海の見える丘にて      −12−
            

真牙 様




「レン、何やって――」

いつの間にか足元にいなかった小さな人影を捜していたゾロは、意外な場所でレンを見つけ、思わず足を止めてしまった。

「あーぶ。うー?」

「ああ・・・おっさんに遊んでもらってたのか。凄ェな、おっさんにはもう懐いたんだな」

「ふん――らしいな。迷惑な話だが」

口ではひどい憎まれ口を叩きながらも、しっかりと膝の上を陣取ったレンを追い払おうとはしていない。
その様子を眺め、ゾロは苦笑しながら和室へと足を踏み入れた。

「あの――」

「貴様、“バツイチ”ではなく“やもめ”だそうだな。なぜ、嘘をついた?」

出し抜けに鋭い眼光で迫られ、ゾロはその真意を測りかねて思わず眉目を寄せた。

「聞けば、前の奥方は亡くなっているそうではないか。そんなに、自分や亡き奥方の立場を貶めたかったのか?」

どこか探るような問いかけに、ゾロは正直に己の現状を語った。

「そういうわけじゃないが、呼び方が何だろうと遺されたことに違いはないだろ? 今の俺にはどっちでも同じことなんだよ。俺とレンは生きてるが、くいなは死んでとうにいない。これが、俺にとっての現実だからな」

死んだ者は記憶の中の住人になってしまうが、ゾロやレンはこれからも足掻きながら生きて行かねばならないのだ。
それは、何がどうあろうと唯一変わらない現実だ。

「まったく・・・母娘2代に渡って、同じ苦労をする羽目になろうとはな」

「その件については、本当に済まないと思ってる。けど、俺はこいつがいなかった方が良かったなんて少しも思っちゃいねぇ。確かに大変ではあったが、こいつがいたから耐えられた現実もあったのは確かだ」

「あーい?」

何も知らない翡翠色の瞳がきらきらと輝き、明るく真っ白な未来を見据えているようにも見える。

「まったく・・・大事に育てて来た“娘”を、貴様のようなとんでもない若造に盗られるとはな。わたしの人生の、最大の誤算だ」

「それもまあ、済まねぇとしか言いようがねぇが」

「ナミが受け入れてしまったものを、わたしがとやかく言っても仕方があるまい。それに、言って聞く娘でもないしな」

「それは、言えてるな」

ゾロも苦笑する。お節介で面倒見がいいのだが、どうにも頑固一徹な一面がある。
目の前のゲンゾウの横顔を眺め、それがこの男の気性をも受け継いでいるのだと不意に腑に落ちるものがあった。

たった今言われた言葉が脳裏に掛かり、ゾロはふとひとつの素朴な疑問が浮かんだ。

「おっさん、何でナミが俺を完全に受け入れたって判るんだ?」

「指輪だよ。あれは、貴様の贈った物だろう? 女ってのは不思議な生き物で、気に入った相手からの贈り物以外は身に着けようともせんものだ。ナミなら、気に入らん相手からの贈り物ならばたとえ高価でも身を飾ることなく、とうに質屋で金にされとるのがオチだったろうよ」

「――なるほど」

言われてみればそんなものかもしれない。
愛しい男がかの者を想って贈る物だからこそ、他者から見れば大した価値のない代物でも当人にとっては珠玉の輝きを放つ。
自分のためだけに選ばれた物だからこそ、付随する想いの大きさは計り知れない。

ナミは、贈られた指輪が高価な宝石だったから喜んだのではない。
ゾロが――この、無骨の塊のような自分が必死の思いで渡した物だからこそ、あんなにも喜んでくれたのだ。

そう思うと、ゾロは今更だったがこそばゆさに照れ臭くて堪らなくなった。

「・・・これから、この子はどんどん大きくなる。成さぬ仲という現実を知った時、貴様らを叱責する日が来るかもしれない。その時、貴様はナミを守れるのか? いざとなったら知らぬ存ぜぬを決め込んで、自己の安寧を図ったりはせんだろうな!?」

「――正直、俺はその事実をレンに告げるつもりはなかった。だがナミは、大きくなったらそれをちゃんと教えると言う。それがどんな結果をもたらすのか、今の俺には判らねぇ。黙って受け入れるかもしれねぇし、反発して反社会的な道に走るかもしれねぇ。それでもあいつは、レンにとってのくいなの存在をなかったことにしたくねぇから教えるんだと言う。・・・ここだけの話、その覚悟には頭が下がった。下手したら、自分が否定されるかもしれねぇのにな」

「ぬ・・・!」

「だから、俺はそれを黙ってあるがまま受け入れようと思う。どう反応されようと、それは自分が育てた性分の結果だろうからな。親である俺より先に逝かなきゃ、それは全部自分の責任だって笑うことができるだろうさ。生きててさえくれりゃ、後はどうにでもなる。死んじまった相手とじゃ、喧嘩もできねぇんだからよ・・・」

そんな会話の内容を判っているのかいないのか、レンは満面の笑みでゾロとゲンゾウを見つめている。

ゲンゾウはレンを見下ろし、不意に目の前に抱き上げた。レンは一瞬驚いたが、遊んでもらっていると思ったのか一気に破顔した。

「――約束しろ。ナミを泣かしたりしないと」

真摯な瞳がゾロを捉え、翡翠色の瞳と激しい火花を散らす。
今まで本当の娘のように慈しんで来たのだから、大切にしてくれとの懇願の色をも揺らしながら。

「・・・判った、約束する」

「だったら、せいぜいナミに見限られんように誠心誠意努力するんだな」

言いたいことを全部言ったゲンゾウは、一気に脱力して肩を落とした。

その様子を傍らで眺め、ゾロは思わずにやりと口の端を上げてつけ加えてしまった。

「やれるモンならやってもらおうじゃねぇか。あいつが俺を見限ろうが尻尾を巻いて逃げようが、俺はあいつを手放す気はこれっぽっちもねぇんだからな」

「若造が。ほざきよるわ」

傲慢とも思える言い草にゲンゾウは表情を顰めたが、ややあって浮かんだ苦笑だけがその覚悟を受け入れたことを示していた。


そして――。

台所で聞くともなく聞いていたナミは、壁に寄り掛かって知らず涙ぐんでいた。

(ありがとう、ゲンさん・・・)

その肩をそっとノジコが抱き、ふたりは頭を寄せて心が震えるほどの温かな気持ちに身を浸していた。





帰り支度を終えて荷物を車へと運ぶ。
昨夜の雨が嘘のような晴れ渡った空に、ナミは目を細めて雫に煌めく景色を見回した。

(また、暫くは見納めね。今度はもう少しまめに来るから寂しがらないでね、ベルメールさん)

庭先から、開け放たれた縁側内に見えるベルメールの遺影を眺める。
相変わらずの豪快な笑みに背中を押されながら、ナミはまた1歩前進できたような気がした。

「え〜、レンくんもう帰っちゃうのー? つまんな〜い、エルもっと遊びたかったのに〜」

「メルもだよぅ。だってまだレンくんのこと、抱っこしてないんだよー?」

玄関先に見送りに出た双子は、口々に不満を並べたてた。

それもそのはずで、レンはこの二泊三日の間中とうとうふたりとまともに触れ合えなかったのだ。

そうは言ってもレンにしてみれば、凄まじい勢いで自分に迫って来る娘たちの存在は心底恐ろしかったに違いない。

ゲンゾウのように辛抱強く待っていられれば良かったのだろうが、生憎の5歳児にそれを期待するのは土台無理だったようだ。

「じゃあ、また来るから。レン、ちぃ姉ちゃんたちにバイバイしようね〜」

ナミはレンを抱えて双子の娘たちの前に屈んで見せた。

「ねえ、ナッちゃんママ。レンくんここに置いてってもいいよ? エルもっと遊びたいし」

「うん、それがいいよ。そしたらきっと慣れて遊べるよう」

(いや、それは絶対無理があると・・・)

「あははは、今のあんたたちでは無理無理。次回に期待して、今回はすっぱり諦めな」

丁度思っていたことをノジコが口に出してくれる。
さすが双子の母ということで、その評価は非情なほど正しかった。

そんな不穏な空気を察したのか、レンはぎょっとしたような顔で慌ててナミの胸に顔を伏せてしまった。
どうにも今回の訪問は、レンにとってかなりの試練に違いなかった。


双子とレンが最後まで攻防を繰り広げる中、庭の隅ではゾロとゲンゾウが小声で立ち話をしていた。

「若造、今朝の約束を、よもや忘れてはいまいな? ナミを、決して泣かすな。悲しませるような真似だけはしてくれるなよ!? もしもやったら逮捕するからな!」

「ああ、判ってる。まあお互いこの性格だから難しいだろうが、誠心誠意努力はするよ」

念を押すように約束させ、それでようやくゲンゾウは少しだけ安堵したようだった。

それを見たゾロは、最後の最後で心理的な仕返しを思いついてしまい、よせばいいのについ実行に踏み切ってしまった。

「まあ・・・そうだな、別の意味なら啼かせてもいいんだろ?」

くつくつと肩を震わせ、口の端をにやりと上げたゾロの顔を見たゲンゾウは一瞬言われた意味を理解し損ね、ぽかんと口を開けた。
が、それが何を差しているのかに気づくと、浅黒く焼けた肌を真っ赤に染め、正に蹴り出す勢いで怒号を放った。

「こンの不心得者がぁッ! ロロノア・ゾロ、貴様のような奴などやっぱり認め〜ん! とっとと帰れ――ッッ!!」

「ははは、世話になったな。今度はこっちにも遊びに来てくれ」

「ナミとレンの顔は見てやってもいいが、ロロノア・ゾロの顔など見たくもないわ!!」

ゾロは豪快に笑い、ノジコにも挨拶をして逃げるように車へと乗り込んだ。




「・・・ゾーロ? あんた、またゲンさん怒らせるなんて最後に何言ったの。年上からかうなんて趣味悪いわよ?」

「別に、何でもねぇよ」

それでも思い出す度可笑しいのか、細かく震える肩の動きはなかなか止まらない。

「ようやく砦を崩したと思ったのに、まぁた認めないって言われちゃったじゃない。どーすんのよ、もうッ!」

「そうでもねぇぜ? おっさんが、最後に俺を何て呼んだか聞いてなかったのか?」

「え? 最後って、捨て台詞のこと? って、あ・・・!」

にやにや笑いのゾロに言われてようやく気づく。
ゲンゾウはずっとゾロのことを“若造”や“貴様”と呼んでいて、決して固有名詞である名前を使っていなかったのだ。
それを使ったということは――。

ナミの顔が、驚きから苦笑へと変わる。

(まったく、どっちも素直じゃないんだから。判りにくいじゃない)

「マーンマ〜?」

苦笑を心配したのか、レンがナミの顔にぺたぺたと触れる。
首を傾げる興味津々の表情に、ナミは小さな頭を撫でながら大丈夫だと大輪の花のような笑みを見せた。


「それとな、これちょっと見ろ」

信号待ちで車が止まった折、ゾロは不意にフロントのホルダーから携帯を取って素早く操作し、1通のメールを開いた。

「何、これ?」

「ルフィからのメールだ。一昨日レンに歌ってた子守唄があったろ? ちと思い立って、歌詞聴いてみたくなってな。今朝ルフィに連絡入れてメールしてもらったんだ」

「ゾロってばどういう風の吹き回し? しかも、この連休中の朝っぱらからよくルフィが捉まったわね」

心底驚いた顔を見せると、ゾロは意地の悪い笑みを浮かべ、しれっとした様子で言った。

「ああ、あいつどこだか旅行に出た出先だったらしくてな。しかも朝からお盛んな様子だったぜ? だから機嫌が悪ィの悪くねぇのったら。かなり文句たれてたが、いつぞやの礼だと思えば良心も痛まねぇさ。――で、コレってわけだ」

「あ〜・・・夜桜の時の、ね」

あの時あのタイミングでルフィとビビの邪魔が入らなければ、ゾロはとうにプロポーズの言葉を告げていたはずだったのだ。

そう思いかけ、ゾロの言葉に不穏当な表現があったことに気づいてしまう。

「って、朝からお盛ん・・・?」

「ああ。隣に誰かいる気配がした。必死に声を殺してたが、あれは女に間違いねぇ」

ナミにはそれが誰だか思いっ切り判ってしまい、もうツッコミを入れる気力もなかった。

(ああ、そうね〜、連休に旅行に行くって言ってたもんね〜。もう、ホントにお盛んだわよ。好きにすればいいわよ。もー、行くとこまでトコトン行けば気が済むでしょ・・・)

ナミは長い溜息をついてから、改めて携帯のメール画面を見た。

「あれ、日本語訳の歌詞なの?」

「ああ、ルフィも歌は英語の方で歌ってんだが、如何せんスペルがうろ覚えだから日本語訳の方でいいだろとさ。ま、そっちが知りたかったから文句はねぇけどな」

そういえばナミも聞き覚えで歌っていたために内容を確認したことはなく、和訳された詞を読むのはもちろん初めてだった。

「まあ見てみろよ。深読みすればするほど、お袋さんの思惑が潜んでるとしか思えねぇ詞だぜ?」

「え・・・そうなの?」

そうしてナミは視線を落とす。
幼い頃、ベルメールが朝に夕に歌ってくれた優しい歌の歌詞に――。



  つぐみの丘

朝日が丘から顔を覗かせて
私の窓辺のバラに光のキスをすると
つぐみの丘の梢から 鳥のさえずりが聞こえてきて
私の心は喜びで一杯になる
トゥララ トゥリリ
朝目覚める度に つぐみのさえずりにわくわくする
トゥララ トゥリリ
安らぎと優しさがある
つぐみの丘に咲く花のように 君を歓迎するよ

夕方遅く 私は丘に上り
すべてが静まり返る中 私の王国を見渡す 
ただ私と空とヨタカだけが
つぐみの丘の黄昏に歌っている
トゥララ トゥリリ
朝目覚める度に つぐみのさえずりにわくわくする
トゥララ トゥリリ
安らぎと優しさがある
つぐみの丘に咲く花のように 君を歓迎するよ



「これは――」

ナミは思わず息を呑んだ。

ベルメールは、この歌の詞の内容を知っていたのだろうか。
思い切りあの頃の日々にシンクロする、目の前に情景が浮かび上がるようなこの歌詞を・・・。

不意に軽い眩暈がし、あまりにも遠い、懐かしい記憶の扉が激しく打ち鳴らされる。
笑っていたのは、囁いていたのは、抱きしめてくれたのは誰だったのか。

遠く霞む記憶の中に続く、ともすれば切れてしまいそうな蜘蛛の糸を辿るように微かな記憶を手繰り寄せる。

あまりにも幼い――遠い遠い日の追憶。


逆光で顔は見えない。
その人は、少し掠れたハスキーな声で腕に抱いた自分に話しかける。
肩に零れた緋色の髪を紅葉の手が掴み、女はふわりと柔らかく微笑む。
耳元を擦り抜ける風と草の囁きが優しい丘の上で、眼下には素晴らしい大海原が横たわっている。

“ほら、あれが海だよ。ここは海が一番綺麗に見える特等席なんだ。海とみかんとあんたと私。う〜ん、詩人になれそうだねぇ。”


“また遅くなるんだってさぁ。寂しいだろうけど、私がいるからね? 泣かない泣かない。”


“・・・時化だってさ。そんな見てもいないモン、どうやって信じて納得しろっての!? 待つに決まってるよね?”


“大丈夫。あんたたちは私がずっと守ってあげる。心配しなくても何とかなるし、何とかしよう。うん、そうしよう!”


“こんな時には景気づけに歌でも歌うか。え? ノリが良すぎて眠れないって?”


“仕方ないな〜。じゃあ、とっておきの歌を歌ってあげる。海とみかんとあんたと私――ここの状況にぴったりのお歌だよ。”


“私のみかん畑には、ホントにつぐみも来るんだ。春になるとこの丘は、タンポポとシロツメクサとで黄色と白の絨毯になるんだよ。”


“ホントに綺麗なんだから。来年には見せてあげる。だからここで、私の娘として生きな。”


“大丈夫。ここは何者も拒んだりしない。来る者を、分け隔てなく歓迎して抱きしめてくれるから。”


“血の繋がりよりもっと大切なものがあるって、教えてあげるから。あの人の分まで、一杯愛してあげるから。”



“だから、生きよう。ここで・・・あんたたちの存在に救われた、私と一緒に・・・。”



(ベルメールさん。ベルメールさん! ベルメールさん!!)

「マーンマ〜!?」

「ナミ、どうした!? ・・・泣いてんのか?」

いつしかナミは、膝に抱えていたレンを思い切り抱きしめ、声にならない嗚咽を漏らしていたらしかった。

遠過ぎる微かな記憶。
幼過ぎるゆえに、半ば夢と混在しているのかもしれない。
はたまた、その大部分が幼い日々に見た淡くも儚い夢だったのかもしれない。

今となっては、その区別すらつかないが。
それでも――たった今聞こえた微かな想いを、ただの幻想を思ってしまいたくはない。
大切な人との思い出を繋ぐ細い糸を、自らの手で断ち切ってしまいたくはない。

その想いは、自分のあるべき場所へ自然にすとんと収まる。

あやふやさゆえに再度忘れてしまわないよう、しっかりとレンの身体を抱きしめる。

――あの時は抱かれる側だった。
今はしっかり抱きしめてやれる腕がある。

「ナミ」

ゾロは小さく吐息を漏らし、車を路肩へと止めた。

そっと肩を抱くように回された腕がそのままナミの顎に掛かり、さり気なく上を向かせる。
小さく声を漏らしかけた唇にゾロのそれが覆い被さり、ナミは一瞬目を見開いたがそのまま静かに目を閉じた。

昨夜のとはまるで違う、想いの溢れる優しい口づけだった。
そっと差し入れられた舌がやんわりとナミを包み、軽く唇を食みながら口内全体をまんべんなくなぞり上げていく。
耳朶を嬲る指先の動きに背筋が震えるような痺れを感じ、思わず鼻に掛かったような甘い声が漏れる。

「ん・・・ふぅ・・・」

上がった息が甘い吐息にすり替わり、切なさを伴ってそのつもりもないのに更にゾロを誘う。
それに自ら進んで乗せられるゾロは増長し、さり気なく右手をナミの膝から太腿へと差し伸べる。

「ん、んん・・・ッ」

さすがにそれには慌てたナミが身体を強張らせるが、ゾロはそんなことはお構いなしに指先を這わせ続ける。
だが膝には、しっかりとレンが居座っているため、それ以上の侵攻はかなり無理があった。

「あー!」

渋々でもゾロが引いてくれたため、ナミは解放された唇で大きく息を吸い込んだ。
泣いていたせいか瞳がいつも以上に潤み、ミラーに映る顔は自分でも驚くほど煽情的だった。

「・・・しゃーねぇ、ここは一応天下の公道だかんな。続きはマンションに帰ってからだ」

間近で囁く唇にそっと掌を立て、ナミは泣き顔を拭いながら悪戯っぽく笑った。

「何言ってんの。昨夜せっかくいいって言ったのに自分から寸止めしたんだから、この続きなんて当分あるわけないでしょ? ああ、いっそ結婚式やるまでこのままってのもいいわね、いっそ判りやすくて。うん、そうね、そうしましょ」

「ち、ちょっと待て、『そうしましょ』じゃねぇだろ!? 俺は納得してねぇし、賛同してねぇぞ! 何でそんなことにこの俺が同意しなきゃなんねぇんだよ!!」

ゾロの訴えは正に切実で、同じ男にならば、この身を捩らんばかりの狂おしさを理解してもらえるかもしれない。
が――生憎と、目の前にいるのは女のナミひとりだ。もちろんレンは幼過ぎて話にならない。

「別にいいじゃない。私はどこへも逃げたりしないわよ?」

「そういう問題じゃねーだろーがッッ!!」

「ぶー。マーンマ〜」

「ほ〜ら、レンもその方がいいって。今更だけど、清く正しい男女交際よね〜♪」

「28と26の大人が婚約までしてて、何で今更『清く正しい男女交際』しなきゃなんねぇんだよ! どう考えたっておかしいだろ!?」

「別におかしくはないわよ。そういうのもありかなって思っただ・け♪」

「俺は全っ然思わねーよッッ!!」

そこへ見せつけるように、レンがナミの豊かな双丘に頬を寄せて満足げに微笑む。

(・・・こンのクソガキ、ホントは全部判ってやってんじゃねぇだろうな!!)

ゾロは震える手で再びハンドルを握った。

打開策を探るべく、ゾロの思考が多岐に渡って暴走する。
ナミの微笑みとは裏腹に、ゾロの苦行はまだ暫く続きそうだった――。




<FIN>


《筆者あとがき》
ここまでおつき合い下さってありがとうございました。
当初は10話で終わるはずが、某マスター様の素晴らしいツッコミで妄想が膨らみ、全12話の運びとなりました。
いつもいつも長丁場になってしまい、本当に申し訳ないです(滝汗)。

さて「挨拶編」は、これにて終幕です。
ようやくゲンさんにも認めてもらえ、ふたりの関係はまた1歩前進しました――よね、多分。
普段セクハラ全開に押しまくるくせに、肝心なところでカッコつけなゾロ。
これを強欲と呼ぶべきか、間抜けと呼ぶべきか・・・。
ゾロの希望(欲望!)が叶う日は一体いつか?
のらりくらりと躱すナミの貞操はいつまで守り切れるのか?
後悔するくらいなら、さっさと行動に移しておけとゾロにツッコミをくれてやりましょう(笑)。
そろそろ生殺しにお疲れの皆様、真打ちが登場できるようお祈り下さい。
はい、ではまた。


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(2004.06.03)

Copyright(C)真牙,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
真牙さんの『
Baby Rush』『Baby Rush2』『桜の花の咲く頃に』の続編でありました。
ゾロナミ&レンがナミの実家へご挨拶。「おとーさん、お嬢さんをください!」ですよ(笑)。
第1話冒頭のゲンさんの反応やヨシ(親指ぐッ)。

これまでのお話でゾロのことはだいたい分かってきましたが、今回のお話ではナミの家族のことが明らかになりました。ベルメールさんのこと、父親のこと、それから・・・。

ベルメールが本当の母ではないことは、ナミにだけ秘密にされていました。そのことがナミの家族の事情を複雑にし、またナミの心に影を落としています。
その事実を知っていながらも、決して確かめなかったナミ。ベルメール達の思いやりを無碍にできないとそうしたのですが、その心中は察して余りあります(;_;)。
だから、ゲンさんからゾロへの言葉だったにしても、初めて『事実』を知らされたナミの衝撃は相当なものだったでしょう。それはあれほど関係を拒んできたナミが、ゾロに抱かれてもいいと言ったことからも分かりました。

でも、ナミはもう一人じゃない!ナミをありのまま受け止めてくれるゾロがいます!
ゲンさんに啖呵を切るがごとく宣言するゾロ。ゾロの覚悟と強い想いが伝わってきました。

歌は、父親が亡くなったばかりの頃、ベルメールが娘達へと歌ったもの。
ベルメールの母としての想いが込められていました。
それにしても、ルフィとビビはナニやってんだ〜?(笑)

無事ゲンさんという砦を突破。さあ一気に結婚目指してレッツラゴーだ!
果たして、ゾロはいつ念願(ナミとエッチ)を勝ち取ることができるのでしょうか?(笑)
ともかくも、今作はこれにて終了。真牙さん、お疲れ様でした!次作を楽しみにしています♪

真牙さんは現在サイトをお持ちです。こちら→
Baby Factory

 

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