星に願いを 月に祈りを   ―後編―
            

真牙 様



来た時は30分で風のように駆け抜けた道のりを、ふたりは倍以上の時間をかけて戻った。

重い足取りの中、ふたりは終始無言だった。
無言ではあったが、ナミの瞳からはずっと涙が零れ落ちていた。


――猫は涙を流さない生き物のはずなのに――。


「・・・ナミ、ごめん。こんなはずじゃなかったのに、オレ、力になれなくて・・・」

耳も尻尾もうな垂れるチョッパーに、ナミは気力を振り絞って笑って見せようとした。
だが、そこに浮かんだのは、泣き崩れるように歪んだ切ない表情だった。

「チョッパーのせいじゃない。それは、判ってるから・・・」

ようやくそれだけ言うと、ナミは家の脇の木を登って屋根を伝い、ゾロの部屋へと戻った。


ゾロは軽い寝息をたてて眠っていた。

(やっと、ゾロと同じ手であんたに触れられると思ったのに・・・)

半ば開いているカーテンから差し込む青白い月光で、その横顔が妙に大人びて見える。

いずれ彼の隣には、ナミの知らない娘が何食わぬ顔で立つようになるのだろう。
ナミの想いを置き去りにして――。

(ゾロ。ゾロ・・! ゾロ・・・!!)

布団に潜り込み、着ていたタンクトップごと抱きしめるように縋りつく。

眠っていながらも小さな重みに気づいた腕は自然と探るように動き、柔らかな毛に包まれた身体をそっと抱きしめる。
胸に収めて安堵したのか、寝息は一層深いものに変わる。

小さな身体。小さな腕。小さな手――どれを取っても、ゾロを抱きしめるには役不足以外の何者でもない・・・。


(聞かなきゃ良かった。叶うかもしれないなんて、思わなきゃ良かった・・・)

溢れ続ける涙はいつしかゾロの胸を濡らし、月光だけがそれを静かに見つめていた――。





そして、次の朝――事態は風雲急を告げるゾロの絶叫で始まった。

「どわあああああああああッッ!!!」

(・・・うるさいなぁ。昨夜寝たの遅かったんだから、もうちょっと寝かせといてよ。それでなくとも機嫌悪いんだから)

そう思いかけ、何だかいろいろ様子がおかしいことに気づく。

ナミは上体を起こした。剥き出しの素肌にタオルケットが滑り落ちる。見下ろした視界に映ったのは、白く伸びた華奢な腕だった。

「・・・・?」

「おおお、おま、おまっ、誰だッ? 一体どっから入ったんだ!?」

真っ赤になったゾロは慌ててベッドから転がり落ちるように離れ、ナミを直視できずに叫んでいる。

(誰って、ナミに決まってるでしょ? って、何これ?)

じっと自分の手――実際は、それと思しきものを見つめる。

そこにあったのは、いつものオレンジ色の毛に包まれた小さな腕ではなく、滑らかな白い柔肌だった。

確かめるように触れてみる。
つるりとした線を描く顔、そこに零れる肩ほどのオレンジ色の髪、そこから緩い曲線を描く胸元はまだまだ膨らみそうな未熟な果実を思わせる。
驚くほど括れた腰は、抱きしめたら呆気なく折れてしまいそうな儚さだ。

(え・・これ、もしかして私・・・?)

掌を幾度となく開閉してみる。しなやかに伸びる5本の指は、綺麗な桜色の爪を持つ可愛らしい人間の手だった。

「だだだ、だからお前何だよ、何なんだよッ! 何でここにお前みてぇな奴が――」

「・・ろ、ゾロ。ゾロ――ッ!!」

ナミはタオルケットと蹴飛ばして、腰を落としたまま後退っていたゾロに思い切り抱きついた。

未成熟ではあったが柔らかな胸が直に押しつけられるのを感じ、さしものゾロも首まで真っ赤になって悲鳴を上げた。

「だああああ! た、頼むから何か着てくれぇ〜〜〜〜ッ!!」


――ゾロにしてみれば堪ったものではなかっただろう。

いつもと違う奇妙な重みに目覚めてみれば、隣には見たこともない少女がしかも裸で眠っていたのだから。

更に恥ずかしがる様子もなく、そのまま抱きついて来られた日には、思春期真っ盛りの若者にしてみれば察して有り余るものがあった。


「うるさいね、朝っぱらから何やってんだいゾロ?」

「虫如きで怖気づく君ではないでしょう? 何事ですか?」

息子の尋常ではない絶叫に、下でくつろいでいた両親が何事かとゾロの部屋を覗く。

だが、その状況を目の当たりにした両親と、あられもない現場となった現状を見られたゾロは、お互いに固唾を呑んで言葉を失ってしまった。

あられもない現場――寝起き姿で床に座り込み、そこに裸の少女ががっちりと抱きついている場面では。


「あー・・・」

先に我に返ったのは母親の方だった。
普段から豪胆で物事に動じない彼女ではあったが、息子の濡れ場にも近い場面を見せられては、さすがに少々言葉を失っていたらしい。

一瞬にして立ち直った彼女は、とんでもないことをさらりと言ってのけた。

「・・・ゾロ、ちゃんと避妊はしてやったんだろうね!?」

「なッ・・・んなこと知るか――――ッッ!!」

「『知るか』じゃないだろう! 女の子とヤるんなら、それなりの配慮ってモンがあって当然だろうが! それができなきゃあんたの行為は犬猫以下だよ! 責任持てないなら、私が今すぐ去勢してやろうか!? 男ならきちんと責任取りな!」

「てめぇの息子捕まえて、何ケダモノ扱いしてんだよ! 勝手な妄想してんじゃねぇ!」

「まあまあ」

こちらも一瞬遅れて立ち直った父親が、苦笑しながらその妻の肩を宥めるように叩く。

「こういうこともありますよ。若いと先を急ぎますからねぇ」

「親父! 急ぐも急がねぇもねぇだろーがッ! ちったあフォローしやがれ!!」

ゾロの雄叫びには、かなり泣きが入っていた。

そんな様子を、ナミはどこか不思議そうに眺めていた。





ナミは母親に連れられて別室に行き、とりあえず身支度をさせられた。
“年頃の若い娘”が裸であちこちうろつくのは、どうにも具合が良くないらしい。

(そうね。この時期だから寒くはないけど、あのまま動き回ってたらあちこち引っ掛けて傷だらけになりそうだもの。人間て、こういうとこが不便よね)

そういうわけで母親にTシャツと短パンを着せられる。
彼女は一揃えナミを着替えさせてくれると、ふと視線を止めてナミの頭をくしゃくしゃと撫でた。

(おかーさん?)

ナミは首を傾げたが、彼女はただ笑ったまま何も言わなかった。


ナミは慣れない身体に戸惑いながらも家の中を歩き回った。

今まで床に近い視点で移動していたので、まず目線の高さに少々戸惑う。
するりと抜けたつもりでいても、つい肩や腕が扉にぶつかる。床の段差につまずく。
戻った扉に挟まれる。

診療所のドアに挟まれて焦っていると、不意に後ろから太い腕が差し出され、ナミを解放してくれた。

(あ、これって前にも・・・)

振り返ると、そこには苦笑を浮かべたゾロが肩を竦めながら立っていた。

「ったく、何やってんだよ、ドジ娘。何でこんなゆっくり閉まるドアにいちいち挟まれてんだ。どっかの間抜け猫みてぇだな」

(間抜け? 間抜け猫って私のこと!? 悪かったわねッ!)

むっとなり、振り向きざまにゾロの胸に頭突きをお見舞いしてやる。
だが弾力のある胸にあっさり弾き返され、ナミは大きくバランスを崩して仰け反った。

「おい!」

慌てたゾロがその腕を掴んで引き戻し、勢いナミはゾロの胸に抱き留められる格好になった。

夢にまで見たゾロの胸に顔を埋め、ナミは思わずその身体に腕を回して抱きしめていた。
いつも感じていたゾロの匂いを思い切り吸い込み、いつものように頬を擦りつける。

猫が物に身体を擦りつけるのはマーキング行為に他ならない。そう――まるで、対象物が自分のものだと主張するように。

ナミにすればいつものことだったし、そうしたいがために人間の姿を手に入れたのだから、その行動は当然の結果だった。

だが、ゾロはそうは思わなかったらしい。真っ赤になって、必死にナミの身体を引き剥がそうとする。

ゾロにしてみれば、これも当然の反応だった。

目の前の娘は、歳の頃なら15歳前後だろうか。
まだこれからいくらでもまろみを帯びそうな柔らかい身体に抱きつかれ、平静でいられるはずがない。
ゾロとて年頃の健康な男なのだから。

(頼むからそんなくっつくなッ。俺だってそれなりにアレなんだぞ〜〜ッ!!)

もちろん、そんなゾロの心の叫びもナミには届かない。

頭を掠める微かな疑念を振り払い、ゾロはようやくナミの肩を掴んで身体を離した。
どこに触れても柔らかで甘い香りのする身体はゾロ自身とは大違いで、無造作でも腕にすら触れないのだ。

(お、女ってのはこんなにやわっこい生き物なのかよッ! これじゃまるで――まるで・・・?)

悲鳴染みた思いがどこかでシンクロしたことに、その時のゾロは気づかなかった。

やや乱暴とも思える仕草で引き剥がされ、ナミはいつもと違うゾロの態度に逆に戸惑った。
いつもならじゃれてしがみつけば、そのまま抱き上げて頬擦りし、優しくキスまでしてくれたのに。

「ゾロ・・・?」

「あああ、頼むからくっつくな、擦りつくな! 女なら少し慎みを知れよ!」

(な・・・何よ何よ! だったら普段のゾロの態度は何だったの? 抱きしめて頬擦りしてキスして、いつも一緒に眠ってるのに!)

姿が変わったからこそゾロは困惑して照れているのだが、そんなことは無論ナミには判らない。
人間になっても受け止めてもらえるのではないかと期待していたナミは、ゾロの態度の豹変ぶりに言いようのない怒りを覚えた。

それが単なる逆恨みだと判ってはいても、溢れる感情の渦は止められなかった。

「バカァ!!」

ナミは目尻に浮かんだ涙を拭おうともせず、うろたえたゾロを思い切り突き飛ばして縁側から庭へと飛び降りた。

ゾロは勢い余って診察室へのドアにぶつかり、更に治療道具の乗ったカートを蹴倒して凄まじい音をたてた。
あまりの激しい音に入院中の患畜が次々と悲鳴を上げ、居間にいた母親から最大級の怒号が飛んだ。

「何やってんだい、この無責任男が! まだ責任取ってなかったのかい!」

「だから、何の責任だっつーの!」




ナミは庭のお気に入りの楡の木の下に蹲り、幹に額を押しつけて込み上げる涙を必死に堪えていた。

(そりゃ、この姿になったからってゾロが必ず受け入れてくれる保証はなかったわ。でも、それでも解ってもらえると思ってたのに・・・)

きっとゾロなら、ナミがどんな姿になっても彼女を見つけて、仕方がないなと笑ってくれると思っていた。

だが・・・そう思っていたのはナミだけだったのだ。

(ゾロ、全然判ってない。私がナミだって・・・)

たった半月共に暮らしただけだったが、それでもゾロのナミへの溺愛ぶりは思わず自惚れたくなるほどだった。

「ナミ・・・?」

不意にがさりと紅カナメの茂みが鳴る。顔を覗かせたのはチョッパーだった。

「その格好――良かった、人間の姿になれたんだね・・・」

「・・・そうね、良かった。でも、良くもなかったわ」

あれほどナミが照れるほど可愛がってくれていたのに、今日は自ら近づいて来ようとすらしていない。

「だって今日は、全然触れてくれようともしないわ・・・」

「きっと照れてるんだよ。ナミ、猫だった時も可愛かったけど、人間の姿でも凄く可愛いから」

「そんなの、何の慰めにもならないわ・・・」

どの道このまま時間が過ぎ、おそらくは夜更けを過ぎればこの姿ではいられない。
最悪、元の仔猫の姿にさえ戻れないかもしれないのだ。

「・・・私、駄目かもしれない。ゾロ、私がナミだって気づきもしないんだもの。言ったところで、きっと信じてくれないわ」

「そんな、ナミ・・・」

ナミは大粒の涙を流し、傍らに座ったチョッパーの首を抱きしめて顔を埋めた。
小さな背を、柔らかな毛に包まれた尻尾がふわりと覆う。やんわりと抱きしめるように。

いつしかナミは、子供のように泣きながら眠ってしまった。柔らかなお日様の匂いのするチョッパーの温もりに包まれて。




母親の厳命でカートの片づけをさせられたゾロがようやく庭へ出ると、楡の木の下に脱走常習犯のチョッパーが座っていた。

「チョ――」

掛けようとした声を思わず呑み込む。ふと顔を上げたチョッパーが、何かを大切そうに包んでいるのが見えたからだった。

そこにはくるりと身体を丸めて座るチョッパーと、その腹を枕にして眠るオレンジ髪の娘の姿があった。

「ああ、チョッパー。こいつの子守しててくれたのか」

(子守って・・・ナミはそこまで子供じゃないよ)

複雑な面持ちで見上げるチョッパーの頭を、ゾロは苦笑混じりの渋面を浮かべつつ無造作に撫でた。

「ったく、どんだけ泣いてたんだよ。こんなに涙の痕つけて・・・」

そっと掠めるように、ゾロの指先がナミの頬を幾度となく拭う。
チョッパーの琥珀色の瞳には、それが壊れ物を扱うかのような繊細な仕草に見えた。

(ゾロ――?)

「なあチョッパー、俺おかしいのかな。今朝いきなり降って湧いたこの女に、何だかナミが重なって見えんだ。・・・絶対おかしいだろ? だってナミは仔猫で、こいつは人間の女なのにな。マジで、どうかしてるよな・・・」

チョッパーはびくりと大きく震えた。

(ゾロ! そうだよ、この娘はナミなんだ、気づいてやってよ! ゾロのためにナミはこの姿になったんだよ! なのに、肝心のゾロが気づかなかったらナミは、ナミは・・・!)

「なぁにそんな哀しそうな声で鳴いてんだよ。別にこいつをどうこうする気はねぇよ」

(いや、この場合はどうこうしてくれた方が助かるんだって!)

心底必死だがどこか頓狂な心の叫びが聞こえたわけでもないのに、ゾロの、ナミの髪を撫でる仕草はひどく優しいものだった。

ゾロはふたりの傍らに座り、そっとナミの髪を撫で続ける。
まるで、何かを確かめるかのように・・・。





「お袋、あの娘どこ行ったか知らねぇか?」

いつもの夜の鍛錬中には縁側の片隅に座っていたナミは、ゾロが風呂に入っている隙に姿が見えなくなっていた。
それを訝りながら母親に尋ねる。

「ああ、あの娘なら2階に上がってったよ」

「そっか」

素っ気なく言葉を返して2階へと消えていく後ろ姿を見送り、両親は顔を見合わせて静かに苦笑した。

「――さて、あの子はどんな結論を出すかねぇ?」

「それも、神のみぞ知る、でしょうか。願わくばゾロくんに期待したいのですが」

そんなふたりの会話を聞く者は、お互い以外誰もいない――。




ナミは窓から屋根に上がり、薄い雲間から覗く大きな満月を見上げていた。

青白い月明かりは、まるでナミの顛末に呆れたように冷然と彼女を見下ろしている。

(もう少しでお月様は中天に届く。昨夜と同じに青く輝いてる。そうしたら、この姿でいられる魔法はおしまい。私は元の仔猫に戻る。ううん・・・最悪、化け物じみた姿になっちゃうかもね。そしたら、もうここにはいられないな。その時は、覚悟を決めて出て行くしかない、か)

鍛錬の様子をじっと眺めていたが、何だか今夜はまるで集中できていない様子だった。
何が心配だったのか気に入らないのか、時折ナミの方を見ては口の中で軽く舌打ちしていたような気がするが。

「おい」

不意に背後の窓辺から声を掛けられ、びくりと背中が震える。

「いつまでそんなことにいる気だ? いくら夏ったって夜は冷えるだろ。いい加減中入れよ」

「・・・いい。そんな必要、もう、ないから」

瓦の上で膝を抱え、ちらりと室内を顧みる。デジタルの時計の数字が、11時も後半を刻んでいるのが見えた。

(夢の時間は、もうおしまい。いいじゃない、ナミ。ゾロを抱きしめたいって願いは叶ったでしょ? それで、いいじゃない・・・)

それで良かったはずなのに――それ以上の望みが、既に胸の中に燻り続けている。


もっと傍にいたい。願わくば、ゾロの隣に立って生きてみたい、と・・・。


今日の昼間、泣きながら眠った後不意に目覚めれば、チョッパーを挟んだ反対側にゾロが眠っていたのだ。
大きく枝を広げた楡の木の下は、心地好い風が流れて最高に気分が良かった。

もう一度ゾロの隣に寝直して、ゾロが目覚めてまた驚かれてしまったが。
だがそれは、朝ほど激しい反応ではなかった。仕方がないなという具合に苦笑し、ちょっとだけ頭を撫でてくれたのだ。

(もう、いい。もし猫の姿に戻れたら、今度はそんな大それた望みを持たずに、ただの猫として生きるから。そしたら、ずっと傍にいてもいい? ただの猫なら、抱きしめていてくれるんでしょう?)

ふと気づけば目尻に大粒の涙が浮かんでいる。ナミはごまかすように何度も目を瞬いた。

だが――不意打ちは突然やって来た。
じっとナミの背中を窓から眺めていたゾロが、訝るような、それでいて確信の籠もった声で呟くように言ったのだ。

「こんなことはあり得ねぇだろうから、笑うかもしれんが――お前、まさかナミか?」

何気なさを装っていた背中が動揺に大きく震える。

(何で今になって・・・!)

そう思ったのと同時にざわり、と背筋の産毛が逆立つ。雲間から覗く月光が一際青白い光を放っていた。
――どうやらタイム・リミットの到来のようだった。

「・・・バイバイ」

変わり行く姿を見せたくはない。ナミは屋根から下りようと、瓦の上で身を滑らせた。

「待て、おい!」

咄嗟にゾロは身体ごと飛び出し、輪郭の滲みかけた身体を掻き抱いた。

「待て、ナミ!!」

急速に変化する身体を逃がすまいときつく抱きしめ、勢い余ってそのまま庭へと転落する。
咄嗟に受身を取ったのと、落下地点が柔らかな芝の上だったのでさしたる怪我はしなかった。

ゾロは何も考えず、きつく目を閉じてただただ腕の中にある“存在”を確かめた。

抱きしめ、頬を寄せ、そして唇を寄せて・・・。

甘い香りと柔らかな感触。何より心に湧き上がる温かな想いを何と呼べばいいのか――。

(ナミ・・・ああ、ナミだ。間違いねぇ、これはナミだ・・・!)

一度小さく収束したと思った身体が、急激に再生するようにゾロの腕の中で質量を増す。


どのくらいそうしていたのか。

一旦雲によって淡い光の遮られた夜空から、いつの間にか再び月が顔を出していた。
薄い雲間を通り抜けた月は、いつもの柔らかな表情に戻っていた。

「ゾロ・・・?」

腕の中で、小さくナミが呟く。目に一杯の涙を湛えて。

「何で、ゾロ? 私――」

「いいんだ、どっちでも。猫だろうが人だろうが、ナミはナミだ。お前がお前であれば、それだけでいいさ・・・」

ナミは言葉を失い、涙を零しながらゾロの首を抱きしめた。


「ところでな、ナミ」

「何、ゾロ?」

「頼むから、何か着てくれ・・・」

途中でサイズ・ダウンしたので、着ていたはずのTシャツと短パンが脱げてしまっていた。
ゾロの腕の中にいるのは、月明かりの下に白い素肌を晒すひとりの娘だった。

「何で? それより、もう少しこのままでいさせて――」

ゾロは声にならない苦悶の声を上げた。




そして――紅カナメの植え込みの中、2対の獣の瞳が爛々と闇に輝いているのが見えた。

「ハラハラしたけど何とかなったようだね、ロビン」

「ええ、そうね。まあここのご主人も同類だから、もしかしたらこの結末は約束されていたのかもしれないわね」

「え、ええッ!? オレの他にまだそんな『お願い組』がいたの? ってかロビン、オレはともかく、何でここのおとーさんのこと知ってんの? 結構昔だろ? というと、もしかしてロビンてオレが知ってる以上に年寄りなのかッ?」

「・・・チョッパー、やはりあなたとはゆっくり話し合う必要がありそうね」

「あああ〜! オレって正直だからぁ〜〜ッ!!」

月明かりの中抱き合うふたりを祝福し、2匹の獣はそれぞれに安堵の溜息を漏らす。


この結末を知っていたのかどうか、今宵の月は静かに柔らかな乳白色の光を注いでいた。




<FIN>

《筆者あとがき》
・・・目指したものは何だったのか?
やっぱり何かが違うんですが。
既に混迷する思考回路で迷子になっているような・・・。
ああっ、読んでくれた人と自分との求める物の落差が、温度差が!――海に向かって叫んでもいいですか?(またも遁走)


←前編へ


(2004.06.14)

Copyright(C)真牙,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
真牙さんの『
Pussy Cat’s Monologue』の続編・人間バージョンでした。
猫ナミのゾロに対する想いは膨らんで、ついに人間になることを望みます。
ロビンから教わった人間になる儀式はとても神秘的でした。
人間になっても中身は猫なナミ。いつものようにゾロにくっつくと、ゾロは逃げていく。ゾロにしてみれば当然でしょうが(笑)、幼いナミは人間の気持ちに敏くなく、傷ついていきます。
ナミが猫に戻りかけるのを、ゾロが必死で掻き抱くことによって人間ナミを取り戻したシーンは不思議かつ幻想的でした。
人間になるシーンといい、このシーンといい、月の光が重要なモチーフになっていますね。

そして、謎めいた会話をしていたゾロのご両親の秘密が明らかに。
ゾロのお父さんも昔は動物だったのですね。ゾロのお母さんに恋をし、ナミと同じ方法で人間になったのでした!想いは世代を超えて繰り返されていくのね〜。
隣に住むゴールデンレトリバーのチョパとロシアンブルーのロビン。二人のかけあいが面白いよ。チョパ、正直過ぎだっての!(笑) 

さてさて、「猫バージョンも気になるなぁ・・・」という方!ここから飛んでみる?→


真牙さんは現在サイトをお持ちです。こちら→
Baby Factory

 

戻る
BBSへ