるって思ってたんでしょ?」
「なっ!!!?」
ゾロは図星を突かれ、動揺した。
「んなわけあるか!!なんでおれが…!!!」
すると前を歩いていたナミが振りかえる。
「バ―――カ」
「!!?」
言ってる事とは裏腹に、その顔は満面の笑顔だった。
「さ!!早く帰って仕事するわよーー!!」
ナミはすぐに前を向いてしまったので気づかなかった。
ゾロの顔が真っ赤になっていたことに……。
それから1週間後、ゾロとナミは取材のために“ブルー×ブルー”を訪れた。
「じゃあ以上!!ありがとう、サンジ君」
「いえいえv約束ですからv」
「ゾロ、私先に帰ってるわね!!」
「ナミさん、また来てくださいね〜vv」
ナミが帰った後、ゾロとサンジはカウンターの席に座った。
「はァ〜vいいよなァ、ナミさんvv」
サンジは未だにナミの偽チューの余韻に浸っている。
「うらやましいだろクソマリモ!!よし!!特別にお前に感想を聞かせてやろう!!」
「別にいらねェ」
「いいから聞け!!いいか?ナミさんのチューはな…」
「マシュマロみたいだったんだ!!!」
“ガシャ――――――ン!!!!”
サンジが言ったのと同時ぐらいに、奥のほうで皿が大量に割れた音がした。
「ビビちゃん!?大丈夫!?」
「ご、ごめんなさいサンジさん…」
サンジは慌てて奥へ行く。
「?どうしたの?ビビちゃん」
「い、いえ。何でも…」
どうやらサンジの声が聞こえたのだろう。ビビは必死で笑いを堪えているようだった。
「疲れてるのかな?今日はもう上がってもいいよ?」
「あ、はい。じゃあお疲れ様でした…」
帰り際も、ビビはゾロを見てまた必死で笑いを堪えていた。
「それにしてもナミさんは素敵だ!!」
「まだ言ってんのかよ。それより腹減った。何か食わせろ」
「それよりとは何だ!!あんな笑顔の素敵なナミさんのことを、それよりだと!?」
笑顔……。
ゾロは、あの日帰りがけにナミが見せた笑顔を思い出していた。そしてぼそっと呟く。
「…………確かにあれにはやられたかもな…」
「!!!」
サンジはその小さな呟きを聞き逃さなかった。
「おいゾロ!!お前今なんて言った!?」
「あ?おれ何か言ったか?んなことよりメシ食わせろ!!コックだろてめェは!!」
「てめェに食わせるメシなんてねェ――!!!」
「んだとこら!!やんのか!?」
その後しばらく、ゾロとサンジの言った言わないの喧嘩が続いたのだった。
-おわり-
(2004.04.09)Copyright(C)ライム,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
ライムさんのゾロナミ出版社シリーズ「対決!!ナミVSカラス」「ゾロの苦悩」「金曜日の変化」の続編ですv
「金曜日の変化」ではナミがゾロのことを意識し始めましたが、今度はゾロの番です(ムフ)。
しかし・・・マシュマロちゅーに大爆笑。哀れサンジくん(笑)(←笑うな)
だってマジな顔で「マシュマロみたいだったんだ!」って言われたら、ビビと同じように笑いを堪えるしかないよね。ああ、ナミさん、最高だよ、キミは!
ともかくも、ゾロもナミのことが気になりだした様子。さてさてどうなっていくのでしょう〜?
ライムさん、素敵なお話をどうもありがとうございました。この続編も待ってますよーん♪